第四十話「EMS内乱」
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いよいよ四十話に突入します。
内乱について。
パウリナへの提言を終えたメアリが最上階にある議長のオフィスから一階のエントランスにまでエレベーターで降りると、そこには彼女の部下が待ち構えていた。
「……どうやら待ちきれなかったみたいだな、ヴィルヘルミナ大佐」
メアリの言葉にエントランスにいた若き将校、ヴィルヘルミナ・ガドウィンは頭を下げる。
「面倒な提言をお願いしてしまい、申し訳ありません閣下」
「いや、良い。私もあの卑猩には興味があったからな」
夜も遅い時間ということもあってか、エントランスに人影はない。
ヴィルヘルミナはメアリの言葉を受けて意外そうに首を傾げた。
「閣下が冥月に、ですか? 意外ですね気にかかるとは……」
「気にかかるなんてものではない、実のところ私はあの者に恐怖を感じているのだ」
メアリの告白にヴィルヘルミナは自分でも知らず目を見開く。EMS一の戦士であり、正規軍のトップであるメアリが一介の和人に恐怖を抱くなど信じられなかったからだ。
「なんだ? 私を怖いもの知らずの女だとでも思っていたか?」
「い、いえ、しかしどうして冥月を……」
しばらくメアリは考えていたが、話すことに決めたのかゆっくりと口を開く。
「……貴官はかつてのEMS内乱、双鎌大戦の末期にヴァスタ大陸北方、メギドの地で起きた戦いのことをどこまで知っている?」
「……士官大学校では女王軍とこれに反抗した反女王軍との決戦であり、互いが全軍の八割を失いながらも女王軍が辛勝したと聞いています」
そしてその後内乱抑制のために貴族の軍備は制限されたと、そんなヴィルヘルミナの答えにメアリは微かに笑みを浮かべた。
「……まあ、そのように教えるだろうな。そして以後このような内乱が起こらないように地方貴族が軍備を持つことが禁止されたのは君も知っての通りだ」
しかしその戦いの情報は正確ではない、そうメアリは呟くと目を細め歩く者がいないエントランスのホールに目を向ける。
「メギドでの戦いは一大決戦として両軍の主力が揃い、一進一退の戦いを演じた」
そして、その時中将の地位にいたメアリもまた一個軍団を率いていたとのことで、女王軍の首脳の一人として戦っていたらしい。
「そんな中奴は現れた。漆黒の龍剣士ギラファ、奴は古の伝説に伝わるような有角の悪鬼の大軍を率い、敵味方の区別なく殺戮を行い、戦場を荒らした」
信じられないことにギラファと彼に率いられた軍勢は少数ながら驚異的な力を発揮し、メギドに来ていた全軍勢の八割を壊滅させた。
「私も軍団を失いながら死力を尽くして戦い、ギラファにまで至ったが奴は常軌を逸した強さで、天才などといわれていた私の自信と片目を瞬時に奪い去った」
「……そして冥月は、ギラファと酷似した力を備えているのですね?」
ヴィルヘルミナの質問に対してメアリは険しい表情のまま頷く。
「そうだ、そして奴はギラファの再来、再びEMSに破滅をもたらす『太陽を喰らう者』だ」
「……(そう言えば……)」
最初にヤーハンで冥月や莉乃と争った後、メアリに報告した際のことをヴィルヘルミナは思い出した。
あの時は理気を扱えない者の治療と言っていたが、もしかしたらメアリはあの時点で冥月や莉乃に対して何となく嫌な予感を感じていたのかもしれない。
ギラファが連れていた軍勢もとんでもない強さだったからこそ、冥月の近くで実力を上げた莉乃にも注意していたのか。
「両軍ともに主力が瓦解しているのもあって、もはや戦いを続けている場合ではないと判断した双方の首脳は停戦。無用の混乱を防ぐためギラファの情報は伏せられることになった。後のことはさっき貴官が言った通りだ」
メアリの言葉にヴィルヘルミナは小さく頷く。内乱防止のため、貴族の軍備強化は制限された。
そしてメギドの戦いに出ていた者は大半が死に、当時執政していた政治家も戦地で何が起きていたのかを伏せられていたならば、ほとんど知るものがいないのも仕方ないだろう。
「『太陽を喰らう者』ギラファの情報は今となってはEMSでも上層部のみ、女王と宰相、元老院議長、あとは各大陸の総督格といった一部しか知らぬことだ」
「……大体のことはわかりました。それで戦後そのギラファは?」
これだけのことを起こしたのだ。ギラファは極刑は免れないではないだろうか?
ヴィルヘルミナの質問に対してメアリは微かに首を振る。
「……行方知らずだ。メギドを荒らした直後、奴は忽然と消え、現在に至るまで発見されてはいない」
「消え、た?」
その言葉に、ヴィルヘルミナは愕然とした。恐ろしいことにメアリの言葉通りならばそれほどのことをした者がまだ野放しになっているということになる。
「奴の正体も何もかも不明のままだ。真偽不明の話によると奴は暴走した生体兵器だとも、突然変異した卑猩とも言われているが、確実なことはメギドにある『禁足地』と呼ばれる遺跡の一つから奴は現れたということだ」
「では、母上が上奏するまで女王陛下が『禁足地』の発掘を許さなかったのは?」
「ギラファのことを女王陛下も恐れられたからだろう」
そこまで話し終えると、メアリは微かに笑みを浮かべた。
「……これで私があの卑猩、冥月とやらにこだわる理由はわかったかな?」
メアリの問いかけに一応ヴィルヘルミナは頷いたが、わからないことだらけである。
ギラファの正体やその目的が不明なのは理解できたが、そんな人物を野放しにしておいて何の対策もEMSがとっていないのはさすがにおかしくはないだろうか?
「見つけた、ババア!」
「こんなところにいたのね」
まだメアリに訊きたいことがあったヴィルヘルミナ。しかしその疑念は突如として現れた闖入者により晴らされることはなかった。
「議長のところの双子か、何の用だ?」
落ち着いた様子で現れたオリンとフィーアを眺めるメアリに対して、双子の方はいきり立っている。
「惚けんなよババア!」
「あんたが余計なことを言った所為で、また私たちはアルディス砂漠に行く羽目になったのよっ!」
なんのことはない。どうやらオリンとフィーアは過酷な土地であるアルディス砂漠、アレーナルベルス城まで行き冥月らの生死確認をするのが面倒らしい。
「今すぐお母様に問題なしって報告をしろよっ!」
「そうじゃないと何するかわかんないぞ、このババアっ!」
あまりにも口汚く罵る双子にヴィルヘルミナは眉を潜めたが、メアリの方は無表情で耳を傾けていた。
「なんとか言えよっ!」
「あんたは私たちマルクトより格下の一般軍だろうがっ!」
「っ! お前たちさすがにそれは……!」
激昂しそうになったヴィルヘルミナを右手を上げて制すると、メアリは肩を怒らせている双子を正面から見据える。
「あの者、冥月はEMS全体にとって非常に重要な男だ。確実に抹消しておかねばお前たち否、議長が死ぬ羽目になる」
「「だからって卑猩ごときに……!」」
「まあ聞け、あれがお前たちにとって脅威でもなんでもないならば城の下から死体が見つかるはずだ。非常に楽な任務ではないかな?」
メアリの指摘に双子は黙り込んだ。本音を言えば二人とも楽して仕事を果たしたいのだろうが、そんなことは間違っても言えない。
それをよく理解しているからこそ、メアリは双子の逃げ道を塞ぐことで発破をかけ、仕事を果たさせようというのである。
「……まだ元老院内部でも大きな話題になってはいないが、それも時間の問題。そんな時に君たちが奴の死体を持ち帰れば、英雄扱いだろうな」
「英雄……」
「それって……」
メアリの力がこもった言葉に双子は完全に呑まれていた。もしかすると声に理気を載せて、直接二人の心を刺激しているのかもしれない。
「女王勲章は確実、EMSの歴史にも名前を残すことになるだろう。単に死体を回収して来ただけでな」
しばらくオリンとフィーアはヒソヒソと相談していたが、やがてまとまったらしくメアリとヴィルヘルミナに挨拶すらせずにいずこかへと立ち去っていった。
「……やれやれ、議長閣下は理気だけではなく、もう少し内面も見たほうが良いな」
メアリの言葉にヴィルヘルミナも頷く。EMS内でも精鋭と言われているマルクトも、実力はともかく中身が伴っていないならば国民の反発を招くのではないか?
「まあ、あの二人のことは良い、どっちみち私には関係ないことだ」
「閣下にはなくても私にはあります。冥月は私の獲物です」
本来冥月討伐はヴィルヘルミナの任務、オリンとフィーアに好き勝手にされているのは良い気分ではないのである。
「心配せずとも冥月が真にギラファの再来であるならば、あの程度では死んでいないだろうし、双子にどうにか出来る相手ではない。焦らず時を待て」
少しばかり険しい表情でそんなことを言うメアリ。冥月討伐の主任をヴィルヘルミナからオリンとフィーアに変更したのはメアリではなくパウリナであった。
メアリとしてはヤーハンでいらぬ横槍を入れられた末、結果的に冥月を逃したばかりか自身の人選すらも否定された形、何か思うところがあるのだろう。
「閣下、パウリナ議長は、何をお考えなのでしょうか?」
ヴィルヘルミナもメアリも貴族家の出身でこそあるが、軍人として過ごしてきたため政治的なことには疎い。
最近のパウリナの動きはノリスを討たれてなりふり構ってはいないとは言い切れない、何をしたいのかわからぬ不気味な部分があった。
「……確定的なことは私にもわからない。しかし、議長はおそらく妹のことはもうそれほど考えてはいないと思う」
つまりは冥月を追うのはノリスの仇を取るためではなく別の目的から。
完全にノリスのことが頭から抜けているというわけではなさそうだがそれはあくまでも二の次、もっと別の目的があるのではないかとメアリは睨む。
「では、何のために冥月を?」
「わからん、この件に関してパウリナは元老院や宰相を通さず、直接女王陛下に上申していた。それだけ焦っているということだが、理由はわからん」
一時期メアリは自分同様冥月の能力があまりにもギラファと酷似しているが故に強引な手段に出たのではないかとも思っていたが、先程の対応を見るに違うことは明白。
かといって妹の仇打ちでもないならばマルクトを動員するほどの理由がいよいよわからないのだ。
「……とにかくこの件だけでなく、きな臭いことがあまりにも多過ぎる。しばらく様子を見たほうが良いだろう」
メアリの言葉に一応ヴィルヘルミナは頷く。しかしどうにも嫌な予感を感じたため、気分は晴れなかった。




