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麒麟将  作者: 花鏡
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第三十九話「時空捻転現象」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。


ノコギリクワガタ、ではなくギラファについてのお話し……。




 時空捻転現象じくうねんてんげんしょう、アルルの口にした聞きなれない言葉に冥月だけではなく莉乃と清白もまた首をひねる。


「EMSでも優先的に研究されている学問です。技術省大臣でありEMSにその人ありと言われた天才科学者オットー=ティーネ・オフィルアスが主導しています」


 オットー=ティーネ・オフィルアス。アルルによればEMS王家の家系出身であり、かつて冥月と戦ったノリス・イェンセンの師匠だが、どうも数ヶ月前から行方不明らしい。

 ロベルト曰く『禁足地』と『首塚』の発掘許可を渋る女王をクララが説得し、ティーネがそこから発掘された化石メイプルを使って実験することを思いついたのだったか。


「EMS内で研究開発に携わる者なら知らぬ者はいないほどの人物ですが、場合によっては強引な手段も平然と使う狂気じみた部分もある方です」


 マッドサイエンティストの気があると、そういうことらしい。そんな彼女が、というよりも王室が推し進めるのが『時空捻転現象』なのだ。


「その名前の通り時空間を歪めて別の空間に転移させる研究でしたが、その過程で偶発的に別の世界、パラレルワールドへの移動が可能と判明しました」


「異世界への転移、というわけか……」


 信じ難い話しではあるがよくよく考えてみれば清白は冥月の前世の世界、現代日本から来たのだからそう言った技術があるのはむしろ当然と言えよう。


「しかしこれはまだほとんど開発段階で、天才と言われたティーネ博士でもコストダウンには成功させることはついぞ出来ませんでした」


「へー、コストダウンっつーことは、滅茶苦茶大変な作業があるのか?」


 莉乃の言葉に対してアルルは微かに頷くと先を話し始めた。


「莫大な数のネクロスから発するエネルギーに専門の機材、ネクロスと言うよりかは和人を大量に擁する貴族でないと『時空捻転現象』の実験はできないのです」


 すなわちノリスが別世界から清白を拉致することが出来たのは両方が揃っていたからと言える。


「ですが時折、信じられないほどに強い理気が発生した場合ごく稀に自然発生することがあります」


「強い理気、か。よくわからぬが、空間が歪むほどとなれば尋常な量ではないのう……」


 今までも強い理気をもつ者との戦いや、その過程で理気が強まる空間に身を置いていたこともあったが、それでもそんな現象に出会ったことはない。


 つまりあれよりも強力な理気がなければ『時空捻転現象』は起きないと言うことだ。


「……それでどうすれば元の空間に戻れる?」


 核心をついた冥月の質問に対して、アルルは答えづらいのか眉根を寄せ、表情を険しくした。


「……それが詳しいことは国家機密扱いで何も……。伝え聞いた話しでは、莫大な理気があれば空間を歪められるということと、この空間は時間や生命活動が停止した危険地帯ということくらいです」


 つまりはアルルにも詳しい対処法はわからないということか。しかしどうにかしなければ永遠にこの空間にとどまる羽目になりかねない。


「……莫大な理気と言ったが、空間を歪ませるにはどのくらいのエネルギーが必要なんだ?」


「一度の使用にはおよそネクロス100体分のエネルギーが必要です。これは大陸一つ分の電力を数週間賄えるくらいのエネルギーです」


 さらに持続的に高エネルギーを使用する必要があるため、ネクロスは予備として100体必要となり、『時空捻転現象』を利用して往復するならば400体ネクロスを消費せねば安全ではないらしい。


「おいおいアルルよ、そんな無茶苦茶なエネルギー俺たちは捻り出せないぜ?」


 たまらず口にした莉乃の言葉に対して、アルルは険しい表情のまま口を開く。


「そこです莉乃、そこが一番わからないところなのです」


「へ?」


 キョトンとする莉乃に対して清白はアルルが何を言いたいのかわかったのか、微かに頷いてみせた。


「……つまり何故こうなったのかわからない、ということじゃな?」


 なるほど、『時空捻転現象』を引き起こすために空間を歪ませるとなると莫大な理気が必要となる。

 当然自然発生的に起こる場合もそれだけの理気が必要なのだろうが、この船の乗組員全員が逆立ちしてもネクロス100体分のエネルギーには到底届かない。


 つまりは本来ならば起こりえないような現象に冥月らは巻き込まれてしまったというわけだ。


「……なるほど、ネクロス100体分のエネルギーがどこかからもたらされたというわけか」


 確認するような冥月の言葉に対して、慎重な様子でアルルは頷く。


「はい、信じられないことですが……」


 ふと冥月は、また予感めいたものを感じた。アルルはもしかしたらそれだけの理気がどこから来たのか仮説を立てているのではないか?


「……なあアルル、ここまで来たら隠し事はなしだぜ? なんか気づいたことがあるじゃねーか?」


 どうやら予感を感じたのは冥月だけでなく莉乃もそうだったらしい。彼女の言葉を受けてアルルはしばらく考え込んでいたが、やがて微かに首を振る。


「……いくつかの仮説はありますがまだまだ検証が必要です。確定的なことはまだ何も……」


 お茶を濁すようなアルルの言葉に莉乃は不満そうに唇を尖らせた。


「……まあ、この件はアルルに任せておけば良い」


「冥にい……」


 軽く莉乃の背中を叩くと冥月は怪しげにバイザーを光らせているアルルに視線を向ける。


「危険なことは慎んでもらいたいが、まあそうも言ってられぬか……」


「……いくつか確かめたいことがあるだけです。慎重にことを進めるつもりですので今以上に悪いことは起きないかと……」


 どうせ現状維持したところで破滅は目に見えているのだ。ならばアルルのような人物がここにいる幸運に感謝して解決を一任するべきか。


「……わかった。とにかくこの件に関しては君に任せる。手助けがいるようならなんでも言って欲しい」


「ご厚意に感謝します、冥月さん。あ、そうそう」


 艦橋から出ようとしたアルルだったが、何か思い出したらしく足を止める。


「先程船内を探索していて見つけたのですが、新兵用のトレーニングルームがありました。良ければ使ってみてはいかがでしょう?」


 トレーニングルーム、これまで体系的な戦闘訓練をしてこなかった冥月にしてみれば渡りに船というべきか。


「……そうだな、気分転換にもなるかもしれないし、少し試してみよう」


「戦闘教練のプログラムを一通り終える頃には私もある程度持論をまとめておきます。また後でお会いしましょう」




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 EMS首都アベルディン、首尾よくアレーナルベルス城を破壊したオリンとフィーアは官庁街にある元老院議長のオフィスビルに帰還、事の次第を報告していた。


「……というわけで下等な卑猩と隷爬どもは仲良く砂漠の下です」


「ババア、キャサリン・フリューゲルは行方不明ですが、死んでるものと思われます」


 双子の報告を聞いていたパウリナだったが、唇を引き結ぶと微かに頷く。


「そう、あの卑猩どももようやく死んだというわけね。キャサリン、あの女も反逆者と繋がってると言われていたし、これでスッキリしたわね」


 満足気にそう告げるパウリナだったが、突如として乱暴にドアがノックされ眉をひそめた。


「……誰かしら?」


「デルフィアだ、少し良いか?」


 返事を待たずに入ってきたのは莉乃ほどではないものの鍛え抜かれた身体つきの女軍人、メアリ・デルフィアである。


「アルディス大陸で件の卑猩を討ち取ったというのは本当か?」


「ええ、どこかの誰かさんと違って私の娘たちは優秀なの」


 せせら笑うようにそうメアリに言い放つパウリナのすぐ隣でオリンとフィーアの二人もクスクスと笑っていた。


「……死体は確認出来たのか?」


 あくまでも軍人らしく確実さを重視するメアリに対してパウリナは家畜、奴隷と蔑む冥月らに対してはそこまでする必要はないと思っている。


「確認する必要はないわ、下等な卑猩がEMSの兵器で死なないわけないもの」


 先日メアリは女王の勅命でヤーハンに行き冥月らの掃討任務を担当していたのだが、徹底した破壊を進言した彼女の案はパウリナにより取り下げられ、施設を爆破した段階で撤退命令を出されていた。


 だがその結果冥月を逃し、パウリナの妹、ノリスは死んだことについてはもう忘れているらしい。

 自分に都合が悪いことはとことんまで他人になすりつける。その結果アルデアでヴィルヘルミナとロベルトが敗れた際にも二人の更迭を頑なに支持していた。


「……議長忘れたのか? あの連中はヴィルヘルミナ大佐すら苦戦するような者たち、死体が上がらない限り確実に死んだとは言えんのではないか?」


「うるさいわね。だから貴女の部下と違って私の娘は優秀なの。ヴィルヘルミナなんかよりもずっとね」


 パウリナの言葉に対してメアリは思わず壁を殴りつけたが、彼女の理気が込められた鉄拳は容易く壁を破壊し、大きな穴を開ける。


「……ロベルト・イェンセンから送られてきた実戦データを吟味した」


 アルデア城で冥月がロベルトと戦った際のデータは彼が持っていたサイコブラスターに内蔵されていたカメラを通して記録されていた。


 あまりの激戦だったためになんらかの不具合が起きて途中から記録されていなかったのだが、それでも分析するには十分な量である。


「奴の理気は、かつて現れた『太陽を喰らう者』ギラファと類似したもの。しかも太刀筋すら酷似している」


「……EMSの内乱『双鎌大戦』に現れたというあの? まさか、そんなわけないでしょう」


 笑い飛ばそうとするパウリナだったがその瞳の奥にはくっきりと恐怖が浮かんでいた。


「いや、私はあの戦いで実際に奴と戦い指揮していた軍団を瞬時に壊滅させられた。私が見間違うはずがない」


 メアリがパウリナにもよく見えるように開いた左目は義眼、彼女の片目は過去の戦いで失われていたのである。


「確かに奴は件の卑猩とは異なり二刀の刀を扱い、属性攻撃も雷ではなく水を好んで使っていた。しかし私にはわかる、あの太刀筋は間違いなくギラファのものだ」


 メアリの必死の訴えにパウリナはようやく考えを改めたのか、オリンとフィーアの双子に視線を向けた。


「……二人ともすぐにアルディス大陸に戻ってアレーナルベルス城を確認して、奴らの死体が見つからなかったなら、草の根をわけてでも探し出しなさい」


 その指令に一応双子は頭を下げる。しかし内心は不満だらけなのか微かに口元を歪め、余計なことを言ったメアリを睨みつけていた。

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