第三十八話「漂流の行方」
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成長する衣服?
辿り着いた場所は廊下の端に位置する場所。扉には麒麟族の紋章が刻まれており、ここが重要な場所であることは容易に想像できる。
「……中はどうなってんだろな?」
金属で出来た無骨な扉、莉乃はそのままドアノブを探そうとして、いきなり扉が上に開いたため危うく前のめりに倒れそうになった。
「っとと……」
姿勢をなんとか制御して転倒を回避すると莉乃はそのまま部屋の奥に足を踏み入れる。
冥月もまた彼女を追いかける形で開かれた扉から部屋の中へと入っていった。
「これは……?!」
あまりの光景に驚愕する冥月。扉の奥に広がっていたのは潜水艦か何かの発令所を思わせるような広大な空間。
半楕円の形状をしたその部屋は壁沿いにいくつもの計器類が並び、無数のモニターがその上に設えられている。
その光景はまさに艦橋と呼ぶべきものであり、間違いなくこの船を動かす際にはここから指令を出すであろうことがわかった。
そんな艦橋だが、なぜか部屋の中央部には野戦服を纏ったEMS兵士が十数人おり、荒縄でぐるぐる巻きにされた上に床に座らされ、遠巻きに爬人たちが眺めるという有様を呈している。
「……なんだ、こやつらは……」
「冥月殿、無事じゃったか」
爬人たちの中から清白とベルゼルト、さらにはフォルネスの三人が進み出てきた。
ベルゼルトはいつも通り簡素なシャツにズボン、フォルネスも質素なメイド服という出で立ちだが、なぜか清白のほうは普段纏っている羽織がなくなり、青い和服のみの姿となっている。
「どうにか、な。何があった?」
冥月の問いかけに対して清白の隣にいたベルゼルトが眉根を寄せた。
「……こいつらアレーナルベルス城の兵士だったみたいですが、隙あらば俺たちの命を奪おうと船の中に潜んでたんですよ」
なるほど、十分にありえる話しだろう。アレーナルベルス城の城主キャサリン・フリューゲルはすでに亡くなり、彼女の元にいた兵士もまた大半が『禁足地』で運命を共にしたものの、生き残りがいるのは自然な話しだ。
そんな兵士らがキャサリン敗死を知り一発逆転を狙って船に潜み、仇を討たんとするというのは十分あり得る話である。
「……それがこの異常事態に巻き込まれて、何人かが先走り行動をしたのじゃ」
やれやれと言った調子で肩をすくめる清白。どうやら潜伏兵士のうちパニックを起こしたものが艦橋を襲撃したらしい。
先程聞いた銃声はこの艦橋でEMS兵士が発砲した音だったのだろうが、周りの状況を鑑みるに怪我人は出なかったようだ。
「……艦橋に来た者は儂とベルゼルト、それからフォルネスで押さえ込んだが、まだ潜んでおる可能性も捨て切れぬゆえ、マスティマを中心に腕自慢の爬人たちが船内を山狩り中じゃ」
もっとたくさん兵士がいるのだろう。そう清白が冥月に説明していると、艦橋の扉が開いて先程話題に上がっていた人物、マスティマが何人かの爬人を引き連れて現れた。
「……座って」
マスティマの短い指示とともに爬人らによって無理やり床に座らされたEMS兵士は総勢30人。先に捕まっていた兵士を加味すると小隊規模の兵士が潜んでいたことになる。
「マスティマ……」
「冥月に、莉乃、無事だった、みたいね」
にこりともせずにそんなことを言うマスティマだったが、その双眸の奥は踊っており、実際にはホッとしたであろうことがよくわかった。
「船内くまなく、探した。多分潜んでたのは、これで、全員……」
「犠牲が出る前でよかった。事前に対処をしてくれてありがとう」
冥月が一礼すると恥ずかしそうに清白は鼻をこする。
「当然のことをしたまでじゃよ。さて……」
清白、ベルゼルト、マスティマ、フォルネスの目が一斉に捕虜となった兵士に向けられたため、彼女らはビクッと身を震わせた。
「問題はこやつらをどうするか、じゃな」
「下等な家畜に奴隷が、私たちにこんな羞恥を与えてただで済むと思うなっ!」
空元気なのかもしれないがこんな時でもEMSの人間は威勢が良い。
「羞恥で済めば良いがな。君たちEMSがこれまでその下等な家畜や奴隷に何をしてきたか考えると、それだけで済まないかもしれぬぞ?」
脅かすようにそう冥月が告げると、兵士らは死刑宣告を受けた囚人かのように顔色を真っ青に変え、縮み上がる。
「……まあ、大人しくしているならば悪いようにはしない、我々は君たちとは違う」
そう告げる冥月を清白は苦々しく見つめた。たしかに捕虜は丁重に扱わなければならないが、相手はこちらを蔑み一方的に攻撃してきたEMSの一員、清白としては割り切れない部分があるのである。
「し、信じられるものかっ! 貴様ら下等生物が言うことなど……!」
「まあ落ち着け、君らの命が欲しいならすでにやっている。だが今はそんなことを言っている場合ではないだろう?」
冥月の言葉通り、現在この船は正体不明の現象に巻き込まれておりこのままでは明日どころか一秒後にどうなってるかすらもわからない。
この船にいる以上和人も爬人も、EMS人もない生きるも死ぬも同じ、こんな現象の中では種族の違いなどなく今は運命共同体と言うべきものなのだ。
「とにかく今は協力してこの事態をなんとかすることだ。状況打破に協力するならば悪いようにはしない、だがそれでも我々の命を狙うというならば、今度は覚悟を決めよ」
ちらっと冥月は居並ぶ面々に視線を向けたが、今度は清白も仕方ないといわんばかりながら頷いている。
「……わかった。ならば少しばかり協力しよう」
「隊長っ!」
EMSの士官が承諾の意を示すと彼女の部下であろう兵士が声を上げた。
「残念だが生き延びるにはこれしかない。今は耐えて再起を図るのだ」
「……はあ、そう言う相談は他所でやれよ……」
呆れたように言うベルゼルトだったが、とにかく協力してくれるならばそれに越したことはない。
「マスティマ、武装を解除した上で縄を解いてやれ。彼女らに監視はつけるが丁重に扱うこと、良いな?」
「……承諾」
「では、彼女らは適当な空き部屋に、尋問は後で私とアルルで行う」
一礼したマスティマが何人かの爬人とともに捕虜の兵士らを連れて艦橋から消えると冥月はホッと一息つく。
「相変わらず甘いが、まあ良き采配と言えるかもしれぬな」
ちらっとフォルネスを見てからそんなことを呟く清白。彼女としてはもっと厳しいことを望んでいたのかもしれないがこの非常事態では仕方ないと自分を納得させているようだ。
「……実際に動いた者たちには、申し訳ないがな……」
「いや、旦那が言うことなら俺たちは従いますよ。それに実際のところ処遇は決め兼ねてたので、旦那に采配してもらえて助かりました」
もっとも何かあった場合の責任は冥月がかぶるということでもある。ベルゼルトは少し心配そうだったが、これまで冥月が多くの困難を乗り越えてきたことはよくわかっているため結局何も言わなかった。
ベルゼルトから見れば戦力の拡大を図ったように見えたかもしれないものの、冥月としては必要以上の犠牲は出したくないが故の処置である。
「……まあ、お主の甘さ加減は今に始まった訳でもないしのう……」
やれやれと言った調子で肩をすくめると、清白は艦橋の計器類を調べている爬人達の方に歩いていった。
「とりあえずどうにかなって良かったじゃねーか」
カラカラと笑う莉乃に対して冥月は険しい表情で頭をかく。
「……そうだな、当面彼女らの動向は見張る必要があるが、さすがにこんな状況ではこれ以上無茶な真似はしないだろう」
そんなことよりも、アルルはどこに行ってしまったのだろうか?
もしかしたら彼女ならば現在置かれているこの状況を分析できるかもしれないのだが……。
「冥月さんに莉乃、ここにいましたか……」
そんなことを考えていると、扉が開いてアルルが艦橋に入ってきた。
その左手には何故か清白が普段身につけている羽織が握られており、何の調査をしていたのか右手にはノートを持っている。
「アルルか、ちょうど良かった」
「あー、少しお待ちください」
冥月が質問しようとすると、彼女はそれを遮り、計器類と格闘するボティスと会話する清白に近づいた。
「解析してみた結果、どうやら未知の素材で出来ているようです」
「……ふむ、やはりそうか……」
二人の会話が気になった冥月と莉乃は、清白がアルルから羽織を受け取り上から着るのを待って彼女らに近づく。
「何の調査を?」
冥月の質問に対してアルルではなく清白が答えた。
「うむ、儂の服は宝珠と同調とやらを果たした際に変化したのじゃが、先程兵士が拳銃を撃った際に衝撃すらも殺して儂の身を守ったのじゃ」
廊下にいる時に聞いた発砲音、どうやら清白の肩口に命中したらしいが、彼女はおろか羽織にすら傷一つつかなかったのだとか。
「それで艦内の機材を使って素材を調べてみたのですが、この世界のいかなる物質とも符合しない未知の素材で出来ていました」
はた目には何の変哲も無い布にしか見えないのだが、理気が込められていない拳銃の弾くらいならば弾くことが出来る布、しかも衝撃を通さないとなるとかなり特殊な素材かもしれない。
「けどよ、アルルでもわからないなら、清白の服の正体はわからないままになりそうだな」
残念そうに呟く莉乃。しかしアルルはすぐさま首を振ると持っていたノートを開いて中身を見る。
「正体は掴めませんでしたが、実験の結果いくつかの不思議な特徴は見つかりました。一つは異常なほどの防御性能、理気による加護がなくとも銃弾を跳ね返し、ナイフの刃すら通しませんでした」
防弾の上防刃、この調子でいけば防火性能くらいはありそうだ。
「さらにはこれまで何度も戦いを潜り抜けてきたにもかかわらず、損傷は一切ありませんでした」
それはたしかにおかしい。清白は燕を思わせるような身軽な動きで攻撃をかわすことが得意だが、だからと言って全く被弾していないわけではない。
どうあったとしても飛び散った爆炎や瓦礫の破片で服は大なり小なり傷つくはずである。
「……一切とは、本当に一切ないのか?」
信じられないといった調子で疑念を口にする冥月に対してアルルは素早く頷いた。
「はい、電子顕微鏡も使いましたが、かすり傷一つない無垢なものでした」
そこまで続けてしかし、とアルルは前置きをしてから驚異的な言葉を口にする。
「再生したかのような痕跡はありました。メンテナンス用のナノマシンに経年劣化した服を修復させた際に見られる痕跡に酷似したものです」
ただしあれよりも遥かに緻密なもの、と付け加えると難しい表情でまたしても恐ろしいことを言い始めた。
「痕跡は複数ありましたがどの箇所も他の部位よりも強化されていました。つまり……」
「一度傷ついた場所は再生され、しかも強化される。服自体が成長しているようにも思える、か?」
冥月の先回りにアルルは頷くと、ちらっとノートに目を落とす。
「その通りです。おまけに微弱ながらオーラか何かのように理気の障壁が常に発生しており、これも着る者が強くなると強化される可能性があります」
つまりはこの服は着ている限りはある程度のダメージは無効化出来る上、持ち主とともに成長するということだ。
「このような素材はEMS広しといえど確認されてはいません」
当たり前である。そこまで高性能な装備が量産されていたらこれまでの戦いも遥かに苦しいものとなっていたことは間違いない。
「……なんにせよ、しばらく調査が必要です」
そこまで話し終えるとようやくアルルは冥月に目を向けた。
「さて、冥月さん、私に何か訊きたいことがあるのですか?」
清白の服のせいで頭から飛んでいたが、船を襲ったこの現象について知らねばならない。
「……アルル、君なら今この船が直面しているこのおかしな現象がわかるのではないか?」
冥月の言葉にしばし沈思黙考するアルル。しばらくして頷くと、ゆっくりと口を開く。
「……『時空捻転現象』、おそらくそれに巻き込まれたものと思われます」




