第三十六話「船出」
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キャサリンの建造した戦艦は『禁足地』から発掘されたオーバーテクノロジーをせっくりそのまま使用しているだけあって内部はEMSの兵器というよりもなんとなく麒麟族の地下神殿を思わせる雰囲気だった。
実際のところキャサリンは『禁足地』に眠っていたオーバーテクノロジーを現行の戦艦に活かしたのではなく、古代の戦艦を一部修復してそのまま使おうとしていたような、そんな印象すら受ける。
「……いかなる技術かは不明ですが、EMSの発電機やリアクターよりも遥かに高性能と言えます」
外でキャサリンとの戦闘が行われている頃から調べていたのか、戦闘終了後、いくつかの問題を片付けた後に冥月が機関室を訪れると開口一番アルルはそう告げた。
現在機関室はヤーハンの地下神殿から呼び寄せられた爬人たちがあちこちで調査をしており、随分と騒がしくなっている。
アルデア城制圧に向かっていたオリンとフィーアの配下は城を破壊したものの爬人を一人も発見できなかったためか、招集のためマスティマと清白が城の様子を見に行った時にはすでに撤退していたらしい。
そのため、特になんの苦労もなく爬人たちはヤーハンから転移、この船に集まって来ることが出来た。
「EMSの発電機はネクロス複数人を電池に使い理気を電力に変換していますが、これは補給する必要すらない、永久機関です」
アルルによれば大都市の発電所を含むEMSの発電機はネクロス、つまり変異した和人を電池のように使い、理気を電力に変化しているとのこと。
「……ネクロスを組み込むような発電機ならば即座に破壊していたがな」
相変わらず人権とは無縁なことを思いつく国である。厳しい口調で冥月が機関室を後にしようとすると、扉が開いてベルゼルトが入ってきた。
「冥月の旦那、ここでしたか」
「ベルゼルトか、面倒をかけてすまなかったな」
ベルゼルトらを始め避難していた爬人らは現在この戦艦に集まっており、あちこちでそれぞれに合った作業をしている。
動かせるならばそれに越したことはないが、そのためにはかなり時間がかかりそうだった。
「いえ、俺たちみたいに戦えない者は旦那たちのサポートをしてなんぼですから」
豪快な調子でベルゼルトは笑う。実は先程火事場泥棒とばかりに力自慢の爬人たちはアレーナルベルス城の書斎にあった膨大な資料を戦艦内部に移していた。
アルル以外にこの世界のことを知る者がいないため一冊の本であろうとも貴重な状況、それ故に冥月はベルゼルトらにそのような指示を出したのである。
「それにしても随分早かったな」
「そりゃ俺たち爬人は力自慢ですからね。それに城にあった荷物運搬用のサンドバギー、こいつらが威力を発揮してくれました」
豪快に笑い飛ばすベルゼルトだったが、ふとその表情が曇った。
「……ところで、例のお嬢ちゃんのことなんですが……」
「……フォルネスだな?」
マスティマとルシルを救うためにEMSに冥月らを売ろうとした少女。
オリン、フィーア、共に和人を見下していたために詰めを誤り最悪の事態は回避出来たが場合によっては全滅していたかもしれない。
「俺たちは直接被害を被ってないですが、旦那と莉乃の姐御、清白の嬢ちゃんは……」
「……彼女の処遇は今のところ私に一任されている。今こんな状況で彼女を失うのは惜しい」
現在戦艦内にはこれまで冥月らと行動を共にしていた爬人だけでなく、アレーナルベルス城の使用人もいる。
それでもまだEMSに比べれば人員は少ないため、ここで一人でも失えば致命的だ。
「……ですけど……」
「彼女は心の底から悔い、今後二度と裏切りは行わないと誓ってくれた」
それに彼女があんな行為に出たのはマスティマとルシルを想うが故、二人ともこちらにいる以上もう同じことはしないだろう。
「何も無罪放免というわけではない、彼女は私が見張ることになっている」
「まあ、旦那がそう言うなら俺としても文句はないですが……」
完全に納得したというわけではなさそうだが、人員が限られている中で活動を制限することの不便性はよく理解しているのかベルゼルトは静かに頷いた。
「すまないなベルゼルト、心配をかけて……」
冥月が静かに目を伏せるとベルゼルトのほうは申し訳なさそうに手を振る。
「いえ、それではまだやることが残ってますんで、失礼します」
ベルゼルトは冥月に一礼するとその場から立ち去った。
「……内通者をあれくらいで許すなんて甘いと言われても仕方ありませんよ?」
アルルもまたフォルネスには思うところがあるのか、バイザーの奥からじっと冥月を見つめる。
「君の言いたいことはわかる。しかし人間生きていれば間違いは犯すもの、心から悔い改めることが出来るなら、きっと人間はやり直せる」
「……そうですね。そうだったら、良いですね」
何やら含みのある口調、アルルの表情自体は特に変わっていないがなんとなく泣いているような、あるいは過去を後悔しているようなそんな風に見えた。
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「冥にい!」
機関室でアルルと別れ、一人になろうと戦艦の甲板に登った冥月だったが、そこにはすでに先客がいた。
「莉乃か、こんなところでどうした?」
「……冥にいこそ……」
欄干にもたれかかるようにして冥月は莉乃の隣に立つ。なんとなく莉乃が沈んでいるような気がしたからだ。
「キャサリンのことか?」
「っ! わかるのか?!」
弾かれたように冥月を見る莉乃だったが、ぼんやりした表情でキャサリンと戦った場所を眺めていればなんとなく察しはつく。
「……あれはもうどうしようもなかった。君が気にすることではない」
「俺さ、なんとなくEMS貴族さえ倒せばなんとかなると思ってたんだ。あいつらを倒せれば、俺たちも自由になれるって」
だがキャサリンはそう望んだわけでもないのに貴族としての生き方を強制され、結果的に染められてしまった。
「……当てが外れてしまったわけか、生き方を選べないのは和人や爬人、EMS平民だけでなく貴族も同様だった、と」
「……ほんとに冥にいに隠し事はできねーな」
しばらく莉乃は腐食の跡が色濃く残るキャサリンとの決戦地を眺めていたが、微かに頭を振る。
「……誰を倒せば、俺たちは自由になれるんだろうな?」
「支配者であるEMSが滅びれば少なくとも和人や爬人は自由となる。しかし……」
その先はもう言う必要はない。先程からずっと莉乃が気にしている通り、ベクトルは違えど自分たちと同じように束縛されてきた者もともに滅びることになるのだ。
それは果たして本当の意味での解放と言えるのだろうか?
「……だが、一つ気になることがある」
神妙な声で口を開いた冥月に対して、莉乃は首を傾げる。
「ノリスにキャサリン、二人とも我々との決戦時、明らかに異様な形態に肉体が変異した」
二人とも本来あった人格が失われており、戦闘時には蟷螂と人間を混ぜて巨大にしたかのような怪物じみた姿に変貌した。
しかもこの二人はEMS貴族であり、さらには女性という共通点すらある。
「EMSの女貴族はみんなああいう能力があるってことか?」
「……いや、ヴィルヘルミナは清白に追い込まれても変異しなかった。それにロベルトの反応を鑑みるとEMSで知られている現象ではないのだろう」
何者かが特定のEMS貴族、恐らくは女性を操り身体を乗っ取っているというのはあくまで仮説でしかない。
しかしこれほど短期間で似たような現象が続くとなると当たらずしも遠からずと言った程度には信憑性が高まるというものだ。
「……そしてアルルの言葉通りならキャサリンはどこかのタイミングで考え方が変わった」
「その段階でキャサリンの思想が面白くない誰かが洗脳か何かをやらかしたってことか?」
険しい表情で仮説を聞いていた莉乃の疑念。これに対して冥月は頭を振る、否定でもって答える。
「……いや、まだなんとも言えない。それに情報が少な過ぎる」
これまで剣を交えたEMSの女貴族はノリス、ヴィルヘルミナ、キャサリン、オリン、フィーア。
そして怪物に変異したのはノリスとキャサリンの二人。それは確かだがあまりにもデータの総数が少ないため結論を出すには早いと言えた。
「なんにせよまずは目の前の……っ!」
「伏せろ! 冥にいっ!」
二人が危険を察知して頭を下げたのはほぼ同時である。
次の瞬間ドック全体が大きく振動し、天井の一部が崩落を始めた。
「……EMSかっ!」
「ああ、この感じ、まず間違いねーぜ」
間違いない、キャサリン敗死を知ってか知らずかマルクトが外側から攻撃を仕掛けてきたのである。
「……どうやら理力兵器ではなさそうだが、ここも長くは保たないな……!」
ここまでドック内部が揺れている以上、今のこの瞬間にもEMSは絶え間なくアレーナルベルス城に攻撃を仕掛けていると考えて間違いない。
それはつまり早々に脱出しなければこの空間に生き埋めになるということを意味していた。
「あいつら、もしキャサリンが生きていたらどうするつもりなんだよっ!」
「……いや、もしかしたらパウリナはノリスを見殺しにしたキャサリンを最初から暴徒鎮圧のどさくさに紛れて殺すつもりだったのかもしれない」
義憤にかられる莉乃に対して冥月の方は冷静なものである。
「ちっ! パウリナの野郎を倒すにしてもまずはここから脱出しないとダメじゃねーかっ!」
莉乃の言う通りパウリナの思惑はどうあれ、このままでは生き埋めになるのは間違いない。いよいよ冥月が覚悟を決めたその刹那
「っ! な、なんだ……?」
突如として艦の周囲を白い光のドームが覆い、周りから落ちてくる瓦礫を跳ね返し始めていた。
慌てふためく莉乃に対して冥月の方はなんとなく見たことがある現象のため、一歩引いた目線で推移を見守る。
「……(この感じ、麒麟族の神殿にあった転移装置が動いた時の現象によく似ているが……)」
瞬間すさまじい光が煌めいたかと思うと、冥月や莉乃ばかりか戦艦までもが一瞬にしてドックから姿を消した。
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「攻撃を終了、アレーナルベルス城の破壊を確認しました」
「ご苦労さん」
「少し休憩出来そうね」
アレーナルベルス城の遥か上空、巨大な空中戦艦に乗るオリンとフィーアは空爆を一旦停止させると眼下に広がる光景を満足そうに眺める。
すでに城は大量の爆弾によって瓦礫の山どころか巨大なクレーターとなっており、場内のどこにいても生き延びることはできそうにない。
「クスクス、あのババアもやっと役に立ったという感じね」
「うん、これでお母さまに褒めてもらえるわ」
二人ともキャサリンが敗れたことを知って攻撃を仕掛けたわけではなく、とりあえずで城を破壊したのだ。
ノリスを見殺しにした者の命は最初から奪うつもりであり、城を破壊したのも冥月らというよりかはキャサリンに向けられた攻撃である。
「これでまたゴミが一人減ったわね」
「うん、私たち良いことをしたわね」
クスクスと笑い合うオリンとフィーア、冥月らについては砂漠の中で勝手にのたれ死んでいるだろうと結論づけていた。
「それにしてもフォルネスは使えなかったわね」
「ほんとほんと、密通をあの卑猩に見抜かれるなんて、やっぱ隷爬は駄目ね」
フォルネス自身は完璧とは言えないまでも役目を果たし、計画の詰めを誤ったのは二人の慢心だったのだが、そんなことはもう忘れたらしい。
「それじゃ早くアベルディンに帰ってお風呂にでも入りましょう」
「賛成、私もうこんな砂漠には一秒たりともいたくないわ」
空中戦艦は進路を西へと変えてアベルディンへと向かう。結局オリンにせよフィーアにせよ、冥月らが生き延びているとは最後まで思わなかった。




