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麒麟将  作者: 花鏡
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第三十五話「仕組まれた戦い」

いつもお読みいただきありがとうございます。励みになります。


キャサリンとの決戦。






『ふふふふふ……。あはははははは……!』


 ドック内を縦横無尽に飛び回りながら哄笑するキャサリン。そのまま冥月たちめがけて口から瘴気弾を放つ。


「ちっ! 毒がある上、飛ぶのが得意な蟷螂とうろうなぞ蟷螂とうろうではないぞっ!」


 理気を込めた刀で瘴気弾を中和しながら清白は吐き捨てるように呟いた。


「……あくまで見た目が蟷螂かまきりに似た別の生命、と考えるべきかもしれないな」


 冥月もまた先程の戦いの消耗を押しながら理気をまとめ、無限とも言えそうなキャサリンの瘴気弾に次々と対処していく。


「正体なんてどうだって良い、結局俺たちの敵である以上戦うしかないぜ!」


 空間に満ちていた瘴気弾を戦斧の一振りで消滅させると、莉乃は空中を飛び回るキャサリンめがけていくつもの火炎弾を放った。


『あははははは……! 遅い、遅過ぎるわよ卑猩!』


 だがそれなりの体躯を持つにも関わらずキャサリンの動きは不気味なほど早く、莉乃の火炎弾を全てかわしてみせる。


「野郎……!」


 悔しそうに奥歯を噛みしめる莉乃だったが、マスティマは槌鉾を構えながらポツリと呟いた。


「……かわした、理気の障壁を、張らずに……」


 マスティマの言葉に冥月はハッとしたようにキャサリンを見上げる。


「……そればかりではない、身体を再生させてもいない?」


 前回ノリスが蟷螂に変貌した際、彼女は四肢が切断された場合即座に再生させていた。

 しかしキャサリンは同じように産卵管と後ろ足を失ってもそれをせずに飛行することで動きを補っている。


 おまけに瘴気に変換するための理気を備えているのならば飛び回らずに障壁を張り莉乃の攻撃を弾くことも出来たはずだ。

 それをせずに限定された空間で攻撃をかわすのはあまりにも非効率的ではないか?


「……ふむ」


 一瞬の隙をついて清白はキャサリンめがけて刀を投擲、理法念力でその軌跡を操る。


『あははははは……。あんたらの攻撃なんて当たらないのよ!』


 当然ながらキャサリンはこの一撃を回避したが次の瞬間、別方向から飛来した戦斧が彼女の右前足を両断した。


『なっ! あっ!』


「へへ、自分から俺の射程内に入ってくるなんてな」


 空中を舞う蟷螂の鎌、だがその鎌は内側から紫色の泡を吹いて液化、地面に落ちる前に空気中に霧散、蒸発する。


「……なるほど、な」


 冥月は麒麟剣を下ろすと、前足を再生させず相変わらず瘴気弾を放ちながら宙を舞うキャサリンを睨み据えた。


「もう辞めろキャサリン」


 その言葉に一瞬身体を震わせて空中に静止するキャサリン、その瞬間彼女の下腹部から生えていた中脚が一本ちぎれて地面に落下する。


「貴様ももうわかっているはずだ。その姿は長くは保たないと……」


 冥月のすぐ近くに落下したキャサリンの中脚は先程の鎌同様、地面に着くのを待たずに液化、蒸発した。


『何を、言って……!』


「その毒はあまりにも毒性が強過ぎるが故に貴様自身の肉体をも内側から蝕んでいる」


 先程中脚が勝手に欠落し、そのまま瞬時に消失したのと同じように彼女の毒は末端部分から侵し腐らせ、やがては内臓をも壊死させるであろう。

 彼女は再生しなかったのではなく毒の影響で再生出来なかったのだ。おまけに全身の細胞が侵された結果、かなりの理気を保有しながらも崩れつつある身体には負荷がかかりすぎるために細かい動きには扱えなくなっている。


「……貴様の身体はもはや溶けて地に還るのを待つばかりだ。せめてその前に自分の罪と向き合い、心静かに人としての死を受け入れよ」


『う、うぐぐぐ……』


 冥月が説得する間にも毒による汚染は広がっているのか、残っていた左の前脚も末端部分から溶け始めており、中脚もまた今にも千切れそうなほどに揺れていた。


「……自分の生命を担保にした戦いに意味などない、もう辞めよう」


「……冥にい」


 心から刻一刻と近づく自滅を哀れむ冥月、それに対して莉乃もまた彼の悲しみが伝わったのか目を細める。


『確かに、確かに貴様の言う通りかもしれない、しかし、しかし……!』


 毒を振り払うかのように身体をよじると、残っていた中脚と前脚が腐り落ち、人間の腕と翅のみが残るあまりにも無惨な姿となった。


『貴様ら下等種族に情けをかけられるなど死んでも御免よっ!』


 空中から瘴気弾を大量にばらまくキャサリン。どうやら呼吸器官にも毒が回り始めたらしく非常に聞き取りにくい声である。


「辞めろキャサリン! 自ら死を早めるなっ!」


『構うものかっ! 貴様に情けをかけられるくらいならば、この場にいる全員を道連れにしてやる……!』


 激するキャサリンだが、あまりに濃度が濃い瘴気弾が吐き出されたためドックの天井すら強酸に触れたかのように腐り始めていた。

 しかしそれは吐き出すキャサリンも同じようで何の防護服も纏っていないその身体は次第に爛れ、筋繊維が露出している箇所すらある。


 それでも戦闘を辞める気配はなく、ひたすらに瘴気弾を放ち続けていた。


『うぐおおおおおおおおおおおおお……! 死ね、死ねええええええええ……!』


「っ! あの野郎、あんな見た目になってもまだ動けるっていうのか……!」


「……ネクロスと似たようなものだな。変異した影響で大量の理気を溜め込んだために、本来ならば崩壊するような状態でも無理やり肉体が維持されている……」


 あまりの姿に慄く莉乃、基本的に感情を表に出すことは少ない冥月ですらも眉をひそめるような姿である。


「……倒して、あげて」


 じっと暴走するキャサリンを眺めていたマスティマはそう呟いた。


「彼女もそれを望んでる」


「彼女、とは、キャサリンのことか?」


 清白の問いかけに対してマスティマはすぐさま首を振る。


「あの蟷螂かまきり、じゃなくて、本当の、彼女……。もう、死にたがって、いる……」


「本当の、キャサリン……?」


「そう、苦しんで、誰かに、助けてもらいたがってる……」


 マスティマは頷くと理気を込めた槌鉾の一閃で空間に満ちようとしていた瘴気を打ち消した。


「……ならば私が倒す」


 覚悟を決めるとともに冥月はマスティマの隣に進み出る。雄叫びを上げながら瘴気弾をばらまくキャサリン、彼女を救うためにはもはや生命を奪うしかない。


「……まずはあの毒を、消す必要が、ある」


 手に持っていた槌鉾を消すと、マスティマは指輪を外して冥月に差し出した。


「……使って? 繊細な動きは、私よりも、あなたが、得意なはず。それに……」


 基本的に表情が変わらないマスティマにしては珍しく、微かに笑みを浮かべる。


「貴方の力を、見てみたい」


「……マスティマ」


 じっくりと考えている暇はなかった。マスティマの差し出してきた指輪を受け取り、右の人差し指に装着すると冥月の周囲に力が満ちる。


「大地の力、か」


 冥月は麒麟剣を地面に突き立てると理気を集中、キャサリンに向けて右手をかざした。


『ふん、理法念力で私を引き寄せ、斬るつもりか、しかしな……!』


 キャサリンは自分の吐き出した瘴気を操り身体に纏う。

 そんな真似をすれば身体の汚染は一気に進行し自らの生命を著しく縮める結果となるのだが、冥月を道連れにしようとするその一心に支配されているキャサリンはそのことには気づいていない。


『うぐっ! さ、さあ、やれるものなら……やってみなさいっ!』


「……もう、限界らしいな。良いだろう……」


 彼女に対する気持ちはもう哀れみしかない、自分の生命を削ってまで戦う彼女はあまりにも哀れだ。


「……今、楽にしてやる」


 理法念力でキャサリンを引き寄せるとともに冥月は土と雷の理気を収束させる。


『えっ!』


 強烈な磁場によりキャサリンは周囲の空間ごと隔絶されて身にまとっていた瘴気が分離、同時に空気中の理気が特殊な土に姿を変えて霧散しようとしていた瘴気を吸収、無力化した。


『あ、ああああああ……!』


「終わりだ……!」


 瘴気を失った以上、今のキャサリンは無防備である。冥月は地面から素早く麒麟剣を引き抜くとともに理気を込め、彼女の身体を肩口から袈裟斬りに両断した。


『ぐぎゃあああああああああ……!』


 血は一滴も出ない、しかしもはや再生不可能なダメージを受けたキャサリンは地面に転がる。


『あ、ああああ……! あああ……』


「な、なんじゃ? 様子が、おかしいぞ?」


 訝しげに表情を変える清白、今のキャサリンは身体を斬られ、あとは毒により死ぬしかない運命。

 しかし彼女が身に纏っていたEMS貴族特有の悪意が一気に薄れたのだ。


「……随分、長く、悪い夢を見ていた気が、するわ」


 苦痛の叫び声を上げていた地面に転がる異形の女性からやっと漏れた言葉はあまりにも穏やかな、優しい声である。


「っ! キャサリン?!」


 驚いたように目を見開く冥月、声ばかりではない彼女の瞳は闇のような暗いものから、本来EMS人が持ちうる碧眼に戻り、その双眸には穏やかな光をたたえていたからだ。


「……思い、出した、わ。随分昔、卑猩も隷爬も同じように、扱っていた頃の、気持ち、を……」


 アルルが語るところによればキャサリンは若い頃には優しい気性を持ち、和人も爬人も大切に扱っていたという。

 キャサリンと対峙した際には信じられなかった冥月も今の彼女を見れば納得せざるを得ない。

 彼女の纏う気運はそれほどまでに穏やかで優しいものだったのだ。


「何でだよっ! お前みたいな奴が、どうしてあんなことをしたんだよ!?」


 キャサリンの優しげな気配にあまりにも遣る瀬無い、世の無常とも言うべきものを感じたのか莉乃は叫ぶ。


「……私もどうしてこうなったのか、わからないの。EMS貴族として生きる内に、いつの間にか、他の貴族同様に、かれらを乱雑に、扱うように……」


 あとはもう止められなかった。和人も爬人も人間以下の奴隷とみなして酷使し、挙句人体実験にすら使う。

 かつての優しき令嬢はもはや存在せず、変わってEMS貴族らしい性質の女君主が現れたというわけだ。


「……私は許されないことをしました。そんな私が、穏やかに死ぬことなど、許されるわけが、ありません」


「そんなことはない」


 じっとキャサリンを眺めていた冥月だったが、彼女に近づくと跪いて上半身を抱える。


「っ! いけま、せん。私の爛れた、穢れた身体に触れては……」


「そんなことを気にする必要はない」


 静かに告げると冥月は変わり果てた彼女の額にそっと右手を置いた。キャソックを身につけた彼がそうしていると、まるで若き司祭のようにも見える。


「貴方は今、心から自分の罪を悔いた。死ぬ前に貴方はけだものから人間に戻り、肉の支配から解放されたのだ。貴方の罪はもう赦された」


 冥月自身思いもよらぬ言葉が肺腑から絞り出された。まるで冥月の中に誰かがいてその人物が発したかのような、そんな感覚である。


「ありがとう、お礼じゃないけど、私の持ち物は、全て貴方が、好きに使って良いわ。きっと、貴方の力に、なる……」


 もう最後の時が違いのかキャサリンの瞳は白濁し、身体も氷のように冷たくなっていた。しかし冥月と会話したためか彼女の表情は先程とは違い、安らかなものである。


「これでようやく、終われる……」


 キャサリンの身体から力が抜けるとともにその身は毒の影響か、骨すら残らず消滅した。


「……冥、にい?」


 跪いたまま動かない冥月を心配して莉乃は近づこうとしたが、彼の心中を察したのか途中で足を止める。


「……彼女はキャサリン・フリューゲルは、たしかに罪を犯したが、最後にその罪を悔い、人間として死んでいった」


 静かに立ち上がると冥月はしばらく天を仰ぎ、やがて精悍な表情で一同に目を向けた。


「……行こう、我々にはまだなすべきことがある」


この度いかろす氏から拙作のヒロイン、莉乃のイラストをいただきました。


ご覧頂けると幸いです。

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