第三十四話「キャサリン・フリューゲル」
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三十四話目となります。
覚醒のキャサリン。
変わり果てたその姿はノリスと同じく人間と蟷螂を繋ぎ合わせたかのような巨大な怪物のものである。
肩から生えた前脚には鎌が備わっており、背中には翅を収めた外甲、巨大な産卵管に中脚と後脚、まさに異形というべきだ。
「あの顔……」
異変に気づいたらしく冥月は微かに眉をひそめる。まだ20代前半といったノリスの変容時には気づかなかったのだが、キャサリンの上半身、人間の形を色濃く残す部分は大きく様変わりしていた。
歳を経てざらついた肌は水を弾くかのような潤いあふれるものとなり、重力に引かれて垂れ下がっていた乳房もまたハリのあるものを取り戻してその豊乳のまま上を向いている。
その長い髪もまた艶々とした絹糸のような美しさを取り戻し若作りからか、もともと小皺の少なかった顔もまた十代の美貌を取り戻していた。
唯一ノリスと変わらないのは妊婦のように張った巨大な腹部と身体の各所から新たに現れた蟷螂の器官くらいであろう。
それ以外の部分すなわち人間部分のキャサリンの見た目は彼女の若い頃、おそらく20年近く前のものに変わっていたのだ。
「……ついに正体を現しやがったな……!」
戦斧を構える莉乃の隣で冥月も麒麟剣の切っ先をキャサリンへと向ける。
「うむ、しかしノリスと同じような変貌ながら随分と若返ったようにも見える。もしかしたらあの姿になると、全盛期の肉体に戻るのかもしれぬな」
『ふふ、ふ……。選ばれた民しかなれない、完璧な姿よ』
産卵管を地面に突き刺すと、無数の魔螂獣を生み出すキャサリン。
だが今回現れたのはノリスのときのように土で出来たものではなく、形こそ同じながら金属質な、どこか機械的な姿をしていた。
「……前と違うようじゃな」
刀から凍気を放って魔螂獣を攻撃しつつ清白は呟く。
「ふむ、身体を構成する材料で変わる、と考えるべきなのかもしれないな……」
冥月の指摘通り、このドックの床は一面金属、何で出来ているかまではわからないがこれで身体を作ったのならば土になる方がおかしいのかもしれない。
「さあさあ、我が娘たちよ、下等生物を倒して私を助けなさい」
キャサリンは産卵管を地面から一旦抜いて後ろに下がると、冥月らから距離を取りまた魔螂獣を生み出す作業に戻った。
相変わらず際限なく現れる上、魔螂獣たちの身体は金属で出来ているためノリスのものよりも頑強だが、それでも理気を帯びていないならば冥月らの敵ではない。
「とりゃあっ!」
莉乃の投擲した戦斧は空中で複数に分身、いずれもその刀身は炎の理気を帯びて超高温に達している。
金属故に魔螂獣たちは飛びくる無数の戦斧に触れるや否や赤熱し溶断され、無惨な姿をさらしていた。
「……あやつ、複数の武器を同時に操れるようになっておったのか……」
末恐ろしい奴、とひとりごちながらも清白は刀から発する高水圧のウォーターカッターで魔螂獣を切り裂く。
「なんて強さ、戦えるのは、冥月だけじゃ、ない……」
心底感心したように呟くはマスティマ。彼女に関してはもはや人間技ではなく、ただ槌鉾を振るだけで魔螂獣は頭を吹き飛ばされ、木っ端微塵にされていた。
「……確か、冥月に莉乃、あの動き、もしかして、『七識』?」
『はっ! どれだけ倒しても無駄よ、何体でも生み出せるのだから……んんっ!』
泡立つ地面から次々と現れる魔螂獣たち、しかし冥月はすでにこれの対処法はわかっている。
「やれ、莉乃っ!」
「任されたっ!」
莉乃が戦斧を天高く振り上げると指輪が一瞬光り輝き空中に同型の戦斧が出現したが、その数たるや10、20では数えられないほどだ。
「理力剣っ!」
隕石のごとき勢いで飛来する戦斧、一つ一つには理気が込められており、落下するたびに理気の業火を巻き上げて魔螂獣を焼き尽くす。
『あっ! なっ!』
そしてそれはキャサリンもまた例外ではなく、産卵管の突き刺さっていた泥に戦斧が命中、理気の獄炎が瞬時に泥を赤熱させた。
『ぎゃあああああああ……! わ、私の、私の身体が……!』
あまりの熱さに絶叫するキャサリン。産卵管が刺さっていた泥は莉乃の理力剣で鉄がとろける溶鉱炉のごとき温度にまで瞬時に上昇したのである。
あまりの温度にキャサリンの身体は産卵管を伝って炎が燃えあがった。
『よ、よくも、よくもおおおおおお……!』
とっさに産卵管を切り離すと地面を転がり回って炎を消す。身体が大きいため全身が焼き尽くされる前に炎は消えたが、あまりにもダメージは大きい。
「……ほう、そんな状態でも再生出来るか……」
焼け焦げた外骨格や肌が瞬時に元に戻るのを見ながら冥月は幾度か頷いた
「当然よ、どんな傷も私の力があれば無効になるわ」
「だが感じた痛みは無効にはなるまい?」
麒麟剣を構え直すとともに冥月は目を細め、身体を再生しきったキャサリンを眺める。
「何度も死に至るような痛みを受ければ、死にたくなるぞ……?」
『生意気な、こっちにはまだ切り札があるのよ!』
キャサリンがニヤリと酷薄な笑みを浮かべるとともに、彼女の体内で異様な理気が蠢き始めた。
「……なんだ? この感じは……」
知覚した事象そのものは理気を属性攻撃に変換するようなものに近いが、キャサリン自身の理気、否生命力が衰えていくようなそんな感覚である。
まるで生命を削って属性攻撃をしようとしてるかのようだ。
『数多の卑猩を使って得た新たな力、その身で享受しなさい』
瞬間キャサリンの口から黒い霧のようなものが吐き出す。
「っ! ま、まさか、これは……」
慄くアルルの前で霧に触れた魔螂獣の亡骸は瞬時に崩れ落ち、跡形もなく塵に還った。
「おいおい、こりゃ、どうなってんだ!」
「……強い毒性を帯びた霧と考えるべきじゃな。触れただけでアウトとは……」
さすがに数多くの戦いを経てきた莉乃と清白であっても触っただけで毒に侵されるとなると慎重にもなるのか、武器を構えたまま後ろに下がる。
「……あの人、身体の中で、理気を、毒に変えてる」
先程冥月がやったようにキャサリンの身体を透過したのかマスティマは静かにそう告げた。
「つまり、あの肺に埋め込まれていた機械が……?」
確認するかのような冥月の疑念に対してマスティマはすぐさま頷いてみせる。
「発生装置、でも、毒が強すぎて、あの人にも、制御出来て、ない……」
「とにかく理気由来のものであるなら、理気で対抗できるはずだ」
冥月は素早く麒麟剣に理気を込めると横薙ぎに払うようにして理力剣を放った。
「理力剣っ!」
放たれた雷の理気は扇状に広がり、ドック全域を冒そうとしていた瘴気を無力化、霧散させる。
「なんとかなったらしいが、あまりにも厄介だな……!」
油断なくキャサリンの一挙手一投足に目を向けながら、冥月はアルルに声をかけた。
「アルル、フォルネスとルシルを連れて安全な場所へ、あの瘴気はあまりにも危険すぎる」
理気による攻撃でどうにかできるということは、逆に言えば理気を使いこなせなければ丸腰ということ。
呼吸はおろか触るだけでも致命傷になりかねないならば、アルルら非戦闘員がこの場にいるのはあまりにも危険過ぎる。
「……わかりました。どうかご武運を……!」
何やら表情を歪めたまま動かないキャサリンを一瞥すると、アルルはフォルネスとルシルを連れてドックの奥、戦艦のある方向へと走り去っていった。
『……この程度で、勝ったなどとは思わないことね……!』
何故か息を荒げながらもキャサリンは次の瘴気を放つべく体内の理気を活性化させる。
『死ねぇ!』
冥月めがけて放たれたのは先程のような毒霧ではなく瘴気を凝縮した瘴気弾とも言うべきもの。
「っ! こんなものまで使えるのか……!」
すぐさま回避する冥月だったが、瘴気弾が着弾した地点からは毒霧が立ち上り、急速に空間を汚染していた。
『ほらほら、まだまだいくわよ!』
連続して瘴気弾を放つキャサリンに対して冥月らは防戦一方、着弾した端から発生する瘴気の対応と攻撃の回避に追われて肝心の本体には攻撃出来ないのである。
「使いこなせていないなどと言っておったが、十分脅威ではないか……!」
「……そういう、こと、じゃ、ない」
瘴気を理気の込めた斬撃で撃ち払いながら毒づく清白に対して、マスティマは小声で否定したがそれ以上は何も言わなかった。
「冥にいっ! このままじゃジリ貧だぜ!? なんとかあいつに近づかないと……!」
「……問題ない、すでに奴の攻撃パターンは全て把握した」
焦る莉乃に対してそう告げると、冥月は未だ無数の瘴気弾を空中にばら撒いているキャサリンを見据える。
「……要は、近づかなければ良いだけだ」
冥月は麒麟剣に理気を込めるとともにこれを投擲、理法念力でその軌跡を操作した。
『はっ! 遠距離から理力剣を当てるつもりかしら?』
口から瘴気弾を放って麒麟剣の理気を打ち消すキャサリン。これでは命中したとしても理力剣を使うことは出来ない。
『残念だったわね。貴方の目論見は外れたわよ?』
「……さあ、どうかな?」
瘴気弾を受けても尚、冥月の理法念力に操られ高速で飛来する麒麟剣。キャサリンの近くにまで至ると回転し、彼女の後脚と産卵管のある蟷螂腹に狙いを定める。
『……え?』
「理力剣を使う必要はない。要は刃の入れ方の問題だ」
冷淡に呟くとともに麒麟剣は理気を使うことなくキャサリンの後脚を関節部分、つまり外甲に覆われていない柔らかな部分から切断した。
『ぎゃあああああ……!』
「駄目押しだ」
そのまま蟷螂腹をキャサリンと臀部の継ぎ目から切断し、円を描くようにしてもう片方の後脚も同じように関節から切断する。
あいかわらず血は一滴も流れてはいないが、切断された器官はキャサリンの周りに漂う瘴気によって一瞬にして融解、蒸発した。
「……自分の器官すらも冒す毒とは、な……」
静かに呟く冥月。ダメージは大きいのかキャサリンは倒れたままピクピクと身体を震わせるばかりで新たな瘴気を吐き出そうとはしない。
「……気を抜くでないぞ、冥月殿」
険しい表情でそのまま動かないキャサリンを睨みつける清白。
「ああ、あいつは多分まだ……」
莉乃が何かを言おうとしたその刹那、空気が震動する微かな音がしたかと思うと、キャサリンの身体が宙に浮かび上がる。
『よくも、よくもやってくれなわね……!』
背中から生やした透明の翅を羽ばたかせ、キャサリンはドックの天井付近にまで飛び上がった。
『下等な麒麟族どもが……! もう容赦しない! 一匹残らずグズグズに溶かしてやる……!』




