第三十三話「秘匿回廊」
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ようやく三十三話となります。
露出狂……?
「……さっきから止まる気配がないが、アルル、このエレベーターはどこに通じているのだ?」
「……ダウンロードした情報の中にはこのエレベーターは存在していません。おそらく秘匿された通路かと思われます」
とりあえずの勢いで飛び込んだが、冥月らばかりかアルルすらもこのエレベーターがどこに続いているのかわかっていなかった。
先程からずっと動き続けているのだが、止まる気配はなく、かなり深い施設に向かっているらしいことがわかる。
「……とにかくマスティマとルシルは確保出来たのだ。あとは脱出すること、だな」
「……やれやれ、脱出出来れば良いがのう」
冥月の言葉を受けて剣呑な表情でそう呟く清白。その言葉にフォルネスは申し訳なさそうな表情で静かに目を伏せた。
「……話は後だ清白よ。どうやらついたらしいな……」
エレベーターが停止するとともにゆっくりと扉が開く。地下特有のひんやりとした空気に、冥月は頬が引き締まるのを感じた。
「……造船所、いやドックのような雰囲気だな」
冥月の言うとおり地下に広がるその空間は岩石の壁や荒削りな天井など巨大な洞穴でありながらも、あちこちにクレーンや重工機が備えられており、船を建造するためのドックを彷彿とさせる。
ここまで乗ってきたエレベーターの大きさから考えると、あれは車両にパーツを載せて運搬するためのものだったのかもしれない。
「あ、あれを見てください」
興奮冷めやらぬと言った様子でルシルはドックの奥に入渠している巨大な船を指差した。
全長は300メートルはあろうか? その船は潜水艦のような形状をしている。しかし近づいてよく見ると、甲板や船の側面に大砲が備え付けられていることから、海中ではなくむしろ空中での戦いを念頭に置いている船であることがわかった。
だがこの船を見た冥月が気になるのはどう扱うかではない。
「あの紋章……」
どういうわけだか船首に、五つの丸と三日月、すなわち麒麟族の紋章が掲げられているのである。
「でっかい船だな冥にい、中はどうなってんだろな?」
訝しげな様子の冥月には気付かずその大きさに圧倒された様子の莉乃。しかしすぐ近くで何やら考え込んでいるアルルを見て首をかしげた。
「なんか気になるのか?」
莉乃に訊ねられ、アルルは顔を上げたものの、どこか遠い表情をしている。
「……いえ、状況から言ってこの船はキャサリンが用意したものなのでしょうが、EMSではこれほどの船を一貴族が持つことは許されていないはずです」
アルルによると過去に大規模な内乱が起きたため、EMS内部で貴族が持てる軍事力はせいぜい衛兵団か、あるいは小規模な私兵程度の戦力であり戦艦などの大型兵装は総督や元老院議長といった一部の有力貴族にしか許されていないらしい。
「キャサリンの家は元老院議員を輩出してこそいますが、イェンセン家やガドウィン家に比べるとさほどの力はありません。これは……」
「私の城に無遠慮なネズミが入り込んだと言うのは本当だったみたいね」
アルルの説明を遮るようにして、冥月らが降りる際使ったのとは違うエレベーターから一人の女性が姿を現した。
冥月らの前にゆっくりと歩を進めるその女性は、金髪に碧眼というEMS人らしい姿をしている。
年齢は30半ばから40前と言ったところか? スラリとした四肢にも肉がつき始めており、ヴィルヘルミナやノリスに比べると腰回りにボリュームがあった。
身につけているのは妙に露出度が高い白いドレス。スカートの丈そのものはそれほど短くはないが、ぴっちりと身体に張り付くような素材のため、豊かな胸や脂が乗り始めた腹が透けて見えそうである。
「裏切り者に卑猩に爬人、最低な組み合わせのネズミどもね。すぐに駆除してあげるから大人しくなさい」
「……キャサリン・フリューゲル、貴女もかつては和人や爬人を差別せず手厚く扱っていたと聞いています」
城に来る前もアルルはそんなことを言っていたような気がするが、現在目の前にいる女貴族、キャサリンからはそんな気配は微塵もない。
冷徹な気運にEMS人らしい他者を見下すような視線、ノリスをはじめとした多くのEMS人が冥月に向けた目だ。
「……忘れたわね。そんな昔のこと」
キャサリンはせせら笑うようにそう吐き捨てると険しい表情のままその場を動こうとはしないアルルを眺める。
「貴女が誰かは知らないけど家畜と奴隷に絆されるなんてEMS人の面汚しね」
「……私が何をしようが貴女には関係ありません。ところで、一つ訊きたいのですが……」
ちらっとアルルはドックの奥に入渠している新造艦を見た。
「あの船で何をするつもりですか?」
地方の一貴族にしてはあまりにも過ぎたる戦力、なんのつもりかは一切わからないが碌でもない企てであることは間違いないだろう。
「……話す必要はない、と言いたいところだけど、冥土の土産に教えてあげるわ」
ゆっくりとキャサリンは冥月らの前に立つと豊かな胸を押し上げるように腕を組んだ。
「『禁足地』から発掘したあのオーバーテクノロジー、我々『反女王連盟』の戦力として使う」
反女王連盟という単語に冥月をはじめとしたその場の和人、爬人は首を傾げたが唯一意味を知るアルルのみ息を飲む。
「……女王や元老院議長による一極支配を打破するための同盟です。主に野党議員や地方貴族が加盟していると言われています」
冥月の戸惑いが伝わったのか、アルルはそう説明した。
単なる政治的グループならばまだ良いかもしれないが、このような兵器、しかも『禁足地』から発掘したオーバーテクノロジーまで確保するとなると穏やかではない。
「……内乱を起こすつもりかっ!?」
冥月の言葉にキャサリンは笑みを浮かべながら首を振る。
「違うわ卑猩、私たちが手にするはずだったものをあいつらから返してもらうだけ」
どう言い繕ったところで武力による政権の侵奪を目論んでいる時点で正当性はない。
結局勝った者が自分たちの支配のために敗者の不当性を作り上げるだけだ。
「私たちが女王や宰相、議長を弑殺した暁にはEMSはより素晴らしい国に変わるでしょうね」
「ご高説結構だがな、俺たち和人や爬人はどうするつもりなんだ?」
莉乃の言葉にキャサリンはきょとんとした表情を浮かべていたが、やがてやれやれと肩をすくめてみせる。
「これは私たち人間社会の問題、貴方たち家畜にはなんの関係もない話しよ」
「つまるところお主らが勝っても儂らの処遇は何一つ変わらない、というわけじゃな」
呆れ果てたと言わんばかりの清白。結局頭が変わっただけであり、冥月ら和人、爬人に対する対応は変わらないというわけだ。
「家畜どもにはこの素晴らしさは難しくて理解できなかったかしら?」
「……能書きは結構だキャサリン・フリューゲル、お前が権力を欲していること、あの船で大量殺戮をやらかそうとしていることはよくわかった」
一切の油断をせずに、隙のない動きで冥月はキャサリンの前に立つ。
「大量殺戮ではないわ。より良き明日のための粛清よ」
「同じことだ。他人の生命を理不尽に奪うという一点においては……!」
冥月の言葉にキャサリンは嘲笑の笑みを浮かべると、長い金髪をかきあげた。
「平民や奴隷どもの命など、大した価値にはならないわ」
「っ! もう、我慢できねぇっ!」
キャサリンの言葉に莉乃は戦斧を具現化させて、怒りのままに飛びかかろうと身体をかがめる。
「……早まるな莉乃、私が良いと言うまで仕掛けてはならない」
「冥にいっ!?」
静かに首を振る冥月、アルルもまた眉間に皺を寄せた厳しい表情でキャサリンを見つめていた。
「安易に挑発に乗るな。これだけの人数を前にしてあんなことを言う以上、奴には何か秘策がある」
見たところキャサリンはなんの武器も持ってはいない。しかし彼女から発せられる理気には一切の死の恐怖はなく、むしろ悠然とした、余裕に溢れる気運すら感じ取れる。
「……あら、こんな非力な私が怖いのかしら」
クスクスと挑発するようにそう呟くと、キャサリンは両手を首筋に回して衣服の留め金を外し身につけていたドレスを脱ぎ始めた。
「さあ、まだ怖いかしら?」
寸鉄を身につけてはいない下着姿になると、キャサリンは両手を広げて冥月らの前に己の身体を晒す。
下着が食い込む肉のついた臀部に、自重により微かに垂れ下がる腹、さらには下から押し上げられ下着の中ではち切れんばかりになっている豊乳、そんな姿になっても彼女の理気は乱れてはいない。
家畜の類に裸体を見られてもなんの感情も抱かないということだろうか?
「……胸の奥」
対策を決めかねている冥月に後ろから忍び寄るとマスティマはそう呟いた。
「なんだと?」
「……よく見据えて? あの中に、何か、ある」
マスティマに言われた通り、冥月は理気を集中させてキャサリンの胸のさらに奥を見据えんと精神を統一する。
意識を集中させると視力が理気によって強化され始めたのか、見ようとさえ思えば彼女の乳房に走る血管の流れすらも視認出来そうなほどになっていた。
だが間違いなくマスティマの言っていることはこんなことではないことはわかっているため、気を抜くようなことはしない。
「さあ、どうしたの? 私を斬らないの?」
挑発するように煽るキャサリンの声は無視して、ただひたすらに理気と融和するように努める。
「……むっ!」
感覚が研ぎ澄まされるとともに空間に流れる理気が冥月の視界に現れ、全ての物質が理気で形作られているかのように見え始めた。
その視界はキャサリンの肌や筋肉を透過し、脈動する心臓やそこから流れる動脈の血の流れすらも冥月に視認させたが、体内の一点、肺の部分に怪しげな機械が埋め込まれている。
「……胸の奥、肺腑の辺りに何を、隠している……?」
「っ!」
肺腑という単語に胸を隠そうとするキャサリンだったがもう遅い。それこそが彼女の切り札であることは明らかだった。
「……見えた、わね?」
マスティマの言葉に頷くと、今度こそ焦った表情のキャサリンを見据える冥月。
「莉乃、理力剣の用意を、距離を取れば問題ないはずだ」
「へへ、待ってましたっ!」
莉乃の纏う理気が高まり、赤いオーラのようになるのを見てようやくキャサリンは慌てた様子で両手を突き出す。
「ま、待ち……!」
「理力剣っ!」
莉乃の放った一撃は瞬時にキャサリンを巻き込み、紅蓮の炎を巻き起こした。
しかしとっさに理気を身体に纏ったのか、彼女の下着は焼滅したにもかかわらず、キャサリンの身体には火傷の一つすらつかない。
「やってくれたわね卑猩ごときが……!」
瞬間炎の中でキャサリンの身体が一気に膨張する。脂の乗っていた腹は妊婦のように突き上がり、巨大化する身体に従って膨れ上がった。
ノリスの時と同じく臀部からは蟷螂の腹と産卵管か生え、肥大化した足もまた昆虫のようなものに変わり、腰からは後脚も現れる。
『う、うおおおおおおおおおおおおお……!』
元の数十倍にまで巨大化した両手を広げて雄叫びを上げると、キャサリンの背中の外甲がめくれ透明の翅が姿を現した。
「どうやら、とっくの昔にキャサリンの意識はなかったらしいな」
ここからが本番である。冥月が麒麟剣を引き抜くとともに、莉乃、清白、マスティマもまたそれぞれの武器を構えて臨戦形態をとった。




