第三十二話「太陽を喰らう者」
みなさまいつもお読みいただきありがとうございます。励みになります。
いよいよ山場、メスガキ(?)との対峙。
腕を組み、オベリスクに立つその男の容姿はあまりにも異形だった。
漆黒の鎧に背中からはオーラとも光とも形容出来ない半実態の黒い翼が広がり、腰にはふた振りの剣が背面で交差するように固定されているため、なんとなく堕ちた大天使か何かの黒い四枚翼を髣髴とさせる。
その顔は東洋の聖獣かあるいは竜馬を思わせる仮面で覆われており、正体を伺い知ることは出来ない。
おまけに変声期でも使っているのか低くも高くもない、女とも男とも違う、不思議なエコーがかかった不気味な声になっていた。
眼孔部分から露出している紅玉のような紅い瞳は怪しげな光をたたえ、不吉な気配をさらに強めている。
「何者だ……っ!」
名前を問おうとした冥月だったが突如として頭痛に見舞われ、顔をしかめた。その正体が純粋な痛みではなく、強烈な既視感であることにほどなく気づいたが、何故そんなことが起きたのかまではわからない。
しかし彼の第六感は、この男を知っていると強く訴えているのである。
「まこと強き理気なり詠冥否冥月よ。だが未だ真の力は取り戻してはおらぬようだな」
「訳の分からぬことを、貴様は、何者だ?!」
二度目となる冥月の言葉に黒衣の男は静かに頷くと、不気味にきらめく紅い瞳を彼に向けた。
「我が名はギラファ、秩序と混沌を破壊する者、わかりやすく言えば汝と同じ志を持つ者」
「この理気、八、否、まさか『九識』……?」
何やら呟くマスティマ。破壊者ギラファ、怪しげな風体ではあるが少なくともEMSの人間ではないらしい。
だが彼の身に纏う凄まじいまでの理気は尋常のものではなく、間違いなく只者ではないだろう。
「ギラファとか言ったな、なんのためにこんなとこまで来やがったっ!」
戦斧をギラファの立つオベリスクに向けながら怒鳴りつける莉乃。攻撃的な理気を察したためか今にも斬りかかりそうな剣幕だ。
「威勢が良いな莉乃、だがそれだけでは何も為すことは出来ぬ……」
何やら呟くギラファ、オベリスクの上から降りることはせずにじっと冥月、そして莉乃を眺める。
「私がここに来た理由はただ一つ、汝らの力を見極め、『太陽を喰らう』ことが出来るかを見定めることだ」
「太陽を喰らう、だと?」
「そうだ冥月、偽りの陽光、偽りの慈悲を破壊するためには老いたる太陽を喰らい、月の静寂さを受け入れ、青銅の民を悉く誅殺せねばならぬ。そのためにはより強い力が必要だ」
『太陽を喰らう』、それがいかなる意味なのかはよくわからないが少なくとも多数の犠牲者を出そうとしているのは理解できた。
「貴様が何をしようとしているかは知らんが、大量殺戮に協力するつもりはないぞ!」
「ふはははは……。相変わらず甘い男よな冥月、他人を喰いものにし、少しでも自分を高く上げようとする下郎の数を減らすというのは、単に弱き者を淘汰しようという連中のルールに合わせたに過ぎぬぞ?」
奥歯を噛みしめる冥月。どうやらギラファは彼の言葉を受け入れるつもりはないらしい。これではいかに説得しようと平行線である。
「……言いたいことはそれだけか? では汝に一つ良いことを教えよう」
ギラファは冥月から目をそらすとアレーナルベルス城がある方向を見上げた。
「その大いなる力で汝は汝に迫る奸計を打ち破ったが、未だ策自体は破れてはおらぬ」
「奸計……?」
マスティマの言葉に頷くとギラファはその後ろに控えるフォルネスに目を向ける。
「詳しいことはそこにいる女子に訊けば良い。だが、あの城に向かった者ら、無事だと良いな」
「っ!」
「それに、汝らもこれで危機が去ったとは思わぬほうが良い。暗殺の手段はいくらでもあるのだからな」
次の瞬間、冥月はギラファが何を言おうとしているのか察したらしく天を仰いだ。
「……すぐにここを離れたほうが良いな」
ギラファに背を向けて、走りだそうとする冥月を戸惑いながらも莉乃たちは追う。
「冥にい! 急にどうしたってんだよっ!」
「今説明しているような時間はない、とにかく走れっ!」
バタバタと冥月らがその場から立ち去るとギラファは仮面の奥で満足そうな笑みを浮かべた。
「……それで良い詠冥、今は小さくとも汝の働きはやがて世界を動かす」
フッとギラファの姿がオベリスクの上より忽然と消える。その直後突き上げるかのような理気の光が、『禁足地』全域を巻き込んだ。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「……よし、冥月殿らが上手くやってくれたらしいな」
冥月らが『禁足地』で奮闘している頃、アレーナルベルス城。
陽動作戦の甲斐あってか城内には哨戒の兵士すらおらず、清白とアルルの二人は容易く潜入することが出来た。
「先程情報端末からダウンロードした情報によれば、ルシルさんは北東の監獄塔に監禁されているようです」
現在二人がいるのはアレーナルベルス城西の城壁。陽動作戦の結果か、いかに見張りが極端に少なくなっているとは言え、距離がある以上慎重に進む必要があるだろう。
「よし、ではアルル、詳しい道案内は頼むぞ」
「はい、とりあえず兵士に遭いにくい道を行きましょう」
手始めに城壁の脇に穿たれた非常用の避難通路に身体を滑り込ませると、二人は井戸のように狭い道を進んだ。
「……潜入が儂でよかったかもしれぬな」
清白の言葉にアルルは頬を緩める。比較的小柄な清白だからこそ引っかかることなく通路を進めるが、もしこれが屈強な莉乃だった場合時間がかかっていたかもしれないからだ。
「人間には向き不向きというものがあります。清白さんも例外ではありませんよ」
「……まあ、なんでも良いがのう」
途中どこからか大きな振動が響いてきたが、特に問題も起きず、枝分かれする曲がりくねった通路を抜けるとそこはルシルが監禁されている北東の監獄塔へ続く回廊。
一本道の先には監獄塔の扉があり、その脇には巨大な出入り口を備えたエレベーターが設えられている。
「アルル、鍵はあるのか?」
「もちろんです。見てて下さい」
扉の右側にあるコントロールパネルに携帯端末を接続、しばらく電子音を響かせながら操作するアルル。
一分ほどして微かな開錠音とともに扉の鍵が開いた。
「行けました。この先です」
「いよいよご対面じゃない」
ゆっくりと扉を開く清白。ベッドとテーブルしかない質素な部屋、掃除自体行き届いていないのかあちこちに埃が積もっている。
「お姉ちゃんたち、だれ?」
そんな部屋の中央に少年はいた。爬人特有の耳と四肢はベルゼルトらとそうは変わらないが、少年らしくどことなく柔らかい印象を受ける。
短く切り揃えられた髪にりんご色の頬と愛くるしい容姿をしていながら、どことなく強壮なイメージもあるのは爬人故だろうか?
「ルシルくん、ですね」
「そうだけど、お姉ちゃんたちは?」
ルシルの言葉にアルルは一礼すると静かにその場にかがんだ。
「私はアルル、貴方を連れ出しに来ました。お姉さんはどちらに?」
「知らないよ、ここに来たときからマスティマお姉ちゃんとは離れ離れ」
当てが外れたとばかりにアルルはため息をついたが、ここでこうしていても仕方ない。
「ではお外へ参りましょう。こんなところにも飽き飽きしてきたでしょう」
「うん、なんだかここ寒いし、早く外に出たい」
俄然乗り気なルシルを連れて部屋から出ると、そこに二人の刺客が立っていた。
「うふふ……やっぱり来た」
「そろそろだと思ってたわ」
「……なんじゃこいつらは……?」
こんな状況下で出会うのは間違いなく敵だとわかっているため、身構える清白。双子なのかEMSの軍服を着た二人の少女の顔は金髪碧眼から、生意気そうな相貌まで瓜二つである。
ただし髪型のみは異なっており片方の少女は短く切り揃えられており、もう片方の少女は肩まで伸びた髪をツインテールにしていた。
「もう作戦は無意味よ」
「貴方の仲間も今頃『禁足地』で死んでるはずよ」
双子姉妹、オリンとフィーアの放った仲間という単語にアルルと清白は思わず顔を見合わせる。
「馬鹿な、冥月殿がそう簡単に死ぬわけが……!」
「雑魚虫の卑猩ごときの作戦なんて筒抜け」
「私たちの知略があればどうとでもなるわ」
クスクスと蔑むように下卑た笑みを見せる双子に対してアルルは悔しそうに顔を歪めた。
「……まさか、作戦が露呈していたなんて……」
「さ、あとはあんたらだけ」
「すぐに同じところに送ってやるわ」
空気中の理気を身体に纏い、オリンとフィーアの二人はニヤニヤと笑みを浮かべながら清白に両手を向ける。
「……ここで私たちをやる気、のようですね」
「ちっ! 血路を開いてなんとかルシルだけでも離脱させねばならぬな……!」
双方の理気が高まりぶつかるというその刹那、ガラスを破って複数人の人間が通路に飛び込んできた。
「……かなり危ういタイミングだったらしいな……!」
「冥月殿っ!」
「ま、マスティマお姉ちゃんっ!」
侵入した瞬間それぞれの武器を構えてオリンとフィーアの前に立つのは『禁足地』で陽動していたメンバーである。
これはさすがに予想外だったのか双子の表情に険しいものが浮かぶ。
「お、お前たち……!」
「どうなってるの、今頃この城の兵士と一緒に理力兵器で吹き飛んでいるはず……!」
どうやら陽動作戦を察したオリンとフィーアは『禁足地』の地下に理力兵器を設置、時限式で作動させて冥月らを葬るつもりだったらしい。
「フォルネスっ! どうなってるの?」
なぜかフォルネスを糾弾し始めるオリンに対して、フィーアは慌てて彼女の口を両手で塞いだ。
しかしそれだけで冥月はもう何が起こったのか大体のことは把握したらしく、微かに頷く。
「なるほど、情報を流していたのはフォルネス、君か……」
冥月の言葉にその場にいた全員はフォルネスのほうに視線を向けたが、その中でもマスティマの動揺は尋常なものではない。
彼女はフォルネスの両肩を掴み、激しい調子で揺さぶった。
「フォル、ネス? どういう、こと?」
「ふん、そこの雄の言うとおりよ」
もう隠す必要はないと思ったのか、フィーアはオリンの口から手を離してそう告げる。
「そこの隷爬姉弟を釈放するためと言えば、進んで情報を探ってくれたわ」
嘲笑するオリンに、どうやらマスティマもフィーアの言った言葉が真実と悟ったのか、彼女の肩から手を離し、後ずさりした。
「……申し訳ありません。冥月様を滅ぼせば、少なくともマスティマ様と、ルシル様は助けてくれる、と……」
だが『禁足地』にマスティマを派遣したのはあの双子。理力兵器でマスティマとフォルネスを冥月諸共吹き飛ばそうとしたのなら、仮に彼女が約束を履行出来たとしても最初から守る気は無かったと考えるべきだろう。
「クスクス、でもまあまあ役に立ってはくれたわ」
「今頃アルデア城にいる隷爬どもは皆殺しでしょうし、ね?」
なるほど、当然のようにベルゼルトらがアルデア城に居残っていることも知っているか。
すなわちアレーナルベルス城に兵士がいなかったのは『禁足地』とアルデア城、両方に派遣したためだったのだ。
「……あとは雑魚虫のあんたらを屠殺すれば終わり」
「私たちはお母さまに褒めてもらえるってわけ。クズが反抗するからこうなるの」
クスクスと笑うオリンとフィーア、一同の焦燥感に駆られた顔にご満悦である。
だが焦った表情を見せているのは莉乃やアルル、マスティマにフォルネスだけであり、冥月と清白は平然としていた。
「……その顔、気にくわないわ」
「何よ、もっと悔しがりなさいよ! あんたの仲間が死んでるのよ?」
話の流れを理解してはいないルシルはともかく、双子は冥月と清白が平然と、余裕の表情を浮かべていることに苛立つ。
「……やれやれ、今度ばかりは冥月殿には脱帽じゃな」
そう清白が告げるとともに冥月は微かに頭を振った。
「残念だがすでにベルゼルトらは安全な場所に逃れている」
やれやれと言った様子で嘆息する冥月。話し自体はつい昨夜、作戦会議が終わった頃にまで遡る。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
書斎近くの廊下で清白に話しかけられた冥月は彼女に密命を与えていた。
「それよりも清白、君に頼みたいことがある」
「頼み?」
「……先程の会議ではああ言ったが、嫌な予感がしていてな。ベルゼルトらをこの城の首塚からヤーハンの首塚まで転送して欲しい」
「警戒するのは、そちらで間違いないのか?」
『禁足地』でもアレーナルベルス城でもなくアルデア城。唯一作戦上潰しが効かないとすればここしかない。
「恐らくは、な。ベルゼルトらにも伝えてある。しかしあくまでも念のためだ」
「わかった。お主がそこまでいうからにはこの大任こなして見せよう」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「……作戦を練っていたのは、お前たちだけではなかったというわけだ」
冥月の言葉にオリンとフィーアはフォルネスを睨みつけたが、これに関しては彼女も与り知らないことである。
「それから、部下の多大な犠牲を前提にする作戦など取るべきではない。『禁足地』にいた兵士は全滅したと見ても良い」
なんとか助け出せればよかったのだが、冥月らも理力兵器の爆発からなんとか脱出するのがやっとだったためどうにも出来なかったのだ。
「雑魚虫が、卑猩ごときが……!」
「私たちに泥をつけるなんて……!」
美しい顔を歪めながら双子は冥月を睨みつける。あまりの怒りに二人の理気は高まり、通路周りに火花が散り始めていた。
「……なんとかマスティマとルシルを逃さねばならないが……」
「こちらですっ!」
瞬間アルルは冥月の手を引き、いつの間に操作していたのか、すぐ後ろにあったエレベーター内に引き込む。
「逃げるかっ!」
「この卑怯者っ!」
オリンとフィーアが駆け出そうとするその刹那、エレベーターの扉は閉まり一行を地下へと誘っていった。




