第三十一話「禁足地にて」
いつもお読みいただきありがとうございます。何やらまとめて読んで下さる方もいるようで、励みになります。
陽動作戦、其の一。
怒号や銃声が響く『禁足地』内部の神殿。狭い通路や低い天井、さらには複雑に入り組んだ道と行動が制限されるような場所ではEMSも数を活かしきれず、まとまって動かざるを得ないために冥月や莉乃の属性攻撃にまとめて薙ぎ払われていた。
「そちらは頼むぞ、莉乃」
「任せろ相棒っ! にしても向こうから攻撃に当たりにくるなんて楽な戦いだぜ!」
現在冥月と莉乃はフォルネスを挟むような形で背中合わせに立ち、次々と押し寄せる兵士らめがけて属性攻撃を放っている。
練度が低く、数の優位に胡座をかいていた兵士らは上官の指示を遂行することしか出来ずすでに廊下は死屍累々の有様だ。
「す、すごい、これは、この力は予想外、ですね……」
その力は凄まじく、冥月と莉乃、二人だけしかいないにもかかわらず兵力で圧倒的に有利なはずのEMSの兵士らは手も足も出ずに無力化されていく。
「ちっ! 本営に応援を要請しろっ!」
「あ、アレーナルベルス城にはもう兵力はいない、ここが突破されたらもう終わりだぞっ!」
とにかく攻撃しようと銃弾だけは縦横無尽に飛び交っているが、理気による先読みを身につけている冥月と莉乃には威嚇にすらならない。
「行けっ!」
冥月の投擲した麒麟剣は空中で意思があるかのように飛び回り、銃弾による被弾を物ともせずに暴れまわった。
「うがっ!」
「ば、かな……! 理法念力、だと……」
先程まで廊下に満ちていた兵士らもみな地面に倒れている。冥月は麒麟剣を鞘に納めながら回廊を抜けて開けた場所に出ると、その先にある兵舎へと足を踏み入れた。
「き、貴様……!」
そこには連隊長と思われる三十代ほどの女性将校がいたが、逃げる準備をしていたのかアタッシュケースを前に狼狽えている。
「お前がここの指揮官か、部下はみな無力化した、降伏せよ」
ここにくるまでの間誰一人として白旗を上げなかったのだが、連隊長は意外なことに両手を上げて降伏の意思を示した。
「命より大事なものはないからな」
冥月は微かに嘆息しながら連隊長に近づいたものの、ピリピリとした視線を腰の麒麟剣に感じている。
「……卑猩が、甘いぞっ!」
瞬間連隊長は麒麟剣の柄を握って鞘から引き抜き、そのまま冥月を刺そうと後ろに下がった。
「……甘いのは、どちらかな?」
しかしその行動を読んでいた冥月はすでに意識を連隊長に向けており、十分な距離を取る前に理法念力で彼女を引き寄せる。
「……なっ!」
驚く間も無く引き寄せられた連隊長の右手に冥月の手が触れた。
「そうだな、命より大事なものはそうないな……」
「待っ……!」
連隊長が声を上げる前にバチっと大きな音がして彼女の身体を雷が走り抜ける。
一瞬にして冥月の放った雷により意識を刈り取られた隊長は、その場に昏倒した。
「……さて騒ぎは起こせた、と言えるかな?」
後ろから兵舎に入ってきたフォルネスに向かって冥月はそう訊ねる。
「え? はい、もちろんです。これでアレーナルベルス城のほうも万全かと思われます」
どことなく不自然な言い方をするフォルネスを冥月はじっと見据え、やがて静かに頷いた。
「……何か私に、言いたいことがあるのではないか?」
「……え?」
冥月の口調は穏やかなものだったが、その目は鋭く内面すらも見透かすかのような力に溢れている。
「……いや、ないならば、いい」
すぐさま破顔すると、冥月はフォルネスの脇を抜けて彼女の後ろに立つ莉乃に話しかけた。
「なかなかに気持ちの良い暴れっぷりだったぞ?」
「へへ、騒ぎを起こすんならあれくらい暴れないと、な」
「ふふ、君らしいな」
さて、と冥月は口を開くと麒麟剣に手をかけながら兵舎の入り口に目を向ける。
「察するに君がマスティマ、か?」
え? とフォルネスが振り返ると、そこには簡素な鎧に身を包んだ爬人の少女が立っていた。
強い理気、どうやら冥月も莉乃も最初から彼女がつけてきていたことには気づいていたらしい。
「……指輪」
爬人の少女、マスティマは兵舎に足を踏み入れると莉乃の左手を見つめながら静かに呟く。
「私と、同じ」
マスティマの人差し指に嵌められた指輪は莉乃と同じく鉱石で形作られたもの、ただし色のみ異なり、橙色を基調としていた。
「……フォルネス?」
マスティマはじっと兵舎の中央で立ち尽くすフォルネスに視線を向ける。
「……心配して、た。大丈夫、だった?」
「……運良く、砂漠からアルデアにまで逃れることができました」
「その後、俺たちに助けを求めてきた。囚われの身のお前と弟を救いたいってな」
莉乃がそう言って鼻をこするとマスティマは静かに頭を下げた。
「……私とルシルのために、本当に、ありがとう。でも……」
頭を上げたマスティマの右手には橙色の槌鉾、すなわちバトルメイスが握られている。
「ルシルを救うには、貴方たちを、倒さないと、いけない。この角端養綏を、使って……」
ルシルを人質に協力を強いられているのか、微かに首を振ると冥月は前に進み出る。
「よせマスティマ、我々が戦う意味はない。私の仲間がすでに君の弟を救うためにアレーナルベルス城に潜入している」
「……ルシル、を?」
アレーナルベルス城から出ていた兵士らも全員片付けたのなら今頃城は空、つまりあとはルシルを救出するだけだ。
マスティマ自身ルシルを人質にされているために仕方なく従っているのならば、救い出してしまえれば戦う理由はなくなる。
逆にEMSはルシルの件で恨みを買っているため、マスティマを敵に回す結果となるのは間違いない。
「……それが事実として、そんなことすれば、貴方は、一生涯EMSと、狙われ続けることになる」
「もうすでに色々やらかしてる以上、戦う覚悟自体はとうに出来ているよ」
ゲネシスソイミートタワーに始まり、集結態、ロベルト、ヴィルヘルミナ、ノリス。
すでにEMSとは何度も戦ってきたのだ。今更負担が増したところで戦い続けなければならないのは変わらない。
冥月の言葉を受けて、マスティマは意外そうに目を見開いた。
「……EMSに、楯突く、つもり?」
「結果的にそうなっただけだ……」
実験動物扱い、EMSから与えられた生き方を享受出来なかった時点で反逆するしか道はない。
そうでないならばヤーハンでみた和人たちのようにネクロス、生体子宮、汎用タンパク質といった生命倫理を無視した技術を認めることになる。
反逆しようとして動き出したのではない、これらが許せない冥月とその思想を共有出来る者たち、さらには後についてきた者たちと行動を共にしているというだけだ。
「……もっとも、私がどう考えようがEMSにとっては目障りでしかないだろうがな」
「……そう」
静かに呟くとマスティマは何やら考え込むように顎に手をのせる。
「……貴方の理は、わかった。そして、貴方がルシルを、救うことが出来る、ということも……」
どうやら話しは通じたらしい。静かに頷くとマスティマは槌鉾を下げた。
「……き、貴様、裏切るのか……!」
いつから目を覚ましていたのかは不明だが、先程冥月が昏倒させた連隊長がフラフラと立ち上がり、こちらを睨みつけている。
「弟の命が、惜しくないのかっ!」
「……私は、彼らに賭ける、もうEMSに、従うつもりは、ない」
マスティマの放った決別の言葉を受けて連隊長は怒りに任せ、すぐ近くにあったスイッチを押した。
「ならばここで死ねっ!」
一瞬だけ連隊長の後ろの空間が歪み、そこから巨大な怪物が姿を現わす。
金属質な肌に蜥蜴を思わせる異形の顔、全身にみなぎる凄まじい理気、かつて冥月らを苦戦させた巨人、ネクロス集結態だ。
「……こんなものまで用意していたのか……」
麒麟剣を引き抜き正面に構える冥月、前回苦戦したことを思い出したのかその表情は険しい。
「けど宝珠がない分理気の制御は繊細に出来ないはず、理力剣が使えねえならそれほど脅威じゃないぜ」
戦斧を構え直しながらそんなことを言う莉乃。彼女はヴィルヘルミナがけしかけてきたネクロス集結態の上位種、ネクロアクアスを指輪の加護があったとは言え苦戦の末倒した経験がある。
「あははははは……! さあやれ我がしもべよ、あいつらをこの世から消滅させるのよ!」
高笑いする連隊長だったが、集結態は物言わず彼女を掴み上げ、万力のような力で締め上げた。
「ち……! わ、私じゃない、て、敵はむこ……うっ!」
冥月らが動く前に連隊長は握りつぶされ、集結態は血まみれの肉塊を口元に運ぶ。
あまりに陰惨な光景に絶句する一同の前で集結態の口が開き、かつては人間だった肉塊を捕食した。
「……理気を高めていますね」
連隊長を捕食したことにより、フォルネスが言うとおり集結態の理気は先程よりも格段に上昇している。
「ーーーーーーーーー!!」
瞬間、凄まじい理気の衝撃波に冥月らは兵舎から吹き飛ばされ、砂の上を転がった。
「やってくれるな……!」
毒づきながらも立ち上がる冥月。攻撃自体は強力なものだったが、全員即座に理気による防御障壁を張ったためダメージは一切なく、単に屋外に吹き飛ばされただけでかすり傷一つない。
「……問題、ない」
静かにマスティマは前に出る。その手に槌鉾を握りしめ、鋭い表情で集結態を睨みつけた。
「……こいつは、私が、倒す」
「ーーーーーーーーー!!!」
すさまじい叫び声とともに集結態は全身から炎を放ち、兵舎の至る所を爆発させる。
「……そんな理気じゃ、私は、どうにも出来ない」
瞬間、マスティマは背中から橙色の光の翼のようなものを展開、続いて軽く右手をかざすとそれだけで集結態の放っていた炎が先端から順に灰と化し、地面に落ちた。
否違う。大気に満ちる理気を微細な土に変えて放たれた端から炎を覆い尽くし、消火してしまったのだ。
「ーーーーーーー!!」
またしても理気を高めて攻撃しようとする集結態だったが、その前にマスティマは槌鉾で大地を叩く。
「……高まれ」
直後大地が割れ、集結態はその裂け目に囚われて行動できなくなった。なんとかはい出そうとするも、そんなことをやらせるようなマスティマではない。
「……これで、お終い」
「ーーーーーーーー!!」
絶叫する集結態の足元から溶岩のごとき大地のエネルギーが吹き出し、その身を一瞬にして焼き尽くす。
理気を伴わないならばどんな攻撃も遮断する集結態の肌も、惑星が持つエネルギーには無力、理気を放つ間も無く焼滅した。
「……これが、五大属性中最強と言われる。地属性の、力……」
集結態が消滅したのを確認すると、マスティマは微かに嘆息して翼と槌鉾を消す。
「……でも、EMSと戦うには、まだ、足りない」
「足りずとも、仲間で補え合えれば良い」
冥月が呟いた仲間という単語にマスティマは微かに頷いた。
「……仲間」
「……お話し中悪いが冥にい、どうやらお客さんみたいだぜ?」
緊迫した表情で戦斧を構え直す莉乃。周囲の理気が張り詰め、ピリピリとした強い気配が空間全域にみなぎる。
「っ! あそこかっ!」
冥月が指差した先は遺跡の一角。巨大なオベリスクの上に黒衣の男が立っていた。




