第三十話「作戦開始」
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麒麟将もいよいよ三十話目突入、今後ともよろしくお願いします。
作戦開始。
アルディス砂漠に建つアレーナルベルス城は高く張り巡らされた城壁と豊富な湧き水を擁する巨大な城。
だがそんな巨大な城の城主たるキャサリン・フリューゲルは貴賓室で床に頭を擦り付けていた。
「ふうん、あんたみたいな役立たずがノリス伯母さんを見殺しにしたんだぁ?」
「ザーコ、あんたが代わりに死ねばよかったのにね」
馬鹿にしたような表情で頭を下げているキャサリンの前にいるのはパウリナ・イェンセンの二人の娘オリンとフィーア、精鋭部隊マルクトに所属する双子の姉妹である。
「も、申し訳ありません……」
ガタガタ震えながらキャサリンは謝罪の言葉を口に出したが、その震えは恐怖からくるものではなく屈辱からくるものであった。
元老院議長パウリナ直属の精鋭部隊『マルクト』、この部隊に所属する者には作戦中、いかなるEMS貴族も全面的に協力せねばならないという規則がある。
しかもノリスを見殺しにした弱味まで握られてしまっており、キャサリンは自分よりもずっと歳下の少女に土下座する羽目になったことが許せないのだ。
「で? アタシたちのために奉仕させる蜥蜴はどこ?」
「あんまり待たされるようなら、お母様に連絡しちゃおうかしら?」
『お母様』という単語にビクっとしたキャサリンだったが、慌てて頭を上げようとする。
「はあ、誰が頭上げていいって言ったの?」
次の瞬間オリンの足がキャサリンの頭に踏みつけ、そのまま床に縫い付けた。
「……っ!」
「ババアの癖に礼儀も知らないなんて、ほんとに雑魚虫ね」
クスクスと笑い合うオリンとフィーア、逆らうことも出来ずにキャサリンは歯噛みする。
「……失礼、します」
そんな貴賓室に入ってきたのは簡素な鎧に身を包み、その上から三角の紋章が染め抜かれた質素なケープを纏った少女。
爬人らしく硬質な四肢に尖った耳、鍛え抜かれた身体を持つが年齢はまだ若い、莉乃と良い勝負をするくらいだろうか?
さすがに身長は彼女ほど高くはなく肉付きも控えめだが、実戦の中に身を置く故か眼光は鋭く、砂漠の猛禽を思わせる。
特徴的なのは彼女の人差し指、そこには橙色の鉱石で作られた美しい指輪が嵌められていた。
「ふうん、やっと来たんだ」
「そこらの隷爬に比べたらマシな顔つきね」
双子はクスクス嘲笑いながらその少女を無遠慮に眺めていたが、彼女の方はどこ吹く風で空間の一点を見つめている。
「マスティマ、わかってるとおもうけどあんたの弟は今アタシたちの手の中にいるわ」
「怪しい真似をしたらどうなるかわかるわよね?」
双子質問に爬人の少女、マスティマは渋々といった調子で頷くと頭を下げた。
「ご命令には、従います」
「よろしい、おら起きなさいババア!」
オリンは頭を下げたままだったキャサリンの顎を蹴り上げて無理やり身体を起こさせる。
「……ぐっ!」
蹴られた弾みで唇の角が切れたのかキャサリンの口元を赤いものが滴り落ちたが双子はどちらも悪びれることなくニヤニヤしていた。
「ババア、あの一味はまだアルデア城にいるのかしら?」
「詳細は不明ですが、行くべき場所がない以上、まだ留まっているのではないかと」
フィーアの質問に慌てて血をぬぐい答えるキャサリン。ノリスが討死して以後アルデア城には寄り付いていないが、寄る辺を持たない冥月らが留まっていることくらいはなんとなくわかる。
「ふうん、まあ、今回はアルデア城にはいかないけどね」
オリンは腰掛けていた椅子から降りるとあろうことか床に四肢をついているキャサリンの背中に乗った。
「……っ!」
「あいつらはマスティマとその弟を取り返しに来るわ」
「だからこの城の警備を固めて、引き寄せたところを捕まえちゃえばいい」
オリンに続いてフィーアもキャサリンの背中に腰掛けると、部屋の隅で直立不動のまま動かないマスティマに目を向ける。
「あんたはこの近くにある遺跡、『禁足地』の防衛をしなさい」
「そこにあの卑猩は現れるわ」
冥月の力の全容は未だ明らかになっていない。それ故にマスティマという捨て駒をぶつけるのだ。
「この城からも兵士を出させるわ」
「必ずあの卑猩、ノリス伯母さんの仇の首をとりなさい」
オリンとフィーアに一礼するマスティマ。心底仕事したくはないようだが、弟ルシルの命がかかっているため従う他ないのだろう。
「あの、オリン様、フィーア様」
マスティマが退室してようやく椅子の任務から解放されたキャサリンは床に正座しながら疑念を口にした。
「何故、あの一味の動きがそこまで正確にわかるのですか?」
オリンもフィーアも明らかに冥月の動きを読み、それを見越した作戦を立てている。なんの情報もないのにそこまで正確な作戦が立てられるのだろうか?
「まあ、卑猩どもも……」
「一枚岩じゃないってことかしら?」
意味がわからずキョトンとするキャサリンを尻目にオリンとフィーアはクスクスと笑い続けていた。
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太陽も完全には登り切っていない明朝。冥月らは砂漠の砂嵐に紛れてアルデアを出発アルディス砂漠の中央に至っていた。
「あれがアレーナルベルス城です」
アルルが指差す先、砂丘の果てに蜃気楼か何かのように石のドームや尖塔を備えた東洋風の城が見える。
「城主であるキャサリン・フリューゲルは若い頃は和人や爬人を保護していた人物ですが、現在はEMS貴族らしい気性、交渉は不可能と思われます」
「……どのみちやるだけやるしかない、あの中に囚われているマスティマとルシルを救うためには、な……」
「『禁足地』はこちらです」
すぐ近くにある砂丘を登るように指示するアルル。慎重な足取りで冥月らは砂丘に登ったが、眼下には素晴らしい景色が広がっていた。
古代の神殿を思わせるような円柱が並ぶ回廊に、古びていながらも尊厳を保っている巨大な石の建造物。
まさに『禁足地』古代の民の聖域ともいうべき威厳ある場所である。
「要は、ここで騒ぎを起こせばいいんだな」
バシッと手を鳴らすと、そのまま莉乃は『禁足地』に乗り込もうと砂丘に足をかけた。
「まあ待て莉乃、そう急くな」
血気盛んに突撃をかけようとする莉乃の肩を掴んで強引に止める冥月。
「冥にい……」
「まずは理気を使うことだ……」
瞳を閉じて意識を集中させ、空間に満ちる理気と同調する。
すると『禁足地』内に相当数の理気、すなわち人間がいるのがわかった。
「……予想よりも随分兵力が多いな」
『禁足地』一帯にはあまり兵力が配備されてはいないということだったが、理気で探ったところどうやら大隊、否連隊規模の兵力がいる。
「それに一際強い理気の使い手がいるが、何者だ……?」
「ふむ、これだけの兵力じゃ、ヴィルヘルミナ辺りが指揮を執っているのでは?」
「いえ、それはないと思います」
清白の言葉にすぐ近くで様子を伺っていたアルルがすぐさま首を振った。
「ヴィルヘルミナ大佐は現在アベルディンにいるという情報を得ています。噂では軟禁状態だとか……」
「軟禁、穏やかではないのう……」
もしかしたらヴィルヘルミナはノリスの件で母である帝国宰相クララの不興を買ってしまったのかもしれない。
「……(そうなるとヴィルヘルミナだけでなくロベルトの処遇も心配になるところだが……)」
しかし今はとにかく目の前にある課題を片付けなければ前に進むことは出来ないだろう。
それに何だかんだ言ってもヴィルヘルミナもロベルトもEMS貴族、さすがに生命に関わるような目には逢ってないと思いたいが……。
「……それでは冥月さん、時間もありませんし、後のことはお願いします」
アルルの言葉で冥月はすぐさま気を引き締めた。彼女の言う通りすでに作戦開始時間は迫っているのである。
「わかった。清白、アルル、どうか気をつけて……」
「マスティマ様とルシル坊ちゃんのこと、よろしくお願いします」
冥月とフォルネスの二人に一礼すると、清白とアルルの二人は砂塵の中へと消えていった。
「……さて、では我々も行くとしようか」
こちらで騒ぎを起こせば起こすほどにアレーナルベルス城に向かった清白らは動きやすくなる。
そうは言ってもこれほどの軍勢を相手にするとなるとこちらもそれなりの危険を覚悟しなければならない。
「……で冥にい、どうすんだ?」
いかに理気の加護があるとはいえ、先程莉乃がやろうとしたように正面から攻撃を仕掛ければ袋叩きにされるのは間違いない。そう、普通であれば……。
興味深そうに作戦について聞こうとする莉乃に向かって一つ頷くと、冥月は麒麟剣を引き抜いた。
「……どうやら我々は運が良いらしい。まあ、見ていろ」
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「連隊長!」
『禁足地』の一角に設えられた兵舎、そこにいた部隊長は部下からの報告に腰を上げた。
「『禁足地』内部に卑猩が侵入、第八部隊と交戦を開始しました」
「オリン様とフィーア様の予知された通りになったな。増援を送り、奴らを討ち取れ!」
連隊長の命令で引きさがろうとした部下だったが、続いて現れた兵士の報告を受けて顔色を変える。
「れ、連隊長! すでに第八部隊は壊滅、その先にいた第四部隊と交戦を開始したとの……」
「ば、馬鹿なっ! そんなに早く……」
「申し上げます! 第四部隊が壊滅しました!」
続々と届く部隊壊滅の知らせに連隊長はワナワナと震え始めるが、兵舎の角でしゃがんでいたマスティマのみはこの『禁足地』で何が起きているのかを察していた。
「全くなんたるざまだっ!」
連戦連敗の知らせに連隊長は椅子を蹴飛ばすと部下に怒鳴り散らす。
「アレーナルベルスに援軍要請、それまでは残存戦力をまとめて奴らにぶつけ時間を稼げ! これ以上卑猩ごときの好きにさせるなっ!」
連隊長の指令に兵舎内が騒がしくなる中、マスティマは顔色一つ変えずに瞳を閉じ、意識を集中させていた。
「……(限られた、空間に、いくら兵力を詰めても、数は活かしきれない……)」
「起きろっ! 隷爬がっ!」
イライラをぶつけるかのようにマスティマを蹴とばそうとした連隊長だったが、彼女はすぐさま立ち上がったため蹴ろうとした足は空を切り、バランスを崩し砂の中に転がる。
「……何か?」
「貴様も奴らを追えっ! そのためにいるのだろうがっ!」
面倒そうに頭をかくマスティマ。しかしルシルを人質に取られている以上は仕方ない。
軽く首を鳴らすと未だに砂の中に尻餅をついたままの連隊長をそのままにして、理気が導くままに歩き始めた。




