第二十九話「行くべき道」
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それぞれの思惑……。
深い霧の中を歩く冥月、そこがどこなのかを理解することは出来なかったがどこか現実離れした光景である。
「……ここは?」
とにかく前に進もうとして、冥月は霧の先に誰かがしゃがんでいることに気がついた。
「君は……?」
慎重に近づいて確認してみると、しゃがんでいたのは清白よりもはるかに歳下の、まだ小学生ではないかという少女である。
「あなたは、誰?」
硬質な四肢に短いながらも蜥蜴の尻尾、さらには尖がった耳と間違いなく爬人の少女だがこれほど幼い爬人には会ったことがないため冥月は微かに戸惑った。
「私は冥月、君はこんなところで何をしてるのかな?」
冥月の質問に少女は最初答えなかったが、ポツリポツリと話し始める。
「……弟を、助けないといけない、友人も、でも、私だけの力じゃ、足りないの……」
「ふむ、それで途方に暮れていたわけか」
こくりと頷く少女に対して冥月は笑みを浮かべると右手を差し出した。
「案ずるな、君の弟も友人も私が助けてやる。だからそう悩むことはない」
「ほんと、に?」
「無論だとも、和人や爬人はみな私の友、困っているときにはお互いさまだ」
冥月の差し出した右手を少女は弱々しい調子でとったが、その人差し指にはシンプルな指輪がはめられている。
橙色の鉱石で形作られたそれはいかなる技術で鋳造されたのかは不明ながら、不思議な圧力を冥月に与えるほど力に満ちたものだった。
「その指輪、どこかで……?」
そう呟いた瞬間、冥月は不可視の力によって少女から遠ざけられ、急速に意識が薄らいでいく。
これは夢の中の出来事だと冥月が理解する頃には意識は闇の中に沈み込んでいた。
「夢、か……」
人知れず冥月は声を漏らす。気づくと彼は薄暗い闇の中、簡素なベッドの中にいた。
急速に意識が覚醒する中思い出すのは直前の記憶、すなわち作戦会議を終えてしばらく書斎で調べ物をしていたものの、結局大した収穫もなく仮眠室に引っ込んだ記憶である。
「……(妙な、夢だったな)」
ベッドの中で半身を起こしながら冥月は窓から闇の中に落ちる月の光をぼんやりと眺めていた。
詳細な時刻はわからないが、月の光加減を考えるとまだまだ夜が明けるまでかなりの時間がありそうである。
少しばかり読書でもして気分を紛らわせようと、冥月は廊下へと出て書斎への道を歩き始めた。
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「おや、眠れませんか?」
なんとなく気分を落ち着かせようと書斎に行ってみると意外なことに見知った人物がそこにはいた。
「……アルル」
「無理もありませんね。此度の戦いはこれまでの戦とは違い明確に攻めるためのもの。あなたの懸念もよくわかります」
読んでいた分厚い本を閉じると机の上に置き、アルルは広々とした書斎に目を向ける。
「これほどの蔵書がありながら和人や爬人がEMSに仇なす記録はほとんど残されてはいません。そう思うと今我々は歴史の分岐点の中にいるのかもしれませんね」
「……そのことだがアルル、こうしてずっと戦い続けてその先に勝利はあると思うか?」
ずっと考え続けていたことだ。ノリスを倒し、その後来るであろうパウリナの刺客を退けたとしてもEMS自体がどうにかならない限り永久に戦い続けなければならない。
EMSとはあまりにも地力が違いすぎる以上、戦い続けたとして局地的には勝利を収められたとしても最終的に勝利することはまず不可能である。
「……そうですね。どこの大陸に逃れたとしても安全地帯はありませんし、ネズミのようにいずこかに潜んだとしてもいずれは発見される。戦い続けても必ず限界が来る、勝ち目はないでしょう」
やはりそうか、ゲネシスソイミートタワーから逃げ出してから数多くの戦いを生き延びてきたが、このままでは滅びるしかないのだ。
「なんとか手はないか?」
冥月の問いかけにしばらくアルルは考え込む。やがて結論が出たのか近くの本棚から一冊の書籍を取り出した。
「……確定的なことは言えませんが、この世界で唯一EMSの力が及んではいない場所に逃れるしかありません」
そのような場所があるとは初耳である。冥月は目を皿のようにしてアルルが開いたページを覗き込んだ。
「『禁断の大陸』あるいは『禁忌の地』と呼ばれる5番目の大陸、デモニア大陸はEMSの力が及んではいない最北端に位置する厳寒の世界です」
アルルが開いたページには五大大陸の特徴が記されていたがどういうわけだかデモニア大陸の箇所のみ空白である。
「詳しいことは何一つ伝わっていませんが、EMS側の伝承では彼の地はEMSに反逆した者が追放された大陸と言われています」
EMSに反逆した者、しかしあれほど強大な力を持つEMSに反逆した者が過去にいたのだろうか?
冥月の疑念に応えるようにアルルはページをめくっていったが、それはEMSの古代神話の箇所だった。
「……『遥か昔、天より降りて来たEMSの先祖は地に満ちていた悪辣なる有角の悪鬼とその子孫を駆逐し、原住民卑猩を救った。そして悪鬼の生き残りは極北の地に追放され、大陸ごと封印された』」
アルルの言葉が正しければEMSに追放された者の子孫が今でもデモニア大陸にいるということになる。
「だがアルル、そんな危険分子をEMSがいつまでも放置しておくとは思えないのだが?」
「『大陸ごと封印された』という言葉通りです。デモニア大陸周辺の海域、空域はいかなる理由からか正体不明の高磁場となっていて中にも立ち入れず、外にも出れない状態を作り出しています」
つまるところ侵入も脱出も不可能な場所、文字通りの『禁忌の地』故にEMS側も手出しが出来なかったというわけか。
「……かなり危険な場所らしいな」
「はい、ですがこの世界で冥月さんたちが逃げ込めるとすれば、デモニア大陸しかありません」
すなわち行くも地獄留まるも地獄というわけだ。仮にデモニア大陸まで行けたとしてもそこにまだ生き残りがいるとは限らないため、どちらにせよ脱出不可能の地で死を待つことになる。
だが戦い続けなければならないならない今の状況よりかはまだ希望があるとも言えた。
「……君は、そんな危険な地にまで同行するつもりか?」
「そのつもりです。もっとも、冥月さんたちが望むならば、ですが」
EMSの民として少なくとも和人や爬人よりかは不自由ない暮らしをしていたはずのアルル、何故彼女はこうも冥月に力を貸してくれるのだろうか?
「……まあ、私が信用出来ないという気持ちはよくわかります」
冥月の内面を見通すかのようにアルルはそう告げると書斎の一角に設えられた椅子に腰掛ける。
「ですが生き方を選べないというのは和人や爬人ばかりでなく、EMS人もそうなのです」
しばらくアルルはバイザー越しに冥月の瞳を眺めていたが、微かに嘆息して続けた。
「ご存知ですか? EMSには少数の貴族と多数の平民がいて、貴族よりも平民の方が税が高いのです。『支配享受税』と言いますがね……」
前にロベルトがチラッと言っていたような気がする話である。EMS貴族であるロベルトもまた疑念を抱いていたシステムだ。
「それ故に平民は活動を束縛され、生活もまたゆとりがあるわけではないため大多数の民は生き方を選ぶことが出来ずいます」
なるほど、ロベルトが疑念を呈していたのはそこではないか。活動が束縛されれば自由経済は萎縮し、文明の発展もまた大いに遅れる。
「そして貴族から成る元老院が徹底して教育を行っているため、大多数の平民は自分たちが置かれている立場に気づいていません」
利用され食い物にされている現状。平民たちもまた和人や爬人同様洗脳教育のようなもので考える力を奪われているのか……。
「ですが冥月さんや莉乃は自分の意思でその枠を破るために行動しました。そこに様々な思惑が絡んでいたにせよ、EMS貴族を倒したのは事実です」
だからこそアルルは冥月らに力を貸してくれるのだ。EMS人同様生き方を束縛されていた者達がどこまでやれるのか、彼女は冥月らに一縷の望みを託しているである。
もしかしたらアルルもまた、選びたい道があったにも関わらず身分や立場が原因で選ぶことが出来なかった過去があるのかもしれない。
「……随分と高く評価してもらいありがとうと言いたいところだが、私も莉乃も単に……」
「生き延びるために戦ってきた、ですよね? 当然承知しています」
冥月の答えを先回りする形でアルルは応えた。彼の言葉は正しいが、生きるために間接的とは言え、EMSの作った価値基準を否定しながら戦い抜いてきたのもまた事実である。
そして自分からEMSを打倒するなどとは考えていなくとも和人たる冥月が自由に生きようとすれば、結果的にEMSと雌雄を決せねばならないのかもしれない。
そうなった時、果たして互いに血を流して殺し合うことが人間のすべきことなのだろうか?
「……?」
そこまで考えて冥月は知らず知らずのうちに戦いを避けようとしていることに気づいた。
確かに戦えば必ず犠牲者が出るため避けられるならば避けるに越したことはないだろう。
しかし先程の冥月はそんな理由からではなく生命を奪う行為そのものを忌避していたような……。
「……っ!」
一瞬だけ冥月の頭に鋭い痛みが走るとともに、こことは違う見たこともないような世界が見えた。静寂が支配する満月と雪景色の世界、そんな景色が冥月の頭をよぎる。
『……ヨミ』
しかしそれも一瞬のこと、すぐさま冥月は頭を振って意識を覚醒させた。
「冥月さん? どうかしましたか?」
心配そうにアルルは冥月の顔を覗き込む。彼女の心配は心からのものらしく、その表情からは微かに動揺が見てとれた。
「……だいぶお疲れかもしれませんね」
「そうかも、しれないな」
気になることはあまりにもたくさんあるが、とにかく今やるべきことは目の前の務めを果たすこと。
人事を尽くしてマスティマとルシルの二人を助け出すことこそが、冥月に課せられた役目であろう。
冥月は心を新たにすると、アルルと挨拶を交わしてその場を後にした。




