第二十八話「アルルとの再会」
不穏な気配?
「やはり、あなた方でしたね」
ボティスに案内されて広間に入ってくるなりバイザーを掛けたその女性、アルル・クウォーグはそう呟いた。
美しい金髪にスラリと伸びた足、色素の薄い肌と生粋のEMS人らしい外見の女性が登場したことにフォルネスは警戒心も露わに身構える。
「心配はいらないフォルネス、少なくとも彼女、アルルは我々の敵ではない」
冥月の言葉にフォルネスは一応頷いたが、まだ警戒心は抜けないらしく険しい表情のままだ。
「久しぶりだなアルル、『あなた方』とはどういうことかな?」
「『EMS貴族にして元老院議長の妹ノリス・イェンセンが卑猩に討伐された』。すでにアベルディンではそんな噂が広まっています」
噂、アルデアから遠く離れたEMS首都アベルディンにもう情報が言っているということは、その出所はヴィルヘルミナか、あるいはロベルトだろう。
「それで、確かめに来たら我々がいたというわけだな?」
「その通りです。また無茶をしましたね」
そんなことを言う割にはアルルの表情はどこか楽しげだ。まるでこの状況を望んでいたかのような……。
「アルル、ここに来たってことはまた俺たちに協力してくれるってことでいいんだな?」
肝心なことを確認するかのように莉乃はアルルにそう訊ねる。
「そのつもりです。すぐに私を切り捨てるEMSよりあなた方の方がはるかに信頼出来そうですからね」
「そっか、じゃあ改めてよろしくな」
アルルの言葉に嬉しそうに頬を緩める莉乃だったが、清白は渋い表情で嘆息した。
「……早速で悪いがアルル、いくつか聞きたいことがある」
本音を言えばアルルには理気についてのこと、またノリスが突如として変異したことなど様々なことを訊ねたかったが、今はマスティマのことを優先すべきだろうと冥月は結論付ける。
「まずはマスティマとルシル、最近爬人の姉弟が捕獲された話しを聞いていないか?」
「爬人? ああ隷爬のことですね。私の知る限りではアルデアの北、アルディス砂漠で大捕物が一件あったようです」
しばらく顎に手を乗せて考え込むアルル。どうやら野生の爬人が捕獲されたこと自体稀な上、姉弟となると滅多にないらしい。
「ふむ、フォルネス?」
「……はい、確かに襲撃を受け、マスティマ様たちと離れ離れになったのはアルディス砂漠です」
アルルの方に注意を向けながらも冥月に促されてフォルネスはそう告げた。
「とするとその捕獲された姉弟はマスティマたちで間違いないらしいな。アルル、他には何か聞いてないか?」
「……そうですね。姉の方は極めて高い理気を操るので脳改造調整をされて元老院議長直属の精鋭部隊マルクトに配属されるらしいとか、あるいは公開処刑されるだとか……」
「要するに処遇については噂しか流れていないというわけか」
とすればもしかしたらEMS側もマスティマたちの処遇を決めかねているのかもしれない。
「正確な情報としては、現在二人の身柄はアルディス砂漠にあるアレーナルベルス城にあると言うことくらいです」
「……砂漠の城か」
冥月は腕を組み考え込む。城である以上かなりの兵員がいるのは予想出来るため潜入するのはかなり難しそうだ。
「片っ端からやっつけちまえば良くないか?」
「莉乃、そうことは簡単ではないぞ? 向こうには人質がいるのじゃ。救出に来たと分かれば人質から始末されるぞ?」
清白の言う通り向こうにはマスティマとルシルの二人が囚われている。出方を誤れば最悪の場合救出対象自体が始末されることも考えられるのだ。
「なんとか城の兵力を事前に減らせないか?」
冥月の質問にアルルはしばらく無言で考えていたが、ポケットから地図を取り出すと机に広げる。
「現在アレーナルベルス城の近くでは発掘調査が行われています。『禁足地』と呼ばれる遺跡ですがこちらに兵力はほとんどいません。つまり……」
「そちらで騒動を起こせばアレーナルベルスから兵士が流れると、そう言うわけか?」
結論を先取りする形で冥月が呟いた言葉にアルルは頷いた。
「はい、どうやら『禁足地』調査には砂漠の領主キャサリン・フリューゲルもかなり力を入れているらしく、ちょっとした騒ぎだけでもアレーナルベルス城から相当数の兵士が派遣されると思われます」
なるほど、部隊を二手に分けて片方が『禁足地』で騒ぎを起こし、もう片方がアレーナルベルスに潜入してマスティマたちを救い出す。
「しかしアルルよ、敵方にキレものがいた場合はどうする? 陽動作戦を見抜かれてしまえば逆にアレーナルベルスの防備を固められてしまうぞ?」
心配そうな清白の指摘に対してアルルは微かに頷くと口を開いた。
「仮に陽動作戦が気づかれたとしても兵士は送られてくると思います。アレーナルベルスの城主キャサリン・フリューゲルはアルデア城でノリスが討たれた際なんの援護も出来ませんでした」
結果的にノリスを見殺しにしてただでさえパウリナに目をつけられているのだから、もし次『禁足地』で隷属民たる和人が好き勝手やれば極刑どころかお家取り潰しに至る可能性は十分に考えられる。
「故に罠と気付こうが気づくまいが所領で何か騒ぎがあれば大小問わず全力を傾けてくるでしょう。自分が執心している『禁足地』でことが起きたなら尚のことです。それに……」
「それに?」
「……いえ、とにかく先に『禁足地』で騒ぎを起こし、救出部隊がアレーナルベルス城から二人を救出する。おそらくこれがもっとも確実な作戦でしょう」
「……わかった。あとは誰がどこに行くか、だな」
その特性上アレーナルベルス城に潜入するよりも遺跡の防衛隊と城からの増援双方の相手をする『禁足地』側の方が危険なのは間違いない。
「『禁足地』には私が行こう」
「冥にいが行くなら俺もついてくぜ」
危険を承知しているのかしていないのかは不明だが冥月に便乗する形ですぐさま立候補する莉乃。
「……またお主は、危険な任務に自分からついていこうとはのう……」
「まあ、とりあえず騒ぎさえ起こせば良いので、全軍を相手にする必要はありません。適当なところで撤退すれば良いかと」
呆れたように呟く清白に対してアルルはクスクス笑いながらそう告げた。
「もっとも、それでも危険なことには変わりませんがね」
「……ならば儂はマスティマらの救出に向かうとしよう」
清白の言葉を受けてアルルは彼女にバイザーで隠れた瞳を向ける。
「危険は承知ですね?」
「無論じゃ。それに潜入役には儂のように小柄で身軽な者が適任じゃろう」
半ば自嘲気味に呟いた清白の言葉に苦笑いするのはベルゼルト。先日神殿で起きた一件を思い出したのだ。
「冥月の旦那、俺たちはどうしますか? 爬人からも何人か『禁足地』に出しますか?」
ベルゼルトの問いかけにしばらく考え込む冥月。確かに人数が多ければ騒ぎも起こしやすくなるかもしれないが、同時に撤収時に時間がかかる可能性もある。
それにベルゼルトを含めた爬人たちの戦闘能力は未知数である。死人が出かねないような危険な任務に同行させるわけにはいかない。
「……いや、君たちにはこの城に残った非戦闘員たちの警護をしてほしい」
ノリスの死後この城にいた人間はほとんどが逃亡したが行く宛のない何人かはそのまま留まっていた。
居残った使用人は爬人が多数を占めていたが平民出身のEMS人も極少数ながら存在し、城内の様々な雑用をこなしている。
万一EMSがこの城を強襲した場合は彼女らもまた攻撃対象となり得るためどのみち警護は必要だ。
「わかりました旦那、この城のことは任せて下さい」
EMSの襲撃が考えられるという意味では危険なのは変わりないが、非常時には地下神殿に逃げることも出来るため自ら敵地に行くよりかは遥かに安全だろう。
その後フォルネスは『禁足地』にアルルはアレーナルベルスに同行することが決まり、明朝作戦決行時刻までは自由にするということで解散された。
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「……冥月殿」
作戦会議終了後、もう少し調べ物をしようと書斎に向かっていた冥月を清白は呼び止めた。
「清白か、どうした?」
「うむ、明日の作戦のことじゃ。確かにアルルの言う通りならばマスティマ救出も上手くいくじゃろう、しかし……」
「……予想外のことは常に起こり得る、か?」
清白の言葉を先回りすると、彼女は神妙な顔つきで頷いてみせる。
「そうじゃ。それにあのアルルという女子やはりどこかで見たことがあるような気がしてならぬ」
そういえば初めて清白がアルルと会った際も聞き覚えがある声と言っていた。
「信用出来るのか? どうにも不安なのじゃが……」
「……手放しで全幅の信頼を置いているというわけではない、と言っておこう」
冥月はそう告げると窓の外に広がる深い霧に目を向ける。
「だが今の我々には他に状況を変える手立てはない。限られた人員で限られたことを為さねばならない」
EMSの勢力はあまりにも強大だ。それ故に冥月らが少しでも気を抜けば即座にその生命は刈り取られるだろう。
「それよりも清白、君に頼みたいことがある」
冥月は清白に密命を与えたが、彼女はそれを聞いて険しい顔つきのまま頷いた。
「……そちらで間違いないのか?」
「恐らくは、な。ベルゼルトらにも伝えてある。しかしあくまでも念のためだ」
「わかった。お主がそこまでいうからにはこの大任こなして見せよう」
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後刻のこと、夜の帳に包まれたアルデア城の門から外へ出ようとする影があった。
闇と霧に支配された世界のため、その全貌は確認出来ないが、目元に装着された機械のバイザーのみが鋭い光を放っている。
「どちらへ行かれるつもりですか? アルル・クウォーグ」
待ち伏せをしていたのかいつの間にやらそんな彼女の前に使用人の服を身につけた女性がいた。
「貴方は確か、フォルネス?」
「……質問にお答え下さい。大切な作戦前にどちらに行くおつもりですか?」
「少し夜の風に当たろうと思っただけです」
暗闇の中でバイザーの光と眼鏡の奥にある鋭い眼光が交差する。
「……冥月様は貴女を信用されているようですが、私は貴女を完全には信用していません」
先に話し始めたのはフォルネス、明らかに生粋のEMS人でありその前歴も確実ではないアルルを彼女は信用してはいないのだ。
「信用していないのはお互い様です。爬人たる貴女がどうやってここまで来たのか、冥月さんはあまり深くは訊かなかったようですしね」
アルルから返された不穏な言葉に今度はフォルネスが黙り込む。
「……運が良かっただけです」
それだけ言葉にしたフォルネス。二人の間に気まずい沈黙が流れたが、結局こんなところで時間を浪費するのは良くないと思ったのかアルルは城内に戻っていった。
「アルル・クウォーグ……」
一人残されたフォルネスはアルルが戻っていった通路をしばらく睨みつける。
「……(少し、調べる必要があるかもしれませんね)」




