第二十七話「近づく対決」
正月明けて、一気に寒くなってきましたね。
前作(?)主人公登場。
「何故ですかっ!?」
EMS首都アベルディンの一等地にある大邸宅、廊下をツカツカと歩く帝国宰相クララ・ガドウィンを追いかけながらヴィルヘルミナはそう叫んだ。
「あの和人、冥月に関しては私が一任されています。マルクト、しかもパウリナ議長の双子が派遣されるなど私は聞いていません!」
「……貴様には荷が重いと判断されたのだ。今後はオリンとフィーアの指示に従え」
突き放すようにそう告げると、クララはヴィルヘルミナを強引に振り払い書斎に入ろうとする。
「話しはそれだけではありません! ノリス卿のことです」
「……それについては昨夜話した通りだ。卑猩がEMS貴族を殺めるという現実に耐えきれず、お前もロベルトも幻覚を見たのだ」
書斎に設営されたデスクに腰を下ろすと、クララは手近なところに置いていた書類に目を通し始めた。
「断じて幻覚などではありません! 人間が突然化け物に変わる。そんな現象が起きるなら、和人の対処などよりも調査を優先すべきです!」
「何を優先するか決めるのはお前ではなく元老院、そして女王陛下だ」
蔑むようにヴィルヘルミナを見るクララ。うっすらと目を細め口元を歪める。
「よもやあの獣どもに絆されたのではあるまいな?」
「っ! ち、違いますっ!」
慌てて否定するヴィルヘルミナに対してクララのほうはどちらでも良いのか彼女から視線を外した。
「まあ何でも良い、とにかく今後はマルクト、否パウリナ議長の指示に従うように……」
もうクララにはヴィルヘルミナと話しをするつもりはないのか面倒そうに顎を上げ退出を促す。
「下がれ、貴様にもやるべきことはあるのだろう?」
「っ! 失礼しますっ!」
心の底から湧き上がる焦燥感と自分の話しを母親にすら信じてもらえない憤り、ヴィルヘルミナはそれらをぶつけるようにして扉を破り書斎を後にした。
「話しにならない! あんな奇妙な現象調査して然るべきだというのに……!」
廊下を歩きながらも考えることはノリスの最後に見せた姿である。
蟷螂を思わせるその異形の姿はあまりにも悍ましく、正体を掴まねば取り返しのつかないことになると彼女の第六感は警告していた。
「おや、ずいぶんお悩みらしいなマイドーター」
突如声が聞こえてきたためヴィルヘルミナは顔を上げる。いつの間にやら玄関ホールに向かって歩いていたらしく、目の前には開けた空間が広がっていた。
「……父上」
目の前にいるのはスラリとした長身に輝くような金髪の青年。彼こそがヴィルヘルミナの父でありクララの愛人ウィレム・ガドウィンである。
「またクララに怒られたな? まあ、気にしないほうが良い」
「……貴方には関係ないことです」
ウィレムの脇を通り抜けて外に出ようとしたヴィルヘルミナだったが、そこにもう一人青年がいることに気づいた。
その身はなんの衣も身につけていない全裸であり、首には機械の首輪を嵌められている。
四つん這いであるが故に傷だらけの肌はよくわかり、そこには古いものも新しいものも様々だ。
最も特徴的なのはその顔、目はレザーのような目隠しで隠されており口は猿轡が咬まされている。
「……なんだイチ、いたのか?」
何か気に触ることがあったのか、突然ウィレムは顔を怒らせると、手に持っていた乗馬鞭を振り上げた。
「人の話しは聞くなと言っただろうがっ!」
瞬間ウィレムは鞭を振り下ろしてイチと呼ばれた和人を打ちつけたが、あまりの衝撃に彼は地面に身を伏せる。
「俺たちに飼育されてる分際で、生意気なんだよ!」
かなりの痛みが発生している筈だが猿轡を噛まされているためかイチは一切声を上げることはない。
「まだ躾が足りないかっ!」
「もうお辞め下さいっ!」
堪らずヴィルヘルミナはウィレムの右手を掴んだが、何故そんな行動をとったのか自分でも把握してはいなかった。
「な、ヴィルヘルミナ?!」
どうやら驚いたのはウィレムも同じだったらしく、手にしていた鞭を取り落とす。
「どうしたというんだ? こいつらは動物、別に痛めつけようが何てこと……」
「虐待はお辞め下さい。そんなことをしていればいずれ……」
いずれどうなるのだろうか? 少し前までのヴィルヘルミナならばどれほど痛めつけたところで反抗することなどないと思っていた。
だが、冥月や莉乃、清白のような和人たちがいる以上その考えは正しくはない。
彼らもまた確固とした意思を持つ人間、成り行き上とは言え冥月にノリスが倒されたことを思い出し、ヴィルヘルミナの背中を冷たいものが駆け抜ける。
「馬鹿だなヴィルヘルミナ、こんな奴らの一人や二人死んだところでなんともならないさ」
「……とにかくもうお辞め下さい、そんな父上の姿は見たくありません」
ヴィルヘルミナの言葉にようやくウィレムは鞭を下ろすと、地面に転がるイチを蔑むように見下す。
「ふん、運が良かったな。次はこうはいかないからな」
肩を怒らせたまま屋敷の奥へと引っ込むウィレム。後にはヴィルヘルミナと荒い呼吸を続ける和人、イチのみが残った。
イチ、本来の名前は別にあるらしいがヴィルヘルミナが生まれる前からクララに飼われているこの和人をガドウィン家の者は皆そう呼んでいる。
というよりも本来の名前をクララとウィレム以外は誰も知らないと言った方が正確か。
前まではヴィルヘルミナもイチが痛めつけられていても特になんとも思わなかったのだが、ノリスとの戦い以降見ていられなくなっていた。
「……(私は、どうしてしまったのだ?)」
生きた道具である和人などアベルディンには溢れている。EMS人はそんな愚かな彼らの生殺与奪の権利を持ち、自分たちのために管理することが正しい姿のはずだ。
だが今のヴィルヘルミナは数々の戦いの末に、そんなあり方に疑問を抱いている。
「……(いずれ答えを出さなければならない、だがその時私は……)」
ヴィルヘルミナは微かに首を振り広間の隅にうずくまり、痛みを堪えているイチをいつまでも眺めていた。
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冥月らが留まるアルデアの城。押しかける形で現れた爬人の女性、フォルネスの要請を詳しく聞くべく冥月は城の大広間に主だったる面々を集め、改めて話しを聞き出すことにした。
「君が自身の主人、マスティマとその弟ルシル、二人を救出したいというのはよくわかった」
いくつかの蝋燭の光が照らす大広間に集まったのは冥月含めて四人。莉乃と清白、そしてこの城にいる爬人たちの代表格ベルゼルトである。
「しかしまだ肝心なことを説明してもらっていない」
冥月は鋭い瞳でフォルネスを見つめつつ質問を続けた。
「君たちは何者だ?」
EMS人が支配するこの世界で奴隷扱いされている爬人が自由に旅を楽しめるとは思えない。
ベルゼルトらヤーハンのゲネシスソイミートタワーにいた爬人らもヴァスティーユと呼ばれる都市で奴隷となるために産まれてきたのだという。
そうなってくるとマスティマとやらを含めた三人は主人の元から逃げ出した逃亡奴隷か何かなのだろうか?
行動するに当たり可能な限り不確定要素を排除したい冥月としては、スパイの可能性を孕むフォルネスらの身元を絶対に明かしておかねばならなかった。
「お答えします。ごく少数ですが奴隷として使役される隷爬、いえ爬人以外にも私たちのように隠れて暮らす者がいます」
事情は不明ながらフォルネスの主、マスティマは信じられないほどの理気を備えており、弟とともにアルディス大陸を旅していたらしい。
「勿論平坦な道ではございません。常に危険がそばにありました」
遠い目をしながらフォルネスが語ることによれば、元々マスティマは西方ガリアス大陸、ニムロド生まれの普通の奴隷だったらしいが幼い頃に理気が暴発して施設は壊滅、なし崩し的に、その騒動から生き延びていた弟とフォルネスを連れて逃亡したのだという。
「以降マスティマ様と私共は貨物船に紛れて大陸から大陸、街から街を彷徨い歩き、追っ手から身を隠していたのです」
ところがつい最近になって急に不穏分子を取り締まる動きが強くなり、その結果マスティマとルシルは捕らえられたが、いくつかの幸運が重なりフォルネスのみが逃げ延びた。
「そして風の噂でEMS貴族を倒した御身の話しを聞き、アルデアまで参った次第です」
恐らくこうしてここまで来るにも色々とあったのだろう。彼女の表情からは少なからず疲れが見てとれた。
「しかし幸運じゃったな。もし我らがこの城より退去しておった場合はどうするつもりじゃった?」
「一か八かの賭けでした。ですがこうしてお会い出来たということは、私も運に見放されてはいなかったということですわね」
笑みを浮かべながら清白の質問に答えたフォルネスを眺めつつ、ベルゼルトは隣に座る冥月に顔を寄せる。
「(旦那、どうします?)」
「(怪しいところこそあるが、少なくとも嘘をついているわけではないと思う)」
「(じゃあ、マスティマとやらを助けに行くんですか?)」
「(助けを求めてきた者を見捨てるわけにはいかないからな)」
EMSの下で生きることもままならず戦い続けるしかないのは和人も爬人も同じこと。
そんな爬人が助けを求めてきたのならば尚更何とかしなければならない。
それにフォルネスの話しが事実であるならばマスティマの実力は並みのEMS貴族を凌ぐほど。仲間になってくれならば今後冥月らの力になってくれるかもしれない。
「……君の要請はよくわかった。フォルネス、君の主を助ける手助けをしよう」
「っ! ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべて何度も頭を下げるフォルネスを手を挙げて制すると冥月は莉乃と清白に視線を移した。
「二人はどうする? 恐らく危険な任務になると思うが……」
「冥にいがやるなら俺もやるさ」
ニヤッと牙を見せるような笑みを浮かべる莉乃に対して清白の方は何やら険しい表情をしている。
「やるならやるで構わぬが、あまりにも情報が不足しておるな」
彼女の言う通りマスティマとルシルの二人がどこにいるのかもどういう扱いを受けているのかも判明していないのだ。
「……確かに情報は足りないが、マスティマにはすぐに会えるだろう」
目を閉じて意識を集中すると冥月の脳裏に霧がかったかのような靄の中、バトルメイスを手にした爬人の少女がこちらに攻撃を仕掛ける光景が浮かぶ。
「根拠は?」
「勘だ」
あまりにあまりな答えに清白は全身の力が抜けるように感じたが、不思議なことに彼女もマスティマとはすぐに会えるような気がしていた。
「……(予知、とも違うのう。どちらかと言えば戦闘中に敵の動きを先読みする感覚に近いようじゃが……?)」
「だが、情報が足りないのもまた事実だ」
なんとか情報を集めねば作戦の立てようもない。アルデアの街で情報を集めるにしても和人や爬人ではあまりにも目立ち過ぎる。
相当上手くやらねば悪目立ちする結果になるのは間違いない。
「失礼します」
冥月が思考の中に沈もうとしていたその刹那、広間の扉が開いてベルゼルトの副官である少年ボティスが現れた。
「ボティスか、今は取り込み中だ。また後にして……」
追い返そうとしたベルゼルトに首を振り冥月はボティスに視線を向ける。
「どうした?」
「冥月さんにまたお客さんです」
このような状況下でよく客が来るものだ。もしやなんとなく予知があった通りマスティマが来たのだろうか?
「誰だ?」
あまり期待せずにボティスに冥月は問う。しかし彼が返した名前はこの場にいる誰も予想だにしなかった名前だった。
「アルルさんです」




