第二十六話「麒麟族の呼ぶ声」
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地理、そして初めての攻める戦。
『白霧都市』そう呼ばれるアルデアの地はその異名に違わず、夜明け前と夕暮れ時には霧が立ち込める薄暗い街だ。
そんな街のほぼ中央部にはアルデアを治めるEMS貴族、ノリス・イェンセンの居城がある。
『首塚』と呼ばれる地に建てられたその城は現在城主を失い、衛兵や大半の使用人も逃げ出したためほとんど無人の廃城となっていた。
「……なるほど、さすがに資料は揃っているらしいな」
しかしそんな廃城の一室、数多くの本や研究資料が保管された部屋に一人の青年がいる。
その身には黒いキャソックを纏い、シンプルな拵えをした直剣を腰に帯びた青年だ。
彼の名前は冥月、紆余曲折の末前世の記憶を取り戻し、この世界では卑猩と呼ばれ蔑まれる和人の身でありながら仲間たちとともに城の主人、ノリス・イェンセンを討ち滅ぼした人物である。
ノリスを討ってからすでに数日、EMS側が何か仕掛けてくる可能性も考慮してこの城で調べものをする際には用心のため周囲を警戒しながらことにあたっていたが、今のところは杞憂で済んでいた。
さて、薄暗い城内で燭台の明かりを頼りに書斎を漁る冥月だったが進捗状態は芳しくはない。
書斎と言ってもさすがは貴族と言ったところか、図書館もかくやという規模のため調べ物をするのは容易ではないからである。
広大な空間に大きな机が置かれ、壁という壁はぎっしりと本棚で埋め尽くされており様々なジャンルの書籍が無造作に納められ、調べるだけでも難儀するような量だ。
「……さて、次は……」
「冥にいは勉強家だな、俺には真似出来そうにないぜ」
部屋の隅にある簡易式のベッドでくつろぐ少女。鍛え抜かれた身体に2メートル近い肉体を惜しげもなく晒す扇情的な服装、瞳は片方が青、もう片方が赤という美しいオッドアイを備えた不思議な見た目の少女である。
彼女は莉乃、冥月とともに数多の危機を乗り越えてきた仲間であり盟友だ。
ついさっきまで調べ物を手伝っていたのだが、あまりの本の量に目を回し出したため現在はベッドで休んでいる。
ノリスを倒した後、この城を見つけてからすぐに冥月らは調査を開始したのだがあまりにも資料が多いため、未だに有益な情報を見つけることは出来ずいた。
しかしあまりにも本が多いためこの世界では一般常識でも、最初に目覚めた場所以外何も知らない冥月にとっては初耳となるような情報も少なからず見つかっている。
その最たることはこの世界の地理、自分が今どの場所にいるのかの情報だ。
現在冥月が読んでいる本も地理に関する本だったらしく彼が開いていたページには五つの大陸が載せられた地図が印刷されている。
「冥にいの読んでるそれは、また地図とやらか?」
目眩のほうはマシになってきたらしく、ベッドからノソノソと立ち上がると莉乃は後ろからしな垂れるかかるように冥月の背中にもたれ掛かった。
莉乃自身戦場となれば巨大な戦斧を振るい一騎当千の働きを見せる武辺者だが、同時に年頃の少女でもある。
鍛え抜かれた胸筋に底上げされた豊かな胸を背中に押し付けられ、冥月は少しばかり表情を険しくした。
「……暑苦しいぞ?」
「へへ、硬いこと言わない。俺と冥にいの仲、だろ?」
どうせ辞めろと言ったところで効かないのは目に見えている。やれやれと言った調子で彼は手元の地理書に目を落とした。
「でだ冥にい、俺たちが今いるところは?」
「……中央から見て東方、かつてはEMS貴族ノリス・イェンセンが治めていた地、白霧都市アルデアだ」
EMSの支配するこの世界には大きく分けて五つの大陸が存在する。
一つは首都アベルディンを擁する中央大陸たるアーカル大陸、東方には現在冥月らがいるアルデアや、先日まで彼らがいた養殖領ヤーハンを含むアルディス大陸。
アーカル大陸の南にはかつての爬人の聖地であり、メイプルの化石が発掘されたヴァスティーユを中心としたヴァスタ大陸。
さらに西にはかつてセザンヌが爬人たちに話しを聞いたという工業都市ニムロドがあるガリアス大陸。
そして北には『禁断の大陸』、あるいは『禁忌の地』などと呼ばれるデモニア大陸があり、これで合計五つだ。
「……大陸にはこれを統括する総督と二人の補佐官がいるが、基本的にどの大陸、どの街であったとしても我々和人にも、爬人にも人権はないと見て良いな」
EMSが支配するこの世界にあってはどの大陸に逃れようともその影響から出ることは出来ない。
もしかしたらこの銀河の遥か果てにまで逃れることが出来たならば何とかなるのかもしれないが、そんなことは不可能である。
「……だから俺たちが居場所を作るには戦い続けなければならない、というわけか」
冥月の言葉を受けて莉乃は険しい顔つきでそう呟いた。実際二人とも何度となく死線を潜り抜けてはきたが、自発的に攻め込んだわけではなく防衛上止む無く対処した事態ばかりである。
逆に言えばそれほどの死闘を生き延びなければ自由に生きることすらままならない、というわけだ。
「……だが、我々が生き延びることが出来たのは幸運によることが大きい。実際いつ死んでもおかしくない状況も多かった」
集結態にせよノリスにせよ、一歩間違えれば死んでいたのは冥月だったかもしれない。能力を過信せず、常に気を張って戦わねば次こそ命を落とす結果となるだろう。
「で、冥にい、俺たちは次どうすんだ?」
一旦冥月から離れて本棚の脇に設置されていた脚立に腰掛けると、莉乃は真剣な表情で彼を見つめた。
「それを今探している。しかしどこに行ったとしてもEMS、否パウリナの魔手から逃れることは出来ない」
EMS元老院議長にしてノリスの姉パウリナ、妹が冥月に討たれた情報はそろそろ本国にも届く頃だろう。
そうなればヴィルヘルミナが言っていた通り、今後パウリナが仇敵として冥月を狙うことはほぼ間違いない。
手をこまねいていれば何も出来ぬまま八方塞りとなり命を奪われる結果になりかねないため、次の行動を定めることは死活問題というわけだ。
面倒を避けるためには殺られる前に殺るしかないが、今のところ力の差は歴然としているためそれは難しい。
さらには仮にパウリナを倒せたとしてもEMS自体をどうにか出来ないならば場合によってはパウリナ以上に厄介な相手を引き寄せる可能性もある。
「……とにかく早めに行動の指針を定めねば、な」
「まあ、冥にいが色々考えてるのもわかるけど、ちょっとは俺にも……」
「冥月殿っ!」
莉乃が何か言おうとした直後、書斎の扉が開かれ一人の少女が駆け込んできた。
入ってきた少女は青を基調とした和服を纏い和人、というよりも日本人らしいほっそりとした肢体と長い黒髪を備えており、両目は紅玉のような赤い瞳とどことなく神秘的な風貌をしている。
彼女は斎部清白、冥月同様別の世界の知識を有する少女だ。
「騒々しいぞ清白、一体どうした?」
手に持っていた地理書を閉じると、冥月は肩で息をしたままこちらを見つめる清白に視線を移す。
「何かあったのか?」
「うむ、お主にどうしても会いたいと申す輩が来ておる」
清白の言葉に冥月ははてな、と頭の中にクエッションマークを浮かべた。この世界には知り合いなどいないため訪ねてくる人物に思い当たる者がないのである。
「……もしや、EMSか?」
いよいよ冥月がノリスを討ち滅ぼしたことが知れ渡り、そのために行動を開始した。そう考えると自然である。
「いや、来たのはEMS人ではなく爬人じゃ。しかもどういうわけだかメイド、否使用人の姿をしておる」
使用人、いよいよもってわからなくなってきた。もしかするとノリスの討死に伴って逃げ出した使用人の一人かもしれない。
「……とにかく会ってみよう。詳しい話しはそれからだ」
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城内はEMS貴族の趣味なのか質素を旨とする冥月にとってはひどく華美に見える装飾がいたるところに施されており、彼としてはあまり好きな景色ではない。
廊下には金銀で飾られた豪奢な鎧や、名のある画家に描かせたと思われる歴代城主の肖像画などが飾られていたが、調度品も内装も質素なものだったセザンヌの屋敷に比べると、どうにも派手すぎるきらいがあった。
「……ここだな」
清白が訪問者を案内したのはそんな城内にあって一際華美な応接室、客を迎え入れるためのその部屋に冥月はノックをしてから慎重な動作で中に入る。
応接室にはすでに件の使用人がおり、冥月が入室すると静かに頭を下げた。スラリと長い足に肌は透き通るように白く、一つにまとめられた髪はサラサラとした清潔感漂うものである。
爬人らしく爬虫類のような四肢と蜥蜴に近い耳は龍を思い起こさせる硬質なものだが、同時に女性らしいしなやかなものでもあった。
「お初にお目にかかります。ご主人様」
優雅な動作で頭を上げると、彼女は眼鏡をかけ直したが、一つ一つの動作はあまりにも完璧であり、単なる使用人ではなく家令か、あるいは家庭教師を彷彿させる。
「わたくしはフォルネス、お会いすることが出来て恐悦至極です」
「……冥月だ。この城の主ではないが、事情があってこの地に留まっている」
冥月が椅子に座ると、フォルネスは優雅に一礼し、彼の前で膝をかがめた。
「? 座らないのか?」
「はい、わたくしのような使用人はこれで十分でございます」
どうやら彼女は生粋の使用人らしい。仮に冥月が椅子に座るように言ったとしても固辞するのは目に見えているため、仕方なく彼はそのまま口を開く。
「仕事を探しているのかもしれぬが、我々はたまたまこの城にいるだけで主人でもなんでもない、そう遠くない未来出て行くつもりだ」
まだこの城には逃げ出さなかった使用人が何名か残っており、なし崩し的に留まってはいるがそれもずっとそのままにしておくわけではない。
「……御身がここに留まっているのは不本意だとは承知しています。わたくしが今日ここに来たのは御身にお仕えするためではなく、御身の力をお借りしたいがためです」
フォルネスの言葉に冥月は微かに首を傾げた。貴族に楯突くような真似をした冥月に頼るとなればおそらく尋常な願いではないのだろう。
「……EMSの手に落ちた我が姫、マスティマ様とその弟、ルシル坊ちゃんをお助けいただきたいのです」
アーカラ大陸
首都アベルディンを擁する中央大陸
アルディス大陸
アルデス城やアレーナルベルス城がある砂漠が広がる大陸
ヴァスタ大陸
かつては爬人たちの聖域。ヴァスティーユやメイプルが発掘された『禁足地』がある。
ガリアス大陸
工業都市ニムロドを中心とした大陸。
デモニア大陸
禁断の地。




