第二十一話「風水」
衣替え?
清白の右手と接触した瞬間には、すでに青い宝珠は理気を放ちながら明滅を始めていた。
反応自体は莉乃のときと同じだったが、光は青く、深い海を思わせるような色合いである。
「……誰じゃお主は……。麒麟? 知らぬな、儂はただ自分のなすべきことをなすだけじゃ」
一際激しい光とともに宝珠が消えると、清白の刀が消えており、代わって右手の人差し指に青い鉱石の指輪がはまっていた。
「……貴様、同調したのか……!」
「そうらしい。これで条件は揃ったようじゃな」
意識を集中させると清白の右手に青い刀身を持つ日本刀が現れる。
何度か振ってみると非常に使いやすい、手慣れた武器に感じるようなそんな刀だ。
「『聳孤扶幼』、それがお主の銘か?」
角度的には清白にしか見えなかったが、どうやら刀身に莉乃のとき同様文字が浮かんだらしい。
「……莉乃、お主はそこで見ておれ、こやつは儂が戦う」
ヴィルヘルミナは一人で戦えるような相手ではない、そう告げようとした莉乃だったが清白の瞳に強い意志が宿っているのを見て微かに頷く。
「……無理は、するなよ?」
「無論じゃ」
短い問答を交わすと、清白は何やらワナワナと震えるヴィルヘルミナの前に立った。
清白の高まる力に応じてかその身を理気の光が包みこみ、彼女の身につけていた装束が実験動物のような簡素なものから大きく変容を始める。
その身に纏うのは日本古来の民族衣装たる和服、青を基調とした着流しに背中の位置には麻紋を持つ群青の羽織、いずれにせよ清白の日本人的な風貌とよく合っていた。
「ふむ、これは心が躍るのう……」
「……この私を相手に一人で、だと?」
薙刀に風の理気が宿り、彼女の怒りに呼応するかのように周囲に暴風が巻き起こる。
「卑猩風情が、調子に乗るなっ!」
薙刀の刀身に理気の風を乗せた鋭い一太刀を放つヴィルヘルミナ。すぐさま清白は後方にかわしたもののその一撃は地面を大きく穿った。
「……ふむ、確かにお主の理気は驚異的といえよう、がしかし……」
地面に着地すると刀を脇構えの形に構え、薙刀を手にこちらを睨みつけるヴィルヘルミナをじっと眺める。
「お主には重大な弱点が存在する。それも生死に関わるようなものが、な?」
「……っ!」
瞬時にヴィルヘルミナとの距離を詰めると、清白は神速の動きを以って円を描くように刀を振るった。
精妙にして緻密、ヴィルヘルミナはなんとか薙刀を立てて攻撃を防いだが、背中を急速に冷やすかのような剣気に冷や汗をかく。
「……理気、とやらを使いたかったがうまくはいかぬものじゃな……」
とぼけたようなことを呟く清白、対してヴィルヘルミナの方は彼女の実力に奥歯を噛んだ。
「くっ! なんだ貴様は、冥月といい莉乃といい、卑猩にこれほどの使い手が何人もいるというのか……!」
冥月や莉乃もまたヴィルヘルミナにとっては規格外の存在、しかし清白は彼らとはまた違う意味で想像を絶する使い手、練達の剣士と言えるような者である。
すぐさま距離をとるとともに薙刀を返して用心深く清白の様子を伺うヴィルヘルミナ。
理気を使わずにここまでの戦いが出来るならば、いざ使いこなせるようになった場合どれほどの力を発揮するのか想像もつかない。
「なんじゃ? 儂がそんなに恐ろしいか?」
ヴィルヘルミナが全く動かないのを見て揶揄うようにそう漏らすと、清白は刀を左上段の形に構え直した。
「ならば、ご期待に沿うとしようか」
瞬間、またしても恐ろしい速度で迫る清白。しかし此度はヴィルヘルミナも全く無策というわけではない。
「喰らえっ!」
左手から理気による衝撃波を放ち清白を迎撃するヴィルヘルミナ。さすがに集結態が使用したものほどではないが、簡単に大地を抉るような威力、直撃すればただでは済まないだろう。
「……ふんっ!」
しかし清白は見事な体捌きで脇に飛び衝撃波を躱すと、そのまま地面を蹴ってヴィルヘルミナに肉薄した。
「なっ! あれをかわしたというのかっ!」
慄きながらもまた薙刀を立てて清白の一撃を防ぐヴィルヘルミナだったが、理気を使わずにここまで食い下がるその実力に目を見開く。
「……ふふ、そろそろお主に何が足りぬかわかってきたのではないかな?」
「っ! 減らず口を……!」
激するヴィルヘルミナだったが一瞬の隙を縫って、清白の当て身が彼女に命中した。
「がっ……!」
小柄な清白から放たれたのは、柔を用いた見事な一撃。ヴィルヘルミナには見切ることすら出来ないものである。
「……武器を力任せに振るい過ぎじゃ、故に動きが大振りとなり、隙が生まれる」
体幹を最大限に生かして必要最小限の動きで刀を振るう清白にとって、力でゴリ押しするだけのヴィルヘルミナの戦いは隙だらけ。あまりにも相性が悪過ぎた。
「くっ! このヴィルヘルミナ・ガドウィンに説教じみた真似を……」
屈辱に顔を歪ませるヴィルヘルミナ、しかし強い理気を持つ者がこちらに近づいてくるのを感じていよいよ死相が浮かび始める。
「遅れてすまない」
森の中から現れたのは冥月、走ってきたのかその身体は微かに汗ばんでいた。
「……急いできたつもりだったが、杞憂だったな」
余裕な表情で刀を構える清白と肩で息をするヴィルヘルミナ、どちらが優勢なのか考えるまでもない。
「現れたか冥月! ならば残存戦力を集めて貴様を捕らえる」
ヴィルヘルミナはポケットから無数のスイッチが並んだリモコンのようなものを取り出す。
「……残念ですが、あなたの招集には誰も集まらないと思いますよ」
冥月の後を追うような形で現れたのは黒服に肩にはサイコランチャーを担いだ美青年である。
「ろ、ロベルト卿……!」
絶句するヴィルヘルミナ。現れたのはロベルト・イェンセン、純粋なEMS貴族たる彼が冥月に味方するかのような形で現れたことが、彼女には信じられなかった。
「すでに貴方の配下とこの拠点にいた兵士はみな脱出しています。増援は諦め下さい」
「ど、どういうことだロベルト卿、まさか卑猩の側に寝返ったのか……?」
やれやれと言った様子でロベルトは一度だけ冥月を見たが、極めて冷淡な表情でヴィルヘルミナを見据える。
「まず一つ目、この基地の兵士らはここにいる冥月の戦いぶりを見て恐れをなし、逃げ去りました。帰ったら軍法会議ものですね」
実は冥月と戦った際、その戦いぶりを映像化して送信、別の場所に記録する装置をロベルトはサイコランチャーに仕込んでいた。
そのため冥月がいかにしてロベルトを倒したのかは基地内のあちこちに知られてしまっており、勝てるわけがないと判断した兵士らは我先にと逃亡を図ったのである。
「次に和人についてですが、私は別に誰の味方というわけではありません」
彼がこれまでパウリナやノリスに仕えていたのも生活のためであり、そもそもロベルトは思想やEMSにはなんの関心もなかった。
「正直身分が低いほど税率が高いというのは意味がわからないのですよ。国を発展させる上でまったく効率的ではない。女王と元老院は何を考えているのか……」
「き、貴様、女王陛下をなんだと……!」
「単なるEMS人の女性でありそれ以上でも以下でもありません」
呆気にとられるヴィルヘルミナに対して冷淡に告げると、ロベルトは静かに座り込む。
「ロベルト卿! ならばEMS人として私に手を貸し、共に連中を……」
「だから私は最初から誰の味方でもありませんし、EMSのあり方にも興味はありません。強いて言うならば……」
ちらっとロベルトは一瞬だけ冥月を見たが、結局何も言わずに首を振った。
「私を評価する者の味方、でしょうか? 今回に関しては、私は単に見物に来ただけですので手出しはしません」
「……貴様は……!」
激昂するヴィルヘルミナ、しかしロベルトをどうにかする前に、まずは目の前にいる清白に対処しなければならないため、なんとか怒りを抑え込み理気を高める。
「残念じゃったなヴィルヘルミナ、増援も望めず、ロベルトの手助けも得られぬとは……」
心底憐れむようにそう告げ、清白は刀を構え直してヴィルヘルミナの出方を伺った。
「ほざけっ! 卑猩ごとき、私一人で十分なんとかなるわっ!」
リモコンを投げ捨て激しい暴風をその身に纏うとヴィルヘルミナは薙刀に理気を込め、理力剣を放つ。
「……やれやれ、その慢心が油断と隙を作っておることにまだ気づかぬか?」
軽い調子で刀を地面に突き立てる清白。瞬間大地の下から巨大な物体が突き上がり、ヴィルヘルミナの理力剣を容易く弾いてしまった。
「なっ!」
驚くヴィルヘルミナ。彼女の一撃を防いだのは巨大な氷の壁、しかも理力剣で破壊出来ないということはそれ以上の理気を纏っているということでもある。
「うむ、お主との戦いの中で儂も随分理気とやらに理解が深まってきた」
清白がネクロアクアスから奪った宝珠と同調したのはほんの数十分前、信じられないことにヴィルヘルミナとの戦いの中で理気を引き出し、すでに使いこなしつつあると言うのだ。
「あ、あり得ない! いかに宝珠と同調したとは言え卑猩ごときが……」
「だからそれがそもそもの間違いじゃ、卑猩だなんだと勝手な先入観でモノを言うからお主らEMS人は余計な手傷を負うのじゃろうに……」
清白の言葉にヴィルヘルミナは前回冥月と莉乃を討ち損じたことを思い出す。
特殊な被験体と聞かされていた冥月にばかり気を取られ、下等な卑猩と見なしていた莉乃に手痛い反撃を加えられたことを……。
「ば、かな……! 卑猩や隷爬が我々と同格だと……?」
否、そう思わざるを得なかった。実際EMS人が総力を挙げても解析できず、制御装置にしか出来なかったあの宝珠の真の力を莉乃と清白は引き出している。
その一点においてもEMS人と同格、否勝るとも劣らないと考えるべきではないのか?
「……そんな、ならば我々は、これまで、何をしてきたというのだ……」
清白の指摘にヴィルヘルミナは愕然とした。EMS人による和人や爬人に対する搾取、加虐を含めた非道な行い。
もしもそれを加えてきたのが下等種族でもなんでもない、EMS人同様の人間であったならばあまりにも残忍なことを彼らにしてきたことになるのである。
「それが、それが本当だとしたら、私は、私たちはどうすれば……?」
もはや戦うことすら出来ず、ヴィルヘルミナは薙刀を取り落としてその場に足をついた。
清白もまたもう戦う必要はないことを悟ったのか、刀を納めて冥月に視線を向ける。
「……過去は取り返しがつかずとも、今を変えれば未来は変わる」
戦いの流れを見ていた冥月はそう告げ、静かに前に進み出た。
「己の罪と向き合い、現状を変えようと願うならば、必ず君は救われる」
「……私の、罪……」
しでかした事はもうどうにもならずとも心から改悛し、先へ進むことを恐れないならば生きている限りどうとでもなる。
「ま、罪というなら、卑猩や隷爬は生きてることが罪、よね」
せせら笑うような声が聞こえたかと思うと、どこからともなく新たなEMS人が姿を現した。
「……ノリス・イェンセンか……!」




