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鱗の裏側  作者: 銀タ
6/22

踏み出す一歩


 



 

「……クロシア殿」

 

 静かな会議室に、ヴィアの掠れた声が響く。その声を聞いた者達が何故か驚愕の表情で一斉にヴィアを見た。

 そんな人々の反応に若干気後れしながら、チラリと奥の部屋を窺う。部屋へと繋がる扉がピクリとも動かない事に安心して、もう一度クロシアへ呼び掛けた。

 

「クロシア殿、少しよろしいか」


 細い声で呼び掛けてくるヴィアに、目を見開いて固まっていたクロシアが慌てて飛び上がり、駆け寄ってくる。

 

「な、なんでしょうっ! 何かありましたかっ!? あ、喉が乾いたとか!? 飲み物、飲み物、み、水!?」

 

 あたふたとするのを少し呆れた顔で見ながら、いや、と首を振る。

 

「ルトミナから、これを貴女に」

 

 髪に差していた花を引き抜き、少し躊躇いながら差し出す。その花を見たクロシアは、ぽかんと口を開けて固まった。

 

「貴女の話をしたら、喜んでいた。これは貴女の好きな花だと聞いたが……」

「……はい、はいっ!」

 

 震える手で、恐る恐るといった様子でその花を受けとる。そして大切そうに、花を撫でた。

 

「まさか、こんな……ルトミナから何かを貰えるなんて……」

「悪いが、魔術師達には内密にしておいてほしい。あー、勿論、アシオレにも」

 

 気まずげな表情で頬を掻くと、大袈裟なまでに大きく頷き、そして胸を張って言った。

 

「勿論です! 皆さんも、お願いしますよ!」

 

 そう言って他の騎士や文官達を見たクロシアに、部屋中から了承の声が上がる。それをキョトンとして見ていたヴィアに、少し悪戯っぽく笑った。

 

「実は、騎士は魔術師があまり好きじゃないんです。だからわざわざ魔術師に告げ口する人なんて居ませんよ」

「そうそう、俺たち騎士は魔術師とは気が合わないんです」

 

 突然横から聞こえた声に慌てて振り向くと、そこにいたのはメルヴィルだった。相変わらず優しそうな顔で微笑みかけてくる男に、少し狼狽えながら目をそらす。この姿になってから、異性にこんなにも優しく微笑まれたのは初めての事で、何だかひどく気まずい。

 

「おいクロシア、そろそろアシオレ殿も戻ってくるんじゃないか? 自分の席に戻った方がいい」

「ああ、そうするよメルヴィル。……ヴィア様! 本当にありがとうございます!」

「あ、ああ、気にしないでくれ」

「それでは、席に戻ります! 本当にありがとうございます!」

 

 何度も手を降りながら上機嫌で席へと戻っていく姿に、ヴィアの心もほんのりと浮き立つ。この事を帰ってからルトミナに伝えるのが楽しみだった。

 

「嬉しそうだな」

 

 横から聞こえた声に、ビクリと肩を揺らす。とっくに自分の席に戻ったと思っていたメルヴィルが、すぐ隣に立っていた。

 

「そ、そうだろうか」

「俺には嬉しそうに見えたが。鱗がキラキラと輝いて……」

「そっ、そうか……それはすまない」

「ん? なぜ謝る?」

 

 不思議そうに見下ろしてくるメルヴィルの視線を避け、目を伏せる。

 

「いや、気味が悪いものを見せてしまっただろう。悪かった」


 自分で言った言葉に内心傷つきながら、鱗に覆われた手を見つめる。そのほっそりとした指は、テラテラと光る鱗に覆われ、ひどく気味が悪かった。

 

「いや、俺はとても綺麗だと思ったが?」

「え……」

 

 信じられない言葉に思わず隣を見上げると、そこには柔らかい笑顔があった。

 

「き、れい、だろうか……この鱗が?」

 

 もう一度じっくり手を見てみる。しかし、やはり何度見ても、気味の悪い手にしか見えなかった。

 

「俺はとても綺麗だと思う。ああ、そろそろ戻らねば。それでは、また」

「あ、ああ」

 

 言われ馴れない賛辞を聞かされて、到底顔を見る事などできない。ヴィアはメルヴィルが離れていくのを感じながら、じっと膝の上の手を見つめていた。

 

 その後帰ってきたアシオレに何か無かったかとしつこく聞かれながらも適当にあしらい、クロシアに花を渡した事も気付かれずに済んだ。

 そして国王が現れてから始まった会議では、国の防衛やら何やらの話ばかりで、まったく内容に付いていけず、ただ無言で座っているだけで終わった。今回は愛し子については何も語られる事はなく、安心する一方で少し残念な気持ちになる。しかし、アシオレは目に見えて上機嫌になっていて、その事は少しだけ良かったと安堵の息をつくのだった。


 

 

 上機嫌のアシオレに送られて、『花園』に帰ってきたヴィアがまずしたことは、ルトミナを部屋に呼ぶことだった。そして人払いをすませた部屋で、二人向かい合ってニヤリと笑う。

 

「ヴィア様、髪に差したお花が無くなっておりますわよ」

「そうか? 困ったな、どこに落としたのか……」

 

 二人して神妙な顔で言い合った後、同時に勢い良く吹き出す。クスクスと笑う二人は、とても楽しそうだった。

 

「アシオレ殿には気付かれませんでしたか?」

 

 ルトミナがクスクスと口に手をあて、上品に笑いながら聞いてくる。

 

「ああ、まったく。アシオレは私の髪なんぞより、誓約が守られたどうかの方が気がかりでな。無事にクロシア殿に渡せたぞ」


 ニヤリと笑って言うと、嬉しそうに破顔する。

 

「お姉様はお元気でしたか?」

「ああ、花を渡したら酷く喜んでいたよ。あと―……」

 

 ふと、優しく微笑むメルヴィルの顔が脳裏に浮かんで、思わず言葉がつまる。そんなヴィアに首を傾げながらも、ルトミナは話の続きを待っていた。

 

「いや、何でもない」

「まあ! 何かあったんですの? 気になるじゃありませんか、お教えくださいませ!」

 

 明らかに言葉を濁したヴィアに、不服そうな顔を向ける。その様子を見て、暫く床を見詰めたヴィアは、そろりと口を開いた。

 

「いや、メルヴィル殿がな……。鱗が、綺麗だと誉めてくれたんだ」

「メルヴィル様が、ですか?」

 

 どこか不審そうな顔で眉を寄せたルトミナに、慌てて弁解する。

 

「う、嘘ではないぞ! その、社交辞令だろうが、そう言われてな」

「社交辞令……そうですか」

 

 うーん、と唸って暫く悩むような様子を見せた後、チラリと顔を見てくる。

 

「私が知るメルヴィル様は、誰かを誉めたり、お世辞を言ったりする方では無かったのですが……」

「な、何っ!? それではあのメルヴィル殿は偽者だと言うことか!?」

「いえ、ヴィア様、話がぶっ飛びすぎですわ。しかし……まあ、最後に会ってから十年は経っていますし、彼も変わったのかもしれませんわね」

「……そんなものなのか?」

 

 何だか釈然としないが、ルトミナはもうそれ以上話す気は無いのかお茶を飲んで一息ついている。そんな彼女にもっと詳しく話を聞こうか迷ったが、結局上手く考えが纏まらず、切り出す事は無かった。

 

「そう言えば、今日の会議では我々の事について、何か話し合われましたの?」

「いや、今日は話は出なかったな。もっぱら国境の防衛の話ばかりで、私もアシオレも聞くばかりだった」

「そうですの……王は何をお考えなのかしら」

 

 じっと手に持ったティーカップを見つめるルトミナは、その姿勢のまま、ポツリと問いかけてきた。

 

「もし、もしですわよ?……王が、愛し子を自由にする言われたら、ヴィア様はどうなさいます?」

「どう、と言われても……」

 

 突然の問いに、答えを見つけ出すことが出来ない。そんな反応を見て、ルトミナは困ったように笑った。

 

「私は考えてしまうのです、もしかしたら、また家族と共に過ごせるのではないかと……」

「ルトミナ……」

 

 家族を思って切ない表情を見せる姿に、複雑な感情が沸いてくる。

 もしルトミナが言うように、愛し子が自由を得て、外の世界で暮らせるようになったら……。

 この『花園』には、ルトミナのように家族と涙ながらに引き離された者ばかりではないのだ。そう、例えば金に目が眩んだ親族に売られそうになった者や、非常に珍しい事だが、ヴィアのように化け物と罵られ、捨てられた者だっている。

 そんな者達は、外の世界でどう生きていけばいいのだろうか。鱗だらけの化け物は、どうやって人の世界で生きていけるのか。

 心にポツリポツリと黒い染みが広がる。不安、恐怖、そして嫉妬がグルグルと頭の中を回り、どうしたら良いのかわからない。

 不安に涙が浮かびそうになった瞬間、あの柔らかな笑顔が浮かんで、ふと現実へと連れ戻される。

 なぜあの人の顔が、と茫然としていると、正面から声がかかった。

 

「ヴィア様? 大丈夫ですの?」

「あ、ああ」

 

 心配そうに覗き込まれた顔にはっとし、慌てて頷く。


「すまない、少し考え事をしていた」


 苦笑いして、首を振る。それを見たルトミナは、ますます心配そうに顔を歪め身を乗り出した。

 

「ヴィア様、やはりお疲れなのでは、もう休まれ……」

 

 ――コンコンコンッ

 

 心配する言葉を遮って、扉を叩く音が響く。人払いをしていたはずなのに、と眉を寄せ、チラリと目配せする。それを見たルトミナも無言で頷き、椅子に座り直した。

 

「何だ」

 

 扉に向かって声を張ると、カチャリと扉の音を立て、一人の魔術師が入ってきた。

 

「ご歓談中失礼致します。城より重要なお手紙が届いております」

「城から?」

 

 見に覚えのない手紙に――そもそも手紙自体貰うのが初めてだったが――眉を寄せ、不審な物を見る目で手紙を睨み付ける。

 なかなか受け取ろうとしない事に痺れを切らしたのか、魔術師が言った。

 

「国王陛下からの手紙です」

「国王から?」

 

 まさか、と目を見張ったヴィアは、慌てて手紙を受け取り隅々まで確認する。それは確かに、国王からヴィアへと宛てられた手紙だった。

 

「何の手紙でしょう?」

 

 興味津々、といった様子のルトミナが、身を乗り出して聞いてくる。つい先程会議を終えたばかりだと言うのに、届けられた手紙を訝しげに見ながら、ルトミナを片手で制し手紙を開く。そして、目を通し始めると、徐々に顔をしかめ低く唸った。

 

「どうしたのです? 何か悪い知らせでしたの?」

「いや、悪い知らせではない。しかし、なぁ……」

 

 言いにくそうに言葉を切り、手紙を持ってきた魔術師に尋ねる。

 

「これはアシオレも知っているのか?」


 その言葉に、魔術師は少し困った顔をして頷く。 


「先程、魔術師長の元へも手紙が届きました。……魔術師長は、断固反対なさっております」

「だろうな……」

 

 そうやって二人で話をしていると、詰まらなさそうにその様子を眺めていたルトミナが大きく咳払いをする。

 

「ヴィア様、私には教えて頂けませんの?」

 

 どこか拗ねたような声音に苦笑いを溢し、魔術師に退出するように告げたヴィアは、ルトミナへと向き直った。

 

「すまんな。王からの手紙には、次の会議から、護衛を騎士に任せると書いてあったんだ」

「まあ、それはそれは……。アシオレ殿がさぞお怒りに……」

 

 戸惑ったように言うルトミナに、溜め息をつきながら頷く。

 

「国王が言うには、魔術師では護衛に適さんだろう、と」

「確かに、魔術の詠唱は時間がかかりますものね。でもそんなの今さらでしょう? それなのに、次の会議の時から、騎士が迎えに来ると?」

「ああ、さすがに『花園』の中までは入って来ないようだがな。……クロシア殿が来られたらルトミナも嬉しいだろうが、誰が来るかは書かれていなかった」


 少し残念そうに笑ってみせると、ルトミナは大きく首を振る。

 

「そこまで高望みは致しませんわ。どちらにせよ、『花園』に入って来ることが叶わないなら、会話もできませんでしょうし」

 

 そう言って朗らかに笑い、こう付け加えた。

 

「ですから、またお姉様に何か渡そうと思うのですが……持っていって下さるかしら」

 

 その何とも無茶なお願いに、ヴィアは苦笑いしか出来なかった。

 

 

 



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