君の喜ぶ顔がみたい
帰りの馬車の中は、非常に居心地の悪いものだった。アシオレはむっつりと黙り込み、不機嫌なのが見なくても分かる。
だから『花園』に到着して、心配そうな顔をしたルトミナが駆け寄ってきた時には、心の底から安堵の息を付くことができたのだ。
「ヴィア様? 大丈夫ですの?」
大きく息を吐いたヴィアを覗き込み、背中に手を添えてくるルトミナに小さく笑かける。その笑みをみたルトミナは、少し安心したように笑った。
「ヴィア様! 次回からはもっとお気をつけくだされ!」
二人して笑あっていた所に、アシオレの声が響く。その苛立ちの混じった言葉は、ヴィアの気を重くさせた。
「ヴィア様、何か有りましたの?」
アシオレが馬車で去っていったのを見送り、ルトミナが眉を潜めて聞いてくる。それに小さく頷いて、かすれた声を絞り出した。
「色々と話す事がある。だが、まずは休憩させてくれ」
「わかりました、ヴィア様の部屋に参りましょう。お茶を持ってきて頂戴」
その言葉を聞いて、周囲に控えていた魔術師達が忙しく動き始める。ヴィアはルトミナに手を引かれ、自室へと向かった。
「それで、何があったのです?」
そう切り出したのは、部屋に戻って一息ついた時だった。ソファにだらしなく寝転がっていたヴィアは、こちらを見つめるルトミナをチラリとみて、何から話そうかと思案した。
「……まあ、騎士の一人に突っ掛かられたのは想定内だ。ただ……問題は国王が、愛し子はもっと外と関わるべきだと言い出してな……」
「外と!? それは、誓約で禁止されているのでは……」
「ああ、しかし今回私を城に呼んだ事といい、会議での発言といい、王はもしかしたら、誓約を変える気なのかもしれん」
「まあ……」
口に手をやり、目を丸くするルトミナは、信じられない、と呟く。それに深く頷いて、また話始める。
「あと、気になった事がある」
「気になった事、ですか?」
「騎士に突っ掛かられたと言っただろう? 私は、他の騎士達にももっと敵対視されるかと思っていたのだが、どうも違ってな……」
「どういう事です? 騎士達は私達を嫌っているのでは?」
そう言って眉を寄せたルトミナは、首を傾げてヴィアを見る。
「いや、なんだろう……なんと言えばいいのか。私がその騎士に詰られている時、間に入ってくれた者もいたし」
ふとあの青い騎士服が頭を過る。最後にメルヴィルと名乗った男は、ヴィアに対して敵対心は持っていなかったと思う。
「それに何より、ルトミナの姉が居た」
「えっ!?」
目を丸くして驚くルトミナは、じっくりと見てみれば確かにどことなくクロシアに似ていた。
「確か、近衛騎士団の団長だったかな。ルトミナの事を聞かれてな。かなり心配しているようだった」
「団長……そう、お姉様は団長になられたのですね」
呆然と呟き、じっと床を見つめるルトミナの様子が心配になり、顔を覗き込む。しかし、そこにあったのは嬉しそうに笑う無邪気な顔だった。
「ルトミナ……」
「ふふ、申し訳ありません。嬉しくてつい」
「嬉しい?」
「はい、お姉様は私との約束を守ってくださったのですわ」
「約束?」
ヴィアを見て嬉しそうに笑うルトミナは、今まで見た中で一番幸せそうだった。
「私が愛し子となって、『花園』へ行く事が決まった日、お姉様は約束してくださったのです。必ず女性初の団長になってみせる、と」
「そうか……ならばクロシア殿は心底努力したのだろうな」
「ええ、きっと……」
会議で見たクロシアが、過去どのような努力をしてきたのかは知らない。しかし、そう簡単に団長という地位にはなれない筈だ。それがまだ若い女性ならば、尚更だった。
「ああそういえば、メルヴィル殿を知っているか? 幼馴染みだと言っていたが」
「まあ、メルヴィル様にもお会いになられたのですか?」
「ああ、いま青騎士団の副団長だそうだ。さっき間に入ってくれた騎士がいたと言っただろう? 彼がそうだ」
「ふふっ、メルヴィル様ったら、お姉様に負けてしまいましたのね」
楽しそうに笑うのはいいが、何の話かさっぱり分からず、首を傾げる。それを見たルトミナは、少し苦笑して頭を下げた。
「申し訳ありません、一人で盛り上がってしまって……。たしかにメルヴィル様は、私の幼馴染みですわ。そうそう、私が『花園』に入らなければ、彼の弟と結婚する予定でしたのよ?」
「えぇっ!?」
思わぬ話が出て、ソファから飛び起きる。それを面白そうに見ていたルトミナは、小さく吹き出した。
「ふふっ、でも破談になりましたわ。愛し子は一生『花園』から出れませんもの……」
「ルトミナ……」
最後は寂しそうに笑い、視線を落とす姿に、ヴィアは何も言うことができない。
「仕方の無い事ですわ。……そうそう! メルヴィル様はお姉様の許嫁でもあられたんですの! もうご結婚されたのかしら?」
「さあ、どうだろうな。だがあの二人ならお似合いだろう、メルヴィル殿も優しそうな方だった」
最後に見せた笑顔が浮かび、穏やかな気持ちになる。彼ならば、女性を悲しませる事はないだろう。
「そうだルトミナ。この次、何かクロシア殿に言付ける事はあるか」
突然そんな事を言い出したヴィアに、ルトミナは目を丸くする。それもそうだろう、『花園』は外と関係を持ってはいけないとされているのだから。
「しかし、それでは誓約が……」
眉を下げて見つめてくるルトミナだが、それでもその表情にはどこか期待が浮かんでいる。そんな彼女をみて、笑顔を見せたヴィアは、ソファから身を乗り出した。
「さっきも言ったが、国王は愛し子が外と関わるべきだと言っている。確かに誓約もあるし、我々が『花園』から解放される訳ではないだろう。……だが、私はルトミナの喜ぶ顔が見たい」
「私の?」
不思議そうにする彼女に、力強く頷く。
「ルトミナは、私の事を恐れないだろう? 『花園』の中でも異質な私を、一人の人間として扱ってくれるのはルトミナだけだ。だから、私はルトミナの喜ぶ顔が見れる事が、一番嬉しい」
「ヴィア様……」
「なに、私から少しくらいルトミナの様子を伝えるくらいなら、誓約があろうとも何とかなるだろう。すでに私がこうして外に出たのだから。それに誓約だなんだと一番口うるさいのはアシオレだ。アシオレに見つからなかったらなんとかなるさ」
そう言って微笑んで見せると、ルトミナは涙を浮かべ立ち上がった。そして手をとり、ぎゅっと握りしめてくる。
「ありがとうヴィア様! 私、本当は、家族が気になって気になって、仕方がなかったのです。覚悟をしてここに来たとはいえ、突然離ればなれになった家族を思うと、涙がでてしまって」
ポロポロと涙を落としながら言うルトミナを、ゆっくりと抱き締める。
「ああ、大丈夫だ。泣かないでくれ」
ヴィアには、ルトミナのように思える者が居ない。愛し子となり、この異形の姿になった時に家族とは決別している。だから家族を思って泣けるルトミナの事が、少しだけ羨ましかった。
「次の会議は一週間後だ。それまでに何か考えておいてくれ」
未だ小さく震える背中を軽く叩きながら、体を少し離してその顔を見る。涙の跡が残る痛々しい顔は、それでも嬉しそうな笑みを見せた。
「ええ、必ず!」
そう言って強く頷くルトミナに、柔らかく微笑む。ルトミナが嬉しそうにしてくれる、笑って『花園』で待っていてくれる。そう分かっているだけで、ヴィアは気が重い次の会議も、一人で乗りきれると思った。
そうして迎えた次の週、朝からまたもや準備に追われていたヴィアに、ルトミナは小さな花を手渡してきた。
「これだけでいいのか?」
小さな花が一つだけ、そのあまりの味気なさに首を傾げる。そんなヴィアに小さく笑って胸を張る。
「これはお姉様の好きな花なのです! これなら、髪に刺しても違和感ありませんでしょう?」
ふふ、と悪戯っぽく笑ったルトミナに、ヴィアは手を打って感心した。
「魔術師達にもばれないと思いませんか?」
「なるほど、私ではさっぱり思い付かなかった」
「もう、ヴィア様ったら、そういう細工が下手なんですから
」
まったく、と笑いながら、編み上げられた髪にオレンジの花を刺す。白い髪に映えるその花は、精気に溢れ力強かった。
――コンコンコンッ
ヴィアの私室の扉が叩かれる。恐らく迎えに来たアシオレだろう。
扉をチラリと見たルトミナは、すっと近寄って小さな声で囁いた。
「アシオレ殿にバレないようにお気をつけを。バレたらお叱りを受けます」
「ああ、わかっている。その、もし、渡せなかったら……」
「ええ、勿論かまいませんわ。元々そんな機会はあり得なかったのです、お姉様達の様子を聞けるだけで、嬉しいですわ!」
「そうか、それなら……」
――ドンドンッ
「ヴィア様! 早くしないと、遅れてしまいますぞ!」
外から大きな声が聞こえてくる。扉を見たヴィアはそれに小さく舌打ちをして、もう一度振り返る。そしてしっかりと目を合わせてから、一つ力強く頷いて、扉へと向かった。
「すまん、待たせた」
「いえいえ、女性の支度は時間がかかるものですからな」
扉の外で待っていたアシオレが皮肉とも取れない発言をしたが、それは無視をして外へと向かう。そんなヴィアの後ろから、アシオレは刺々しい声で釘を刺してきた。
「ヴィア様、今日はくれぐれも外の連中と関わらんように!」
「……わかっている、そもそも向こうが寄ってこんだろうに」
この一週間、アシオレの指示なのか魔術師達から嫌と言うほど聞かされた忠告に、うんざりとした言葉を返す。
「今日は前回を教訓に、対策も考えてあります。ご安心くだされ!」
どこか誇らしげな声を聞きながら小さく息を吐き、重い足を引きずって馬車へと乗り込んだ。
アシオレが言った通り、前回のように見物人の視線に晒される事は無かった。しかし、魔術師達の壁が二重になっている上、密集しすぎて息苦しい。これでは会議の場に着くまでに窒息してしまうのではないだろうか。
そんな事を考えていると、いつのまにやら目的地に到着していたらしい。ヴィアの目の前には、前回と変わらぬ大きな扉が聳え立っている。
「ヴィア様、くれぐれもっ、くれぐれも!」
「くどい!」
扉を前にして最後まで繰り返された台詞に、流石のヴィアも鋭い言葉が出てしまう。アシオレは不服そうな顔をして、その態度を改めぬまま扉をゆっくりと開けた。
カツリカツリと、前回と同じように部屋に入って行くアシオレ。その後ろを、前回よりもゆったりとした歩みで追いかける。
扉を越えて見えてきた部屋の中には、前回と違って国王以外の全員が顔を揃えていた。
「なんじゃ、珍しくもう揃っておるのか」
自分の席まで来たアシオレが、円卓の面々をぐるりと見渡す。それに反応したのは、王の補佐を勤めているブライドだった。
「ええ、実はアシオレ殿にお話がありまして」
「なんじゃ? 儂はなんも聞いとらんぞ」
「ここでは少し……別室に来て頂けますか?」
にこやかに笑うブライドは、奥の部屋を示しながら言う。それに訝しげな顔をしながらも、渋々頷いたアシオレはヴィアにそっと耳打ちした。
「ヴィア様、少し待っていてくだされ、すぐに帰って参ります」
「ああ、わかった」
小さく頷いたヴィアは、アシオレが歩いて行くのを見送る。そしてその背中が奥の部屋へと消えた時、人知れず息を吐き出した。
ヴィアにとっては絶対の守護者であるアシオレだが、今日に限ってはその存在がひどく肩を凝らせる。なんせ、今日はアシオレの忠告を無下にしようとしているのだから、それも仕方の無いことかもしれなかった。




