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鱗の裏側  作者: 銀タ
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変化は小さく




 

 

 ――バンッ!

 

 口を開きかけたヴィアが、慌てて口を閉じる。クロシアが入ってきた扉から、肩をそびやかして入ってきたのは、黒の騎士服を着た体格のいい男だった。髪を後ろに撫で付けた男は、その大きな体を揺らしながら円卓に近付いてくる。そしてクロシアに頭を下げられているヴィアを目にとめ、嫌そうに顔を歪めた。

 

「何だなんだ? 穴蔵から這い出てきたと思ったら、さっそくクロシアをいびっているのか? 陰険な蛇め、なんと質の悪い」

 

 突然言われたそのあんまりな内容に、咄嗟に反応ができず

、茫然としてしまう。それをどう捉えたのか大きく舌打ちした男は、ヴィアが座る椅子に近付いてきた。

 いつのまにか頭を上げていたクロシアが、戸惑いの表情を浮かべ男を見る。その隣に立ち止まった男は、ジロジロとヴィアの顔を眺め、顔をしかめた。

 

「ふん、まるで本物の蛇ようだ」

 

 その言葉が鋭く胸に突き刺さり、今まで大人しかった精霊達が、男の言葉を切欠にざわつきはじめたのを感じた。身体中の鱗が波打ち、パチパチと空気を弾く。鼻先の鱗が赤く染まるのを目の端に見て、精霊達がかなり怒っているのがわかった。

 

「っ、何だ。言いたいことがあるなら口にしろ!」

 

 チカチカと鱗を光らせるヴィアを見て、顔をしかめて叫ぶ。そんな男を怒鳴り付けたのは、意外な事にクロシアだった。

 

「なんて失礼な事を言うんですか! 同じ騎士の、それも団長という責任ある立場の者が言っていい言葉ではありません! 恥を知りなさい!」

 

 そんな彼女の反応に驚き、パシパシと目を瞬かせる。まさか、こんな反応をされるとは思っても見なかった。

 まじまじとクロシアを見つめていると、どこからか声が上がる。

 

「そうですよラサイガ団長、初対面の女性にその態度はどうかと思います。それにクロシア団長は、別にそちらの方に何かされた訳ではありません」

 

 慌てて声の方を見ると、青い騎士服の男がこちらを見ていた。円卓に着く他の者も、その言葉に同意するように頷いている。

 それを見たラサイガはまた大きく舌打ちして、肩を怒らせながらヴィアの後ろを通り、円卓の空いている席に座った。

 

 ラサイガが離れたことに安心し、そっと息を吐く。そして、そろりと円卓を見渡した。部屋に入った最初の頃はヴィアに注目していた騎士たちも、今は会話したり、何か考え事をしたりと様々だ。それを良いことに、ヴィアは周囲の観察を始めた。

 騎士達の存在感のせいで見逃していたが、よくよく見れば、文官らしき者達の姿も見える。

 明るい日差しが降り注ぐ広い部屋。その中心には、ヴィアも着席する円卓が置かれ、周りに並べられている椅子は、ヴィアの右三つを除いて、すべて埋まっていた。

 席に着いている者たちは、空席の次から順に、緑青黒と数名ずつ同じ色の制服が並び、その後に文官達、そしてアシオレ、ヴィアへと戻ってくる。恐らく、ここに来ているのはそれぞれ上の立場の者なのだろう。魔術師はアシオレしか参加していないのが不思議だったが、まあ魔術師は変わり者が多いので、会議等には出たがらないのかもしれない。

 くるりと円卓を見渡していると、先程団長と呼ばれていたラサイガが、隣に座る同じ色の騎士服の男を小突いているのが見えた。

 まさか部下が上司を小突きはしないだろうし、なんとなくラサイガの方が装飾が多い気がする。ならばその隣の男は、副官なのだろうか。その変の所に疎いヴィアは、少し眉を潜めながら考え込んだ。

 

「申し訳ありません、不快な思いをさせてしまって」

 

 ふいに後ろからかけられた声に、ピクリと肩を揺らす。すっかり観察に夢中になって忘れていたが、クロシアはまだ近くに留まっていた。

 

「まったくじゃ! ヴィア様、気にすることはありませんぞ、あの男は人を虐めるのが趣味のようなものですから。ほれ、今も副団長を虐めとるわい」

 

 クロシアの言葉に頷いているアシオレが、何やら副団長に怒っている様子のラサイガを見て悪態をつく。クロシアも苦笑いをしながら、また小さく頭を下げた。

 

「まあ、慣れればいい人なんですが、言葉がキツイといいますか。本当に申し訳ありません。……それで、先程の話なのですが」

 

 そこで言葉を切ったクロシアは、少し迷うように視線を落とす。そして、何かを吹っ切るかのように顔をあげた。

 

「やはり、忘れてください。愛し子に誓約が課せられる事は知っています。それなのに、つい聞いてしまって……」

 

 弱々しく微笑む姿からは、とても本心を言っているとは思えない。そうは分かっていても、こちらから言葉を掛ける勇気はヴィアには無かった。

 

 ――ギィッ

 

 大きな扉が開く音がして、皆が一斉にそちらを向く。ヴィアの横に立っていたクロシアも、慌てて席に着いた。

 

「すまん、遅れた」

 

 短く謝罪をして、足早に部屋に入ってきたのは国王だろう。今まで国王を見たことが無かったヴィアも、その人が王だとすぐにわかった。服装云々を別にしても、他の人間とは纏う空気が違いすぎたからだ。

 四十ほどの年齢だろうか、年を感じさせないキビキビとした動きで歩く国王は、確か先代の王の弟だったはずだ。

 前国王が突然病に倒れた時、次の国王となる予定だった王子はまだ幼く、到底王位を継げる状態ではなかった。そこで当時、青騎士団の団長をしていた今の国王が、跡継ぎの王子が大きくなるまでの間だけ代わりに国を治める事になったのだ。

 しかし中継ぎの王とは言え、その様子は威風堂々としており、まさに大国の主に相応しい風格だった。

 そんな男がヴィアの隣へと着席する。その奥の席にも、いつの間にか文官と思わしき男が座っていた。

 どっしりと椅子に腰かけた王が、一通り円卓の面々を確認し、小さく頷いた。

 

「それでは始めよう。見てわかると思うが、今回から愛し子の筆頭が参加する事となった。名はヴィアだ。皆挨拶せよ」

 

 突然始まった会議に、初めてのヴィアは着いていけない。しかし他の者達は慣れているのか、特に慌てる事もなく冷静に構えていた。

 そして王の隣に座っていた文官風の男が、すっと立ち上がる。

 

「それでは私から、王の補佐を勤めております、ブラウドと申します。お目にかかれて光栄です」

 

 小さく微笑みを向けてくるブラウドに、どう対応して良いのかすら分からず、ただただ小さく頷く。

 すると突然、どこからか嘲笑が響いた。

 

「はっ、偉そうに。愛し子とやらは挨拶もできんのか。それともなにか、只の人になど挨拶する価値もないと?」

 

 顔を歪めて笑うラサイガは、続けて言った。

 

「王よ、私は何度も申し上げておりますが、愛し子などに金を使う必要はありません! そんな無駄金を使うなら、我が黒騎士団へと充てて下さる方がどれ程国の役に立てるか!」

 

 そしてダンッと円卓を叩き、ヴィアを指差す。

 

「大して役にも立たん癖に、贅沢ばかりしおって! 貴様らに、どれ程の金が使われていると思っている!」

「っ!」

 

 生まれて初めて怒鳴り付けられたヴィアは、さっと血の気が引くのを感じた。何か言わねば、言わねば、と焦るのだが、頭には何も浮かばず真っ白のまま。そして袖の中で握りしめた手が、小さく震えるのを止める事すら出来なかった。

 

「っ先程から聞いておれば、好き勝手言いおって! 愛し子様方が役に立たぬじゃと!? 愛し子様は魔石を作り出して下さっているではないか! 儂らが魔術を使えるのは、愛し子様のお陰じゃっ」

 

 今まで隣で大人しく座っていたアシオレが、我慢ならなかったのかとうとう立ち上がって怒鳴る。それに対しラサイガはといえば、こちらも顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

 

「だから魔術師も、もう時代遅れだと言っておる! 先の戦を見ろ、魔術師などろくに役に立たんかったではないか! だいたい魔術は、発動迄に時間がかかりすぎだ! 貴様らが何やらむにゃむにゃと長い台詞を言っている間に、いったい何人の騎士が死んだと思っている!」

「むっ、むにゃむにゃじゃと!? それを言うならお主らとて、先日の北の山の雪崩が起こった時、ろくに役に立たんかったじゃろう! 儂らが魔術で雪を退かさねば、何人の村人が犠牲になっていた事か!」

「何だと!? ならばその雪山まで、魔術師を必死で運んだのは誰だと思っている!?」

 

 二人して激昂し、怒鳴り合うのを止めたのは、国王の力強い一喝だった。

 

「いい加減にせんかっ」

「っ、」

「っしかし、王!」

 

 未だ何か言いたげな二人を見て、とうとう我慢ならなくなったのか、国王が円卓を叩きつける。

 

「っ良いから席につかんかっ、この馬鹿共が!」

 

 部屋に響き渡る怒声に、思わず心臓が跳ねる。こっそりビクビクしているヴィアは、王の次の言葉に今度こそ心臓を止めた。

 

「私とて、今の愛し子の処遇には納得してはいない」

 

 その言葉を聞いたラサイガは満足そうに笑い、メシオレは茫然と突っ立っている。他の者達も、王を興味深く見ていた。

 

「しかし、我々は愛し子の事を知らなすぎる。それでは処遇を決めようにも決められぬ。我々はもっと交流をとらねばならん。それはまた追々話すが……私は、愛し子はもっと外界と関わるべきだと考える」


 ヴィアの目を見て言う王が、何故かひどく恐ろしいモノに見える。会議に参加すると決まった時から、何があっても毅然と対処しようと決めていた筈なのに、実際は何一つ理解する事すらできない。

 

「が、いかい……それでは、誓約が」

 

 小さく喘ぐように言った言葉は、王にすら聞き取れない。はくはくと口を動かしているヴィアを一瞥した王は、チラリとブラウドを振り返り、立ち上がった。

 

「今日は政務が押している。悪いが会議はここまでだ」

 

 最後にもう一度ヴィアを見て、王はブラウドと共に部屋から去っていく。それを引き留める者は、誰も居なかった。

 椅子に根が張ったように動かないヴィアは、じっと自分の膝を見て考える。今まで愛し子を縛っていた誓約が、崩れようとしている。その事が何故か、守りが無くなったように思えて、酷く心細くなった。

 

「ヴィア様? 大丈夫ですか?」

「っ、」 

 

 アシオレが耳打ちしてきた事で、ヴィアはようやく動きを取り戻した。

 

「さっさとこの様な場所は去りましょうぞ」


 忌々しそうに椅子から立ち上がったアシオレを見て、ヴィアも慌てて立ち上がる。そして、少しの間下を見つめて静止した後、覚悟を決めたかのようにアシオレとは反対方向に向かって歩き始めた。

 

「ヴィア様っ!?」

 

 後ろから聞こえてきた声を無視して、足を進める。自分達の方に向かって歩いてくるヴィアに、騎士達が注目し、部屋には妙な緊張感が漂う。そして、ヴィアが立ち止まったのは、クロシアの所だった。

 

「ど、どうされました?」

 

 驚いた様子で問いかけてくるクロシアを見つめ、一頻り逡巡する。そして意を決し、震える手を強く握りしめながら、静寂の中にポツリと言葉を溢した。

 

「き、昨日は……昨日は、ケーキの食べ過ぎで腹を壊していた」

「……は?」

「毎年、バーベナの花が咲くのを見ては嬉しそうに笑っている」

「……」

「好物の苺を与えると、一日機嫌が良い」

「っ!」

「……今日も朝から楽しそうに笑っていた」

「っぁ、」

 

 口を手で覆い、目を見開いて言葉を詰まらせたクロシア。そんな彼女へ、ルトミナは元気だと懸命に心で訴えかける。

 

「ヴィア様っ! なりませんっ!」

 

 ヴィアの腕が引っ張られ、その容赦ない力の強さに思わず顔をしかめてしまう。何をするんだと振り返って見ると、そこには顔を歪めたアシオレが立っていた。

 

「なりませんぞ! 誓約をお忘れかっ」

 

 カンカンッと苛立たしげに杖を床に打ちつけ、睨み付けられたヴィアは、力なく首を振る。

 

「わかっている」

「わかっているですと!? これは重大な、違反行為ですぞ!」

「ああ、わかっているとも」

 

 うんざりした様子で頷いて見せるが、それすらも気に食わないのか、唾を飛び散らしながら喚く。

 

「誓約を蔑ろになさるつもりかっ!? 筆頭である貴女がっ!?」

「アシオレ殿、あまりヴィア様を責めないでください!」

 

 あまりに酷く責め立てる様子に、クロシアが口を挟む。そんなクロシアを忌々しげに見て、ヴィアに視線を戻したアシオレは、大きく鼻を鳴らした。

 

「ヴィア様、『花園』に帰りますぞっ」

 

 ぐっと腕を掴み歩き始めたアシオレに、ヴィアは抵抗する事もできず、ただ着いていくしかない。騎士達の注目する中ずるずると引き摺られるように扉へ向かう途中、チラリと後ろが気になって振り返ってみる。

 眉を下げてこちらを見るクロシアを見つけ、じっとヴィアも見つめ返す。本当はもっと色々話してみたかった、と後ろ髪曳かれながらも、扉の前までたどり着いたのを区切りに、ゆっくりと視線を外した。

 アシオレが重たそうに扉を押すのを無感情に眺めながら、唇を噛む。

 その時、ヴィアのすぐ隣に男が立った。

 

「ありがとう」

 

 ポツリと呟かれた言葉に、思わず横を見上げる。

 そこには、先程ラサイガに言い掛かりを付けられていたときに助けてくれた、青い騎士服を着た精悍な顔立ちの男が立っていた。鳶色の短い髪に緑の瞳、大きな体は見上げる程で、ヴィアの頭は男の胸ほどにしか届かない。そんな男が、大きな体躯を少し屈めて、ヴィアに優しく微笑む。

 

「ルトミナは俺の幼馴染みでな」


 屈強な体躯に似合わない、穏やかな笑みに怯む。ラサイガの印象が強いだけに、騎士に対して警戒してしまう。

 

「何かご用か、メルヴィル副団長」 

 

 いつの間にか扉を開け、部屋の外に出ていたアシオレが刺々しい声をかけてくる。その瞳は、男を鋭く睨み付けていた。 

 

「いや、俺も退出しようと思っただけですよ、魔術師長殿」

 

 そう言った騎士の男を疑わしそうに見て、次にヴィアに視線を移す。

 

「ヴィア様、帰りましょうぞ」

 

 早くこい、と言わんばかりの態度に、少し眉を寄せながらも、反抗すること無く大人しく歩き始める。部屋から一歩出た時、後ろから声がかかった。

 

「俺の名はメルヴィル。メルヴィルと呼んでくれ」

 

 思わず後ろを振り向くと、にこりと笑い、小さく手を振ってくる男。ヴィアはぎくしゃくと視線を下げ、何も言わず急いでアシオレの背中を追った。

 

 

 



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