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鱗の裏側  作者: 銀タ
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3/22

重いおもい


 


 

 ああ気が重い、体も重い、そして服も頭も重い、なんて内心で愚痴りながら、ずるずると白いローブを引き摺って歩く。そんなヴィアの回りには、黒いローブを纏った魔術師達が壁のように取り囲んでいる。その集団の先頭を歩くのは、魔術師長であるアシオレだ。

 

 とうとう迎えた定例会議の日、朝から魔術師達にこれでもかという程身綺麗に整えられたヴィアは、すでに疲労困憊でぐったりしていた。

 普段は下ろされている白く輝く長い髪は、複雑に編み込まれ結い上げられ、もはや何かの芸術かと思える程。そして普段よりも豪奢なローブは、銀の刺繍がみっしりと施され、重さも普段の倍以上だった。

 

 何も会議に出席するくらいでここまでしなくても、というのは、朝から何度も繰り返された言葉だ。しかし、着飾ることは武装と同じ、と並々ならぬ闘志を燃やし気迫みなぎる魔術師達には、ヴィアの言葉はちっとも聞き入れられはしなかった。そこに魔術師達を援護する、ルトミナの存在もあったのだが。

 

 ――こんな化け物が美しく着飾ってもなあ。

 

 魔術師達の隙間から覗く見物人達が、ヴィアの姿を見ては息を飲む。その表情は一様に青ざめ、ひきつっていた。いかに国民から敬われている愛し子といえども、やはりヴィア程人の姿からかけ離れてしまえば、尊敬よりも畏怖が勝るらしい。

 

「暇な馬鹿共め、ヴィア様に無礼な態度を取りおって!」

 

 憤慨するアシオレに、何とも言えず苦笑いが浮かぶ。そんなヴィアの表情を見た人々から、今度は小さな悲鳴が上がった。

 

「っ、誰だ今悲鳴を上げたのはっ!」

 

 アシオレが立ち止まって怒声を上げるが、素直に名乗り出る筈もない。殺気立つ魔術師達にやれやれと首を振り、アシオレの元へと歩み寄った。

 

「はやく行こう。これ以上見世物になるのは御免だ」

 

 潜めた声で耳打ちしたヴィアに、アシオレは渋面で頷いた。

 

「申し訳ありません。次からは何か対策を立てましょうぞ」

「……定例会議は、どれくらいの頻度だったか」

 

 次、という言葉に、これが最後ではない事を初めて思い至る。すっかり惚けていたが、定例会議なのだから、当たり前に定期的にあるのだろう。

 

「一週間に一度ですな」

「いっしゅうかん……」

 

 では何だ、これからは一週間に一度、この地獄のような思いをしなければならないと言うことか。

 その事実に顔がひきつり、ぱくぱくと口を開け閉めしたヴィアは、絞り出すような声を出した。

 

「……私の準備はもっと簡素でいいぞ、あと野次馬対策はしっかりしてくれ」

 

 頼む、と言ったヴィアの体に生えた鱗が、ザワザワとざわめき始める。そのどこかくすぐったい感触に、ぐっと唇を噛み締め、手を握り締めた。

 

 ――精霊共め、人の不幸を笑いおって!

 

 ギリギリと歯噛みするヴィアは、その容姿も相俟って酷く恐ろしいげな雰囲気を醸し出していた。

 

「ヴィ、ヴィア様、先に進んでもよろしいか」

「……ああ」

 

 おずおずとたずねてきたアシオレにぶっきらぼうに返し、先程よりもやや荒々しく歩き始める。そんなヴィアを、人々は戦々恐々と見ていた。

 

 

 アシオレに案内され、会議の開かれる場に到着したのは、それから暫く歩いた後の事だった。

 大きな扉を目にして、やっと目的地に着いた事に息をつくが、本番はこれからだ。何やらここに来るだけで精神的にも身体的にも疲れきっていたが、これからの会議を思うと、より一層体が重くなる。

 がっくりと肩を落としながら、会議が開かれる部屋の扉に目をやる。

 

「入らなければならんか?」

 

 もう帰りたい、と言わんばかりの雰囲気に、アシオレが慌てて首を横に振る。

 

「ここまで来たのです、あとは入るだけです! なに、会議など、ただ座っておけばいいのです。後は儂が何とかしましょうぞ!」

 

 いやそう言う訳にもいかんだろう、とは思うものの、正直言って真面目に参加する気はしなかった。


「仕方ない、入るか……」

 

 扉の前で何時までも固まっている訳にもいかない。ようやく決心をつけたヴィアに、アシオレが笑みを浮かべて頷く。

 

「そうですぞ! 流石ヴィア様!……嫌な事はさっさと終わらせるに限ります」

 

 小さな声で付け足された言葉に頷き、顔を上げる。なんとか虚勢を張って堂々と立っているように見える姿に、すっかり騙されたアシオレは感激の涙を浮かべた。

 

「おおヴィア様! なんとご立派なっ……ええいっ、そこの騎士よ、さっさと扉を開けんかっ、気が利かんやつめっ」

 

 先程からずっと扉の前でヴィア達を眺めていた騎士に怒鳴り付け、素早い動きで前に立つ。

 

「儂が先に入りますから、ヴィア様は続いて来られてくだされ」

 

 にっこりと笑うアシオレに小さく頷き、微笑みを返す。

 先程怒鳴られた騎士がヴィアをちらりと窺い、顔を強張らせながら、ギクシャクとした動きで扉に手をかける。その様子を見つめながら、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 

 ――ギイィ

 

 分厚い扉が音をたて、ゆっくりと開いていく。ザワザワと声が聞こえてきて、そこにすでに人が居ることを伝えてくる。

 

 ――コツンッコツンッ

 

 アシオレが歩き始めると、杖の音が響き渡る。その音が聞こえた瞬間、部屋は静まり返り、異様な雰囲気に包まれた。

 一瞬立ち止まったアシオレだが、周りを見渡してから大きく鼻を鳴らし、また歩き始める。それを後ろから眺めていたヴィアも、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。

 

 部屋に入った瞬間、そこかしこから息を飲む声が聞こえ、チクチクと強い視線が突き刺さる。丸い円卓が中央に置かれた部屋は広く、大きな窓のおかげで開放的で明るい雰囲気だったが、今は張り詰めた空気が漂っていた。

 目を伏せつつも何とか平静を装って歩くヴィアは、今回ばかりは顔を覆う鱗の存在に感謝する。見掛けだけは平静を装っていたが、この鱗がなければ、今頃青ざめ緊張している様を人々の前に晒していただろう。

 

「ヴィア様、此方ですぞ!」

 

 その声に従って、アシオレが立つ椅子の前まで歩く。どうやらそこがヴィアの席らしい。丸い円卓の、一番豪奢な椅子の隣にあるその席は、もしかしなくても王の隣では無いだろうか。

 嫌な予感を抱きつつも、付き添っていた魔術師の一人がその椅子を引いたのを見て、小さく頷いてそこへ腰かける。ようやく座る事が出来たヴィアは、内心安堵の息をついていた。普段『花園』から出ることの無いヴィアには、ここまでの距離は中々辛い物だったのだ。


「ヴィア様、大丈夫ですか?」

 

 隣に座ったアシオレが、声を潜めて聞いてくる。それに小さく頷いて、なるべく周囲を見ないように伏せていた視線を、ゆっくりと上にあげた。 

 

「っ!」

 

 ジロジロと見つめてくる着席した数名の男達。色は違うが同じ意匠の、かちりとした詰め襟にきらびやかな飾りやら紐やらを付けたその者達は、皆一様に体格が良かった。

 

「ヴィア様、あれらが騎士団の者共です。あまり見ては目が穢れますぞ」

 

 そう忠告するアシオレは、よほど騎士達が嫌いなのだろう。苦り切った顔で、席に座る騎士達を見て舌打ちをする姿は、普段『花園』で見せる姿とは大違いだ。

 それを横目で眺めていると、先程ヴィアが入ってきた扉とは違う、部屋の奥に作られた小さな扉が勢いよく開いた。

 

「あら、皆さんお揃いですね!」

 

 そう嬉しそうに言って部屋に入ってきたのは、緑の詰め襟に様々な飾りを付けた女性であった。騎士団の者達と同じような意匠である事を考えると、この女性も騎士なのだろう。

 確か、緑は近衛騎士団だったか……。そう考えながら女性をこっそり目で追っていると、その視線に気がついたのか、こちらを見た女性と目が合ってしまう。とっさに顔をしかめたヴィアとは対照的に、その女性はみるみるうちに顔を輝かせた。

 

「あっ! もしかしなくても、愛し子の筆頭の方!?」

 

 物凄い勢いで詰め寄ってきた女性に、戦きながら小さく頷く。それを見た女性は、がしりとヴィアの手を取って、嬉しそうに跳びはね始めた。

 

「いやぁぁっ、嬉しいっ! 愛し子に会えるなんてっ!」

 

 叫びながら跳びはねる女性に、ヴィアはなすすべもなく振り回される。しかしそんな状況を、愛し子命の男が黙って見ている筈がない。

 

「っヴィア様に何をするんじゃ!」

 

 老人とは思えぬ力でヴィアから女性を引き剥がし、フーフーと獣のように威嚇する。

 

「そんなに怒らないでくださいよ、魔術師長! 別に危害を加えたりしませんから」

 

 アシオレの反応など気にも止めない女性は、あっけらかんと言った。

 

「あ、自己紹介が遅れました。私、近衛騎士団団長のクロシアです! お会いできて光栄ですわ!」

 

 やはり、緑の騎士服は近衛騎士団で合っていたらしい。自分の記憶が正しかった事に安堵して、鷹揚に頷いた。

 

 ファダオンシアには、三つの騎士団が存在している。

 王を護る近衛騎士団をはじめとして、国境を守る黒騎士団、そして王都を守る青騎士団だ。

 近衛は別として、黒騎士団はその名の通り黒の、青騎士団は青の騎士服を纏っている為、所属はすぐに知ることができる。そしてもう一つ親切な事に、それぞれの団長や副団長など、地位が上がると制服の装飾も増えるのだ。

 もし城でゴテゴテとした詰め襟をみたら上層部の者だから注意しろ、と『花園』を出発する直前に教えられていたヴィアは、今更ながらその忠告に感謝した。

  

「あの、ヴィア様? 本当に、いきなりで申し訳ありませんが、とある愛し子の事をお聞きしたいのですが……」

 

 グイッとアシオレを押し退け、ヴィアに詰め寄ってくるクロシアは、どこか不安げな表情をしている。そのあまりに唐突な話の内容と、眉を下げた顔が何故か頭に引っ掛かり、暫し返答に詰まってしまう。そんなヴィアに何を思ったのか、クロシアは慌てて首を振り始めた。

 

「あのっ、別に私は怪しい者じゃありませんっ! あ、探りを入れているとかではなく!」

 

 ワタワタとしながら、必死に弁明するクロシアにちょっと言いたい。何処の誰が、近衛騎士団の団長を怪しい奴だと思うのか、と。そんな事を思っていたヴィアは、クロシアの次の言葉に衝撃を受けた。

 

「ルトミナという者を知りませんか!? 実は私、ルトミナの姉なのですっ!」

「なんっじゃとっ!」

「っ!?」

 

 アシオレが顎を落として全力で驚愕を表す隣で、ヴィアも思わず瞠目する。そんな二人にクロシアは頭を下げた。

 

「愛し子だからと『花園』に連れていかれて、もう七年が経ちます。『花園』に入ると、外と連絡を取れないのは分かっています。しかし、どうか元気にしているかだけでも、教えてはいただけませんでしょうか?」

 

 愛し子は『花園』に入るとき、ある誓約を課せられる。愛し子の実態を、『花園』の内情を、外部の者に話さないという誓約だ。その誓約には、特殊な魔術がかけられ、少しでも破ろうとすと体に激痛が走るようになっている。その為、誰も誓約を破る事はできない。外に出ることも外部と連絡を取ることも厳しく監視される愛し子は、勿論、家族と連絡を取ることすら不可能だ。『花園』とは、愛し子達にとってはまさに監獄だった。

 

 いまだに下げられているクロシアの頭を見つめ、逡巡する。本来ならば、ここでルトミナの事を教えるのは誓約に違反する行為だ。しかし、ヴィアが『花園』から外へ連れ出されている時点で、誓約は一時的に解除、もしくは緩和されているのではと思う。

 長いローブの袖の中で、小さく震える手を握りしめ、意を決して顔をあげた。

 



 

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