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鱗の裏側  作者: 銀タ
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2/22

春の風






 愛し子達の頂点、筆頭であるヴィアの私室は、『花園』の中でも一等豪勢な造りになっている。そこは王族の私室にも引けをとらぬ程で、これまで国が取ってきた愛し子に対する姿勢を窺い知る事が出来る。もっとも、ヴィアの代になってからは物が増えた事はないのだが。

  

「おかえりなさいませ、ヴィア様」

 

 ヴィアの部屋を警護する魔術師が、扉を開けて恭しく頭を垂れる。その前を無言で通りすぎ、部屋に設けられているベランダへと足を向けた。

 

「あら、おかえりなさいませヴィア様」

 

 開け放たれたベランダ、そこに設置されたテーブルセットに座って居たのは、平凡な容姿の少女だった。柔らかそうな雰囲気に優しげな微笑みを浮かべたごく普通の少女だが、そんな彼女も、平凡なのはその顔の造りだけである。白く長い髪に白い肌、額の真ん中辺りに少しだけ鱗が見える少女は、一般人からすれば十分異形と言ってよかった。

 

「どうでした、新しい子達は。少しは持ちそうな子は居ましたか?」

 

 そう話し掛けてきた少女の隣へ、ひどくゆったりとした動きで座ったヴィアは、ちらりと少女に視線をやった後小さく溜め息をついた。

 

「あらヴィア様、今日はあちらのソファには行かれませんの?」

 

 こてん、と小さく首を傾げた少女が、白いローブから覗かせた細い指で示すのは、ベランダの一番端に設置されている豪奢で巨大なソファだ。その上には柔らかそうなクッションが、溢れんばかりにこれでもかという程載せられている。

 

「ああ、今日はまだ調子がいいからな。まったく、忌々しい体だ」

 

 そう吐き捨て、自分の手の甲を覆う鱗に爪を立てる。その爪もまた、七色の宝石でできていた。

 

「ヴィア様は特別ですもの、仕方ありませんわ。何事も諦めが肝心といいますし」

 

 ふふふ、と笑う少女に睨みをつけるが、睨まれた本人はけろりと笑っている。そして徐にヴィアの手を取った。

 少女が擽るように鱗を触ると、それはザワザワと蠢きながら色を変え、光始める。それを見たヴィアはとびきりの渋面をつくった。

 

 この愛し子の証しである鱗、世間ではただ宝石で出来た鱗だと思われているが、それは違う。実はこの鱗、精霊が寄生している姿なのである。

 つまり、この鱗の一つ一つが精霊であり、常に寄生した部分から穢れを移しているのだ。そして当然ながら、精霊には感情もある。その為、時々彼らは気紛れに、鱗を通して感情を伝えてくるのだ。

 

「あら、精霊達は今日もご機嫌ですわね。やはりヴィア様の浄化能力は、素晴らしいのですわ!」

 

 尊敬の眼差しで見つめてくる少女の視線に、何だか居心地の悪さを覚え、顔を背けながら小さく舌打ちをする。

 

「何が素晴らしいものか。ルトミナはまだ額だからいいが、私はいつも全身だぞ。常に寄生され穢れを移されている身になってみろ、体が重くて、自由に動かすのすら苦労するというのに」

 

 苦々しげに歪めたその顔にも、鱗は余すところ無くびっしりと埋まっていた。本来なら体の一部、それも僅な範囲のみに生える鱗は、ヴィアの場合だと少し様子が違ってくる。

 ヴィアはその体ほぼ全てを、鱗に覆われているのだ。顔で言えば、目以外を鱗で覆われた様子は異形の化け物としか言えず、本来の造りも窺い知る事すら出来ない。ただ、白く輝く長い髪と、しなやかな体つきくらいは見て取る事ができた。

 

 このように、鱗が全身まで至っているというのはかなり異常だ。しかしそれは単に、ヴィアの器としての大さと、浄化能力が飛び抜けている為である。だからこそヴィアは『花園』の頂点として、愛し子を纏める立場に立っているのだ。

 だが、いくら浄化能力が飛び抜けていると言っても、体に負担が無いわけではない。ヴィアとて、出来ることなら、少しでも鱗が減ってほしいと願っている。しかし、精霊達はヴィアの負担などお構い無しに、我先にと押し寄せてくるのだ。

 

「精霊達は、ヴィア様に寄生するのが心地好いのですわ。ふふっ、宜しいではありませんか、精霊達に好かれて」

 

 にこにこと微笑んでいたルトミナは、次いで表情を曇らせた。

 

「本当は、私達にもっと浄化能力があれば、ヴィア様の負担も減るのですけど……実際は、碌に人数も増やせないままですわ」

 

 物憂げな表情をしたルトミナに顔をしかめ、ベランダから『花園』の若木の間の方向へと視線を向ける。


「確か、今日は昨年入ってきた者達の最終訓練だったな」

「ええ……」

 

 暗い表情で頷いた様子から、きっと結果は芳しく無かったのだろう。期待はして居なかったものの、実際結果が分かると溜め息がでる。

 

「何人死んだ?」

「……今期の者は、これまでと合わせて三名ですわ」

「……そう、か」

 

 ルトミナの答えを聞いて、一気に体から力が抜ける。椅子の背凭れにだらしなく体を預けながら、過去に死んでいった者達を思いだし、ふと空を見上げた。

 

 今回の新参者達にはまだ伝えていないが、愛し子には何かと命の危険が付き纏う。

 いや本来穢れを精霊から受け入れるだけであれば、命になんの影響もない。しかし、いくら真っ白な空の器のような愛し子にも、容量と言うものがあるのだ。

 そして容量を越えてしまうと、それ以上穢れを受け入れる事は出来ず、最悪、体が耐えきれず死に至る。

 

 そこで精霊王は考えた。いやそれでは困る、せっかく見つけた貴重なゴミ箱を、出来るだけ長く沢山使いたい。そこで、いかにも特別な施しだと言わんばかりに与えた力が、魔石を作る能力だった。

 愛し子の容量をオーバーしないように、体内に貯めた穢れから魔石を作り、器を空にしていく。

 だが、そしてその魔石を作る作業もまた、愛し子達の命を脅かすのだ。

 

 魔石を作るのには、体内の穢れさえ有れば、何時でも何処でも作ることができる。しかし、ポンッと簡単に出せるのかと言えば、それはまた違う。

 体内に充満した穢れを、一つ一つ丁寧に集め、濃縮して結晶を作る。言葉にすれば何の事はない。だが、穢れを集める作業が速すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。また、一度の穢れの量が、多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。もし少しでも誤ると、もれなく霞となって死ぬ。比喩ではない、穢れが暴走して体を侵食し、本当に黒い霞となるのだ。そして骨すら残らない。

 実際慣れてしまうと、体が疲れはするもののそう難しくはない作業なのだが、慣れるまでが問題で、毎回新参者が来る度に何人かは死んでいく。魔石を作る訓練期間は一年程設けられているのだが、その期間が終わる頃には、必ず数名程減っているのだ。

 

 そんな危険な作業を、なぜわざわざするのか。それはもちろん、愛し子達とて、やらなくてもいいならやりたくない。しかし、愛し子達が仕事をしなければ、精霊王は国に加護を与えない。国に保護されている身としては仕事を放棄するのは難しかった。

 それより何より、自分勝手な精霊達は、愛し子の事など気にもしないのだ。自分達の穢れさえ浄化できれば良いと考える精霊達は、魔石を作る事を拒否した者には、役に立たぬ人間など必要ないと言わんばかりに穢れを押し込み、容赦のない死を与える。

 

 では、どこかに逃亡してはどうか。それも人知を越えた存在である精霊からは逃げられず、またその異形では逃げた先でも普通には生きては行けない。

 つまるところ、精霊に愛されし者、なんて世間では敬われている愛し子だが、実際は国を栄えさせる為精霊に捧げられた、只の生け贄なのだ。

 

 今までに死んでいった者達の無念を思い、遥か先にある空を見上げていたヴィアの耳に、コツコツと杖をつく音が聞こえてくる。その音がベランダの近くまで来た事を感じ、ゆっくりと首を巡らせた。

 振り返った先に居たのは、腰の曲がった枯木のような老人だ。その皺だらけの手には、老人の身長を越えるほどの大きな杖が握られて、その先には魔術師長の証しである、拳ほどの大きさの黒い石が填まっていた。

 

「ご機嫌如何ですかな、ヴィア様、ルトミナ様」

 

 そう挨拶をして、ずるずると黒いローブを引き摺って歩み寄ってきた魔術師長は、満面の笑みを浮かべている。

 

「ああ、今日もご機嫌は麗しくないさ、アシオレ」

 

 そう皮肉に笑ったヴィアは、向かいの椅子に座るよう促して、内心では何の用だと首を捻っていた。進められた椅子に腰かけたアシオレは杖を抱き込み、テーブルの上を眺めてむにゃむにゃと口を動かす。

 

「こりゃぁいかんですな、教育がなっとらん、なんったる事! これだから勢いだけの若いもんは……」


 ぶつぶつと小声で呟かれた言葉に思い当たる事があったヴィアとルトミナは、顔を見合わせ肩を竦める。

 

「アシオレ殿、いつも魔術師達はとても良く尽くしてくれてますのよ」

「ああ、皆には本当に助かっている」

 

 二人がやんわりと魔術師達を誉めアシオレを窺うが、その機嫌は一向に良くなる気配がない。そこに慌ただしく飛び込んできたのは、ティーセットを載せたワゴンを押した、まだ年若い少女だった。

 

「も、申し訳ありませんっ! ティーポットをひっくり返してしまって」

 

 ペコペコと必死になって頭を下げる少女は、小さな体に黒のローブを纏い、顔を真っ青にさせている。そんな少女の様子に苦笑し、チラリとアシオレへ目を向ける。案の定、魔術師長は顔を真っ赤にさせ、憤怒の表情をしていた。

 

「お主、所属はどこじゃったかな?」

 

 プルプルと体を震わせながら、静かに問い質してきたアシオレに、少女までもが体を震わせる。

 

「そ、その、魔術、方程式、研究班ですっ」

 

 途切れ途切れに発せられた言葉を聞き、ゆっくりと頷いたアシオレは静かに言った。

 

「そうかそうか、ならば、はよぅお茶の準備をせい。ヴィア様とルトミナ様を待たせてはいかん」

 

 真っ青になっていた少女は、落ち着いた調子で言われた事に少しばかり安堵したのか、先程よりも顔色を良くしてお茶の準備を始める。手際よく、美しく並べられていく茶器に、彼女が愛し子達の為に真面目に作法を学んでいるのが良く分かった。

 しかし、今回は運が悪かったとしか言いようがない。愛し子命の魔術師の中でも、一際盲信的な魔術師長の目の前で失態を犯したからには、もう二度と『花園』に来ることはないだろう。

 

 まったくアシオレは少しばかり極端すぎる、と少し呆れながらも、ヴィアがその行動に口を出すことはない。一々口出ししていては切りがないというのもあるし、アシオレ及び魔術師達の盲目的なまでの崇拝が、愛し子達の穏やかな生活を守っているのだから。

 

「ところでアシオレ、何か用があったのではないか?」

 

 普段は多忙の余り、ここに訪れる事は少ないアシオレが会いに来る時は、大抵何か重要な話がある時だ。

 それを知っているルトミナは、空気を読んで席を外そうと腰を上げる。しかし、それを止めたのはアシオレだった。

 

「ああ、ルトミナ様もお聞きになられて結構ですぞ。内密の話ではありませんので」

「あら……そうですの?」

 

 不思議そうな顔をして椅子に座り直したルトミナは、アシオレを静かに見つめる。ヴィアも椅子に凭れ掛かりながら、大人しく口が開かれるのを待った。

 

「そう、内密の話ではないのです。しかし、良い話……という訳でも有りませんな」

 

 渋い顔をして話す様子に、何やら嫌な予感がして、一気に気が重たくなる。中々続きを言わないアシオレにしびれを切らし、口を開きかけた時だった。

 

「実は、次の定例会議から愛し子様方の代表、つまりヴィア様が、会議に出席する事が決まりました」

「ええっ!」


 思わず叫んだのは、お茶を配り終えて脇に控えていた少女だ。その声が響いた瞬間、アシオレの表情は岩のように固まり、空気が凍る。

 自分の失態に気付いた少女は、慌てて口を覆うが時すでに遅かった。

 

「お主、先程からちと無礼ではないか?」

 

 ゆっくりと立ち上がったアシオレに対し、少女は小さく震えている。それを見たルトミナが、眉をひそめてアシオレを嗜めた。

 

「アシオレ殿、あまりきつく言っては可哀想ですわ。程々になさいませ」

「しかしですな」

「彼女はまだ若いのですから、これから気を付ければいいのです」

 

 ぐぅ、と押し黙ったアシオレは、忌々しそうに少女を一瞥し、渋々頷いた。

 

「ヴィア様やルトミナ様の前で、見苦しい真似はできん。お主、魔術搭に戻ったら覚悟しておれ!」

「は、はいっ」

「わかったら早く去ねっ」

「はっ、はいぃっ」

 

 アシオレの怒声に飛び上がった少女は、慌ててその場から走り去って行く。そしてそこに残されたワゴンを見て、またもやアシオレの瞳に剣呑な光が灯る。

 

「あ奴めっ!」

「まあまあアシオレ、落ち着け。それより、先程の話の方が大切だ」

 

 今にも少女を追いかけて行きそうなアシオレを宥め、話の続きを促す。そんなヴィアの言葉に不服そうにしながらも、アシオレは漸く椅子に座った。

 

「それで、私が会議に参加するのは決定なのだな?」

「そうですな。陛下には何度も考え直していただけるよう申し上げたのですが……儂の力不足としか言いようがありませんなぁ」

 

 重苦しく頷いたアシオレは、ぐっと杖を握りしめ、吐き捨てた。

 

「騎士団の馬鹿共が、王に進言したのです。国家予算を割いている分、愛し子も国の運営に携わるべきだと」

「国の運営とな……。はっ、碌に発言する力もない我々が、何に携われと?」

 

 嘲るように笑ってみせると、ルトミナが心配そうに呟く。

 

「私達を会議の場に呼び出して、何がしたいのかしら……」

「さあな、騎士団の考えなど知るものか。それよりも王だ。王はその意見に、賛成したのか?」

 

 厳しい視線を向けるヴィアに、アシオレは机を見つめながら小さく頷いた。

 

「王はその意見にすぐさま賛成なさいました。我々魔術師が、愛し子様方を煩わすなど言語道断、といくら反対しても、王は聞き入れては下さらなかった。騎士団は、恐らく愛し子や我々に当てられた予算を減らしたいのでしょうが……」

 

 沈痛な面持ちで語られた内容に、静寂が広がる。その空気を、重い溜め息で破ったのはヴィアだった。

 

「……王が賛成しているのなら、逆らう訳にもいかん。愛し子が『花園』から出るなど前代未聞だが、仕方ないだろう」

 

 目を細めて、また深く溜め息をつく。そんなヴィアの隣で、ルトミナが小さく笑った。

 

「あら、逆に幸運だと思ったら如何です? 本来愛し子は、死ぬまで『花園』から出られませんもの。それが、歴史上初めて破られるのですわ」

 

 ふふふ、と笑うルトミナはどこか楽しそうだ。そんな彼女を胡乱げに見て、やれやれと首を振る。

 

「一先ず、次の会議はいつだ?」

「ちょうど一週間後ですな」

「わかった。すまんが準備と迎えを頼む」

「はっ!」

 

 ヴィアに頼み事をされたメシオレは、頼られたのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべ、軽い足取りで帰って行く。その後ろ姿を見つめながら、また溜め息を吐いた。

 

「まあまあヴィア様、そんなに溜め息ばかりついていては、幸せが逃げてしまいますわ!」

「……ああ」

  

 逃げるもなにも、元より幸せとは縁遠いのだが、と思いながら空を見上げ、ポツリと呟く。

 

「さてさて、言ってる側から春が来たか」

「……もう春はとっくに過ぎてますわよ?」

 

 怪訝そうな表情で見てくるルトミナに小さく笑い、ヴィアは何でもないと首を横に振った。

 

 




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