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鱗の裏側  作者: 銀タ
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7/22

健気な少女


 


 

 

 そうして迎えた会議の日。この日も朝から支度に終われ、疲労困憊のヴィアに追い討ちをかけたのは、何故か顔を見せていたアシオレだった。

 

「まったく、国王は何を考えていらっしゃるのか!」

 

 ブツブツと呟きながら部屋を徘徊するアシオレに、朝から何度でたか分からない溜め息を付く。大体何故アシオレがここに居るのか。うんざりしながら重いからだを引きずり、部屋から出ようと歩き始める。

 それを目敏く見つけたアシオレは、大きな声で叫んだ。

 

「ヴィア様、どちらに行かれるのです! 迎えが来るまでここに居てくだされ!」

 

 背中にかけられた言葉に顔をしかめたヴィアは、低い声を出した。

 

「アシオレ、何故私が貴方の指示に従わねばならん。私はルトミナの部屋へ行く。それと、わざわざ迎えが来るまで待たなくてもいい」

「ヴィア様! 何を仰います!」

 

 苛立ちを隠せないヴィアに、それでもまだ言い募ろうとするアシオレ。それを振りきるかのように、勢い良く扉を閉めた。

 ドスドスと足音を立てながら、ルトミナの部屋に向かって歩く。

 何故私がアシオレに小言を言われねばならんのだ、と憮然と歩いていると、廊下の窓を拭いている少女を見つけ、ふと足を止める。

 

「おい、そこの」

「はい?……っヴィア様!」

 

 呼び掛けに振り返った少女は、自分に声をかけた人物の正体を知り慌てて頭を下げた。

 そんな少女を上から見下ろしながら、コテンと首を傾げる。

 

「お前、確かこの間アシオレに叱られていた……魔術、ほう、方程、あーと」

「魔術方程式研究班でございますっ!」

 

 それそれ、と手を叩いたヴィアに、少女は目を輝かせる。

 

「嬉しいっ! ヴィア様に覚えて頂けているなんてっ、同じ班の仲間が知ったら喜びます!」

 

 ピョンピョン跳び跳ねて喜ぶ姿は見ていて愛らしいが、そんなに喜ばれても、特に何かした訳ではないのだから心苦しい。

 

「よくアシオレが『花園』に入ることを許したな。もうここには来れないのだろうと思っていたが」

 

 ヴィアが少女に呼び掛けたのは、それが気になったからだ。最近機嫌の悪いアシオレが、一度失敗した者を簡単に許すとは到底思えないのに、何故ここにいるのか。

 不思議に思ってじっと見つめていると、何やら気まずそうに頭を掻く。それを見たヴィアは、ニヤリと顔を歪めた。

 

「お前、勝手に侵入したな」

 

 意地悪くそう言うと、少女は縮こまって頭を下げた。

 

「も、申し訳ありませんっ! 罰は受けます! ただ、どうしても愛し子様の近くに居たくて!」

「ははっ、そんなに謝らなくても良い。別に怒りはしないさ。アシオレに見つかると厄介だがな」

 

 その言葉を聞いた少女は、少し安心したように息を吐く。そんな様子に、ふと疑問に思ったことを投げつけた。

 

「なぜそこまで愛し子の側にいたいのだ?」

 

 すると少女は、顔を輝かせて勢いよく話始めた。

 

「はいっ、私、魔術方程式研究班という所に居るのですが、そこは主に、愛し子様方の負担を減らそうと言う研究をしておりまして!」

「はあ、負担を減らす?」

 

 怪訝な表情をするヴィアに、少女はなおも話を続ける。

 

「はいっ! 愛し子の方は魔石を作る際の負担は、とて大きいですよね? それをどうにか出来ないかと研究をしているのが、我々魔術方程式研究班なのです!」

 

 胸を張って言ってくれるのは構わないが、ヴィアにはいまいち理解できない。難しい顔をして首を傾げていると、少女が慌てて手を振った。

 

「あっえっと、我々は、皆様への愛故に、この研究をしているのです! 愛し子の方が命をかけて魔石を作っているというのは、魔術師の中でも限られた者しか知りません。それに、その情報も大まかな物ばかりで、本当に詳しい事は誓約に守られ、愛し子の皆様しか知る事は出来ない……」

 

 暗く、沈んだ面持ちで語る姿は、どこか痛々しく、ヴィアも知らず知らずの内に目を伏せてしまう。

 

「ですが、それでは皆様の負担は大きいまま。全てを知っている訳ではありませんが、愛し子様方の現状を僅かでも知ることができた我々の班は、少しでも愛し子の方の助けになれればと、日々努力しているのです!」

「はあ……」

「具体的に言いますと、穢れを魔石化せずに浄化する方法や、愛し子の体内に貯まった穢れを吸い取る装置の研究などです!」

「それは……」

 

 魔術師の方が困るのでは、と眉を寄せる。少女の語った事が実現すれば、魔石の生産量は減少、もしくは無くなる可能性もある。魔石がなければ魔術を使えない魔術師からしてみれば、大問題だろう。

 そう思って少女を見ると、ヴィアの考えがわかったのか、苦笑いを見せる。

 

「へへ、お考えの通り、アシオレ様や上層部の方からは、大批判を浴びまして……」

 

 ポリポリと頭を掻く姿を見つめながら、それはそうだろうと頷く。


「研究費も削られ、愛し子様方との接触も絶たれ、まあ、八方塞がりと申しますか……」

 

 困ったように笑う少女に、ヴィアも小さく笑う。

 

「それで忍び込んでまでここに居たわけか」

「ええ、私たちの研究には、愛し子様の観察が必要不可欠ですから……」

 

 なるほど、と頷いたヴィアは、少し俯きながら思案して、覚悟を決めたように顔を上げた。

 

「お前、私が側付きにすると言ったらどうする?」

「ええっ!?」

 

 突然の提案に、大きく口を開けたまま固まる。そんな少女を見つめながら、迷いながらも口を開く。

 

「ただ、お前を側付きにしたら、アシオレから色々と言われるかもしれない。私にはそれを守ってやる事も出来ない。だが、それでも良いならお前を側付きにする。勿論、研究も好きにしていい。私が手伝える事は手伝ってやる。どうだ?」

「それはっ、本当によろしいのですか? 私はドジだし、気も利かないし……」

 

 先程の勢いはどこへ行ったのか、急に大人しくなった少女に、つい笑いが漏れる。

 

「だがお前の茶は、なかなか旨い」

「っ、ありがとうございます!」

 

 涙をうかべながら嬉しそうに笑った少女は、ふと何かに気がついたのか、慌てて身形を整える。それを不思議そうに見ていたヴィアに向かって、満面の笑みを見せた。

 

「私は、魔術方程式研究班のアウレと申します! 歳は十八、恋人はいません! 唯一まともに使える魔術は……」

 

 そこで言葉を切ったアウレは、こちょこちょと手を動かし、何か小声で呟く。そして一瞬の後、ヴィアの目の前には、花と蝶が舞う幻想的な光景が広がった。

 

「なるほど、幻術か」

「はいっ! 子供騙しみたいなものですが……よろしくお願いしますっ!」

 

 大きな声で叫び、頭を深くさげる。そんなアウレに、ヴィアも小さく笑い、胸を張った。

 

「私は『花園』の管理者、愛し子達の筆頭であるヴィアだ。あー、歳は二十三の……一応女で、恋人は勿論無し、よろしくな」

「はいっ!」

 

 ヴィアの言葉に上ずった声を上げたアウレは、頬を上気させながらキラキラと見つめてくる。それに少し引きぎみに笑いを返す姿は、端から見ればかなり不審だろう。案の定、二人の様子を不審に思ったのか、背後から訝しげな声が掛けられた。

 

「……何をなさってますの?」

 

 その声が聞こえた途端、消え去った花や蝶を少し残念に思いながらも、よく知る声に小さく笑いながら後ろを向く。やはり、そこにいたのはルトミナだった。

 

「いやぁ、ちょっとな」

 

 笑いながら言うと、眉を寄せながら近付いてくる。

 

「なんですの、私は仲間はずれですの?」

 

 不服そうな顔で睨んでくるルトミナに首を振り、苦笑いする。

 

「後でアウレから詳しい話を聞いてくれ。今話している時間はないだろう?」

「っそうでした! 私、ヴィア様を呼びに来ましたの。迎えの馬車が到着したようですわよ」

「そうか、ならばルトミナも玄関まで来るといい」

 

 『花園』の外までは連れていけないが、門の見える玄関までなら、連れていくことができる。もし迎えがクロシアだったのなら、その姿を一目見るくらいならできるだろう。

 

「ええ、その為に迎えに来ましたのよ」

 

 朗らかに笑ったルトミナはスッとヴィアに近寄り、素早く何かを手渡してくる。それを怪しまれないように袖に仕舞い、なに食わぬ顔で歩き始めた。

 

「ヴィア様、くれぐれもお気を付けて」

「ああ、わかっている」

 

 玄関まで近付いた時、ルトミナが少し眉を下げながら言う。それに小さく頷いて、玄関から足を踏み出した。

 門の所に停まっている馬車に向かって、ゆっくりと歩く。相変わらず精霊たちが寄生する体は重く、一歩一歩をしっかりと踏み締めなければ、ふらついてしまいそうだ。

 馬車の方も、近付いてくるヴィアに気が付いたのか、扉が開き、中から人がでてくる。その青い騎士服を見た瞬間、がっかりするルトミナの顔が頭を過り、小さく笑いが溢れた。

 

「機嫌がいいな、何か面白い事でもあったか?」

「……いいやメルヴィル殿、何もないよ」

 

 くすくすと笑いながら首を振る。そんなヴィアを不思議そうに見ながらも、メルヴィルは追求する事なく、そっと手を差し出した。

 その差し出された手を見て少し戸惑う。この武骨ながらも努力の証が見てとれる美しい手に、鱗だらけの醜い手を触れさせていいものか。

 なかなか手を取らないでいると、じれたのかメルヴィルが強引に手を取り、馬車へと導く。

 ぐっと握られた手が、酷く熱く感じた。

 

「す、すまない」

 

 ヴィアに続いて馬車に乗り込んだメルヴィルに、俯きながら謝罪する。

 

「何がだ?」

「いや、手が……気持ち悪かったのではないかと」

 

 袖の中に隠した手をぐっと握り、手のひらに爪を立てる。精霊達がその行為にざわざわと蠢き、怒っている気がした。

 

「ああ、相変わらず綺麗な鱗だな」

「え、あ、それはどうも」

 

 思わず顔を上げるが、そこに嘘の気配は無かった。いや、世慣れていないヴィアの判断の為、いまいち信憑性は無いのだが。 

 もしやからかわれているのか、とチラリと窺ってみるが、メルヴィルは真剣な顔でヴィアを見つめている。

 そんなメルヴィルに居たたまれなくなり、呻きながら顔をそらした。

 

「メルヴィル殿、あまり見ないでいただきたい。私はあまり、この姿が好きではないのだ」

 

 顔をしかめて言うと、何故かキョトンと目を見張る。

 

「そうなのか? 愛し子はその姿を自慢に思っているものだと思っていたが」

「それは……私以外の者は、案外誇らしく思っている者も多いようだが……私程までなると、ただの化け物でしかないから」


 ふっと嘲笑うヴィアに、メルヴィルが眉を寄せる。何か言おうとした彼は、しかし開きかけた口を閉じ、腕を組んで黙り込んでしまった。

 何か気にさわる事でも言ってしまったか、と後悔しながらもどうする事もできず、ただ通りすぎる外の景色を眺める。そしてその景色の中にルトミナの好きな花を見つけ、出発前に渡された物の存在を思い出した。

 ごそごそと袖の中を探り、目当ての物を見つけたヴィアは、改めてそれの正体を見てみる。

 それはただ白い紙を折り曲げられた、手紙と思わしき物だった。

 

「俺に恋文でも書いてくれたのか?」

 

 まじまじとそれを見ていると、正面から楽しそうな声が聞こえてくる。その言葉に一瞬思考を止め、次いで顔を真っ赤に染めてしまう、勿論、傍目からその様子はまったくわからないが。

 

「い、いや、これはルトミナから預かった物だ。あっ、そうだ、メルヴィル殿からクロシアに渡してくれないだろうか」

 

 そう言って手紙を差し出すと、一瞬まじまじとそれを見つめた後肩をすくめ、渋々といった様子で手を伸ばす。受け取った手紙をもう一度チラリと見たメルヴィルは、詰まらなそうに呟いた。

 

「残念。期待したのに」

「は、はぁ」

 

 あまりそうからかわないで欲しい、と本気で思う。冗談か本気かも分からない上に、そういった事に免疫のないヴィアは、どう反応すれば良いのかもさっぱりなのだ。

 眉を下げてメルヴィルを見たヴィアは、口を開きかけて止めた。彼に何を言うべきかすらも、分からなかった。

 

「もう城に着くな」

 

 外を見ていたメルヴィルが、ポツリと呟く。その言葉に俯いていた顔を上げて外を見ると、確かに、いつのまにか城の近くまで来ていたようだ。

 

「次からも、俺が迎えに行くから」

「え……」

 

 当番制ではないのか、と一瞬思ったが、どういった経緯でこのような事態になっているのかすら分からないヴィアには、言うべき言葉が何も見つからなかった。ただ、メルヴィルがその役目を嫌がっていないかだけが心配だった。

 

「その、世話になる。すまない」

 

 小さく頭を下げると、メルヴィル溜め息をつく。それにピクリと肩を揺らしたヴィアは、恐る恐る顔を上げた。

 

「あまり固くならないでくれ。俺はもっと貴女と親しくなりたいんだ」

「親しく?」

「ああ、できれば……」

 

 メルヴィルが何かを言いかけたとき、馬車が緩やかに止まった。外を見てみると、もう城に着いていた。

 同じように外を見ていたメルヴィルが、またもや大きな溜め息をつき、首を振った。

 

「いや、なんでもない。さあ行こうか」

 

 先に馬車を降りたメルヴィルが、ヴィアに向かって手を差し伸べてくる。まさかそんな気遣いをされるとは思ってもみなかったヴィアは、その手をじっと見つめ、恐る恐る手を伸ばした。

 体を支えられながら、馬車から降りて地面に足をつけた後、握られていた手をやんわりと離す。

 

「ありがとう、行こうか」

 

 そう言ったヴィアに、メルヴィルは離された手を少し見つめ眉を寄せたが、何も言うことなく背を向け歩き始める。

 そんな彼に何故か一瞬心が痛んだが、気のせいだと思って歩き出す。メルヴィルと触れあっていた右手が、少しだけ熱い気がした。

 

 

 

 


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