新たな課題
会議の場にはアシオレを始め、すでに全員が揃っていた。適度に距離を保ちながら部屋に入ってきた二人を見て、満足そうに頷いたアシオレは、メルヴィルに向かって言った。
「メルヴィル副団長、貴方も色々とお忙しいでしょう。ヴィア様の迎えは我々魔術師に任せてはいかがか?」
「いや、これはもう決まった事です。お気遣いいただかなくても結構ですよ。任務を全うしてこその騎士ですから」
嫌みっぽいアシオレの言葉を、笑顔で返したメルヴィルは、颯爽とした動きで席に向かった。ヴィアもその言葉に少しだけ気を落としながら、なに食わぬ顔で席につく。そして誰にも気付かれない程度に、溜め息をついた。
やはり、好き好んでヴィアを迎えに来た訳ではないのだろう。最初から分かっていたのに、任務とはっきり言われた事に少しだけ気落ちしている自分が阿呆らしくて、苦笑いが浮かぶ。
そうこうしてる内に、いつの間にか会議は始まっていたらしい。飛び交う内容は、相変わらずよく分からない話が多かったが、それでも必死に耳を傾ける。そうして何とか知り得た情報は、南の方で土砂崩れが起き、その復旧が遅れているという事だけだった。
難しい顔で街道に影響が、やら物資の補給が、と話し合われる中、静かに目を瞑っていた国王が突然立ち上がる。そしてアシオレを見て、厳かな声で言った。
「これ以上復旧に時間をかけるわけにはいかん。ここはアシオレ、そなたが直々に出向き、復旧作業を早急に終わらせるように」
「なんですとっ!?」
その言葉に慌てて立ち上がったアシオレが、一瞬ヴィアを見て、またすぐに王へと視線を戻す。そしてガツンと杖を床に突きつけた。
「王よ、儂は『花園』の守護も任されております! 南のかの地へ行くとなると、二月は王都を離れる事になります! その間『花園』はどうなさるのか!」
大きな声で叫ぶアシオレの横で、ヴィアは内心ほくそ笑んでいた。もしアシオレが二月も居ないとなると、アウレの事も上手くうやむやに出来るのではなかろうか、と。
「そなたが居なくても、騎士がいるだろう。そなたが留守の間、騎士に『花園』の警護を任せればよい」
「何をおっしゃいます! 騎士が『花園』に入るなど言語道断! 王も『花園』の誓約はご存じのはずじゃ!」
「だから、その誓約も見直すべきではないかと言っておる。が、そなたがそこまで頑なに言うのであれば、現状では騎士達に愛し子と接触する事は厳しく制限させる。それならばどうだ?」
強い視線で見てくる王に、ぐぅと唸りをあげたアシオレは、それでも尚言い募る。
「しかし、本来は外界との関わりは持ってはならぬ決まりです。それをここ最近、あなた様は無下にしすぎる!」
「そもそも、その誓約を決めたのは誰だ? 遥か昔の王だろう。ならば、現王たる私が良いというのだ、何をしぶる必要がある」
「それはっ、しかし……」
悔しげに顔を歪めたアシオレに、王は冷めた表情で言う。
「もう私は決めたのだ。そなたは南の地へ赴き、復旧にあたるように。そして、その間の『花園』の警護は、ダンテ」
「はっ」
王の呼び掛けに、メルヴィルの隣に座っていた大男が、勢いよく立ち上がる。
「青の騎士団に任せる。良いな?」
「はっ」
キビキビと頭を下げた男は、ヴィアを見て人懐こい笑みを浮かべた。
「私は青の騎士団団長のダンテ。アシオレ殿に代わってしっかりと警護を勤めさせていただきますので、ご安心を。ああ、警護の期間中は、色々と打ち合わせなどがありますので、ヴィア様にはお時間を頂く事もあるかと思いますが」
よろしいですか? と笑うダンテの意識は、ヴィアというよりもアシオレに向かっているように感じた。そんなダンテに目を細め、小さく頷く。
「勿論だ。ところで、私には普段から補佐を勤めてくれている者がいるのだが、その者も打ち合わせに参加しても構わないだろうか」
勝手に補佐にしてすまん、とルトミナに心の中で謝りながら、それを表面には出さずに言う。今言っておけば、多少無茶な事でも罷り通る気がしたのだ。
「ヴィア様!」
隣から信じられないと言わんばかりにアシオレが見てくる。それをあえて無視して、まっすぐ前を見る。そんなヴィアに、ダンテがニヤリと笑った気がした。
「勿論、構いませんよ」
その言葉に内心ほっと息を吐き、こっそり王を盗み見る。王は何も言わず、じっと目を閉じていた。
「それでは、今日の会議はこれまで。アシオレ殿、急で申し訳ありませんが、さっそく出立の準備をして……」
「まて」
ブラウドが立ち上がって締め括ろうとした時、突然国王が手をあげ、ブラウドの言葉を遮る。何事かと皆が視線を向ける中、ゆっくりと目を開けた国王は、ヴィアを見て少し眉をひそめた。
「そなたに少し話がある。着いてこい」
そう言った国王は、他の者は帰って良いと短く告げて、部屋の奥にある扉を開ける。慌てて後を追ったヴィアは、閉まりそうになっていた扉をすり抜け、奥に作られた小さな部屋へと入った。
先に部屋に入り、椅子ではなく書類が散乱する机に寄りかかっていた国王は、扉が閉まった途端、ヴィアが座るのも待たずに口を開く。
「愛し子には、魔石を造る以外に何かできることは?」
「は?」
いきなりの問いかけに意味がわからず、つい無礼な態度を取ってしまったヴィアは、慌てて口に手を当てる。しかし国王はそんな様子を咎める事もなく、淡々と言葉を続けた。
「他に能力はないのか? 我々が知らぬ、愛し子だけが使える力は?」
そんな事を言われても思い当たる節もなく、むしろ何故そんな質問をされているのかさえわからない。不可解な国王の言葉に知らず知らずの内に眉を寄せたヴィアは、目を細めて国王を見るが、そんな視線を受けた国王は顔色を変える事なく口を開いた。
「そなた、城を歩いてどう思った?」
「……どう、とは?」
「城の者達は、そなたを見てどのような態度をとった? 敬ったか? 崇めたか? それとも、恐れたか?」
そう言われて、これまでに晒された視線の数々を思いだし、苦い顔になる。
「可笑しいとは思わぬか? 本来何よりも敬われるべき愛し子が、ひそひそと化け物のようだと言われるのは」
「ぐっ、」
あまりの直接的な言葉に思わず声を上げるが、国王はそれを無視して、じっとヴィアを見つめた。
「……敬意がな、薄れてきてるのよ。何百年と精霊王の加護を得て、我が国の民はそれがあるのが当たり前となっている。愛し子の存在とて民らには遠く、おとぎ話の存在よ。精霊を感じる事もできぬ者達には、加護、と言われても目に見えぬそれを実感する事はできず、愛し子もまた、意味の有るものとは思えなくなってきているのだ」
「そんな事を、言われても……」
どうしろと言うのだ、とヴィアは思った。どうにもできない事は国王とてよくわかっている筈なのに、なぜそれをヴィアに言うのか。
突然突きつけられた言葉に頭は混乱し、うまく纏まらない。そんな戸惑う様子をじっと見ていた国王は、ふと目をそらし、静かな声で言った。
「このままでは愛し子の存在を、『花園』の維持を疑問視する者も出てくるだろう。そうならない為にも、愛し子が特別であると、世に知らしめねばならぬ」
「……それは、魔石だけでは足りませんか。大体、我々はすでに様々な事を犠牲にしております」
呟くような声に、国王は小さく首を振る。
「ああ、わかっている。それでも言わせてもらう。魔石だけでは、足りぬと。魔石の恩恵は魔術師だけのものだ。たとえその魔術が国の役に立とうとも、皆の意識は魔術師までにしかいかず、その魔石を造る存在までは届かぬだろう。何かもっと他の、愛し子が直接その力を世に知らしめる事のできる何かが必要だ」
「しかし、我らにはそのような力はありません……それは貴方とてよく理解されている筈」
「だから困っているのだ。そなたとてわかっていよう? 騎士達の中にも愛し子を否定的な者もいる。その者達を無視する事も、長くはできないだろう」
頭の中にふとラサイガの姿が浮かび、唇を噛み締める。何も言えずに立ち尽くすヴィアに、国王は少し表情を緩めて言った。
「国に尽くしてくれている愛し子を、できれば不遇な扱いはしたくはない。すぐにとは言わん。何か、少しでも思い付いたら、いつでも私の元へ来い」
「それは、愛し子が特別だと思われるような、何かを思い付いたらという事ですか?」
「ああ、もしくは精霊達の力を世に知らしめる事ができる何か、でも構わん」
「……わかり、ました」
目を伏せて答えたヴィアは、小さく息を吐く。何だか今日は色々な話が飛び出して、頭が上手く回らない。考えねばならぬ事ばかりが増え、ずっしりと体が重くなった気がした。
「話はそれだけだ。……そなたらに重荷を背負わせている事は、重々承知している。だが、平和の為には犠牲も必要なのだ、わかってくれ。……ああ、帰るときにアシオレが居たら、ここに来るように言ってくれ」
そう言って話は終わったとばかりに書類に目を通し始めた国王を一瞥し、ゆっくりと背を向ける。扉を開けて会議の間に戻ると、そこにはアシオレの姿しかなく、他の者は皆すでに帰ったようだった。
「ヴィア様! 国王は何の話を!?」
ヴィアの姿を見た途端声を上げたアシオレに苦笑し、ちょっとな、と言葉を濁す。そして今しがた国王に頼まれた伝言を思いだし、奥の部屋を示しながら笑った。
「アシオレ、国王がお呼びだぞ」
それだけを言って、すたすたと出口の扉へ向かうヴィアに案の定アシオレが声をかけてきたが、扉の前で少し立ち止まったヴィアは、チラリと顔だけを向ける。
「ああそうだ、魔術方程式研究班のアウレだが、私の世話役にする事にした。それと、しばらく会えないのは残念だが、気を付けて行ってくると良い」
一方的に捲し立て、少しだけ開けた扉をすり抜ける。扉が閉まる直前、アシオレの怒声が聞こえたような気がしたが、わざわざ立ち止まってやる気はなかった。
城の廊下を、馬車が待つ場所に向かって足早に進む。行き交う人々が、あんぐりと口を開けてヴィアを見てくるが、そんな反応にももう慣れた。今日だって、メルヴィルと共に歩いていても、様々な視線が突き刺さっていたのだから。
先程の国王の言葉を考えていたヴィアは、ああそういえば、と歩きながら思い出す。そろそろ、穢れを魔石化しておいた方がいいかもしれない。
先日新たに入った者達も、だいぶ穢れが貯まってきているだろう。ちらほらと入ってくる体の不調を訴える声に、そろそろか、と気を引き締める。
ルトミナに頼んで、愛し子の性質や魔石の作り方などは教えてさせているのだが、いざ本番、魔石を作るとなるとそう簡単にはいかない。
初っぱなから失敗する者は少ないが、皆失敗して死ぬかもしれないと恐怖に震え、あっさりとこなせる者もいない。
毎度新入り達がコツを掴むまで、最初の数回はヴィアが付きっきりで介助するのが常だった。実は、ヴィアほどの巨大な器の持ち主ならば、簡単ではないが彼らの穢れを代わりに受け入れる事すらできる。その為、訓練の時は万が一にも穢れを暴走させないよう、穢れ引き受け穢れの量を調節してやるのだ。
ヴィアは、新入り達の顔を思いだし、唇を噛む。今回も、またあの言葉を突きつけられる事になるだろうか。
――穢れを引き受けられるなら、ヴィアが皆の穢れを代わりに魔石化すれば良いではないか。そうすれば、誰も死ぬことはない。――
今まで何度も何度も繰り返されてきた言葉は、ヴィアの胸にじくじくと膿んだような傷をもたらす。これまでその言葉を叫び、死んでいった者達の顔が脳裏に浮かび、自然と手を握りしめていた。
ヴィアとてそう考え、試さなかった訳ではない。むしろ、魔石化が上手くこなせるようになった頃は、自分から積極的に他の者達の穢れを引き受け、魔石化していた程だ。
しかし、そんな状況は長くは続かなかった。
その原因は、やはり多くの穢れを引き受けた事によって引き起こされた体調不良もその一つだったが、もっと深刻な問題もあった。精霊達が怒ったのだ。
精霊達は、世間では清く美しい生き物だと思われているようだが、それは違う。彼はひどく残酷で、自由気儘な生き物だ。そんな彼らは、精霊王には絶対の忠誠を誓うが、人間や愛し子など気にも留めない。だが、愛し子が役目を放棄する事だけは酷く嫌った。
その為、ヴィアに先程のような言葉を浴びせ、役目を放棄し穢れを無理に移そうとした者達は皆、精霊達の怒りを買って死んでいった。精霊が、その者達に一斉に押し寄せ寄生したのだ。
容量以上の穢れを押し付けられた者たちは、たちまち体が耐えきれずに死んだ。それを阻止せんと、いくらヴィア自分から言い出した事なのだと叫んでも、自分勝手に己の思うままに動くのが精霊なのだ、その行動を止める事は誰にも出来やしなかった。
ただ、その時に判明した事だが、精霊達は何故かヴィアの事を好いているようだった。当時は、人になど興味が無いはずの精霊達に好かれるとは一体どう言う事だ、と首を捻ったものだが、真相はさておき、好かれているならばと何度も懇願し、唯一許されたのが新参者に対してのみ、それも、最初の一年に限り穢れを引き受けても良いという約束だった。
当時の愛し子達は皆、その約束に歓喜したものだが、ヴィアには今一つ喜ぶ事はできなかった。本当なら助けられる力があるのに、その力を発揮する事ができない。目の前で黒い塵となって死んでいく者たちを、ただ見ているしかできない自分が、ひどく嫌だった。
「……ァ、ヴィア!」
「っ!」
そんな事を考えながら黙々と歩いていると、突然手を引かれ、そのまま後ろに倒れこむ。その傾く体を支えたのは、太く逞しい腕だった。
「すまん、大丈夫か?」
頭上から聞こえた声に、支えられた体勢のまま上を向く。
ちょっとまて、今呼び捨てにしていなかったか? と目を細めると、頭一つ分大きいメルヴィルは上から覗きこむように顔を見て、小さく笑った。
「俺を無視すふなんて酷いな。それともなにか、俺と一緒に歩くのは嫌とか?」
「嫌っ、違う! アシオレに捕まる前に早く帰ろうと思って……」
慌てて弁明するヴィアに、柔らかく目を細めたメルヴィルは、優しく手を引きながら歩き始める。ずっと握られたままだったその手に気づき、慌てて離そうとするが、逆に強く握りしめられた。
「……メルヴィル殿、手を放してほしいんだが」
「メルヴィル、だろ?」
困った顔で見上げると、なぜか良くわからない言葉が返ってくる。
いまいち理解できず、立ち止まって眉を下げたヴィアを見て、メルヴィルは悪戯っぽく笑った。
「メルヴィルと呼んでくれって言ったはずだが?」
「あ、それは……」
できる筈もなかろう、と眉をひそめてしまうのも無理はない。あまり人と関わることが得意とは言えないヴィアに、異性を呼び捨てるなどという行為は無理難題すぎだ。
難しい顔をして押し黙っていると、肩を竦めたメルヴィルは残念そうな顔をした。
「まあ、慣れたらそう呼んでくれ。俺は勝手にヴィアと呼ぶが?」
いいだろう? と雄弁に語る瞳で見つめられ、逡巡しながら首を縦に振る。それを満足そうに笑ったメルヴィルは、手を引いて歩き始めた。




