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鱗の裏側  作者: 銀タ
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帰ってきた




 

 

 確かに、ヴィアが会議に召集されるようになったのは、エダリオの反応を窺う、という意味もあったらしい。も、というのは、国王自信が会議で述べたように、愛し子がもっと外と関わるべきだ、という意向もちゃんと含まれていたそうだ。

 

 現国王は、アシオレの報告を重く受け止め、騎士団に調査をするよう命じた。それを受けた騎士団は調査を進め、早々にエダリオ達の尻尾を掴んでいたのだが、捕縛しようにも金の横領と着服という罪だけでは、エダリオ一派を淘汰するには少し頼りない。危険思考の多い一派全員を、最低でも終身刑にまで持っていきたい、というのが、国王やアシオレの考えだった。

 そこでようやく、ヴィアの出番である。エダリオが、愛し子の中でも能力が抜きん出ていたヴィアに目をつけているのは明白であったし、実際ヴィアの身辺にエダリオの手下の影がチラホラしていた事もある。その時は、アシオレや騎士団の連携した働きにより事なきを得たそうだが、まったく微塵もそんな気配を感じていなかったヴィアは、寝耳に水の話にぶるりと背筋を震わせた。ちなみにあれほど険悪だと思われていたアシオレと騎士団の関係だが、それはエダリオを油断させる為の演技で、実際はそれほど仲が悪い訳ではないらしい。かといって、良いわけでも無いそうだが。

 

 エダリオがヴィアを狙っているという事に目をつけた国王や騎士団上層部は、アシオレと話し合った結果、ヴィアを囮にして、エダリオ達を捕縛するという作戦をたてた。それについてはアシオレが散々却下を申し出たそうだが、これ以上問題を長引かせるつもりの無かった国王の一喝により、渋々引き下がったそうだ。

 

 そしてその作戦は、ヴィアが会議に召集されるようになると同時に実行に移された。会議に出席するため『花園』から城に向かうとなると、当然行きと帰りは馬車で移動する事になる。その時、あえて守りを薄くして拐いやすい状況を作ってみたのだが、思惑は外れエダリオは動かなかった。それならば、と次に実行したのが、エダリオにとって一番障害であるアシオレを遠ざける事だった。

 

「それで南の復旧作業か……」

 

 なるほど、と頷くヴィアは、首を傾げながら低く唸る。

 

「と言うことは、やはりその話も嘘だったのか? 本来なら、アシオレが駆けつけられる筈がないものなぁ」

 

 先程見たアシオレの姿を思いだし、自分もすっかり騙されたものだ、と呆れ半分で笑う。

 メルヴィルはそんなヴィアを見て、決まり悪そうに頭を掻いて目を反らした。

 

「まあ、思ったよりエダリオが用心深かったからな。馬鹿だと思っていたが、そういうのには慎重らしい」

「そのようだな。それで、騎士達が『花園』の護衛に回ったのも、計画の内か?」

「ああ、俺達では『花園』の中の護衛までは許されていない事になっていたからな。当然、外の警護だけでは隙ができると考えるだろう?」

 

 ヴィアは、メルヴィルの言葉がひっかかり、眉を寄せた。

 

「なっていた、とは?」


 訝しげにメルヴィルを見ると、ああ、と何か思い当たったかのような反応を見せ、ヴィアの疑問に詳しく説明を始めた。

 

 本来ならば誓約により、騎士が『花園』の館の中まで入り込む事は許されていない。そこまで許されているのは、国王と魔術師だけだ。しかし、今回は特別措置として、メルヴィルと団長に限ってはその誓約が外されていた。そしてその事は、守りが薄くなる愛し子を心配する魔術師達を、少しでも安心させようと魔術師塔には広く公表されていたらしい。勿論それはエダリオに向けての罠だったのだが。

 実際はと言えば、そんな無謀な事をアシオレや騎士団が許す筈もない。当然の事ながら、全ての騎士が入れるように、誓約が解除されていた。……いざと言う時に、誓約のせいで中に入れませんでした、なんて笑い話にもならない。

 ちなみに、その罠はあの一度目の騒ぎの時に我慢できなかったメルヴィルが駆け付けた事によって失敗している。

 

 その話を聞いたヴィアは、やはりな、と一人納得する。ルトミナとも話していたが、やはり誓約は秘密裏に解除されていたのだ。それにも関わらず、誓約が誓約がと口煩く言っていたアシオレの演技に脱帽し、つい笑いが溢れてしまった。

 話の途中で突然笑いだしたヴィアに、メルヴィルが驚いたように目を見張る。そんな彼に、すまんすまん、と笑いを納めて謝ったヴィアは、それでも堪えきれずに吹き出した。

 

「ふふっ、く、アシオレは、案外芝居上手だなっ」

 

 ようやくヴィアが笑っている理由が分かったメルヴィルも、つい小さく吹き出した。

 

「っ、ああ、魔術師じゃなけりゃ、俳優なんかも向いていたかもなっ」

 

 暫くの間くすくすと笑い合っていると、馬車がゆっくりと止まったのを感じ、そっと窓を覗いてみる。どうやら、『花園』に到着したらしい。見慣れた外観を目にして、ほっと息をついたヴィアは、馬車から降りる為メルヴィルの膝から退こうとした。

 しかし、それをやんわりと止めたのは、少し詰まらなそうな顔をしたメルヴィルだった。

 

「まだ全部話して無いだろう?」

 

 むすっとして言うメルヴィルに、ヴィアはキョトンとする。全部もなにも、ここまで来ればおおよその内容は見当がつく。馬鹿なエダリオが二度目の計画で、ヴィアを連れ去った、それだけだ。それに、連れ去られてからの事はヴィアも当事者だ、よく分かっていたし、実を言うと、助かったのだからもういいや、という何とも能天気な事も考えていた。

 あきらかに興味の無さが見てとれるヴィアに、何を思ったのか深々と溜め息をついたメルヴィルは、少し怒ったような顔をした。

 

「館に戻ったら、二人きりじゃなくなるんだが?」

 

 そりゃそうだろう、きっとルトミナも心配しているだろうしな、と頷く。

 

「……ヴィアはさっきまで危険な目に合ってたよな?」

 

 まあ確かにそうだな、だが助けて貰えたし、大した怪我も無かったから良かったもんだ、と思いながら、何度も首を縦に振る。

 

「……俺達、もう恋人だよな?」

「……え、たぶん?」

 

 ここに来て、何を言いたいんだと胡乱げな顔になったヴィアに、メルヴィルは頭を抱えた。

 

「あー、何でこれで伝わらないんだよ。だいたい、たぶんって何だたぶんって」

 

 くそっと悪態をついたメルヴィルを、不審な目で眺めていると、コンコンッと馬車の扉が叩かれる。そちらを見てみると、何やら目を据わらせているルトミナが窓から中を覗き込んでいた。

 ルトミナを見つけたヴィアは、これ幸いとメルヴィルの膝から脱出し、馬車から降りる。後ろで不服そうな男の声が聞こえた気がするが、何だかよくわからない状態のメルヴィルが居る馬車へは戻るつもりはない。やっと自分の足で地面を踏みしめる事が出来たヴィアは、上機嫌でルトミナに手を上げた。

 

「ただいまっ」

 

 ちょっとそこまで出掛けて来たかのような気軽さで、朗らかに挨拶するヴィアに、ルトミナの額に青筋が浮かぶ。

 ピクピクと眉をひきつらせたルトミナは、低い声で唸った。

 

「それで? 私、とぉっても心配しておりましたのに、えらくピンピンしておりますわね?」


 地を這うような声に、機嫌の悪そうなルトミナ。そんなルトミナを前に、ヴィアはあっけらかんと言った。

 

「まあ、特に何も無かったからな」

「っ、何も無かったですって!? 連れ去られて置いて!? 良いですか、これまでも思ってきましたが、貴女は危機感が無さすぎですっ! そんなだからあっさり連れていかれるのでしょう!?」

 

 顔を般若のように変え、珍しく大きな声で怒鳴るルトミナは、よくよく見ればうっすらと涙を浮かべている。それに気がついたヴィアは、たじろぎながら言い訳をした。

 

「いや、でも私は気を失っていたらいつの間にか誘拐されていた訳だし……あれ? そうだ、私悪くないじゃないか」

「いいえっ、気を失うから連れ去られるんですっ!」

「そんな無茶な……」

 

 開き直ったヴィアに、ルトミナが無茶な事を言いながら地団駄を踏む。すっかり参ってしまったヴィアは、いじけながらポツリと言った。

 

「大体、私が拐われないと意味ないし……」

 

 ヴィアが洩らした言葉は、とうとうルトミナの心を決壊させたらしい。ぶわっと涙を溢れさせたルトミナは、ヴィアの腕をポカポカ叩きながら詰った。

 

「そんなのっ、関係ありませんわっ! 私がどれだけっ、どれだけ心配したかっ」


 ヴィアは戸惑いながらも、声を上げて泣くルトミナを何とか泣き止ませようと、胸に抱き締めながらあやす。 

 そんなヴィアの後ろから恨めしそうな声が響いた。

 

「おいルトミナ、狡いだろうお前だけ。俺は放置されてるって言うのに」

 

 むっとしながら馬車から降りたメルヴィルが、ヴィアの腕の中を見下ろしながら腕を組む。そんな男に腹が立ったのか、ルトミナがヴィアの腕の中から反論した。

 

「五月蝿いですわよ、この役立たず! ヴィア様の事が好きだのなんだの言うんでしたら、危険な目になんて合わせないで下さいまし!」

 

 その言葉に言い返す事が出来ないのか、ぐっと唇を噛んだメルヴィルが、ふと何かに気が付いたかのように空を見上げる。つられてヴィアも上を向くと、そこには色とりどりの光が中を乱舞していた。

 

「……精霊達が戻ってきたようだな」

 

 すっかり忘れていたその存在に、がくりと肩を落とし、やれやれと首を振ったヴィアは、怠そうにルトミナを離す。そして二人から少し離れた場所に立ち、ゆっくりと体の力を抜いた。

 

「束の間の自由だったよ……」

 

 小さく呟いたその言葉を切欠に、一斉に光が押し寄せる。七色の渦が視界を埋めつくし、チカチカとまばゆい光が眩しくて目を閉じる。そしてその目を再び開けた時には、もうそこには普段と変わらない景色が戻っていた。

 ずっしりと重くなった腕を、ゆっくりと持ち上げてみる。そこには相変わらず、キラキラと鱗が煌めいていた。

 

「ヴィアっ、大丈夫か!?」

 

 駆け寄ってきたメルヴィルに、そう言えば今まで素の姿を晒していたのかと今更気づく。そう思うと何だか急に恥ずかしくなって、つい顔を背けたヴィアはぶっきらぼうに言った。

 

「あー、鱗が無ければ誰か分からんかっただろう。まあ、何と言うかな、あれが本来の私な訳だが、まあ、その……」

 

 言葉が続かずに言い淀むヴィアだったが、それを見ていたメルヴィルは、何故か決まり悪そうに頬を掻きながらボソリと呟く。

 

「まあ、前も見たけど……色々と」

「はっ!? いつ!?」

 

 衝撃の事実を知らされて思わず詰め寄ると、フラフラと視線をさ迷わせて明らかに挙動不審なメルヴィル。これは何かある、と目を据わらせたヴィアが、追求しようと一歩踏み出した時だった。

 

「ああ、残念な事よ。まだ体が残っている」

 

 不思議と響き渡る掠れた声に、その場に居た全員が動きを止める。ギギギっと音がしそうなほど、固い動きで振り返ったヴィアは、そこに想像していた通りの姿を見つけて、顔をひきつらせた。

 

「今回はやっと死を迎え、魂だけになるかと思うたのだがあなぁ」

「……せ、い霊、王」

 

 ぐるりと大きくとぐろを巻いた蛇が、シュルシュルと音をたてながら近寄ってくる。そしてじっと顔を覗き込んだ精霊王は、詰まらんと言わんばかりに嘆息し、ふっと姿を消した。

 

「まあ時はある。ゆるりと待とうか……」

 

 霞のように消えていく声は、どこか悲しそうで。

 その姿が消えた後も、身動ぎ一つ出来なかったヴィア達は、小鳥の鳴き声と共にようやく自分を取り戻した。

 

「……相変わらず、よく分からんお方だ」

「まあ、精霊王ですものねぇ」

 

 顔を見合わせるヴィアとルトミナ、そして不機嫌な顔で考え込んでいるメルヴィル。そんな三人は、馬車の御者が戸惑いながら声をかけてくるまで、じっとそこから動かなかった。

 

 

 

 

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