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鱗の裏側  作者: 銀タ
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20/22

少しは素直になるべきで


 



 

 覚悟を決めたヴィアは、もう形振り構う事はなかった。ヴィアの言葉に唖然としていた二人に向かって、歯を剥き出しにしながら飛びかかる。卑怯だとかを構うことなく、ヴィアが狙うのは年老いたエダリオの方だった。

 

「お師匠様っ!」

 

 アウレが甲高い悲鳴を上げ、エダリオに覆い被さるヴィアを引き剥がそうと、体を引っ張る。頭を打ったのか呻くエダリオを見て、暫くは動けまいと予想し、標的をアウレに移す。

 何処から持ってきたのか木の棒で発狂したようにヴィアの背中を打ち、時には爪を立てているアウレから頭を庇いながら、隙を伺う。

 

「このっ、離れろっ! お師匠様から離れろっ!」

 

 背中の痛みと戦いながら、アウレの様子を盗み見る。キーキーと血眼になって叫ぶ姿は、まるで狂人のようだった。

 叩いても叩いても離れないヴィアに、何か他の手はないかと考えたのか、一瞬木の棒を下ろし見渡すアウレ。その瞬間生まれた隙を、ヴィアは逃さなかった。

 興奮して感覚が麻痺しているのか、先ほどまで感じていた痛みなど無かったかのように、信じられないほど素早い動きでアウレに飛びかかる。

 ほぼ捨て身の体当たりのようなそれに、華奢なアウレが対応できる筈もなく、ヴィアもろとも倒れこむ。

 近くにあった装置を巻き込み、金属音や何かが割れるような音が響き渡る。その瞬間、バキッと木が割れる音がして、騎士達が一斉に雪崩れ込んできた。

 

「動くなっ! 直ちに捕縛しろっ!」

 

 いの一番に飛び込んできたラサイガが、ヴィアを荒々しく引っ張り上げながら指示する。エダリオとアウレが捕縛されるのを見て、嫌そうに口を歪めたラサイガは、脇に抱えたヴィアを見下ろし、舌打ちをする。

 

「貴様のせいでメルヴィルは使いもんにならんわ。まったく、手間をかけさせおって」

「は?」

 

 助けに来てくれたのか、と思っていたのに、顔をみた瞬間文句を言われ、あれ、この人味方だよな、と不安になってしまう。ちなみに、もし敵であったとして、体力も気力も限界のヴィアに、現役の騎士に立ち向かう力は残っていない。

 恐る恐るラサイガの顔を見上げていると、何処からかヴィアの名を叫ぶ声が聞こえ、抱えられ身動きの取れない体を必死に捻る。

 何とか辺りを見渡したヴィアは、ひょろひょろとよろめきながら駆け寄ってくる老人を見つけ、ポカンと口をあけた。

 

「アシオレ? 何故ここに……」

「ヴィア様! なんっという事じゃ、こんなにボロボロになられて! ああ嘆かわしい!」

 

 ヴィアに駆け寄ったアシオレが、大袈裟に泣き崩れる。目まぐるしく状況が変わり、さっぱり着いていけないヴィアは、目を白黒させながらハンカチで鼻をかむアシオレを眺めていた。

 

「じゃから儂はこんな計画は嫌だと言うたのに!」

 

 涙を拭いて食って掛かるアシオレに、面倒臭そうに頭を掻いたラサイガは、深くため息をついた。

 

「上手くいったから良いだろう。それより、迎えがきたようだぞ」

 

 明らかに話を反らせたラサイガが体の向きをかえたせいで、ヴィアの視界も自然と回る。その正面からこちらに向かって走ってくるのは、何故か唇が切れ、頬を赤く腫らせたメルヴィルだった。

 

「ヴィアっ!」

 

 その姿を目にした瞬間、安堵と喜びがわき上がる。そして、どうしようもない胸の高鳴りが、体を火照らせた。

 駆け寄ったメルヴィルは、ヴィアを荷物のように抱えたラサイガを睨み付け、強引に奪い取る。

 メルヴィルの腕の中に移動させられたヴィアは、キョトンとその腫れた頬を眺めた。

 

「おい、そんなに睨むな。突入部隊に選ばれ無かったのは自業自得だろうが」


 またもやよく分からない話が出てきて、首を傾げながらラサイガを見る。ヴィアの視線に気付いたのか、ラサイガは一瞬視線を合わせ、鼻を鳴らした。

 

「そこの馬鹿男は、貴様が連れ去られたと知り、作戦を無視して突入しようとしてな。クロシアに殴られてその様だ」

 

 嘲るように笑ったラサイガに顔をしかめたメルヴィルは、それでも何も言い返す事無く、背を向けて歩き始めた。ぐずぐずと泣き続けていたアシオレが、部屋から立ち去ろうとするメルヴィルに抗議の声を上げるが、それすら無視して足早に移動する。

 どこに連れていかれるのもわからぬまま、メルヴィルに強く抱きしめられていたヴィアは、そうっと顔を見上げてみる。クロシアに殴られたという頬が痛々しく、思わず眉を寄せると、メルヴィルがふと目を合わせてきた。

 

「悪い、もっと早く来れなくて」

 

 苦しそうに呟く姿はどこか沈んでいて、どう反応すれば良いのか戸惑ってしまう。それに、ヴィアはあの場所から助け出されただけでありがたかった。

 

「いや、来てくれただけで感謝している。それで、その……これは一体どういう事なんだ? アシオレが計画がどうとか言っていたが」

「ああ、その事か。……ちょっと待ってくれ、馬車の中で話そう」

「馬車?」

 

 先ほどの部屋から歩き続け、何処とも分からない建物の中を進んでいた二人は、いつの間にか外へと続く扉までたどり着いていたらしい。

 裏口なのだろうか、簡素な作りの扉を空ければ、すぐそこに馬車が控えていた。

 馬車の扉を開けた御者に向かって手を上げたメルヴィルは、ヴィアを抱いたまま中へと乗り込み、そのまま椅子に腰かける。ほして御者が扉を閉めたのを見計らって、ぎゅうぎゅうと息も出来ないほど抱き締めてきた。

 

「っ、メルヴィル殿!?」

 

 膝の上に乗せたヴィアの肩に顔を埋めたメルヴィルは、抱き締めた腕に力を籠めたまま息を吐く。

 身動きの取れないヴィアは、体を固くしながら、じっとその様子を見ていた。

 

「……相変わらず、メルヴィルと、名を呼んではくれないのか」

 

 突然持ち出された話題に困惑していると、漸く腕の力をゆるめたメルヴィルが、体を少し離しながらため息をつく。

 

「まあ、大事な時に助けにいけないような男、呼ぶ価値もないか」

 

 ははっ、と力無く笑う男は、何時もの様子とはかけ離れ、どこか傷ついているようだった。

 そんな様子に戸惑いを隠せないヴィアは、対応を悩みながらも、そっと微笑む。

 

「いや、さっきも言ったが、来てくれただけで嬉しいよ」

 

 その微笑みを見て、また小さくため息をついたメルヴィルは、気持ちを切り替えるかのように頭を小さく振り、静かに話始めた。

 

「ああ、先に今回の事を説明しておこう。国王陛下にも、まずはきちんと説明をと言われてな。それに、ヴィアには何も教えていなかったから、分からない事ばかりだろうし」

 

 そこで言葉を切り、膝の上のヴィアを抱き締め直したメルヴィルは、今度はため息、というよりは安堵の息のようなものをついた。

 

「メルヴィル殿? 話はありがたいんだが、下ろしてくれないか?」

 

 こんな体制では落ち着けないのだが、と戸惑うヴィアを無視して、メルヴィルは語り出す。これまでの事を。

 

 まずはエダリオの話だ。この話は根が深く、かれこれ数十年前に遡る。当時アシオレと魔術師長の座を争う程の実力者だったエダリオは、魔術師の弱体化に酷く危機感を募らせていた。なんせ、その当時は愛し子の数が少なく、魔石の供給が間に合って居なかったのだ。

 そこでエダリオが考案したのが、あの魔石を作り出す装置だった。しかし、穢れを吸い取るには愛し子の仲介が必要だ。そしてそれは、どう考えても愛し子の体に負担がかかるものだった。

 結果、魔術師達は議論の末、その装置を禁止する事にした。愛し子を大切に思っていた魔術師達は、愛し子の負になることを徹底的に排除したかったのだ。――勿論、その装置が改良されれば、愛し子の助けになる可能性はあった。その為、今に至るまで研究は続けられているのだが、それはヴィアが目にしたあの装置とは別物である――しかし、エダリオはその決定に不満を露にした。自分が作った装置さえあれば、すぐにでも魔石を得ることが出来るのに、と。エダリオは、愛し子の事など、これっぽっちも考えて居なかった。いや、魔石を作り出す大事な道具だとは思っていたかもしれないが……。

 とにもかくにも、装置について全く考えを改めないエダリオと、それに賛同する少数の魔術師達は、危険因子として魔術塔の隅の隅に追いやられる事になった。無論、研究費なども録に出ない。

 本当ならば解雇及び追放にしてもよかったのだが、当時の国王、つまり前国王は、エダリオの優秀さや実績を買っていた為そうなる事は無く、結果としてこれまで魔術師塔の片隅で存在し続ける事となった。

 そしてアシオレが彼らの存在に再び頭を悩ませ始めたのは、今から10年程前に遡る。そう、ヴィアが愛し子として『楽園』に入ったことが、彼らを活気付かせたのだ。

 

「私が? なぜ私の話が出てくるのだ」

 

 憮然とするヴィアに、メルヴィルもしかめっ面で頷いた後、大きく息を吐いた。

 

「ヴィアのお陰で、愛し子の死亡率はかなり減り、そこそこの人数を確保できるようになっただろう? そこで、奴等は考えたのさ。今なら一人、二人くらい減っても大丈夫だろうとね」

「っそんな馬鹿な話あるか!」

 

 思わず怒鳴ってしまったが、メルヴィルもまったくだ、と言わんばかりの態度を見せる。

 

「馬鹿だから、こんな馬鹿げた計画を実行したんだろうさ」

 

 馬鹿、を強調するメルヴィルは、眉を寄せたまま話を続けた。

 

「馬鹿は最初、堂々とアシオレに提案してきたそうだ。ヴィアがいるなら、愛し子を何人か自分の研究室に寄越せとな」


 ありえない、と呆然とするヴィアに、メルヴィルも溜め息を付いて頭を押さえた。

 

 無論、そんな馬鹿な話が通る筈もなく、エダリオの提案は却下されだ。エダリオはまたもや自分の意見が通らなかった事にひどく怒っていたらしいが、すでに権力も薄れていてはどうすることも出来ず、狂ったように怒鳴り散らしていたそうだ。

 アシオレはそんなエダリオに危機感を覚え、前国王に流石にもう魔術師塔から追い出した方が言いと進言したが、それはまたもや却下された。

 仕方なくアシオレは、『花園』の警護やヴィアの身辺に気を配る事に腐心するが、時を同じくして、またもやきな臭い問題が浮上する。

 どうにも、『花園』に充てられている金の数字が合わないのだ。前国王は愛し子達の存在意義をよく理解していたので、彼らに使う金は惜しまなかった。その為、かなりの金額が『花園』に充てられていたのにも関わらず、実際の愛し子達は質素、とまではいかないものの贅沢な暮らしはしていない。

 これはおかしい、と思ったアシオレが秘密裏に調査をしてみるものの、どうもエダリオが怪しいといった程度しか分からなかった。確たる証拠もなく、手も足も出ず困ったアシオレは、前国王にその事を報告し、どうにか調べて欲しいと頼み込んだのだ。

 しかし間が悪い事に、丁度その頃他国からの奇襲を受けたファダオンシアでは、そのような話をしている暇は無かった。アシオレ自身も前線に立ったりと忙しく、結局何も対策出来ないまま時が経ち、やっと小競り合いを終わらせ腰を据えて話ができると思ったら、前国王の死だ。

 それからは国王の葬儀やら新国王の戴冠式やら何やらで慌ただしく時が過ぎ、ようやくまともに話ができたのは、今の国王に変わってから少したった頃だった。

 

「前国王が、とっととエダリオを排除しててくれていれば、こんなにややこしい話にならなかったんだ」

 

 忌々しく言ったメルヴィルは膝の上のヴィアを抱え直し、そっと頬を撫でた。

 

「それにヴィアを危ない目に合わせる事も無かったのに……」

 

 不機嫌そうに目を細め、何度も何度も頬を撫でているメルヴィルに困ったように笑うヴィアは、ふと疑問が浮かぶ。

 

「エダリオの企みは、まあなんとか分かったが、それでその後どうなったんだ? 私が会議に呼ばれるようになった事や、ここに居ない筈アシオレが居たことは何か関係があるのか?」

 

 エダリオの事は何となく理解できたが、ここ最近の事がそれに関係していたのかすら、ヴィアには想像もつかない。ただ、南の方へ復旧作業に行っていて、まだ帰ってくる予定のないアシオレがあの場に居たのだから、出張の話は嘘だったのだろうな、程度は推測できたが。

 

 何やら唸って考え始めるヴィアに、苦笑したメルヴィルがポンポンと頭を叩いてくる。

 落ち着け、と言わんばかりの態度にむっとして、目を細めてメルヴィルを睨む。

 

「何だ、大体当事者たる私たち愛し子を置いて、話が進みすぎだろう。今までの話は、これっぽっちも耳にした事がないぞ」

 

 金額が合わないってなんだ、我々はあれほど経費削減に努めていたというのに! と憤るヴィアは、ジロリとメルヴィルの顔を見る。そして何かを思い付いたのか、ふぅん? と呟き、わざとらしく眉を上げ、低い声で言った。

 

「あれか、メルヴィル殿が私を好きだと言うアレも、やはり嘘だったか?」

 

 据わった目で睨んでくるヴィアの言葉に驚いたメルヴィルは、珍しく間抜けにポカンと口を開けた後、その顔を険しいものに変えた。

 

「やはりとは何だ。聞き捨てならないな」

 

 唸るように吐き捨てたメルヴィルに、ヴィアは少し怯みながら、言い返す。

 

「だって、この間もいきなり怒っていただろう?」

 

 ヴィアの言葉を聞いたメルヴィルが、またもやポカンと口を開け、そして次の瞬間頭を抱えて唸る。そして、しばらくうーうーと意味不明な声を出していたが、何を思ったのかガバリとヴィアをきつく抱き締め、ボソボソと呟いた。

 

「……っした」

「ん? なんて?」

「……だから、嫉妬、したんだ。ラサイガ団長に」

 

 ヴィアの肩に顔を埋めて言ったメルヴィルに、顔が真っ赤に染まる。ポカポカと体が熱を持ち、口を魚のようにパクパクさせる。そんな様子に気がついたメルヴィルは、先程から一転、クスクスと笑いながらヴィアの体をしっかりと抱き直し意地悪く笑った。

 

「いい加減、俺に好きだと言ってくれ」

 

 ニヤニヤと笑う男が腹立たしく、手の甲をぎゅっとつねってやる。そんな事をされても、いまだに笑っているメルヴィルは、ぐっとヴィアを抱き締めた。

 

「この頬をみろ。ヴィアの事となると、俺は冷静でいられないんだ」

 

 もう十分わかっただろう? と顔を覗き込んでくる男は、ヴィアを見て嬉しそうに笑う。

 明らかに喜んでいる様子のヴィアが可笑しかったのだろう、笑われているとわかっていても、緩む顔を隠せないヴィアは、ふいっと顔を背けて、あえてつっけんどんに言った。

 

「ああ、ああ、そうだな、私はきっと貴方が好きなんだろうよ。で? さっきの話の続きは?」

 

 そう言って顔を背けてみせても、メルヴィルの目の前には真っ赤に染まる耳が丸見えである。そんな耳をじっと見つめた後、ふっと笑った男は、少し思案するかのように黙り込んだ後、また話を始めた。

 

 



 

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