寄り添い立つ二人
あれから三ヶ月程経ったこの日、ヴィアはルトミナを伴って城の中を歩いていた。国王に呼ばれた為だ。以前と比べれば格段に減った視線に上機嫌になりながら、悠々と歩くヴィアに、ルトミナが声をかけてくる。
「ふふ、鼻唄でも歌い出しそうな勢いですわね」
コロコロと笑うルトミナは、振り返ったヴィアの姿を眺めながら、また笑みを深くした。
「そんなに鱗が減ったのが嬉しいんですの?」
「当たり前だろう。じろじろ見られる事も減ったしな」
そう言うヴィアの体には、首の辺りを残して鱗が消え去り、白いすべらかな肌が見えていた。
「アシオレの執念に感謝、ですわね」
「ああ、全くだ。これからは、愛し子達が犠牲になる事はない」
ふふん、と上機嫌に笑い、先日『花園』に持ち込まれた巨大な装置を思い浮かべる。エダリオに連れ去られた時に見た装置と酷似した、しかしまったく違うその装置は、何十年もかけてアシオレ始め魔術師達が作り出した、愛し子の為のものだった。
ようやく最近完成した、エダリオの装置と違い愛し子の負担を無くしたそれは、それでも効果は同じようなもので、愛し子の体から穢れを吸出して魔石を作るというものだ。愛し子が自分で魔石化しなくていい分、穢れが暴走して死ぬ事も無くなった。そして二週間に一度の頻度で魔石化してしまえば、体に負担も殆どかからない。これがあれば、治癒の力を使うのも格段に手軽になるだろう。
そしてヴィアに限って言えば、装置によって皆が穢れを大量に浄化出来るようになった為、その成果を認めた精霊王により、体の負担を減らす事を許された。砕けて言えば、穢れの浄化が効率化されたし、ちょっとは負担を減らしてあげてもいいよ特別に、という事だ。
軽くなった体にふふふ、と浮かれていると、いつの間にやら王の部屋の前へと辿り着いていた。浮かれすぎていて危うく通りすぎそうになり、慌てて立ち止まったヴィアは、チラリとルトミナを見てみる。案の定、呆れたようにヴィアを見ていたルトミナに居たたまれなくなったヴィアは、大きく咳払いをして、居住まいを正した。
「さ、さて、行こうか」
「ええ、まったく」
片眉を上げたルトミナから顔を反らし、部屋の前で護衛している騎士達が、扉を開けるのを待つ。そして開いた扉が動かなくなるのを待って、ゆっくりと中へと進んだ。
「ああ、来たか……ようこそ」
ソファに腰かけた王が、こちらに顔を向けて声をかけてくる。その傍には、メルヴィルが控えていた。
挨拶を終えたヴィア達は、促されるまま対面するソファに腰を下ろし、国王が口を開くのを待った。
書類に目を落としている国王は、そのままの体勢でチラリとヴィアを見て、ゆっくりと背凭れに体を預けた。
「さて、その後はどうだ? 皆外へ出ているか」
そう質問を投げ掛けてきた国王に苦く笑い、いいえ、と首を振る。
「最初は喜び勇んで外に出た者もいるのですが……やはり襲撃やら誘拐未遂などに合い、今では皆怖がって引き込もっております」
その言葉に眉を潜めた国王は、乱暴に書類をテーブルに投げ、大きく息を吐いた。
「やはり、か。まあその辺りは早急に護衛体制を整えよう。ああ、私は止めるつめるはないぞ? 私は、愛し子が自由に生きる事ができるよう、この試みは続けていくつもりだ」
ヴィアは国王の言葉に深く頷き、ここ最近の騒動を思い返す。アシオレが装置を『花園』に持ち込んだ頃、国王から衝撃の言葉が飛び出した。愛し子達に、自由を与える、というものだ。勿論、本当の自由ではない。ここでいう自由とは、自由に家族と会ったり、外出したりという事だ。
幾つかの誓約は新たにかけられる事になるが、それでもこれまでとは比べようにならない程自由に行動する事ができるようになった。これを聞いた愛し子達は、家族と交流をしたり、外出をしたりとしていたのだが、まあ盛り上がったのは最初の頃だけだった。
外出に出た愛し子達が、尽く他国の者に拐われそうになったり、襲撃されたりした為だ。ちゃんと魔術師の護衛はいたのだが、それでは少し足りなかったようで、愛し子の被害は減ることは無かった。結果、すっかり怯えてしまった愛し子達は、家族と交流を取りはすれども、外に出ることはさっぱり止めてしまった。
まあ理由も理由なので、ヴィアも積極的外に行こうとは到底言えない。今日の外出も、国王に呼ばれたのと元々予定が入っていた為、ラサイガに護衛されての登城だ。
「まあ、そなたの話が聞けてよかった。治癒の件も、次の会議には大方決まるだろう。そうなれば、否応なしに外と関わる事になる」
「ふふ、アシオレから聞きましたよ。まさか私が治癒の力を見つけてくるとは思っていなかったと」
そう笑ったヴィアに、決まり悪そうにした国王は、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。
「まあこの件は正直私も言ってみただけで、何も期待してなかったんだが、まさか治癒の力を、なあ。……だが、これで愛し子の認識も変わっていくだろう。それはそうと、これから予定があるのだろう? 護衛があると言えど、くれぐれも気を付けて行くように」
「ええ、ありがとうございます」
そう言ったヴィアはルトミナと共に腰を上げ、退室しようと扉へ向かう。その後ろ姿に、国王が声をかけた。
「ああそうだ、いずれ愛し子の婚姻も許そうと思っている。今はまだ戸惑いも大きいだろうが、早く自由に馴れる事を祈っているよ」
部屋に響いた台詞に動きを止め、クルリと後ろを振り返る。そして満面の笑みを浮かべた。
「それは良い、どうもルトミナが元婚約者から求婚されているようでしてね。……結婚式が楽しみです」
「ヴィア様!」
ルトミナが悲鳴じみた声で諌めるが、笑ってかわしたヴィアは、軽い足取りで廊下へ出る。そしてルトミナの小言を聞き流しながら、護衛達を引き連れて馬車へと向かった。
「……ところで、先日精霊王と話す機会があってな。ははっ、ヴィアが死んだら嫁に迎えるのもいいかもしぬ、と言っておられた」
どこかからかうような口調で話す国王を嫌そうに見たメルヴィルは、交代の騎士が部屋に入ってきたのを確認し、部屋を出ようと扉に向かう。今ならまだヴィアに追い付けるかもしれない、と考えながら足を早めたメルヴィルは、ふと扉の前で立ち止まる。そしてチラリと後ろを振り返って、ニヤリと笑った。
「渡しませんよ、誰にも。勿論、死んだ後もね」
そう言って廊下へ飛び出したメルヴィルは、駆け足に近い早さで歩きながら、不敵に笑う。今日はこれから、ヴィアと会う予定なのだ。メルヴィルに誘われたからか、それとも外出が楽しみだったのかはしらないが、着飾ったヴィアは今日も美しかった。今からまた会えるかと思うと口元が緩むのが押さえられない。
「何をニヤニヤしとるんだ、気色悪い」
丁度交わった廊下を通るとき、横から聞こえた聞き覚えのある声に、おや、と立ち止まり、体を横に向ける。そこには相変わらず仏頂面をしたラサイガが居た。たまにはにこやかにしたらいいのに、と思わなくもないが、そんなラサイガは想像するだけで鳥肌が立つので諦める。まあ、この人も口と言葉選びが壊滅的に最悪なだけで、根はいい人なのだ。……まったく分かりにくいのが難点だが。
そんな失礼な事を考えながら、ラサイガに向かって肩を竦めて見せる。
「それよりいいんですか? 護衛がこんな所をふらついてて」
少し呆れたように言うと、ふんっと鼻を鳴らしたラサイガは顔を背ける。
「どうせこの後合流するくせに。なら貴様が護衛すればいいではないか。だいたい、貴様の家に呼ぶのだろう? あそこなら城からも近いし、警護体制も万全だろうよ」
「……ずいぶん我々の予定にお詳しいですね。どこに連れていくかは、ヴィアにも言ってなかった筈ですが」
「ふん、貴様の親がそこかしこの社交場で、結婚する気配もなかった息子達が嫁を連れてくるのだとはしゃいでおったわ」
その悪態にニヤリと笑ってみせると、そんな反応が気にくわなかったのか、顔を歪めたラサイガは嫌そうに言った。
「貴様、外堀から埋める気だろう」
「おや、よくお分かりで。といってもルトミナは、何となく気がついてるようですがね。まああれも弟と一緒になるのですから、文句はないでしょうが」
「ふん、気に食わん男め」
メルヴィルを睨めつけたラサイガは、ドスドスと足音を響かせながら、遠ざかっていく。その後ろ姿に向かって声を張る。
「クロシアが、ヴィアと貴方の仲を気にしていましたよ!」
そう言ったメルヴィルに、険しい顔で振り返ったラサイガは低い声で怒鳴った。
「人の嫁を呼び捨てにするな小僧!」
真っ赤になりながらそう捨て台詞を残したラサイガは、今にも噴火しそうな程の怒りようで、周囲の人間は恐れ戦くように道を開ける。
メルヴィルはその怒り方よりも、あのラサイガが頬を染めていたことに驚きを覚え、少しの間唖然と立ち尽くし彼の後ろ姿を見送る。そしてその背が見えなくなった頃、ようやく気を取り直し、歩き始めた。
「あのラサイガ団長が、なぁ」
そう呟きながら、ふと外に目を向けたメルヴィルは、すぐ傍の木に止まる小鳥を見つける。真っ白な小さな鳥は、番の鳥だろうか、同じような小鳥と戯れながら空に飛んで行く。
それを見たたメルヴィルは、また足早に歩き始めた。先に馬車に向かったヴィアは、迎えに来た弟やルトミナと共にきっとそこで待っててくれる筈だ。ルトミナの事は弟に任せ、自分はヴィアの隣を独占しよう、などと企む男は、ヴィアの事を思って不適に笑う。きっとヴィアは美しい花嫁になる。そしてその隣は永遠に自分のものだ、と。
そうなる為にも、色々と手を回さなければならない、と悪い顔をしたメルヴィルは、歩きながらも早速算段を始めた。
そんなこととは露とも知らず、別の場所でルトミナと笑いあっているヴィアがこの男の妻として寄り添うのも……そう遠い先の話では無かった。




