生け贄の矜持
体に走る痺れに目を覚ましたヴィアは、真っ暗な部屋に目を凝らし、眉を寄せる。
「……ここは」
いかに暗いと言えども、自分の部屋では無いことは確かなその部屋は、『楽園』のどの部屋とも違う気がした。
ごちゃごちゃと置かれたよく分からない装置に、窓一つ無い部屋には、家具らしきものはヴィアが横たわる簡素なベット位しか見当たらない。
いまいちよく分からない自分の状況に、眉を潜めて体を起こしたヴィアは、ふと自分の手を見て息を飲んだ。
「鱗が……ない」
普段はあれほど懇願しても、なかなか無くなる事のない鱗が、綺麗さっぱり見当たらない。慌てて服の中を覗いてみると、そこには精霊王すら存在しなかった。
なんの気まぐれだ? と首を傾げたヴィアは、次の瞬間突如襲ってきた激痛に、ベットの中に踞る。
「がっ、ぐうっ」
ズキズキと身体中に痛みが走り、唸ることしか出来ない。シーツに爪を立てながら激痛に耐えていると、扉が開く音がして、部屋が一気に明るくなった。
「あっ! ヴィア様! 起きてらしたんですね!」
パタパタと軽やかに駆け寄ってきたのは、にこやかに笑うアウレだった。
ベットのそばで止まったアウレは、唸るヴィアの異変に気がついたのか、あれ? と声をだし、ヴィアの顔を見る。
「まだ体痛みますか? おっかしいなぁ」
そう言ってガサゴソとよく分からない巨大な装置をいじりだしたアウレに、眉を寄せたヴィアは唸りながらも声を掛けようと体を起こす。その時、先ほどアウレが入ってきた扉から、長い髭を蓄えた、年老いた男が歩いて来るのが見えた。
「あっ、お師匠様っ!」
嬉しそうにその老人に駆け寄っていったアウレは、ベットに踞るヴィアを振り返って嬉しそうに手を叩いた。
「ヴィア様、ヴィア様! この方が、魔術方程式研究班の班長で、私の師匠のエダリオ様です!」
ニコニコと紹介するのは良いが、体の痛みが激しく、ろくに顔を見ることすら出来ない。唸りながら顔を伏せたままのヴィアを不思議そうな顔で見たアウレは、あっ、と大袈裟に声を上げて、エダリオに訴える。
「お師匠様、ヴィア様はまだ体が痛むらしいんです。もしかしたらまだ穢れが残ってるのかも……」
アウレが困ったようにヴィアを見て、エダリオを伺う。穏やかな顔でヴィアを見ていたエダリオは、モゴモゴと口髭の中で笑い声をあげながら、ヴィアの側まで近寄ってきた。
「ふぉっふぉ、うーむ。まだちぃとばかし穢れが残っているようじゃな。やはり混ぜ物をしたのが悪かったかのぅ」
「そうですねぇ。途中までは良かったんですが、暴走も予想より大きかったですし……折角お師匠様が作った穢れですが、今回も失敗ですかねぇ」
二人の会話を聞いていたヴィアは、思わず耳を疑った。人工的に作った? 混ぜ物? いったいそれは何の話だ。踞りながらも顔を持ち上げ、戸惑いの目を向けるヴィアに、エダリオは満面の笑みを浮かべる。
「なに、これからはヴィア様が居てくださるのでな。穢れを人工的に作り出すのは、焦らんでも良いだろうて。ヴィア様が居る限り、魔石には困らんのでのぅ」
「ど、ういう……事だっ」
痛みと戦いながら、切れ切れな言葉で問いかけるヴィアは、鋭い眼差しでエダリオとアウレを睨み付ける。そんなヴィアを見て肩を竦めて見せたアウレは、眉を下げて困り顔で首を傾げた。
「うーん、どういう事、と言われましても」
ねぇ、とエダリオと意味深に笑い合うアウレは、まるで別人のように思えて背筋が粟立つ。
「取り合えず、その濁った穢れを取り除かないと精霊様方が寄り付かなさそうなので、ちゃちゃっと除去しちゃいますね!」
ヴィアの問いかけには答えず、ひどく楽しそうに装置へと駆け寄り、何やらぶつぶつと呟きながら操作を始めたアウレに嫌な予感がして、何とか体を起こそうと力を入れる。しかし、なんとか持ち上げた背中をぐっと押さえつけられ、呻きながら横を見た。
「ヴィア様、体を楽にしてくだされ。なぁに、少しばかり痛みますが、一瞬です」
そう微笑むエダリオに脳が危険を伝えてくる。逃げなければ、と悟った瞬間、体に全身斬りつけられるような痛みが走り、思わずベットに突っ伏した。
「あぁっ、ぐっ、うぅぅっ」
目を見開き唸るヴィアは、手を叩いて嬉しそうに喜ぶアウレの姿を見る余裕もない。苦しむヴィアを見ながら、成功しましたっ! と跳び跳ねるアウレは、まるで無邪気な子供のようだった。
「ほほう、綺麗になくなったのぅ。魔石はどうしゃ?」
「はいっ!……やっぱりちょっと濁ってますね。でも、不純物が無くなったので、次からは大丈夫だと思います! バンバン魔石の量産ができますよっ!」
重たい頭で二人の会話を聞いていたヴィアは、漸く一つだけ理解した。アウレが、エダリオが、ヴィアの敵だと言うことを。
ズキズキと痛む体に鞭打って、上体をなんとか起こしたヴィアは、ベットに手を付きながら二人を睨む。そしてひりつく喉を震わせて、低く唸った。
「これは国王の意思か? それとも貴様らの暴走か?」
その言葉にキョトンとしたアウレは、次の瞬間にはケラケラと笑い、やだなぁ、と呟いた。
「国王様の意思なんて知りませんよぅ! それに暴走なんて、何言ってるんですかぁ! あはははっ」
酷く可笑しな事を聞いた、と言わんばかりのアウレの態度に、顔が険しく強張るのが分かった。段々と怒りを露にするヴィアの隣でやれやれと首を振ったエダリオが、アウレを嗜めながら進み出た。
「これこれ、ヴィア様にはこれからずっと協力してもらわねばならんのじゃ、ちゃんと説明しておかねばのぅ」
「ずっと?」
なんの話だ、と眉をひそめるヴィアを見て、エダリオが嬉しそうに微笑んだ。
「そうですじゃ、一生ですじゃ」
「ヴィア様、ヴィア様に話した事があったでしょう? 我々魔術方程式研究班は、愛し子の体内に貯まった穢れを吸い取る装置の研究をしてるって」
これがそれなんですよ、と良いながら装置に手をのせるアウレは、誇らしそうに胸を張る。
「ふふ、これがあれば、ヴィア様の体を介して、いっくらでも魔石を作れるんですっ! 何て素晴らしいんでしょう! これで我々魔術師の地位は、より崇高なものになるんですっ」
キラキラと目を輝かせて、うっとりと歌うように言うアウレは、どこか異質で恐ろしい。強張った顔でそんな姿を見ていたヴィアは、震える唇を開いた。
「私の体を介して? それは魔術師の地位を上げる為に? 我々の負担を減らす為では無かったのか?」
「おお、おお、勿論です。我らは愛し子様方の為を思って、この装置を開発したのですじゃ。……それをあの分からず屋のアシオレめが、禁止にしおった!」
最後は叫ぶように怒りを顕にしたエダリオも、目が血走っていて、とても正常とは思えない。
「我々は選ばれた存在なのに! 魔石さえもっとあれば、国の一つや二つ、滅ぼす事とて容易い! それを何故躊躇する!? 我々は世の支配者たるのに相応しいのだ!」
「本当ですよねぇ、アシオレ様のせいで、どれ程この計画が遅れたか。ねぇヴィア様、実はこの装置、もう何十年も前に、お師匠様が完成させていたんですよ。アシオレ様ってば、ひどいですよねぇ。もっと早くこれを実用化していれば、何人も愛し子を無駄にしなくて済んだのに」
詰まらなそうな顔で愚痴るアウレは、ヴィアに向かってコテン、と首を傾げる。
「無駄、とは何だっ。そんな、そんな言い方をするなっ!」
まるで物のように扱われた事が、酷くヴィアの気に触る。平気な顔でそう言ったアウレの事が信じられず、思わず怒声を上げた。
「うわっ、もぉーそんなに怒らないで下さいよ。こっわいなぁ」
一瞬体を引いたアウレだったが、すぐに気を取り直し、不服そうに口を尖らせる。その行動までもが苛立ちの原因となって、ヴィアは手に力を籠めた。
「貴様らがそんな考えだから、アシオレも計画を中止させたのだろうがっ」
噛み締めた歯の間から声を絞り出したヴィアに、エダリオが白けた顔を向ける。
「ふむ、アシオレのぅ。なぁに、あやつはこの装置が愛し子の体に負担をかけすぎると言って、聞かんかったのよ。まったく詰まらん事ばかりにこだわりおって……」
「そうそう! 挙げ句に我々の研究室の資金まで減らしてくれちゃって! お金を工面するの、大変だったんですからぁ」
ヴィアはあまりの怒りに、頭に血が上るのを感じた。先ほどから聞いていれば何だ、こいつらは結局、自分達の良いように愛し子を使いたいだけではないのか? そこに愛し子を労る気持ちなど、欠片も見当たりはしない。
「その点、ヴィア様があの変な箱を使って色々賄って頂けて本当大助かりでした! おかげで国から『花園』に当てられているお金、だいぶ活用できましたから!」
悪びれもせずにそう言ったアウレが心底信じられなくて、唖然としたまま何も考える事が出来ない。そんな様子に気がついたアウレは、何を勘違いしたのか、気遣いの言葉をかけてくる。
「あれ、まだ体しんどいんですか? やっぱり負担大きいのかなぁ、愛し子を使って実験はした事ないから、あんまり詳しく分からないんですよね」
「ふん、まあ問題ないじゃろう。いづれ精霊達もその身に戻ろう。それにしても、一人だけだとちと不便じゃのう。アウレ、もう何人か連れて来れなかったのか」
「んー、ちょっと難しいですよぉ。ヴィア様も怪しまれずに連れてくるの、大変だったんですから! でも、これならもうちょっと激しく暴走させた方が良かったですかねぇ」
今までアウレの事をそれなりに信用してきたヴィアだが、それは大きな過ちだったと、今さらはっきりと理解した。ぐるぐると唸り、怒気を顕に二人を睨み付けるヴィアは、体が自由に動けさえすれば、恐らく二人に飛びかかっていただろう。
「き、さまら! あの風はっ! 貴様らのせいかっ!」
怒りの余り体が震え、握りしめた拳からは血が滴り落ちる。フーッフーッと獣じみた呼吸をくり返し、体に満ちる沸騰したような怒りを、なんとか抑えつけた。
いまにも噛みついて来そうなヴィアを揃った動きで見つめた二人は、お互いの顔を見合わせて肩を竦めた。
「んー、まあ、そうですけど。でも今回はですね、前回の失敗を活かして人は使わなかったんですよ? ちょっとはその点を誉めてほしいなぁ」
「前回? なんのことだ! 貴様ら他にもなにかしたのかっ!?」
「ええ、まあ。ほら、以前新参者の訓練で、暴走があったでしょう? あれね、私が幻覚見せたんです。ふふ、元婚約者のね。あの子、よっぽど婚約者の事が好きだったみたいですねぇ。後はヴィア様に噂の事を教えて、動揺させたりとか? いやぁ、やっぱり恋愛事って、感情的になりやすいんですかねぇ」
二人とも青いなぁ、と笑うアウレに、エダリオもニヤリと口を歪める。
「後はその娘に、少しばかり人工の穢れを投与しましたなぁ。残念な事に、それは余り上手く行ったとは言えんが……まあいいでしょう。前回は騎士が乱入してきた為にあなたを連れてくることはできませんでしたが、今回は計画通り手に入れる事ができましたしな」
「ですね! さあっ、ヴィア様! これからビシバシッ役に立ってくださいね! ああ、難しい事じゃ無いです、ヴィア様はそこに居るだけで良いですから。後はこの装置が勝手にやってくれます」
アウレそう言って装置の側に移動し、また何か呟き始めた。それをただ何も出来ずに見ていたヴィアは、自分の体が徐々に痺れてきたのを感じた。
「何だ、何をしている」
ピリピリと皮膚に走る痺れは徐々に強さを増し、視界も霞始める。それでもベットの上でアウレの姿を見つめ続けるヴィアの横に、エダリオが立った。
「あれは、自動で穢れを魔石化できる装置なのです。じゃが、残念な事に、直接穢れを集める事は出来なくてのぅ。愛し子の体を一時的に仲介せねば、精霊達から穢れを移せれんのです。だからこそ、ヴィア様を連れてきたのです」
「そうそう! わざわざ部屋をむちゃくちゃにしてね! あれは、治癒の訓練の失敗で穢れが暴走したってことになってるんです。あ、安心してください。私の幻影で、『花園』には意識不明で眠り続けるヴィア様を作ってますから。魔石にも事欠かないし、ずぅぅっと幻影を維持できます。だから安心してくださいね!」
ここに来て、この二人の計画が漸く理解できた。
恐らくヴィアの巨大な器を使って魔石を大量に作り出し、自分達の良いように使うのだろう。
もっと早くにアウレの本性に気づいていれば、と後悔するが、特にさとい訳でも、人の心を見透かす特殊能力が有るわけでもないヴィアでは、言っても仕方のない事だろう。
それでも、もう少し自分が疑り深く慎重であれば、と思わずにはいれない。
悔しさの余り涙が浮かんで、ぐっと唇を噛む。しかしヴィアは、この二人の言いなりになるつもりはなかった。
愛し子の事を都合の良い道具と思っても良いのは、精霊だけだ。こんな欲に溺れた、醜い人間の為になんか、生きてやらない。
ぐっと目を瞑ったヴィアの脳裏に、ルトミナの微笑みやアシオレ、ラサイガの仏頂面が浮かび、ぐっと腹に力を籠める。そしてゆっくりと目を閉じた時、メルヴィルの優しい微笑みが浮かんできて、自然に心が落ち着いた。
――彼は、私がいなくなったと知ったら、心配してくれるだろうか
きっと、してくれるだろう、彼は優しい人だから。そう考え少し微笑んだヴィアは目を開け、前に立つエダリオとアウレを睨み付けた。
「私は貴様らの生け贄ではない、この国の為の生け贄だ。私の体は、この国の土台となる為だけにある。それ以外に使われる事は、この私が許さない」
この二人から逃げる事が出来なければ、ヴィアはもう、自死も厭わぬ覚悟だった。




