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鱗の裏側  作者: 銀タ
18/22

誰のための


 

 



「……で?」

「……で、とは?」

 

 何がそんなにメルヴィルを怒らせているのか、その理由がさっぱり検討もつかないヴィアは、チラチラとメルヴィルを窺う。

 それに目を細め、メルヴィルは唸るように言った。

 

「最近ラサイガ団長と仲が良いみたいだな? 執務室にしょっちゅう出入りしてるとか?」

「は? ああ、仲良くというか、まあ良くはしてもらっている」

 

 戸惑いながら頷くと、何故か顔を強張らせたメルヴィルが詰るように言った。

 

「ラサイガ団長には婚約者がいるんだぞ? そんな人と仲良くして良いと思ってるのか? 婚約者が傷付くとは考えなかったのか」

「そ、れは、そうだったのか、知らなかった。その、以降気を付けよう」

 

 ラサイガにそんな人が居たとは驚きだが、それよりもメルヴィルに責めるように言われた事がなんだか腑に落ちない。

 まさかあのラサイガに婚約者が居るとは思っていなかったし、本人から教えられても居なかった。それなのにメルヴィルから責められるという状況に、何だか釈然としない気持ちになる。しかし、メルヴィルの言う通り婚約者が居る相手と親しくするのは、あまり誉められた物では無いと言う事は理解出来る。

 その事に関しては素直に反省したヴィアは、躊躇いもなくメルヴィルに頭を下げて見せた。別にメルヴィルに頭を下げる必要は無かったかも知れないが、彼は見るからに憤っていて、もしかしたら身内にその婚約者がいるのかもしれない、と思ったからだ。

 

「それならば、貴方と二人で居るのも良くないな。ああ、すまないが、ラサイガ殿の所まで連れていってもらえないか? その、親しくする訳ではないが、彼は私の護衛を任されているんだ。それは、」

 

 仕方が無い事だろう? と続く筈だった言葉は、メルヴィルが壁を殴り付けた事によって、声に出すことはできなかった。

 

「何故俺の話が出る? 俺に婚約者が居ないことは伝えてあった筈だ! 何でいつも、いつまでたっても俺を信じない!」

 

 目をギラギラさせながら詰め寄ったメルヴィルは、もう一度強く壁を殴り付け、勢い良く背を向けた。

 その様子を戦々恐々と見ているしか出来なかったヴィアは、背けられた背中に声を掛けようとして口を開くが、何も言葉が見つからず、力を抜いて俯く。

 ヴィアが何も言わないことを察したのか、ぐっと拳を握りしめたメルヴィルは、吐き捨てるように言った。

 

「ラサイガ団長の婚約者は、クロシアだぞ」 

 

 どういうつもりでそう言ったのかは分からない。しかし、その言葉に体を強張らせたヴィアは、離れていく後ろ姿を引き留める事もできず、メルヴィルの背中が見えなくなった後でそっと息を吐いた。

 

「クロシア殿が悲しむから、怒っていたのか?」

 

 吐息と共に囁くような声で呟いた言葉は、誰に聞かれる事もなく、風にとけていった。


 

 

 

「そういえば最近、あの方を見掛けませんわね」

 

 そう言いながら隣を歩くルトミナに、はははと乾いた笑い声を響かせ、眉を下げる。

 あの日から数日が過ぎたが、あれからメルヴィルの姿を見かけることはない。元々ラサイガに護衛を交代してからは会う機会も無かったので、故意に接触が絶たれているのかは分からない。だがヴィアは、分からないままでいい、と考えていた。

 きっと深く考えれば考える程、悲しくなるから、と。

 そう思ったヴィアは、メルヴィルの事はルトミナにも何も告げて居なかった。

 

 曖昧に微笑むヴィアの様子を、横目で見ていたルトミナは、何故だか酷く怒ったような顔をして、ヴィアの袖を掴んだ。

 

「もう! 何か悩みがおありなら、教えて下さればいいのにっ」

 

 そう言って、ジロリと睨み付けてくるルトミナを困った顔で見つめ、ヴィアは首を傾げた。

 

「悩み、か。そうだなぁ、アシオレがいつ帰ってくるのか、ビクビクしている、とか?」


 本当は何が聞きたいのかは分かっていたが、会えて話をそらす。するとルトミナは、あからさまに不服そうな顔をするが、やがて諦めたのか、ため息をついてヴィアの話にのってきた。

 

「確か、作業が遅れていて帰ってくるのは先になるのでしたか?」

「ああ。鬼の居ぬ間に、羽を伸ばしておかねばなぁ」

「まぁ、そんな事を言ってると、アシオレがすっ飛んで来ますわよ」

「それは困るなぁ」

 

 そんな他愛もない話をしながら、ヴィアはゆっくりと外を眺める。今日も『花園』は、いつもと変わらない穏やかな空気が流れている。新参者達の訓練も順調のようだし、新たな治癒の力の実験も順調。今日もこれから、これまでの事情を話した何人かに治癒の力の訓練をする所だ。何も不安も不満も無い順調な日々に、心は酷く穏やかな筈だ、それなのに。

 

「……メルヴィル殿は、何を考えているのかな」

 

 あの青い騎士服を纏った男を思いだし、ざわざわと心がざわめく。どこか遠くを見つめるヴィアを心配そうに見つめたルトミナは、小さく溜め息をついて、どうでしょう、とだけ答えた。

 

「……もう皆、集合したかな? 誰を呼んだんだったか」

「古参の者を数名、口も固く、優秀な者ばかりですわ」

「そうか。まあ、皆すぐに治癒の力を使いこなしてくれるだろう」

 

 前を見続けながらそう言ったヴィアに、ルトミナがか細い声をあげる。

 

「あれがヴィア様を見つめる目は、ちゃんと思いがあったと思いますわ」

「そう、かな」

 

 ルトミナを見ないまま、小さく答えたヴィアは、ゆらゆらと揺れるように歩く。少し歩みを止めたルトミナは、その背中をじっと見つめ、ぎゅっと唇を噛んだ。

 

 ルトミナが遅れてる事にも気づかず、そのまま一人歩き続けていたヴィアは、ざわざわと波打つ心を持て余していた。メルヴィルの事を考えないようにと努力しているのに、いつの間にか頭の中は彼の事で一杯で、それをまた理解した途端に思考が鈍くなる。

 途切れる事の無い悪循環に少しばかりうんざりしていたヴィアは、ざわめくのが心だけではないと気付き、一層顔をしかめた。

 

「……なんです、精霊王。珍しい」

 

 普段滅多にその存在を意識させない精霊王が、珍しく鱗を震わせ、意思を主張している。その様子を訝しく思ったヴィアは、歩みを止めて、近くの空き部屋へと飛び込んだ。

 

「それで、どうしたというのです」

 

 無人の部屋で、ヴィアの声が響く。それと同時に、巨大な蛇が姿を表し、部屋を埋め尽くした。

 

「近頃どうも嫌な気配がする。気を付けるといい」

 

 掠れた吐息のような声に眉をしかめ、目の前の蛇の眼を睨み付ける。

 

「どういう事です? 何か危険が?」

「さて、どうかな。ああ心配しなくても、そなたが死ぬのは喜ばしいことだ。我らの同胞になるのが早まるだけだからな」

「死んだら精霊にするとかいう、いつも言ってるあれですか」

 

 どことなく噛み合わない会話に目を細めるヴィアに、蛇の姿をした精霊王は、人間のように笑った。

 

「その通り。我はそなたが精霊になる日を待ちわびているのだ、愛しい子よ」

「……私は精霊なんぞにはなりませんよ」

「さてさて、なあ」

 

 言いたいことだけ言って、ふっと姿を消した精霊王に特大の溜め息をつく。そしてその時になってようやく、ルトミナの姿が無いことに気がついたヴィアは、慌てて部屋から飛び出し、辺りを見渡す。

 しかし、右を見ても左を見ても、長い廊下にはルトミナの影すらない。もしや先に行ってしまったか、と肩を落としていると、コンコンと窓を叩く音が聞こえ、視線を向ける。そこにいたのは、外から顔を覗かせているアウレだった。

 

「何をしてるんだ、そんな所で」

 

 一階とはいえ、少し高い位置に作られた窓に必死で背伸びをしているアウレに、窓を開けながら尋ねる。

 その質問には答えずに、照れたように笑ったアウレは、身軽に窓をよじ登り、ぴょんっと廊下へ着地した。

 

「お久しぶりです、ヴィア様! 少しこちらで立て込んでおりまして、中々こちらに伺えず、申し訳ありません!」

「いや、それは別に構わないが」

 

 元気に下げられた頭を見ながら、困り顔で笑うヴィアに、姿勢を直したアウレは、目をキラキラさせながらにじりよってきた。

 

「それでそれでっ! 噂に聞いたのですが、新たな力が使えるようになったとか!? それを今日訓練するとか!?」

「ああ……よく知ってるな」

 

 半分あきれたように言うと、アウレは少し誇らしそうに笑う。そしてどこか期待を滲ませた目を向けて、コテンと首を傾げた。

 

「私もご一緒していいですか?」

 

 その言葉に、やっぱりな、と苦笑し、やれやれと首を振る。

 

「仕方ないな。アシオレもまだ帰ってこないようだし、自由にできるのもいまだけだからな。特別だぞ?」

 

 悪戯っぽく笑ったヴィアは、そのまま晴天の間へと歩き始める。その後ろを踊り出しそうな雰囲気でついていくアウレは、上機嫌に話を始めた。

 

「そういえば、魔術塔の違う研究班の話なんですが、最近簡易移転装置の実験を成功させたらしいですよ」

「ほお、それは良かったじゃないか。と言っても、私にはそれが何なのかもよくわからんがな」

「あ、そうですよね! 移転装置なんて、普通目にしませんからね! でも、今後はもう少し身近になるかもしれませんよ?何でも、使用する魔石を十分の一以下に削減できたらしいので!」


 手を叩いてはしゃぐアウレの姿は無邪気で、見ている方もつい笑みが浮かんでしまう。

 何となくヴィアも上機嫌になりながら、アウレの話に耳を傾けた。

 

「移転装置が沢山使えるようになったら、人や荷物の移動も格段に早くなりますよ! 移転装置は国内の要所に設置されるんですって! あぁ、色んな所に、簡単に旅行に行けるようになるかもですよっ!」

「それは楽しそうだな。早く実現すればいいが」

  

 まあ私達には縁のない話だが、と胸の中だけで呟き、チラリと横目でアウレを見る。

 これまではそんな事を思ったのは数える程しかなかったが、何故か今無償に、自由が羨ましいと思った。

 

「あ、あそこですね!」

 

 一際嬉しそうな声をあげ、晴天の間の扉へと駆けていったアウレの後を追う。

 大きな扉を開けると、そこにはルトミナを初めとした、古参の者達が揃っていた。

 

「ヴィア様、どこに行かれてましたの?」

 

 不服そうに言うルトミナに軽く謝罪し、改めてそこにいる面子を見渡した。

 

「ああ、この顔ぶれなら安心だ。皆ルトミナから話は聞いていると思うが、今後、我々は治癒の力を使い、外の者と関わることになるかもしれない。各々思うことはあるだろうが、どうか協力してくれ」

 

 ヴィアの言葉に皆が頷いたのを確認し、ほっと息を吐く。

 

「生憎と怪我人は連れてこれなかったが、治癒の力には疲労回復の効果もある。今日は二人一組になって、各々治癒の力を使う練習をしようと思う。まあ、練習といっても、魔石化に慣れたお前たちには朝飯前だろうが……さあ、ペアを組んでくれ!」

 

 その言葉に各々が動き出したのを確認し、ヴィアもルトミナとペアを組む。といっても、ヴィアはもう散々治癒の力を使ってきたので、練習するのはルトミナだけだ。そのルトミナにしても、特に緊張する様子もなく、落ち着いている。

 それを見て、大丈夫そうだな、と安心したヴィアは、ゆっくりとルトミナの前に立った。

 

「それでは、いきますわよ?」

「ああ」

 

 静かに目を閉じ、意識を集中させ始めたルトミナを眺めながら感覚を研ぎ澄ませる。

 暖かい光に包まれた自分の体を見て、珍しく治癒される側になったヴィアは、なんだか感慨深い気持ちになっていた。

 

「心地いいな」

 

 思わずそんな本音を洩らした時だった。

 

――バリンッ

 

「きゃぁぁっ」

 

 晴天の間の窓が一斉に割れ、暴風が吹き荒れる。ゴウゴウと唸る風は部屋のなかをぐるぐる回り、目を開け続けることも難しい。いつの間にか風の中に黒い霧が混じり、視界を悪くし始めた事に気がついたヴィアは、小さく舌打ちした。

 

「何だっ、暴走か!? くそ、アウレっ、魔術で何とか出来ないかっ!?」

 

 何処にいるかもわからないアウレに、ありったけの力を振り絞って叫ぶ。しかし、その言葉に返事が返ることはなかった。

 

「くっ、ルトミナッ無事か!?」

 

 倒れそうになる体を床に伏せ、打ち付けてくる風に目を細める。混じり始めた黒い霧はいつの間にか広がり、視界は一気に塗りつぶされた。しかも、その黒い霧は体にまとわりつき、染み込むような気配がする。ゾワゾワとおぞけだったヴィアが、手で振り払おうと試みるが、霧はふわふわと揺れるだけでまったく効果がない。

 

「くそ、この霧は何だっ、穢れかっ」

「ヴィア様!」

 

 意識を集中させて、その正体を見破ろうと試みるヴィアの後ろから、アウレ声が聞こえた。

 

「ヴィア様! ああ、よかったぁ、見つかって!」

 

 どうやったのか、あの黒い視界の中を進んできたらしいアウレに、ヴィアもほっと息を吐く。そしてゴウゴウと唸る風に負けないよう、声を張った。

 

「アウレッ、これをなんとか出来ないか!?」

 

 そう叫んだヴィアの耳に、ひどく鮮明にアウレの言葉が響く。

 

「無理ですよぅ、あ、でもちょっと待ってくださいね!」

 

 そう言ったアウレが、ヴィアの腕を掴む。その瞬間、吹き付けていた風が収まり、目をしばたたいた。

 

「ね、ちょっとだけですが、マシでしょ?」

「ああ、ありがと……う?」

 

 礼を言おうと振り返ったヴィアは、目の前に突きつけられた手のひらを見て、言葉を途切れされた。

 にっこりと笑うアウレの姿が、だんだんと白くぼやけてくる。自分の意識が遠退くのを感じ、咄嗟に伸ばした手を、アウレが握りしめたのがわかった。

 

「ふふっ、ヴィア様、お疲れでしょう? ゆっくり休んでください。ここは大丈夫です、安心してくださいね」

 

 子供に言い聞かせるように、優しく語りかけてくる声が頭に響く。その声を最後に、ヴィアはゆっくりと意識を飛ばした。

 

 

 

 


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