魔陸上空の暗雲と、勇者の窮地
人間の大陸、そして亜人の大陸のすべてを裏からハッキングし、天空の絶対玉座を手に入れた俺――女装美少女「ルシア」ことルクスは、いまや世界の天辺からチェス盤を見下ろしていた。
【神話級空中要塞・アルカディア】は、人間の目を完全に欺くステルス結界を纏い、未開の暗黒地帯――世界征服の最終章となる【魔族の大陸】の上空へと到達していた。
「――ルシア様、見てくださいな。地上のあの禍々しい闇の数々……。お肌だけでなく、魂まで汚れてしまいそうですわ」
バルコニーから眼下を見下ろすフランチェスカが、嫌悪感を露わにしながらも、俺への熱い信仰で瞳をドロドロに潤わせている。
メインモニターが捉えている地上は、赤黒い大地と煮えたぎる毒の沼、そして不気味な魔導障壁に覆われた魔王軍の本拠地だった。
「ふん、地上に展開されてる魔王軍の防衛ネットワークだけどね、ルシア。私のハッキング技術とあんたのデタラメな魔力の前には、ただのザルよ。いつでも要塞の主砲で、魔王城ごと消し炭にしてあげられるわ!」
俺の膝の上で、ティノがレンチを誇らしげに掲げて生意気に笑う。
「ありがとう、ティノちゃん。本当に頼りになるお嫁さん(技術長官)ですわ」
俺がルシアの可憐な声で微笑み、彼女の細い腰を抱き寄せると、ティノは「ひゃぅっ……!」と顔を真っ赤にして身悶えした。
(ククク……完璧だ。地上の防衛網はいつでも無力化できる。あとは表のピエロ(アレン)が、どれだけ魔王軍の戦力を削ってくれているかだな)
俺が本来の14歳の男の声に戻り、冷酷に戦況を分析しようとしたその時、影の中からレルエが静かに姿を現した。
「ルクス様……最前線のアレンに動きがありました。……いえ、非常にまずい状況です」
「まずい? あの脳筋勇者が、魔王軍に遅れでも取ったか?」
「はい。アレンは教会の偽の神託(※ルクスが裏から出した命令)を信じ込み、魔王軍の本陣へ単身で突撃しましたが……残る七大罪の幹部三名、すなわち【傲慢】【嫉妬】【怠惰】の三位一体による、卑劣な罠(ハメ技)に嵌まりました。現在、魔力供給を完全に絶たれ、絶望的な包囲網のなかで血反吐を吐いて倒れております」
画面に映し出されたのは、無数の巨大な闇の杭に身体を貫かれ、光を失った聖剣を握りしめながら膝を突くアレンの姿だった。周囲を包囲するのは、数万の最上級魔族と、下卑た笑みを浮かべる三人の魔王軍幹部。
「あはははは! 本当に無様ね、アレン! ルクス様の引き立て役の分際で、勝手に負けそうになってるなんて。……いっそ、このまま魔族どもに八つ裂きにされて死ねばいいのですわ♥」
背後から俺の首に極上の柔らかさで抱きついてきた聖女セレティナが、狂気的なヤンデレ笑顔でクスクスと笑う。
だが、俺は不敵に口元を歪めた。
「いや……アレンにはまだ、表の『人類の英雄』として、俺の引き立て役を全うしてもらわなくては困る。それに、七大罪の残りの幹部どもが綺麗に一箇所に集まっているなら――」
俺は立ち上がり、ドレスの裾を翻して中央の操縦席へと向かった。一瞬で「ルシア」の完璧なる美少女の姿へと意識を切り替える。
「――お前たち、出撃(お助けイベント)の準備をなさい。勇者アレンが絶望の淵で神に祈るその瞬間、天空から奇跡の美少女ルシアお姉様が、圧倒的な軍勢を率いて救い出す。……これ以上ない、完璧な『ハッキング(神格化)』の舞台じゃないかしら?」
俺が左目の【神威・支配の魔眼】を怪しく明滅させながら微笑むと、配下のヒロインたちの目が一斉にギラリと狂信の輝きを帯びた。
「ルシア様のご命令とあれば、地上の魔族どもを、我がアクアリアの氷結魔法で一匹残らず消滅させて差し上げます!」
エレノアが杖を握りしめ、殺気をみなぎらせる。
「アレン様を助けるついでに、あの魔族の幹部たちの首、ルシア様のコレクションに加えて差し上げましょう!」
アリアが大剣を引き抜き、獰猛に笑う。
(待っていろよ、アレン。お前の命も、その絶望も、そしてお前を追い詰めた魔王軍の幹部どもも、すべて裏から丸ごと、この俺がハッキングして奪い取ってやる)
「ティノ、アルカディアのステルスを解除。アレンの真上へ急降下しなさい!」
「了解よ、マイ・マスター! 地上のバカどもに、天空の絶対王の威光を拝ませてあげるわ!」
要塞の全エネルギーが駆動し、魔族の大陸を覆う暗雲を、巨大な黒鉄の城が物理的に引き裂きながら下降を始める。
世界統一のチェックメイトへ向けて、美少女の皮を被った怪物の、最後の爪が地上へと振り下ろされようとしていた。




