『強欲』の軍勢と、最凶の魔眼
「――嘘、でしょう……? あそこまで黒く染まった空なんて、見たことがありませんわ……」
アヴァロン学園の時計塔のバルコニー。フランチェスカが震える指で差した先――学園を囲む防壁の向こうの空は、昼間だというのにドロドロとした紫黒色の暗雲に覆い尽くされていた。
地響きが鳴り響く。
魔族の大軍勢が、学園を完全に包囲していた。
「全生徒、直ちにシェルターへ避難しなさい! 結界が破られるのも時間の問題よ!」
教官たちの悲鳴混じりの怒号が響く中、俺――女装美少女「ルシア」は、抱えたスライムを撫でながら冷ややかにその光景を見下ろしていた。
(勇者アレンの言っていた通り、本当に来やがったな。七大罪が一角、魔王軍幹部【強欲の盟主】マモン……。この学園にいる全属性のバケモノ(俺)を、自分のコレクションに加えるために、わざわざ本陣を動かして直々に総力戦を仕掛けてくるとは、とんだ強欲野郎だ)
だが、俺にとってはこれ以上ない絶好の機会だった。
第1部のクライマックスで、学園を襲撃した魔王軍の幹部を「勇者アレン」ではなく、この俺が裏で完全にハッキングし、その軍勢ごと丸呑みにする。それができれば、俺の「裏の帝国」の軍事力は一気に跳ね上がる。
「ルシア様、危険ですわ! 早く地下へ!」
エレノアが青ざめた顔で俺の腕を引こうとする。だが、俺は優しくその手を解き、全校生徒に聞こえるような、凛とした美少女の声で告げた。
「いいえ、エレノア様。みなさんが怯えているのに、私だけ逃げるわけにはまいりません。……私が、あの魔族どもを払って見せますわ」
「な……ッ!?」
周囲の生徒たちが息を呑む。命がけでみんなを守ろうとする、儚くも美しい「ルシアお姉様」の姿。その聖女以上の自己犠牲の精神に、女子生徒たちの目から涙が溢れ、学園全体の【信仰心】が爆発的に跳ね上がった。
(よし、表の好感度稼ぎは完璧だ。あとは裏の仕事を片付けるか)
俺はヒロインたちに精神リンクで、冷酷な男の声を飛ばす。
『――総員、狂宴の時間だ。フランチェスカ、エレノア、アリアは表で防衛に回り、教官たちの目を引きつけろ。セレティナとレルエは、俺と共に敵の本陣(マモンの首)を獲る』
『『『御意のままに、我が主(ルクス様)』』』
緊迫した状況の中、洗脳された彼女たちの脳内にだけ、極上の悦びが駆け巡る。
学園の防衛結界が悲鳴を上げて引き裂かれた瞬間、俺はセレティナ、レルエと共に、影に潜んで一瞬で敵の最奥――空中を浮遊するマモンの巨大な魔導戦艦の甲板へと転移した。
「ハハハハ! どこだ!? 計測限界突破の魔力を持つという、極上の美少女は! ワシのコレクション、ワシの宝物にしてくれるわぁ!」
甲板の中央で、金銀財宝で飾られた悪趣味な玉座に座り、下卑た笑い声を上げている醜悪な大男。それこそが、【強欲の盟主】マモンだった。
【名前】 マモン
【種族】 上級魔族(七大罪・強欲)
【ステータス】 魔力量:120,000 / 固有権能:『財宝召喚』『強欲の盾』
(魔力量12万か。流石に幹部クラスだけあって、これまでの雑魚とは格が違う。だが、今の俺の敵じゃない)
「あら、そんなに私のことが欲しくてたまらないのですか? ――強欲な豚さん」
凛とした鈴の鳴るような声が、甲板に響く。
マモンが ガバッと振り返ると、そこには風に髪を揺らせた、この世の物とは思えないほど美しい検査着姿の少女が立っていた。
「お、おおおお……! お前か! お前がルシアか! 美しい、素晴らしい! その魔力、その容姿、すべてワシのものだァァァッ!」
マモンが狂喜乱舞し、無数の宝具(魔導銃や呪いの剣)を空間から呼び出し、俺に向けて一斉に放った。
「ルクス様の後ろは、指一本触れさせない」
影から飛び出したレルエが、瞬時に漆黒の刃で放たれた宝具をすべて叩き落とす。
「神の御名において――その薄汚い手を、我が君に向けた罪を贖いなさい」
セレティナが邪悪な笑みを浮かべ、マモンの足元にドス黒い光の茨(神聖呪詛)を咲かせ、その巨体を完全に拘束した。
「ぐ、おっ!? なんだこの光は……!? 聖女だと!? なぜ魔王軍の幹部であるワシが、こんな小娘どもに……っ!」
身動きが取れなくなったマモンが、信じられないというように顔を歪ませる。
その絶望の隙を、俺は見逃さなかった。
俺は一歩前へ出ると、自身の左目に手を当てた。
(火山迷宮で手に入れたフェニックスの熱源コアの魔力、そしてヒロインたちから逆流する全属性の魔力を、この左目に一点集中させる……!)
ドクン、と俺の左目が怪しく脈動を始めた。
それは、以前ロアンの隠れ家で手に入れた【魔眼精霊】が、俺の肉体と同化し、真の覚醒を迎えた姿――。
「ガ、アアッ!? なんだその目は……! その禍々しい瞳は、魔王様のそれよりも……っ!?」
マモンが恐怖で顔を痙攣させる。
俺がゆっくりと手を退けると、そこにあったのは、世界の理を書き換える、昏く、深く、美しい、【神威・支配の魔眼】だった。
「ひれ伏せ、マモン。お前の『強欲』の権能も、お前が率いるその軍勢も、今日からすべて――俺のコレクションだ」
女装の美少女の姿のまま、俺は「皇帝の声音」で冷酷に宣告した。
ゴォォォォォッ!!!
俺の左目から放たれた紫黒色の魔力光線が、マモンの巨体を、そしてこの巨大な魔導戦艦全体を丸ごと包み込んでいく。七大罪の幹部といえど、全属性の計測限界突破の魔力を上乗せされた神威の魔眼の前には、抵抗する余地すら残されていなかった。
「ア、アアア……、ワシの……ワシのすべては……ルシア様のもの……我が、主よ……!!」
数秒の後。
マモンの濁った瞳から光が消え、そこには狂おしいほどの【絶対遵守】の紋章が刻まれていた。マモンは玉座から転げ落ちると、俺の靴に額を擦り付け、犬のように服従を誓った。
【ログ】 七大罪が一角【強欲の盟主】マモンの洗脳(絶対従属)が完了しました。
【獲得】 魔王軍・第三軍団(総勢5万の魔族及び魔導戦艦)を配下に加えました。
学園を滅ぼしかけた魔王軍の軍勢は、今この瞬間、俺の世界征服のための「私兵」へと作り変えられた。
「うふふ、よくできましたわ、マモンさん。それでは、その軍勢を引き連れて、何事もなかったかのように撤退しなさい。……表の連中には、私が『光の奇跡で追い払った』ことにしておきますから」
「ハッ、御意のままに……我が至高の女神よ……!」
マモンは熱狂的な目で俺を見つめ、軍勢に撤退の号令をかけた。
夕暮れ時。
学園を覆っていた闇の雲が綺麗に晴れ渡り、魔族の軍勢が蜘蛛の子を散らすように去っていくのを見て、避難していた生徒たちは歓喜の声を上げた。
防壁の上に立つルシアお姉様の背中には、夕日が神々しい後光のように差し込んでいる。
「ルシアお姉様が、世界を救ってくださったのよ……!」
「私たちの、本物の聖女様だわ……!」
何万人もの女子生徒たちの崇拝の声が響き渡る。
表では学園を救った「奇跡の美少女・ルシアお姉様」、裏では魔王軍幹部を従え、5万の軍勢を手に入れた「闇の皇帝・ルクス」。
(完璧だ。これで第1部の主要なチェスの駒はすべて揃った。――さあ、アレン。お前はせいぜい、表の舞台で魔王を倒すために必死に泥をすすっていろ。その間に俺は、お前が救った世界を丸ごと裏からいただくからな)
美少女の可憐な仮面の下で、俺の口元は、世界を嘲笑うような「絶対強者」の笑みへと歪んでいた。




