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白昼の花火  作者: 椿原菜湖
4/10

「忘れ物ない?」

「大丈夫です!」

弥生さんは行きましょうと合図を出して歩き出した。小夜も後ろを追いかけるように歩いて行った。歩幅が異なる2人は親子のようで可愛らしい。

この日は、まだ少し寒かった。

割烹着の上から半纏を着た。小夜はこの母親が作ってくれた半纏が大好きだった。

病弱ながら得意の裁縫で何日もかけて作ってくれた。深紅で、腰あたりで太い紐で縛ることができた。

「今日は冷えてるわね~」

卯月は年で一番に冷え込む月だった。布一枚では寒さを凌ぐことができず、町の多くの人は何枚も重ね着をしていた。

「いつものところですか?」

いつものところとは、たまに2人で行く町の中央食堂。町のおばさま達が結成して地域の子どもや大人たちに食事を提供している。価格もそれほどかからないため、節約したい時はよく足を運んでいる。

「今日はね、少し贅沢をするために、都市部に向かうのよ」

「都市部。どの辺ですか?」

弥生さんは本所区方面と言いながら家とは反対方向を指指した。小夜にとって、東京府というものは広く、歩いて行ける距離ではないと思っていた。しかし、この時東京府は案外狭いことに気がついた。

「今から行くところはね、私が若い時によく行ってた食堂でね。当時旦那も一緒に行ってたのよ」

歩き始めて15分が経った頃、弥生さんは呟いた。少し悲しそうに、でも幸せそうに。

「そう、なんだ」

小夜は知っていた。

実は、弥生さんの旦那さんは欧州大戦でヨーロッパに兵士として派遣され、そこで亡くなっていた。欧州大戦で亡くなった日本人は、およそ300から1000人。連合国内ではかなり被害がかなり少ない部類に含まれている。加えて、日本人は基本的に欧州大戦の戦地へは派遣されなかった。

「仕方なかったのよね」

弥生さんの旦那さんは”第二特務艦隊”に所属していた。これらは欧州大戦時に、マルタ島を中心に地中海に連合国の輸送船団護衛にあたった。

弥生さんは第二特務艦隊の旦那を持つ、というだけあり、地域ではかなり有能な人材だった。

旦那さんが亡くなった時は、周りの人からは特に声をかけられなかったという。

「当時はね、あまり戦争に対する意識がなかったのよ。でも今はさ、こうやってみんなだ節制しあってる」

小夜も当時の人のようにかける声がなかった。


「戦争って、何なんでしょうか」


小夜は言った。

すると弥生さんは慌てて小夜の口元を塞いだ。絶対に苦しいはずなのに、小夜は動じなかった。当たり前の如く、弥生さんにお辞儀をした。

「すみません.....」

「間違えてもそんなこと絶対に言ってはいけません。あそこにいるおじさんに虐められるわよ」

弥生さんは十字路の端に立っている警棒を持ったおじさんを指差した。

町の至る所にこういう人がいた。

今の日本は、政治、経済、教育全てにおいて軍国主義が守られていた。

小夜のそういう発言は非国民として、町から消える。

「.....」

「.....」

小夜たちは軍人に小さくお辞儀をした。おじさんは無言のまま、立ったままだった。

この時、小夜は何を思ったのか。

2人はしばらく歩いてお目当ての食堂屋さんに着いた。弥生さんは普通に歩いて中に入っていったが、小夜は初めて来る場所だったので緊張した。

小夜が住んでいた町とは人の量がまず違った。浴衣を着て本当の金持ちが住んでいるような、裕福そうな住宅が立ち並び、同じ太陽も照らし方が違った。

「あら~!弥生さんじゃなーい!久しぶりね!さぁさぁ中に入り!」

中に入ると割烹着を着たおばさんに派手に向かい入れられた。小夜は小さくお辞儀をしながら弥生さんの後ろについて歩いた。

入り口からは離れた席に案内された。

「寒かったでしょう?わざわざ来てくれてありがとうね。最近料理が減っちゃってね。定食が1つしかなくてごめんねぇ」

渡されたお品書きを見ると、かさ増しされた米穀と味噌汁、貴重な卵焼きに檸檬だった。

「それじゃあ、この定食を2人分お願いできる?」

「承りました!」

定食屋で働くおばさんは忙しそうに奥の部屋に行った。

「弥生さん、あの方は?」

「あの方はここの食堂の女将の今日子単語(きょうこ)さん」

そして、台所から1人の小さな女の子が走ってきた。

「おひやどーぞ!」

「ありがとうねぇ」

可愛らしい子。手作りの犬のぬいぐるみを胸のポケットに入れていた。

「お姉ちゃんだーれ?」

小夜は話しかけられて、困った。人と話すことが苦手だった彼女は、弥生さんの方を見た。

「彼女は、小夜ちゃん。私と一緒に働いているの」

弥生さんが言った。すると女の子はぬいぐるみを持ってごっこ遊びを始めた。

「わん!わたしのなまえ、ようこ!よろしくわん!」

「あ、えっと.....」

小夜は戸惑った。小さな女の子に対する言葉がけ、知らなかった。


「洋ちゃん何やってんの?母さんの手伝いしろって!」


奥から、彼がやってきた。

「妹がすみません。ほら戻るよ!」

「さよちゃんまたねー!」

高身の男性は、洋子の両脇を抱えて台所に戻っていった。

小夜は、彼を目で追った。

「彼は今の子の兄の龍之介単語(りゅうのすけ)さん。2人ともこのお店の子なのよ」

「へぇ」

小夜は何か思った。

「.......」

「なに小夜ちゃん、龍之介くんに惹かれたかい?」

「いやいやそんなことないです!あ、でもそう言ったら失礼だし。そんな事ないですから!」

小夜は必死に否定した。

「定食2つです」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

龍之介は2人に定食を運んだ。

「ねぇねぇ龍之介くん?」

すかさず弥生さんは彼に話しかけた。

「龍之介くんっていくつだっけ?」

「俺は、十七です」

「そうだったそうだった!この子は小夜ってね、年も近いわよね?」

「そ、そうですね」

「ふ~ん。ごゆっくり」

龍之介はすかして台所に戻って行った。

「ほら!怒ったじゃないですか!」

「あれは起こってないのよ。照れてるの!」

小夜は再び台所を見た。すると、暖簾の手前で机に手をついた龍之介が立っていた。

2人は目が合った。

小夜は恥ずかしくなり、そっぽを向いた。

これが、短い恋の始まりだとは、小夜は思わなかった。


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