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白昼の花火  作者: 椿原菜湖
3/10

昭和二十年、卯月の十日。曜日は土曜だった。

「小夜ちゃん!こっち手伝える?」

「はーい!いま行きます!」

小夜はまだ(よわい)16歳だった。1ヶ月ほど前に彼女の地域でも召集がかけられたばかりだった。大切な金銭柱を失った小夜たちは、父親の友人が所有している土地を借りて小さな一軒家に住んでいた。

4歳の弟と母親の3人暮らし。

母親は昔から体が弱かった。過去に受けた空襲で右足を切断しており、まともに歩ける状態じゃなかった。加えて喘息持ちのため、ろくな仕事にもつけなかった。

そのため、父親がいなくなった今、この家では小夜だけが頼りだった。

小夜は、父親の友人である弥生さんのもとで働いていた。

弥生さんは女性の年寄りで、浴衣屋を経営していた。幸いにもその浴衣屋は繁盛しており、近隣の女性たちが多くの衣服を求めて日々足を運んできた。

「小夜ちゃんこんにちわ。今日も偉いわねぇ」

週に一度、日曜日に必ずやってくる人がいた。

「トキさん!今日も割烹着(かっぽうぎ)ですか?」

二児の母のトキさんだ。この店の立役者になってくれた人である。

そのため、弥生さんはトキさんのことを深く信頼していた。

「今日はね、少し多いんだけど。いつものこれと、息子たちの服も一緒にお願い.....!」

トキさんは少し申し訳なさそうに手を手を合わせた。確かにいつもの倍の量はあった。小夜は冗談風に言った。

「睨めっこで勝ったら洗いましょう!」

小夜は自慢げに言った。トキさんはモンペで覆われていた腕をめくった。

「よく息子たちとやってくるから得意なのよ!」

「私だって弟とやるので!いきますよ.....」

2人で息を合わせて、”にっらめっこしましょ”と言った。浴衣屋は二階建ての木造でできている。建物が横揺れするほど大きな声を出したせいで、2階で作業をしていた弥生さんが飛び降りてきた。

「どうしたん!?...って、2人ともまたそれ?」

弥生さんが降りてきた時には、すでに2人は真剣勝負をしていた。

「.....」

「.....あっはっは!トキさんそれは反則だって!」

「やった!私の勝ち!あ、弥生さんお元気?」

トキさんは弥生さんに挨拶をした。試合をしていたせいで彼女は弥生さんが来たことに気づいていなかった。

弥生さんは呆れ呆れ返事をした。

弥生さんの体からはほんのり甘い抹茶の匂いがしていた。

小夜は思った。いつも弥生さんが好んでいる静岡産の抹茶だと。

「それじゃ、小夜ちゃんたちお願いね!」

「了解です!」

小夜はトキさんにお辞儀をした。そして玄関に向かい外に出ていく彼女を最後まで見送った。

遠く離れていく背中は朝日の太陽に照らされて、儚く見えた。道のそばに生えている小さな木と彼女が重なると、小夜はさらにそう思った。

「トキさんの息子さんっておいくつなんですか?」

部屋に戻った小夜は弥生さんに尋ねた。弥生さんは少し考えた後、頷きながら答えを言った。

「確か、上の子が17歳で、下の子が6歳とかだったかしらね。上の子は小夜ちゃんの一つ上なのよ。噂によると、かなりの男前らしいわよ」

弥生さんは女心をくすぐるような言い方をした。小夜は少しドキリとして肩が浮いたが、すぐに冷静になった。

「そうなんですね。いつか会ってみたいなぁ.....」

「私が最後にその子と会ったのは、下の子がトキさんのお腹の中にいる時だから、11歳の時ね。まだまだ可愛らしい子だったわ」

小夜はそうなんですね、としか返せなかった。

他に思いつく言葉が見当たらない。

小夜は仕事一筋、生きることだけを考えていた。学校にも行っておらず、浴衣屋で得る情報しか持っていなかった。異性を意識したり、好きになったり、そんな年頃の感情が理解できなかった。

「小夜ちゃんは男の子は好きにならないのかい?」

また新しい抹茶を作っている弥生さんが話しかけてきた。今度はちゃんと2人分あった。

「好きとか、正直よく分かりませんよ。話したこともないし、話すとしても近所のお爺さんくらいです」

「はっは。そうだよね。うちも若い男の子を雇おっかしらね」

「え?」

小夜は弥生さんの話に釘付けになった。首を前に持ってきて耳を弥生さんの顔に向けた。

「冗談よ冗談!うちは働き者の小夜ちゃんがいるからね!」

なんだ、冗談か、と小夜は安堵する。安堵していいものなのか分からないけれど、小夜は今はそう思うしかなかった。

「小夜ちゃんさ、今日はお店が午前で終わる日だから、お昼にどこか食べにいきましょうか」

「え!?いいんですか!」

「いつも小夜ちゃんには頑張ってもらってるからね。ご褒美よご褒美」

小夜は弥生さんが思っていた以上に喜んだ。持っていたお盆を床に落として大きな音が鳴った。

「そんなに嬉しかった?それじゃあお仕事やっちゃいましょっか!」

小夜は明るく返事をした。

その後は、いつも以上に気合を入れて業務をこなした。今日は、トキさんの衣服洗い、正面玄関での接客、弥生さんが服を作るのに必要な布の買い出し。やったことは、普段と特に変わらなかった。


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