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白昼の花火  作者: 椿原菜湖
プロローグ
2/10

プロローグ2

暖かい春も終わり、日本は梅雨の時期に入った。とめどなく振り続ける雨たちは無言のまま地面に吸収されていく。テレビをつければ、どのチャンネルも雨対策や気象情報などの季節に沿った報道ばかり。彼女のお気に入りの春ドラマも放送中止が続いていた。

小夜単語(さよ)はスーパーに一人で出かけてる旦那の帰りを待った。特にすることもなく、呼吸をも忘れてしまう。

ふいに視線を窓の外に向けた。彼女にとってカーテンからの隙間だけでは不十分だった。手すりを使って重い腰を上げ、窓際に手をついて天気の様子を伺った。コンクリート製の地面は変色し、濃い紺色になっていた。たまに通行人が通るだけで、他に魅力的な光景はなかった。

小夜はやっぱり座ってればよかったと後悔しながらも、換気のためにほんの少しだけ窓を開けた。今日は先週と比べて雨の威力が増していた。高齢者が外に出て歩くのは到底無理そうだった。

旦那は歩いてスーパーに行った。

彼女は空を見上げながら彼を心配した。帰りはタクシーで帰ってきたら?と、連絡してもよかったが、なんだかその気にはなれない。携帯電話はすぐそこにあるけど、いまは近代的な技術に頼りたくない。


“思う”だけでよかった。


「あら、こんなところに埃が」

小夜は昔から過度な綺麗好き。埃一つも許せない。家中そこらには、ティッシュやら除菌シートやらが置かれていた。

机上に置かれていた除菌シートで棚の上の埃を丁寧に拭いた。小夜はそれだけで満足した。

シワが深く刻まれた顔面に笑顔が灯した。青年期のときなんかより随分と老けてしまったが、笑顔の仕方はほとんど変わらない。

小夜は腰を曲げてゆっくりと歩きながら再びソファに座った。

テレビをつけても興味が湧くような番組はなかった。天気の情報は見過ぎてほとんど分かる。

仕方なく、最近娘に教えてもらった配信サービスを見る。

慣れないリモコン操作で思い違いがあったが、気になるものを探してみる。前回途中まで見た時代劇でも見ようか。決定ボタンを押して音量をどんどん上げていった。若者世代からしたら耳を塞ぎたくなるような音量だろう。しかし彼女はこうでもしないと聞こえない。

小夜は耳があまり聞こえなかった。それは彼女の過去が証明していた。

30分ある中の残り10分。20分は旦那と一緒に見た。その時は孫や娘もいて賑わっていた。しかし今はたった一人。

小夜の頭の中は空っぽ。何も思わず、何も感じない。我を忘れて時代劇を見ていた。本当は夕食の支度をしなくてはいけない時間帯だが、旦那がスーパーで具材を買ってくれないきゃ作れない。さっきちょこっと饅頭をかじったのみで、ぐぅっとお腹が空いていた。

しかし急ぎではないので、帰りをゆっくり待つ。

『お、織田様!どうかお許しくださいまし!』

画面越しに映る拙い演技をする若手俳優。鼻筋がシュッと通り声も大きくて聞きやすい。世間的に見れば知名度はまだまだだが、小夜は気に入っている。


『ただいま~!』


寝落ちしそうになっている時、玄関から聞き覚えのある声がした。

『おかえり。雨大丈夫だった?』

『行きはそこまでではなかったのだが。帰りが猛吹雪のようだったからタクシー使ってしもうた』

『近かったからそんなにかからなかったでしょう?』

『そうなんじゃがな、途中で酒屋に寄ってしもうた!』

小夜は小さく分かりきったため息をついた。旦那は頭をかきながらトイレに駆け込んだ。きっと尿意が近づいていたんだな、と小夜は察した。旦那の帰りは基本的にトイレに駆け込みしばらく出てこない。家のトイレには常に新聞紙が置かれており、長い時は30分も出てこない。

小夜は玄関に置きっぱなしにされた食料品を台所に運んだ。

『よっこいしょっと』

無駄に広く設計してしまった台所には、健康目的で8年前に飼い始めたビーグルが寝転がっていた。

冷蔵庫に食品をしまいながら、いつも小夜は同じことを思う。


冷蔵庫に貼られている、ある一枚の軍服姿の彼を見て————


実は、今夜は孫娘たちが遊びに来る。家は近く、週に何回か会っていた。

そのために小夜はいつも以上に気合を入れて夕食を作らなくてはならない。小夜は昔から料理上手として近所では有名だった。

彼女がまだ新婚だった頃、お隣の老婆に作り置きの煮物を作っていたことがある。その老婆はかなり前に亡くなってしまったが、最後まで小夜の作る煮物を楽しみにしていた。それからというもの、噂は広がり近所同士で料理の交換会が行われるようになった。

『お!金平牛蒡単語(きんぴらごぼう)か!』

珍しく早めにトイレを終えた旦那がスタスタと台所にやってきた。昔より身長が縮んだな、とからかおうと思ったが、不機嫌になったら困るので辞めた。

『お皿を並べておいて。もうすぐあの子たちが来るから、部屋の掃除しておいて』

旦那は愉快に返事をしながら掃除機を使って部屋の掃除を始めた。


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