4章29話:家族
フミーとリクは並んで座っていた。アヤートとネオンは探し物をしに行き、ルルーミャは『チョジュラスの槍』だったはずの灰を使いやすい形に形成するべく奮闘している。そして、リーゼはそのサポートだ。
なので、フミーとリクが手持ち無沙汰だった。
「フミー、もしかして気づいてた? アヤートさんの左腕のこと」
先ほど行われていたやり取りを見て感じ取ったことを、リクは問いかけた。
左右で色の違う瞳に、フミーが映る。
「……ううん」
首を振ってフミーは否定する。
「そこまで、気づいてはなかったかな。ただ、何かアタシに言いたくないことがあるんだろうなって。けど、嫌な予感がして、聞けなかったの」
「そっか……」
リクは左腕のことを告げられたフミーが思いのほか驚いておらず引っかかっていたが、フミーの言葉に納得する。
「ねぇ、リク」
「どうかした?」
「スコアのことだけど、やっぱり……アタシだけ多めに寿命を取ってくれないかな」
「……」
アヤート、ルルーミャ、フミーの三人の寿命が消費されることにもはや反対はしなかった。けれどフミーは自分の負担を大きくすることを望む。他の二人への申し訳なさからではない。フミーのどうしようもないエゴだった。
それを口にして頼むのは、リクなら聞いてくれるという甘えもある。
「うん。いいよ。こっそりそうしてあげる」
アヤートやルルーミャにバレたら責められることを承知でリクは頷いた。
そうしたのは簡単な話、リクは二人よりもフミーの意思を尊重したいからだ。
二人を蔑ろにする気はないが、リクはフミーの純真で未熟で真っ直ぐで柔い——そんな存り方を好ましく思っていた。加え、長らく幽閉されていたことへの同情もある。
ゆえに、リクはフミーを否定しない。
「ありがとう。リク」
目尻を下げて、安心したようにフミーは口を綻ばせた。
——
——研究所『テーキット』内、とある広い部屋にて。
「いくのだよ、リーゼちゃん!」
「うっす!」
ルルーミャとリーゼがやろうとしているのは『チョジュラスの槍』だった灰を元の形とは言わずとも、それなりの形へ整えることだった。
まず思いついたのは灰をそのまま固まらせて槍なり剣なりの形にすることだったが、強度に欠けるとして捨て案となり、次に思いついた水の中に混ぜ、それを凍らせて槍なり剣なりの形にするということだった。その案を取ることに決め、さっそく水へ灰を混ぜ、強度を高めるため、ルルーミャとリーゼの二人がかりで凍結魔法をかけ始める。
「……っ」
瞬間、漂う冷気にリーゼは目を閉じそうになる。
空気が冷え、息が白い。雪が降るんじゃないかと錯覚させるような雰囲気だった。
——そして、凍結が始まる。
容器に入れた灰を混ぜ込んだ水がふよふよと浮き上がり少しずつ凍り始めたのだ。
そのほとんどはルルーミャの力である。リーゼも力添えをしているが微々たるもの。そもそも、彼女は凍結魔法——及び氷魔法がそれほど得意ではない。
リーゼの役割は、形を整えることだった。
言うなれば、大雑把なルルーミャの魔法のフォローだ。すなわち、ルルーミャ一人なら氷塊になるところをリーゼが整えて使いやすい形にする。氷塊でも問題はないが、使いやすいに越したことはない。
「くっ……なんなのだ、コレはっ!」
「……っ?!」
違和感をルルーミャは感じていた。凍結させる水溶液に力が引き出させる感覚。ルルーミャはもともと魔法のコントールが不得手だ。それを抜きにしても、溢れ出すどころか洪水を起こすほどに制御ができなかった。
「色々曰くがあるし、こういうこともあるか……。リーゼちゃん、大丈夫か?」
「ちょー寒いけど、なんとか……っ」
「なら、いいのだよ」
ルルーミャの魔法の勢いに当てられ、リーゼは震えていた。その震えは寒さからか、ルルーミャの魔法への畏敬からかは本人にもわからない。
「すぅー……はぁーっ」
ルルーミャは深呼吸をして白い息を吐きだす。
孫のために今こうして頑張っているのも、ルルーミャにとって孫とは、家族とは特別だからだ。
——ルルーミャ長らく天涯孤独だった。
父親に関する記憶はなく、母親はルルーミャを産んで死んだのか、はたまた何かしらで失踪したのか曖昧だが、家族は居いない。子供の頃よりルルーミャは使用人に囲まれ大きな屋敷で育てられた。
使用人たちは家族のようなものだった。けれど家族ではなかった。使用人たちにはルルーミャとは別で家族がいるのだから。ルルーミャがその枠に収まっていいわけもない。
だから、憧れがあった。
どこか孤独に時を進める中、夫となる男と出会う。当時は幼い少年だった。いつしか恋仲となり、そして、子供であるアヤートを身籠る。その最中、夫が死に、幸せからの急落下を味わい、世界を呪おうとした。アヤートがいたから呪わなかった。
喜びと悲しみを味わいながら、家族とはどういう存在なのか知った。
子育てをする中、思い出したのは自分を育ててくれた使用人たちだ。
違うと思い込んでいたが、使用人たちも家族だったんだと気づいた。使用人たちの愛情に気づかせてくれた。
ある時、幼いアヤートが呟いた言葉がある。
「お父さんに会ってみたい」
だから——というのは大義名分すぎるが、それを期にルルーミャは死者蘇生について調べていた。
そんなことを言ったなどアヤートは覚えていないだろう。
アヤートの言葉はきっかけに過ぎない。その実、ルルーミャの望みなのだ。アヤートに父親を見せてあげたい、三人で食卓を囲みたい。そんな、ささやかな望み。それに多くの時間を費やしたが、結果としてフミーのために願いを譲り、力を貸している。
そこに未練ない。
愛する者と引き裂かれる痛みは知っているから。もう一度会いたいと願う心を知っているから。
年寄りがその幼く願う少女の邪魔をしては、格好がつかないではないか。
「——ルルーミャさん!」
「——っ!」
リーゼに名前を呼ばれ、ルルーミャはハッと顔を上げる。
そこには、輝かしい氷の剣が浮いていた。
冷気を纏い澄んだ空気を生み出している。次元すら切れるのではと錯覚するほどの気高さを感じる細長いフォルムだった。
「『チョジュラスの槍』改め『チョジュラスの剣』ってか」
ルルーミャがそう言って浮世離れした氷の剣を握れば、掌が冷える。
しかし、握っていられないほどではない。
「寒いんで、ウチはもう出させてもらうっす!」
手を擦り合わせながら、リーゼはそそくさと部屋を出た。
「……」
一人取り残された部屋で、ルルーミャは剣を天井に掲げる。
死者蘇生ができるという情報を知っているのもあったが——見惚れるほど、綺麗に見えた。




