4章28話:打ち明け
「父様の左腕……?」
フミーはなんのことだろうと首を傾げた。
「フミー」
「うん」
父様は少し躊躇った様子でフミーに声をかけた。それに頷く。
「今の僕は、左腕が義手なんだ」
「——!」
その告白に目を丸くして、思考すること数秒、父様の左腕を掴んで服の袖をめくった。
その左腕は作り物とは到底思えない、血が通ったものだった。きっと父様の言葉は嘘だ。
確かめるように横にいたリーゼを見ると驚いた様子もなく、まるで知っていたようだった。それからまた父様の顔を見る。
困ったような顔でフミーを見つめている。
——嘘じゃない。
父様の瞳が嘘ではないと告げていた。
——じゃあ、どうして? いつから?
「組織『テーキット』に捕まった際に、失ってしまったんだ」
「……誰にやられたの?」
「特定の誰かってわけではないよ」
必要以上のことは語らない。それが逆に、フミーを真実へと誘う。
——ロードミルフィの精神世界で見せられた光景の一つに、実験をされる父様がいた。その時まで、そんなことが行われていたと想像もしていなかった。当然だ。父様は言わなかったのだから。フミーを悲しませないように。
なら、きっと——。
「……」
口をつぐむ。それを確かめるべきではない。それが、わかっていた。
「うん。左腕のことはわかった。——それで、ネオン。父様の左腕をチョジュラスの槍に利用するって……」
「言葉通りです。義手をつけるにあたって合成しなかった、左腕に当たる部分の一部がまだ残ってるんです」
「それを……スコアに?」
「ええ。アヤートが良ければですが」
ネオンは父様に視線を移す。
「構わないよ。使い道もないし」
「ありがとう。……けれど、それでもまだ足りなそうなんですよね」
どうしたものかとネオンが宙を仰ぐ傍ら、フミーが口を開く。
「アタシの寿命じゃ足りない?」
その言葉に、みながフミーを注視した。
「500年生きるとして、300年くらいならあげられるよ」
「待って」
ネオンが答える前に父様が口を挟む。
「それなら、僕の寿命を捧げるよ。それでもいいはず」
「父様、アタシはアタシの寿命がいいの」
「どうして?」
「アタシがそうしたいから。——大丈夫。それでもリーゼよりもカザミショーヤよりも長生きよ。普通の人よりは長生き。……父様より長生きかはわからないけれど」
「……」
父様は義手の左手でフミーの頬に触れた。温かい。けれど、本物ではない手。
「じゃあ、二人で分けよう必要な分を——」
「いや、三人でどうだ?」
突如として現れ、話に加わったのは、お祖母様だった。
「話は聞かせてもらったぜ。せっかくの記念にあたいも寿命を分けてやる」
「お祖母様まで……」
フミーの思惑はうまくいかないものだ。一人で抱えさせてはくれやしない。こんなことなら、こっそりリクにさっさとやってもらえばよかったか。
「……うん。リクに確認しないことにはわからないけど、三人分なら余裕を持ってイケると思います」
ニヤリとしながらネオンがフミーたちを見据える。そして。
「フミー」
確かめるように名前を呼んだ。
「……うん、わかった。そうしよう。三人で分けよう」
応えるようにフミーは力を抜いて微笑んだ。
話が望んでいた方向ではなくなっていたが、それも仕方ないか。そう思った矢先、手を繋いだリーゼの力が少し強くなる。
「……」
口を挟まずにいた彼女の視線が、心配そうにフミーを見ていたことに気づいた。
「大丈夫だよ。リーゼよりは、長生きだよ」
「何も言ってねーだろうが」
リーゼにしか聞こえない声量でひっそりと呟けば、リーゼは憂いた表情を消して片目を閉じる。
「……もったいねぇって思わないのか? せっかく長生きできるのによ」
「んー、多分さ、アタシ生きるのに向いてないんだよ。いつも上手くできないし、思う通りにできないし、すぐ傷つくし。だから、いいよ」
「そんなの、お前に限ったことじゃないだろ。周りが特殊すぎて感覚おかしくなってねぇか?」
「ふふふ、そうかも。……でも、本当にいいの。アタシにとってカザミショーヤが特別なのは一生変わらない。カザミショーヤが死んだ後も長く生き続けようなんて思えないから」
「そうか」
リーゼは握っていた手を離して、フミーの頭に置いた。その表情はフミーに釣られて微笑んでいるようだった。
——
アヤートの左腕——それは度重なる人体実験の末に失ったものである。
もっとも、左腕全部を消失したわけではなく、残り滓はあった。
そしてそれは、緑色の物体へと変質したアヤートを復元する際、ネオンとリクが取り除いて復元したため、アヤートの体にはなく、別で保存されていた。
「これが……僕の左腕だったものか」
アヤートは、ビンに入った緑色の物質を眺めては眉を寄せた。
「ええ」
アヤートと一緒に左腕の残骸が保管された場所に来ていたネオンが頷く。
「左腕以外もこのような感じだったんだよね?」
「はい」
「よく僕は生きていたね」
生きていた——というのはリクとネオンがいたから言えたことで、本来は死んでいたも同然だろう。リクの力がなければ、リクと共にネオンが復元しなければ、誰も生きているだなんてそもそも思わない状態なのだから。
認知されないなら、それはもう「死」だ。
「……アヤート、あなたは、怖いと思うものはありますか?」
ビンを見つめるアヤートへ眉を下げてネオンは問う。
「突然だね。どうしたんだい?」
「あなたとまで喧嘩したくはないので、知っておきたいんです。色々痛いことをされたと推測できますけど、何か恐れることはありませんか? 私には理解できないことだったとしても、ちゃんと受け入れるようにしますから」
フミーと喧嘩した経験をフィードバックするべく、ネオンはアヤートへ問うのだ。フミーの恐れをネオンは言われるまで気づかなかったし、そんなことを思うなんて思わなかった。友人のような存在であるアヤートに同じように怖がるものがあるのなら、今度こそはちゃんと当人を尊重したいとネオンは決めている。
そんな真っ直ぐな眼差しに当てられ、アヤートは不思議そうに瞬きをする。
それから答えた。
「僕は、たまに悪夢を見るんだ」
それは、誰に明かすこともしなかったアヤートの弱さだ。
「実験という名の拷問……そんな夢」
「……」
「その夢を見るのが怖い。別に出来事自体にトラウマがあるわけでもないんだけど、夢ってほら、思うように動けなかったりするだろう? だから、何も抵抗できないままだったりするし、夢ってこともわからなかったりする」
打ち明けられた内容は、やはりネオンにはわからないことだった。なにせ、ネオンは夢を見れないし、見れたとしても悪夢を見ないように寝ないという選択も取れる。
だとしても、ネオンは想像してみた。逃げられない苦痛、囚われの身で自由のない世界。
「それは……苦しいですね」
「うん。寝るのが嫌になる時もあるし、本当はずっと困ってる。——なんとかできたりする?」
「今日からできることとしてはリラックス効果のある紅茶を入れてあげることくらいですね。——けど、なんとかしてみせます」
「そうかい。ありがとう」
「……いいえ」
ネオンはアヤートの柔らかな表情に満足感を得ながら何となく彼に背を向けた。




