4章27話:仲直り
研究所『テーキット』のとある一室にて、備品整理をしながらネオンはリクへ尋ねる。
「ところで、あれについてアヤートに確認しましたか?」
「まだだけど、多分いいって言ってくれるんじゃないかな。そうすれば、あとはフミーがいいって言うかだけど……」
「フミーは言わないんじゃないですかね〜。私たちの協力が怖いみたいですしー?」
「そういう言い方しない。仲直りしなよー」
拗ねたように口を尖らせるネオン。それをリクに嗜められ、ネオンは気まずげに顔を伏せる。
「……だって、おかしいじゃないですか。目的に手が届きそうなのに不安とか怖いとか」
ネオンにはわからなかった。なにせ、そんな経験がないから。役目を与えられ、目的に焦がれたことしかない。伸ばす手を躊躇ったことなどない。
「ほら、誰かを殺したのも初めてっぽいし、メンタルが不安定になってるんだよ」
「初めてって言っても相手はログライフたちなのに」
「どういう相手かは関係なくて、自分が他人の人生をなくしてしまったって考えると罪悪感が出てくるものじゃないかな。……僕は誰かを殺めた経験がないから想像だけどね」
「……」
やっぱりネオンには理解できなかった。最初に、自分たちを害そうとしたのは向こうなのに。
「とにかく、メンタルが揺れてる状態だろうし寛容にいてあげて。ネオンだって荒れてた時期あるよね」
「……っ!」
幽閉を解けなくて四苦八苦の日々を思い出す。酷いものだった自覚は持っている。
「……あ〜、わかりました。仲直りしてきます」
きまりが悪くなり、そう言ってネオンは座っていた椅子から立ちあがった。
しかし、部屋を出て研究所内を見回ってもフミーの姿がない。代わりに、アヤートの姿を発見した。
「ネオン、ちょうどよかった。どうやったら人は飛べるようになるか考えていたとこなんだ」
「…………は? なんですか、突然」
「いやね、吸血鬼の男を見て、僕も空が飛べたらって思ったんだ」
「あー」
吸血鬼の男とはドットルーパのことだろう。土壇場で覚醒し、翼を得たと聞いている。
「それについてはあとで一緒に考えましょう。それよりフミーがどこかわかりますか?」
「見てないけれど、どうかしたのかい?」
「喧嘩したので仲直りしたいんです」
「へぇ、君たちも喧嘩するんだ」
「フミーとは初めてですよ。……リクとはいっぱいしたことありますが」
「うん、わかった。フミーを探してみるね」
「……やけにあっさりしてますね。娘の喧嘩に興味ないんですか?」
「ある程度の喧嘩は健全なことだと思うからね。僕も先生とは——ネオ・ハクターの母親とは、よく喧嘩したよ。……喧嘩っていうか、僕が一方的に反発していただけな気もするけど」
「あの方……ですか」
直接会ったことはないが、ネオ・ハクターの記憶を持つネオンとしては思い浮かべるのも簡単な人物だ。
「師匠が死んで、もうそれも出来ないんだって気がついた。僕の中で師匠が死んだのは、それに気がついた時だった。当たり前のことなのにね」
「……」
「——仲直り、きっとできるよ。頑張って!」
励ましの言葉をかけ、アヤートは安らかな微笑みを浮かべた。
去っていくアヤートの後ろ姿をネオンはびっと見つめる。
「アヤートに確認したいことがあったけど……まぁ、いっか。今は仲直りを優先ですっ」
研究所の中をネオンは駆け回った。
——
アヤートがリーゼの経営する喫茶店へ足を運べば、探し人を見つけることができた。
「フミー」
声をかけられたフミーは驚きに肩を跳ねさせてから、ゆっくりと振り返る。アヤートの姿を確認すると口角をあげた。
フミーの隣で手を繋いでいたリーゼは居心地が悪そうにアヤートから視線を外している。
「父様どうしたの?」
「ネオンがフミーを探していたよ」
「……! わかった」
「仲直りできるといいね」
「なんだ、父様も知ってるの。……喧嘩したこと怒ったりしない?」
「しないよ。どんな理由だったとしても、喧嘩は互いを理解するための工程になり得るからね。僕もリンネと出会ったばかりの頃は喧嘩したよ」
「え! そうなの!?」
父様と母様が喧嘩しているところなど、フミーは見たことがなく、驚いた。
「ネオ・ハクターとその母親ともしたことがあるし——って、僕けっこう喧嘩してるな……」
喧嘩は悪いことではないと説いていても、自分がたくさん喧嘩をしてきていた事実に思うところがあるアヤートだった。
「うん。じゃあ、僕は先に帰ってるから、リーゼさん、フミーをよろしく」
「……っす」
二人に手を振ってアヤートはその場を離れた。
再び二人きりになり、フミーはリーゼの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「あー、何が?」
「さっき、父様が来る前——」
「気にしなくていい。もう忘れろ」
「無理だよ」
「いいから、帰るぞ。ネオと仲直りするんだろ」
「それは、うん」
フミーとリーゼが手を繋ぎ、研究所『テーキット』へ到着する。
研究所の前に、ネオンが腕を組んで仁王立ちしていた。
フミーとリーゼの存在に気づくと、腕を解いて大きく揺らしながら歩き、フミーの目の前へ立った。
「……」
「……」
視線が交錯し、無言の時間が流れた。
「フミー、あなたの気持ちを理解しようとせず怒ってごめん」
最初に口を開いたのはネオンだ。
「ううん。アタシこそめんどくさくてごめんね」
言い争った時の熱に比べ、あっさりと淡白に双方の謝罪は行われた。しかし、適当なものではなかった。義務的なものでもない。
フミーもネオンも、相手の顔を見たら、残っていた燻りや反発心が自然と隠れ、言うべきことを真っ直ぐ伝えられただけだった。
「私が初めて人を殺したのは、誕生してまだまもない頃でした。ネオ・ハクターの知識を狙った輩に襲われ、彼女と応戦しているうちに殺しました。その時、私は何も思わなかったんです。……けど、こんなのは言い訳ですね。アープルでもないのに、私は私の正しさを疑わなかったのかもしれません。それを押し付けてしまいました」
「ううん」
フミーは首を振る。
「ネオンは正しかったよ。アタシが押し付けたの。アタシの気持ちを大事にして欲しいって、気にして欲しいって。……子供じゃないのにさ」
「子供かどうかに年齢は関係ないと思いますよ。年を重ねたら重ねた分だけ大人になるなら、私はこうなってないですよ。成長の停滞もあるんですから」
「ネオン……」
「でも、私はあなたを子供とは思いませんし、あなたに求めます。望みます。」
「何を?」
「あなたが真っ直ぐ、目的に突っ走ることを」
「……うん。わかった」
フミーは瞳を閉じた。また喧嘩になるとしても、その言葉を突き返すことは容易い。けれど、フミーはそれをせずに受け入れる。
それは、喧嘩を通して相互理解を少し深められたからなのかもしれない。
「遠回りなんかせずに、ちゃんと、掴むよ。もう、躊躇しないよ」
「そう」
ネオンは薄く微笑み、頷いた。それから、後ろを振り向く。
「というわけで、アヤートに確認しなけばならないことが——」
その視線の先には誰も見えなかった。しかし、物陰から父様が現れる。
「僕がどうかしたかい?」
「父様いたの!?」
「ごめん。立ち聞きする気はなかったんだけど……」
「隠れていたのにそれは通りませんよ、アヤート」
驚くフミーに謝るアヤート、冷静な反応のネオンと三者三様だ。
ネオンは咳払いをして、改めて切り出す。
「本題ですが、あなたの左腕についてです」
「……」
「チョジュラスの槍に利用したいんですよ」




