4章24話:後日談の始まり
自分のためではなかった。
ドットルーパの願いを聞き入れたが、彼のためというわけでもない。ログライフ、ましてや悪魔のためでも。
ネオンやリク、リーゼや父様のためというのも偉そうだ。
やはり、誰かのためではなかった。
——じゃあ、何のために?
アープルのように正義のためだなんて言えやしないし、世界のためとも言えない。
誰かを殺したくなんてなかった。誰かが死ぬとこなんて見たくなかった。それは確かにあるフミーの価値観で、アープルを助けるために悪魔を刺した時だって変わらなかったものだ。ただ、アープルを助けたことを後悔はしないというだけで。
その気持ちを持ったまま、受け入れたまま殺したが、きっと後悔しない。ただ、三人の魂を葬ったことを忘れず抱えるだけだ。強引に心を切り捨てずに、自分の一部として大切にするのだ。
もう一度問う。自分が苦しみを抱えることは予想できたはずだ。
——それなのにどうして、殺せたの?
——あえて言うなら、これ以上、悲しまないために。悲しませないために。悲しみを生まないため。
けれど、ロードミルフィは悲しむだろう。フミーを恨むだろう。
それは、避けられないことだ。
殺したという事実はフミーへ一生離れない。ひょっとしたら、そんなフミーをカザミショーヤは嫌いになってしまうかもしれない。
それもまた、受け入れる覚悟はあった。
フミーが自分で選んだのだから。
——
——吸血鬼と悪魔の死亡より一週間後。
「組織の残党の一部は捕まえ、ログライフ死亡により、ログライフの魅了が解け、全て解決——とはいかないわ」
「ですよね。手を引く者がいたとしても、起こったことは戦争ですから」
「警備隊が何とか取り持って落とし所を模索しているところよ」
ネオンらが住まう研究所一階の一部屋にて、向かい合って座るネオンとアープルが言葉を交わしていた。
「ところで、本当に怪我はいいんですか?」
「ええ。ウチのニオンは優秀だから」
ネオンがテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばすアープルへ尋ねれば、淡々と返答を出される。
体に風穴が空き、生死を彷徨ったとは思えないほどアープルの肉体は元通りだ。流石は世界最高峰の回復魔法の使い手である。
「ところで、フミーはまだ目が覚めてないのかしら」
「まぁ、そうですね。——毎日訪ねて聞きにこなくても起きたらちゃんと教えますよ?」
「だって、早くお礼を言いたいんだもの。あーしが生きてるのもあの子のおかげじゃない」
「私のおかげでもありますよ」
「わかっているわ。ありがとう」
凛々しい表情を変えぬまま、アープルは出された紅茶に口をつける。
「……リーゼもここに寝泊まりしてるのかしら」
「フミーが眠り続けてからはずっとここにいますね。アヤートと交代交代でつきっきりですよ」
「へぇ……」
「意味深」
含みのある声を漏らしたアープルをネオンは顎に手を当ててじっと見る、
「いえ。前にフミーと約束したの。リーゼを好きになる努力をするって」
「不思議な約束してますね。それでどうなんです?」
「今の話を聞いて少し好きになったわ」
「ならよかった」
リーゼは本来、警備隊に囚われの身となる立場だ。現在は色々あり自由の身となっているが、アープルがリーゼに向ける目は厳しいものだった。
それを知っているネオンは楽しげに微笑む。微笑みながら、ふと思い浮かぶ顔があり、ネオンは切り出す。
「そういえば、あなたのところの隊員についてですけど……」
「ああ、カナのこと? あなたにすっかり懐いているわよね」
「不服?」
「いいえー。警備隊やめてあなたの助手になるとか言い出さない限りは別にぃ?」
「不思議ですよね。特別なことは何もしていないんですけど」
カナは、隙あらば研究所へ来てはネオンの顔を見るほどの親しみをネオンへ抱いていた。
その部下の様子に複雑な気持ちを抱えるアープルは目線を逸らし、話題を転換する。
「——銀黒の魔女のことだけれど」
「ルルーミャが護送したんですよね」
「ええ。途中暴れるもルルーミャが沈静させてたらしいわ」
「銀黒の魔女ってどうなるんです?」
「慎重にそこは吟味するわ。奉仕活動させるにしても高い能力を発揮できるようにした結果逃亡される……とかなったら困るし、かといって牢屋に入れっぱなしにして持て余させるのもね」
「魔女もですが、小鬼の扱いも慎重にした方がいいですよ」
「言われなくとも」
——
手に温もりを感じる。大きい手に、フミーの手が包まれているのだ。
「前にも、あった気がする」
既視感を感じながら手を握り返し、フミーは目を開けた。
「——! フミー!!」
心配そうに覗き込む父様と目が合う。
「父様……」
「フミー、目が覚めたんだね。……よかった」
そう言った父様は顔をくしゃくしゃにしていて泣きそうに見えた。
「ごめんね……いつも心配かけて」
「いいんだよ。フミーは謝らなくて。僕が勝手に心配しているだけだから」
「父様の気持ちを……大切にできなくて、ごめんね」
「フミー……」
物事の経験値は低いかもしれないがフミーだってそれなりに長く生きているし、日々成長している。それなのに心配してばかりな父様を鬱陶しく思う気持ちがなかったと言えば嘘になる。
そういう気持ちこそ、自分が未熟である証拠だというのに。
でも、今は不思議とそれがわかる。今回の経験を得て、落ち着いて自分を見つめられていた。
「それより、お腹減ってないかい? 何か持ってくるよ」
「……うん」
話は一旦置いておき、フミーの頭を撫でていた手を父様は引っ込める。ハグをかわし、それから父様は立ち上がった。
部屋を出ていく父様の背中を見つめているが、脳裏には別の光景が存在している。
『いやああああああああ——!!!』
『ありがとう、フミー』
死に際のログライフとドットルーパの姿が、頭から離れない。
絶望に満ちた甲高い叫び声と、希望に満ちた感謝の言葉。
ぐるぐるとフミーの中に渦巻いている。
「ふー……」
息を吐きながら顔を掌で覆う。
疲れが溜まっているのか、随分体が重い。
肩を回していると、こちらへ向かって駆けてくる足音が聞こえてきた。
「フミー!!」
乱れた黒髪を揺らしながらリーゼが部屋の中へ入ってくる。いつものポニーテールは解いていた。
「リーゼ」
フミーが名前を呼ぶ、リーゼがフミーの肩に触れる。その指先は震えていた。
「リーゼも……心配してくれた?」
「…………」
その問いには答えず、リーゼはフミーの目をじっと見ている。
「一週間だぞ、一週間……ずっと、眠ったままなもんだから、ウチは……!」
「死んじゃうと思った?」
「ああ、思ったね!」
投げやりに答えたリーゼを、フミーは抱きしめる。
そうしたら、抱きしめ返してくれた。
「おはようございます」
「フミー、起きてくれてよかったわ」
「よっ、フミー。大丈夫なのか?」
「胃に優しそうなもの持ってきたよ」
「——っ」
口元を緩ませたネオンが部屋の前に立ち、その隣にはアープルがいて、その後ろにはお祖母様と父様が見えた。
四人の声が聞こえた瞬間、リーゼは肩を跳ねらせフミーから離れる。
「照れなくてもいいんですよ」
「照れるかアホ」
顔を覗き込むネオンにリーゼは悪態つく。
それからネオンはフミーが入っているベットの脇に腰掛け、紺色の瞳でフミーを捉える。
「見たところ問題なさそうですね。一週間、飲まず食わずだったのに。——何か、違和感はありますか?」
「少し体が重いかな」
「一週間寝たきりで筋力落ちるんでしょう。リーゼがストレッチさせてたので少し緩和されてるとは思いますが、二週間ぐらいで治るんじゃないですかね。しばらくしても治らなかったら言ってください」
「うん」
それから、父様が持ってきてくれたすりおろしリンゴを食べ、その後フミーが眠った前後の話を聞いた。
「——話をまとめるとこんな感じね。改めて言うわ、フミー。あーしを助けてくれてありがとう」
「ううん。そっちこそ無事でよかった……」
微笑んでお礼を言うアープルに、フミーも微笑み返す。
「あなたの方も聞かせて欲しい」
アープルは表情を引き締め、声色を変えた。
「ログライフについてだけど、あーしが復活した時には姿が見えなくて、あなたが灰を抱いて倒れているだけだった。けれど、魅了されていた人たちは元に戻っていたわ。フミー、あなたは——」
「殺した」
アープルの言葉をその一言で切る。
「ログライフも、ドットルーパも、アタシが殺したよ。……きっと、ログライフの中にいた悪魔も」
フミーの発言に、アープルは悲しげにし、父様は申し訳なさそうな顔をする。
「フミー、あなたはそれでよかったの?」
「うん。……アタシはただ、逃げちゃいけない場面で、逃げなかっただけだよ。褒めてよ」
「嫌だったんじゃ、ないの?」
「全く嫌な思いをせずに生きていくーなんてできないじゃない。だから、嫌な……悲しい思いを、アタシが、みんなが、できるだけしなくて済むために少し頑張ったの。ほら、褒めて」
「……」
アープルは何も言わず、灰色の瞳でフミーを見つめていた。
〝みんなが〟なんて言うが結局は自分のためで、褒めるに値しないと思ったのかもしれない。正解だ。
けれども、今は言葉が欲しかった。雪を溶かすような温かい言葉が。
「フミー、頑張ったね」
一方、父様はフミーの手を優しく握り、労いの言葉をくれた。
「やった〜。アタシ偉い?」
鼻の奥がツンとして、泣きそうになったのを誤魔化すために明るく振る舞って、また褒め言葉をねだる。
「偉いよ」
父様の指先に少し力がこもる。
「私はフミーならどうにかするだろうなと思ってましたよ」
ネオンは腕を組んで誇らしげだ。
「何にせよ……無事で何よりだ」
リーゼは首をかきながら片目を閉じる。
「白い……でも硬い雪……」
最後にアープルがその瞳にフミーを映しながらひっそりと呟いた。




