4章21話:最善の一手と最悪な破壊
腹部を貫かれたアープルを腕の中に抱え、フミーは考える。
ここで間違えてしまえば、失ってしまう。取り返しがつかなくなってしまう。
それほど儚い状況であることを肌で感じていた。
「ニオンの元に……」
思い浮かんだのは世界最高峰の回復魔法の使い手らしいニオンだ。
直接、彼の魔法を見たことはないが、エルフの里でシュージに回復魔法をかけてもらったことがある。一瞬でフミーの傷を治してもらった。それを上回る魔法だとしたら、このアープルの傷も治せるかもしれない。
彼の元へ行こうと、アープルを持ち上げるべく腰に力を入れる。
しかし、女性であれ意識のない人間を運ぶのは意外と大変もので、フミーの細腕では持ち上げるのに精一杯だった。
「はやく、はやくしないと……」
この命が失われる前に。
そう焦りを降り積もらせたところで、この状況を好転させることが自分には無理なことだと、薄々感じ始めていた。
持ち上げるのにやっとで、肝心のニオンの居場所がわからず、どこに連れて行けばいいのかもわからない。探し回るのにどれほど時間がかかるのだろうか。
腕に痺れを感じながら、アープルを抱えたまま迷子のように立ち尽くす。
——カザミショーヤの顔が自然と思い浮かぶ。
一緒にいたのはたったの七日間だけだった。それでも人生最大の救いだった。大好きなのだ。そんな人が燃えて灰になった苦しさは、きっと一生忘れない。
——クロシェットの顔も思い浮かぶ。
フミーを助けてくれて、抱きしめてくれた人が消えてしまった喪失感。
その人の意思の結果だとしても、受け入れがたくて、悲しい。
もう、誰かが目の前で死ぬのは嫌だ。
フミーの手からこぼれ落ちないようにするには一体どうしたらいいのか。
フミーの手からこぼれ落ちるのなら——。
ひとまず、足を折りたたんでそこへアープルの頭を乗せる。
そして、
「——っ!!」
腕を伸ばし、青空へ向かって掌を晒した。
花火のように、眩い光を空へ打ち上げる。
「ネオーーーーン!!!!!」
何の威力もない眩しいだけの光魔法。それが届いて欲しい人の名を喉が壊れそうなほど叫ぶ。この王国中——いや、王国の外だろうと響き渡るように。
明るい真昼間に打ち上げても気づきにくいかもしれない。それでも、願う。
「どうか……届きますように——っ!」
光魔法はネオンが教えてくれた。
だから、きっと、
「フミー! お待たせしました!」
一人じゃないのなら。
『勝ちだよ——あーしたちのね』
「ネオン!!!」
金髪を靡かせながら、屋根の上から舞い降りた彼女の名を叫ぶ。
華麗に地面へ足をつけ、こちらの様子を見るなり駆け寄ってくる。
「ネオン、アープルをお願い!!」
フミーはアープルを抱えて立ち上がった。
「了解しました。ニオンの居場所はわかっています。彼ならきっと治せるでしょう」
アープルを託されるネオンの表情に、何も曇りはない。
弱気は一ミリもなく、ただ全ての成功を信じて疑っていない。そんな勝気な顔だった。
どうして、そんなに真っ直ぐな瞳ができるのだろう。
それが、フミーには心強い。
「また会いましょう」
別れの言葉を残し、ネオンは去っていく。今は、多くの言葉を交わす時間がおしいから、それでいい。
その消えゆく後ろ姿を見届けてから、フミーは自分が刺した存在を見下ろす。
地面で傷口を抑えながら横たわり、ピクリとも動いていない。
「し、死んじゃった……?」
血塗れのアープルに攻撃しようとする姿を見て、ただ必死にチョジュラスの槍を突き刺した。
死んでしまうかどうかなど考えず、何がなんでもアープルを助けたくて、アープルを仇なそうとするのが許せなくて。止めたくて。
誰かが死ぬところが見たくないというのは確かな本音で、アープルにも言ったことだ。
ログライフに死んで欲しいわけでも殺したかったわけでもない。
それでも、行いに後悔はなかった。
アープルを助けようとしたことを悔いたりはしない。罪悪感を抱えたとしても。この吸血鬼が死んでしまったとしても。
「……っ」
それでも、槍を持つ手が震えてる。
本当に死んでしまったのか確かめようともう一歩、ログライフに近づいた。
「——?!」
ログライフが白く長い手を伸ばし、フミーの足首を掴んだ。
血が止まりそうなほど力強い。
そのまま引きずられ、バランスを崩してフミーは転倒する。尻を地面に打ちつけた。
「天使……天使——天使!!!」
恍惚とした表情でフミーを見据えながら、ログライフは声を高くし、荒げる。血走った熱のある瞳でフミーを見つめるその姿は、これまでログライフとは思えず、別人のようだった。
禍々しいほどに粗々しい。
そこで、ある疑念が浮かび上がる。
「……もしかして、あなたが悪魔?」
「そうだ!! 我は悪魔!!」
一切隠す気もなく、そう告げた。
「アープルが言ってた。大昔、悪魔は天使に免罪をかけ地上への追放に追いやったって」
「そうだとも!! ——でも後悔したさ。それだけじゃこの感情は抑えきれないから」
貫かれた場所から血を垂らしたまま、悪魔はチョジュラスの槍に視線を投げる。
転倒した際にフミーの手から離れ、地面に横たわった槍を。
「まっ——」
湧き上がる嫌な予感に、チョジュラスの槍へ手を伸ばしたのも束の間。
——槍へ向かって悪魔が指先から光線を発射する。
闇色の線だった。熱風を発しながら、その先端がチョジュラスの槍に直撃した。
焦げた匂いと共に煙が立ち上がる。その灰色の煙が消え去った後、そこにあったのは——粉々になった残骸だけだった。
悲しみで自らを崩壊させた天使の灰で作られたのがチョジュラスの槍。そんな槍は破壊され再び灰へ戻ったのだ。
「え——」
小さく声を漏らす。
その光景が信じがたくて、何度も瞬きをする。それでも視界は何も変わらなくて、事実を突きつけてきた。
チョジュラス槍を手に入れるために頑張った人たちがいて、チョジュラスの槍で命を終わらせた人がいて、カザミショーヤを生き返らせるための道標だった。
それが、容易く失われてしまった。
手から落とさなければ、もっと早く手を伸ばしていれば——そんな後悔が首を絞めてくる。
「は……っあ、……ぁ」
溺れたように呼吸が上手くできなくて、目を泳がせた。
この場には、目の前のログライフの姿をした悪魔しかいない。
心の臓が冷えて、冷えて、凍りつきそうなフミーを見て、悪魔は、歯を出して笑った。
「契約しよう——雪のように白い髪の少女。槍を復元してあげるから、我と一つになろう」




