4章20話:悪魔の顕現
肉体が、斬撃の波に揉まれて、千切れ、千切れ、粉々に刻まれていく。
しかし、再生の力により崩壊した肉体は一瞬の内に元通りになる。
けれども、また切り刻まれる。
再生と破壊を繰り返し繰り返す。
斬撃は、降ることをやめない。
『オイオイ、ログライフ。何やってるんだ? 反撃しないのか? それともまだ我の力が使いこなせないか?』
肉体の内から自分にしか聞こえない声が響く。血を這うような低い女の声だ。
——それは、悪魔の声である。
ログライフは悪魔と契約していた。
王城地下で凍結され封印されている時、沈んだ意識の中に彼女は現れた。
闇黒い髪に光の灯らない瞳。そして大きな黒い翼を生やした女だった。
『我はお前に力を貸そう。悪魔の力だ。その代わり、目的を達成したなら我が顕現するための依代となれ』
『力を貸すだけ? 直接生き返らせることはできないのかしら』
『悪魔だぞ? 殺すことはあっても生き返らせるなんて死んでも御免だ』
『わかったわ、それでいい。それで、依代っていうのは?』
『お前の魂に我の存在を上書きして完全に乗っ取る。つまり、ログライフ——お前は死ぬ』
『……』
『安心しろ。お前の身の回りの存在に危害を加えたりしないさ。ただ、暴れさせてもらいはするがな』
そうして握手を交わし、ログライフは契約を結んだ。
力を借りる代わりにあの人と再会したら体を明け渡すという契約を。
そこからずっと、ログライフの肉体には自分の魂と悪魔の魂の二つが宿っている。メインはログライフ自身だが、その裏で悪魔が存在するのだ。
「反撃の前に作戦を考えているの。あの子にはきっと、悪魔の力を持ってしても足りない」
『へぇ……なら、我に体を貸してみるか?』
「……」
契約を持ちかけてきた時と同じ声色で囁かれる。
『大丈夫。契約違反はしないさ。てか、できないように悪魔は作られてる』
「それで、どうにかなるの?」
『ああ、我に主導権があれば、最大限悪魔の力を使える』
「わかった、いいわよ」
悪魔の提案にログライフは頷いた。
——これにより、悪魔は顕現する。
——
突如、空気が変わったのをアープルは感じとる。
ざわめきに一層気を引き締め、ログライフを凝視した。
彼女は、素手でハエを追い払うように手首を軽く振り、そうして、斬撃を打ち消している。切り刻まれ再生することを繰り返すループを、斬撃を弾くことで終わらせよくとしてた。
——どうして、最初からやらなかった?
次々斬撃を弾く姿に、そう疑問を持たざるおえない。
地面へ墜落するまで斬撃を飛ばし続けたかったが、それも無駄だと感じ、刀を下ろす。
どこか優雅さのあったログライフの仕草は粗暴さを出していて荒々しい。先程までとは別人のようだった。
「どうした? そんなに我を見つめて。見惚れちゃったかにゃ?」
挑発するような安い笑みを浮かべたログライフと目が合う。
瞬間、鳥肌が立つ。
——悍ましい。
ログライフの容姿に何一つ変わりはない。黄緑の長い髪に空虚な白い瞳。ただ、目つきが違った。喋り方が違った。
腐った果実のようで、死骸が浮かぶ汚水のようで、骨が曲がったような、そんな嫌悪を誘発させる。
「悪魔……ッ!!」
睨みつけながら、その正体を叫ぶ。
「せーかい〜。よくわかったね」
ログライフ改め悪魔は白い瞳を細め、嬉しそうにアープルを指差した。
「うん、だから、君は負けるよ」
突き出す人差しの先端に、極光を纏いし漆黒のエネルギーが密集していく。
痺れる空気の中、本能的に退避の決断を下していた。
——これは、恐らく対処できない。全力で走れば回避できる。攻撃範囲外へ逃げなければ——。
「——!」
駆け出す最中、一人の男の子が蹲っているのが見えた。足から血を垂れ流し、泣いている男の子が。
「——ぁ」
その子を抱えて逃げるでは間に合わない。第一、その子以外に逃げられていない人が周囲にいないとは限らない。
そんな単純なことを失念してしまっていた。
そのことに気づいた時、自然と足は止まり、逃げ出した道を戻っていた。
宙へ浮かぶ悪魔へ刀を構える。
「受けて立つ——!!!」
刀の先が、太陽の光に眩しく反射した。
——正義であり続けられるなら、死んだっていい。
「正義を不滅にするため、正義であるあーしが勝つ」
正義を舐め腐り、軽んじたことを悔いてしまえ。
「人間って愚かだねぇ」
そう口にした悪魔の指先で閃光が闇の光線になり、アープルを貫かんと空中から真っ直ぐ降り注ぐ。
屋根の上から飛び、その光線を切り刻まんと刀をぶつけた。
「つぁぁぁああああああああ——!!!!!」
叫ぶ。自分の全てを刀に宿らせるように。
刀の先と摩擦する光線の先が泡立ち、光が跳ね、焦げた匂いがした。
次の瞬間、巨大な破裂音と共に光線が粉々と辺りに散乱する。
しかし、散乱しなかった光線の残りは、
「———ッ!!」
アープルの腹部を貫いた。
血反吐を吐きながら、地面に膝をつき、倒れ込む。
散乱し削れた光線とはいえ、致命傷は免れない。
「でも……」
散乱したとはいえ、辺りを見渡せば、大きな被害はなさそうで、最小限に留められたことを誇りに思う。
「ほら、負けた」
悪魔はアープルの前に降り立つ。しゃがんでそのままアープルの顎を掴んだ。その手は氷のように冷たい。
「人間って愚か。そんな愚かなところが可愛いんだけどねっ」
「ゲホッ…………、何が……愚か……、愚か、なのは……そっち、よ。——あーしの、勝ちだもの」
「負けだろ。だって死ぬんだぞ、お前。ログライフもだけど、せっかくの生きる力を投げ打って死ににいくのって本当に——」
言い切る前に、アープルは悪魔を指差して笑う。
「ばーか」
「———」
その言葉に目を見開き、悪魔は無言でアープルの顎から手を離す。
「じゃあ、もう一度あげるよ」
そう言って指先を、今度は数センチ程度しか離してない距離アープルへ向ける。そして、そのままエネルギーを溜め始めた。
震える空気が傷口に響くのを感じる。
どんどん、どんどん血は流れていくし、わざわざ二発目を撃たれなくても間もないうちに死んでしまうだろう。
——それでも、やはり、
「勝ちだよ」
「——!?」
衝撃に悪魔が息を呑み、固まる。
「あーしたちのね」
地上に降りてきた愚かな悪魔はチョジュラスの槍に背後から突き刺されていた。
刺された箇所から鮮血がポタポタと流れ落ちる。その傷が回復することはないだろう。
「アープル!! 大丈夫!? ごめんねっ、遅れて……っ!!」
突き刺した槍を抜き、コートを翻しながら、白髪で紅色の瞳の少女——フミーが駆け寄ってくる。
大きな瞳に溜まった涙が、今にも溢れそうだった。
「べすと、たいみん、ぐ——」
溢れそうな涙を拭ってあげたくて震えながら手を伸ばすも、届く前に力が抜けていく。
「アープル……っ!!!」
「———」
アープルの手を握りながら、呼びかける。
「ダメだよっ!! 死なないで!! 死んじゃダメェ——ッ!!!」
血の匂いが濃く充満する中、フミーの絶叫が響いていた。




