4章19話:意地の果てに
暴言を吐きながら、ロードミルフィはフミーの髪を掴んで殴りかかる。
「殺す……っ! 死ねっ! 死ねっ! さっさと、苦しみ……悶えろ!!」
飛んでくる拳を掌で受け止めるも、体重をかけられてバランスを崩し、ロードミルフィ諸共倒れ込む。
背中を強く打ちつけたが、そんな痛みは最早、些細なことに感じる。
——一体、どれほどの時間が経っただろう。魔法は使わず——というか使えず、互いにひたすら殴って叩いて蹴って、アザだらけになりながら睨み合って。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、ロードミルフィの黒い瞳を見つめる。
「……どう、やら……もう、反撃する力も、ない、……みたいだな」
引きずった声のロードミルフィこそ——そう答えたかったが、今のフミーはそれすら億劫だった。彼の言う通り、余力がない。息をするのに精一杯で、指先一つ動かすのが限界だった。
「死んだこと、ないだろ? ——味合わせてやるよ」
銀の唇を歪ませながら、ロードミルフィはフミーの首へ手を伸ばす。
「——っ!!!」
喉を押し潰されるように圧迫され、途端に襲ってきたのは死の恐怖だ。
この世界で死んでも肉体は無事。
それを説明され、信じられると思っても、わかっていても、拒否感が発芽する。
——死にたくない。死にたくない。死にたくない!!!
頭ではない。身体がそう叫ぶのだ。
だから、限界を超え、首を絞めるロードミルフィの手を引っ掻くように掴んで抵抗する。
「あはは〜。いい顔じゃん、みっともなくて」
本能的恐怖に抗いながら、そんな風に嘲笑されて腹立たしくて腹立たしい。
だから、強がりだとしても、世界から喪失する最後の瞬間には、笑みを作った。
ここまでのフミーの行動が、何か役に立ったことを信じながら。
その微笑みに一瞬、ロードミルフィが怯んだ気がして、少しスッとする。
——
ビクッと体を跳ねさせながら、フミーの意識は回帰した。
掻っ開いた目で辺りを見渡せば、フミーを背負っていたお祖母様と目が合う。
「痛いぞ、フミー」
「……っ! ごめんなさい」
無意識のうちに指先に力が入り、お祖母様へ爪を立ててしまっていた。
「起きたんだな。降りるか?」
「う、うんっ」
お祖母様の背中から降りて、土へ靴裏をつける。
心臓は未だバクバクと音を立てていた。
——死んだ。
あの世界で死に、ここへ戻ってきた。
カザミショーヤも味わった——死。
どれほど現実世界と正確かはわからない。それでも、それを味わった衝撃が心を揺すっている。
大丈夫。生きている。
生きているが、死を味わった。
死んだのに、生きている。
ぐるぐると酔いそうなほど、死が付きまとう。
「大丈夫なのだよ、フミー」
「お祖母様——」
お祖母様が、フミーを優しく腕の中に引き寄せ、抱きしめる。フミーよりも背が小さいのに、どうしてか大きく感じられる。
その温もりに包まれていく内に段々と落ち着いて、平常心を取り戻せてきた。
「ありがとう、お祖母様」
「いいってことよ」
お礼を言ったフミーに、お祖母様は歯を見せて笑いながら肩を軽く叩いた。
「それにな、フミーのおかげで銀黒の魔女もほら、あの通り」
お祖母様が指差した先を見ると、ロードミルフィが小鬼たち諸共、光る鎖でぐるぐる巻きにされていた。
「ネオンがやってくれたんだね、よかった……」
「警備隊の子も協力してくれたけどな」
自分のやったことに、意味があったようで救われる。精神世界で死んだ甲斐があった。
「あたいは銀黒の魔女と小鬼の見張りで残って、ネオンちゃんはアープルちゃんの元に行くか迷ってたけど、結局カナちゃん——警備隊の女の子と一緒に救護に回るみたいだったぜ」
「そっか」
「フミーはどうする? 行くのか? アープルちゃんの元に」
「もちろん。そのために来たんだし」
ログライフが飛んでいて槍で攻撃できない状況だったが、今は戦況が変わっているかもしれない。行く価値はある。
「……」
アープルの元に足を進める前に、もう一度ロードミルフィを見る。
まだ精神世界にいるのか、長いまつ毛を伏せ、目を覚ましていない。
散々な目に遭わされたが、彼に対して憎しみや嫌悪はなく、ただ、湧き上がったのは憐れみに近い何かだった。
「あーそうだそうだ、ここら辺は銀黒の魔女が付与魔法かけてて歪んでるから、迷うかもしれないな。途中までついて行ってやるのだよ」
「でも、ロ——銀黒の魔女から離れて大丈夫?」
「きっと、ちょっとぐらいなら大丈夫だぜ」
——
銀黒の魔女——ロードミルフィは精神の世界で佇んでいた。
フミーを殺してこの世界から退場させた今、この世界に残る理由もなく、現実世界に回帰すべきだが、問題があった。
それは、現実世界の様子だ。
何となく、わかるのだ。
現実の自分がどうしようもない状態であることが。フミーと取っ組み合いになっていた時には気付けなかったが。
「……君は伝えてくれていたのにね」
隣にいる赤い小鬼をしゃがんで撫でる。
フミーと取っ組み合いになっていた時、懐で赤い小鬼が何か様子を伝えようとしてくれていたことは気づいていた。それを無視したのだから自分の落ち度だ。
「許せなかった。ボクの名前を口にするあいつが。殺すにしても、現実世界でやればいいのにね」
それでも、目の前の白髪の女の存在が許せなくて、壊したかった。
「でも、結局、壊れなかったよね、多分」
死の間際、フミーは一瞬笑った。
自分の勝ちだとでも言いたげに。
「このままじゃ、終われない」
ロードミルフィは現実への回帰を決意して、拳を握りしめた。
精神世界を後にする。
——目を開けば、目の前に誰かがいることがわかる。
顔を上げ、ロードミルフィへ影を落とすその人物を確認し、睨みつけた。
「ドットルーパ、お前……」
黄緑色の髪に白い瞳。麗しのあの方と同じものを持つ人物だ。
「あいつにボクの名前教え——」
顔を見たら文句を言おうと思っていたことを真っ先に告げようとした矢先、最後まで言い切れる前に、鮮血が吹き出す。
目線を下に下げると、肩から腰にかけて深く切り裂かれていた。
これは自分の血だ。誰が吹き出させたのかは明らかだった。
傷の深さから、自分の許容できるダメージでないことを理解する。
「お前はきっと、オイラを恨むだろうけど、悪いね。……でもな、ロードミルフィ。オイラは君のこと嫌いじゃなかったっすよ」
ドットルーパは漆黒のナイフを握りながら、物寂しげな表情で微笑む。
その言葉を耳に捉えた直後、視界が暗転した。
——
「何……やってるのだよ」
銀黒の魔女の意識が途切れた直後、ルルーミャが丁度フミーの付き添いから戻ってきた。ルルーミャは返り血で汚れたドットルーパを見て、目を細めた。
「何って殺しっすよ〜」
ドットルーパは振り返ってルルーミャを見る。
「お前さん、ドットルーパだろ? なら、仲間だろ、そいつ……!」
「仲間だからこそというか……邪魔されないようにっすね〜」
軽薄な笑みを浮かべるドットルーパへ厳しい眼差しが突き刺さる。
「それに、ほら、死んだ直後なら緑の小鬼が治して全回復。……オイラとしては、しばらく目覚めないで欲しかったんで、気を失ってもらったんっすよ〜」
「ああ、そう。何にせよ、あたいはあんたを逃がさない。あたいの息子がポカやらかしたみたいだしな」
「それは勘弁っすよ〜」
水魔法で手裏剣を生み出し、ドットルーパへ向かって投げようとするルルーミャ。しかし、それより先にドットルーパは翼を生み出して大きく羽ばたいた。
そしてそのまま、どこかへ飛んでいく。
「追いかけ——いや、あたいの役目は銀黒の魔女と小鬼の見張りだな」
ルルーミャはため息を吐き、銀黒の魔女と小鬼たちへ視線を投げる。
「緑、赤、黄色……。青い小鬼もいるんだよな確か。どこにいるのだ? まっ、いっか」
ルルーミャは、銀黒の魔女の正面に胡座をかいて座るのだった。




