4章18話:作戦実行
場所はノーマル王国内部。戦のど真ん中であるそこへ、ネオン、ニオン、カナの三人は来ている。
ちょうど空を見上げれば、空一面を覆い尽くす斬撃の波に、ログライフが飲まれているところだった。
「相変わらずとんでもないですね、あの子は」
規格外の斬撃を生み出したであろう人物に思いを馳せながら、後ろをチラ見すると、ニオンもカナもどこか誇らしげにしていた。自分のところの隊長が褒められて嬉しいのだろう。
ログライフは斬撃の波に溺れても悲鳴もあげずにただ血を降らせていた。
すぐ再生するとはいえ、痛みはあるはずだというのに。
「ログライフの姿は確認できましたけど、黄色い小鬼は……」
カナはログライフの懐にいないかジッと目を凝らして確認する。
「ログライフにくっついているなら無事じゃ済んでなさそうですし、地上のどこかに隠れてると思っていいんじゃないですか?」
ニオンが辺りをキョロキョロと見渡した。ネオンとカナもそれに見習い辺りを見渡す。
すると、枝を踏む軽い時音が背後から聞こえた。
「あれ、君たち何してるのだよ」
雪のように白い髪を二つ結びにした背の低い少女——ルルーミャだった。
背中にフミーを背負い、両手にはそれぞれ、凍らせられた赤い小鬼と同じく凍らせられた黄色い小鬼がいた。黄色い小鬼の方は気絶している。
「ルルーミャさん、その小鬼はどうしたんですか?」
「フミーはどうしたんですか?」
目を見開いてニオンは問いかけた。続けてネオンも問う。
「この赤い奴を捕まえてたんだけどな、そいつを助けようと黄色い奴が今度は出てきたんだよ。あっ、フミーは作戦で赤い小鬼に触れて違う世界行ってるぜ」
「作戦?」
「ああ、ニオンくんが〝意識の世界に出てくる時、現実世界の魔女は無防備にすやすや眠ってやがる〟って言っただろ。だから、銀黒の魔女の動きを封じるためにわざと意識飛ばしたのだよ」
「そうですか。なら、こちらの『作戦』も早く実行しなければですね……。協力してください」
「いいぜ! ネオンちゃん!」
真っ直ぐ見つめてきたネオンにルルーミャは溌剌と返事をした。
——
黄色い小鬼は、土の上で目を覚まして起き上がる。意識を失う直前の小鬼の記憶は、囚われた赤い小鬼を助けようと駆け出し、その結果、白髪で二つ結びの人間にコテンパンにされたことだった。
しかし、辺りにその人間はいない。
それに、ここがどこかも小鬼にはわからない。黄色い小鬼の中に、奇妙な感覚が広がる。
わからないということが不思議なのだ。小鬼の持つ角によってありとあらゆる情報が精密に入ってくる。なので、迷うなんて状態にはならないはずなのだ。
不安で落ち着かず、首を傾げながら黄色い小鬼は小さな足で歩き始める。
「ねぇ」
小鬼に話しかける、たった一つの人影があった。
声に反応して小鬼が振り返る。
——宝石のように輝かしい黄緑色の長い髪、麗しの泣きぼくろ、全てを意に返さない白い瞳——ログライフだ。
ログライフはしゃがんで黄色い小鬼と目線を合わせる。そんなことをされたの初めてで小鬼はたじろいだ。
主の思い人というだけで尊敬の念は生まれていたが、小鬼たちがログライフと直接接することはほとんどない。
ましてや一対一でこうして目を合わせる時が来るなど小鬼は思いもよらなかったのだ。
「緑の小鬼の居場所を教えなさい。ぎ——あの子と一緒にいるはずよね」
その要求に小鬼は力強く頷く。角の調子が悪く、情報を得づらいが、同志である小鬼の居場所くらいならなんとか掴める。
ログライフからせっかく頼まれたことに答えようと緑の小鬼の元に足を向けて歩き出した。
——
木の影に隠れながら、ニオンとカナとルルーミャは黄色い小鬼の後ろをログライフと共についていく。ログライフ——否、ログライフの姿を模しただけの中身はネオンだ。
まず、カナが提案したのはログライフの偽物を作り、小鬼を騙すという作戦。カナは土魔法が得意だ。なので精巧な土人形を作り出すことが出来ると言う。
次に、その案を発展させたのはニオンだ。角は鬼にとって情報を得るために重要な器官。すなわち、その角のパフォーマンスを落としてしまえば、アッサリ騙されてくれる。
なので緑の小鬼の角は現在、7割ほどの面積が泥に塗れていた。全部を泥で覆ってしまうと五感を失うに等しく、意思疎通が難しくなる。
そのための7割だ。
それから、泥人形では喋れないということで、誰かがログライフの姿になることになった。
カナが土魔法でログライフの型を形造り、細かいサポートをネオンがし、召喚術でルルーミャが取り出した染料で、ニオンとカナが着彩をした。
「私はこういった芸術的センスはないので尊敬します」
「あたいもだぜ!」
出来上がったログライフを見てネオンとルルーミャが発した言葉だった。
結果として、作り物のログライフの姿を本人だと騙され、ネオンの声をログライフのものと錯覚する。
「騙すなんてなんだか心が痛みますね」
作戦の計画を話し合う中、カナがポツリと呟いた。
「発案したのはカナさんでしょう」
ニオンが困ったような笑みを浮かべる。
「まー、そうなんですけど……」
カナは気持ちを落ち着けるように自身の髪を撫でながら目を逸らした。
ニオンの言う通り、言い出したのはカナだ。けれど、洗脳して味方を増やすログライフと何ら変わりないことのような気がしたのだ。
「ここで手を尽くすことは何も間違いではないと、私は思いますけれど」
「ネオンさん……」
「まっ、私はあなたたちのとこの隊長と違って正義とか正しさとかどうでもいいので、そんな奴の言うことどうでもいいなら無視してください」
「いっ、いえっ! そんなこと思いません! ネオンさんは素敵な方だと思います!」
カナは首を横に振りながら否定し、ネオンの手を握る。
「……? ありがとうございます」
キラキラとした瞳で見つめられ、ネオンは首を傾げた。
そのようなやり取りを経ての作戦実行だった。
「……ついたわね」
ログライフを演じるネオンが呟く。
その視線の先には木を背もたれにして瞳を閉じた銀髪の魔女がいた。
ここに来るまで、洞窟を通ったり木の上に登ったり、複雑な工程を交えていたが、きっとそれが辿り着く条件だったのだろう。そういう付与魔法を道にかけている痕跡があった。
「痕跡を残すなんてまだまだですね。アヤートだったら残しませんよ」
無防備な寝顔の前に仁王立ちをする。
そして、ログライフの姿をバラバラと崩し、ネオン自身の姿を現した。
それを間近で見た黄色い小鬼は、己の愚かしさに気づいて目を潤ませ、それでも尚、ネオンの前へ立ち塞がった。その隣に銀黒の魔女の懐から出てきた緑の小鬼も並ぶ。
二人の小鬼に睨まれたネオンは紺色の帽子を被り直しながら、手に集中させる。
その手には、光魔法により作ったまばゆい光の剣が握られていた。
ルルーミャ側の状況は聞いている。こうして銀黒の魔女が無防備なのもフミーのおかげなのだと知っている。
即ち、フミーとの共同作業でもある。彼女の得意な光魔法で決着をつけてあげようと思ったのだ。
「どいてくださいよ」
そうネオンが促しても二匹の小鬼は動かない。
このまま、ネオンが小鬼と魔女を斬ってしまうことは簡単だ。
実際やるのかは別として、敵として仇をなす者の命を散らすことは咎められるべきことではない。少なくともネオンはそう思う。
しかし、フミーはきっと嫌がるだろう。
ネオンの意思としても、命を奪う理由はない。
——なら、この手に持つは剣ではない。
光の剣を、輝きを放たせたまま光の鎖へ変化させ、0.1秒にも満たない稲妻の速さで小鬼ごと銀黒の魔女を木へ巻き付けた。
巻き付けられた小鬼たちは身を捩って反発するも虚しく、何も意味を出さない。
ネオンの手以外では解けないようになっている。ネオンが作り出した鎖なのだから当然だ。
その様子をネオンは紺色の瞳に焼き付けてから後ろを振り返る。
「終わりました」
そう言って見守っていたニオンたちへ小さく手を振った。




