4章17話:覚醒
アヤートは目の前の吸血鬼の男へ問いかける。いや、問いかけというよりぼやきのようなもので、正確には独り言だった。
「何故、みんな死にたがってしまうのだろうね」
その言葉を聞いてドットルーパは首を傾げる。
「オイラほどじゃないにしても、あんたも長い時間生きてるでしょ? わからないっすか〜?」
「生憎、死にたいと思ったことはないよ。……生きる理由がわからない時はあったけれど」
妻であったリンネと出会うまで、アヤートは自分がずっと定まらなかった。しかし、彼女と出会ってからは彼女のために、フミーが生まれてからは二人のために、そうした道標を見つけられた。
アヤートは、道標がなく彷徨っていた時も、組織に囚われ拷問のような行いを受けていた時も、死にたいとは一度も思ったことがない。死ぬまでそう思うことはないだろう。そういう性分だった。
「ああ、そう」
ドットルーパーがアヤートに向けたのは冷めた目だ。同じ長寿でも理解し合えぬことがわかり、彼にはそれがつまらなく感じたのだ。だから、話を終わらせる。
「とにかく、同行はしてもいいんで行かせてもらうっすよ〜」
「やっぱり、それはできない」
「はぁ!? ちゃんと喋っただろ! 話と違うっすよ〜?」
「僕は檻に入った君を見張る役目を任されているし、死ぬことを支援する真似をしたくないし、——何より、君はフミーのためになると言ったけど、『それ』は親としてやらせたくないんだよ」
「……残念っすね〜」
「フミーと共にいることを諦めてまで請け負った役目、放り投げさせてもらおうなんて、そう考えられないことだし」
「だったら、期待させるようなこと言わないで欲しかったっすよ〜」
「それは、ごめんね」
「……」
謝ったアヤートをドットルーパはじっと目を鋭くして射抜く。それに応えるように、アヤートは笑みを消してドットルーパを見返す。
一気に空気は張り詰めたものへと変わった。
通常であれば、ドットルーパに勝ち目はない。例え部下二人を囮にしたところでどうにかなる相手でもない。
——それでも、希望はある。
「——!」
アヤートは予想外の光景に目を見開いた。目の前にいるドットルーパの姿が崩れ始めたのだ。
背景と同化するように——否、背景を覆い隠すようにドットルーパの存在は広がっていき、黒い霧へと変化した。
それは、ドットルーパの持つ吸血鬼としてのスキル、霧化だった。
「お前ら、逃げろ」
どこからともなく声が響く。
「でっ、ても」「ドットルーパさん……」
「うるせえ! オイラの部下のくせにオイラに逆らうんじゃないっすよ〜!」
そのドットルーパの怒鳴り声の後、どこかに駆け出す二つの足音が鳴った。
アヤートは焦ることなく風魔法で霧を吹き飛ばす。
その頃には、いたはずの人物二人の姿が見えなかった。
「部下を逃したんだね、立派だ」
「足手纏いなんっすよ〜」
「……」
吹き飛ばされた霧が再び集合して元のドットルーパを形成し、アヤートの言葉に返事をした。
アヤートの目的はドットルーパであり、彼の部下に関してはわざわざ霧化しなくとも捕まえる気はなかったが、わざわざ言うことは野暮なため口をつぐむ。
代わりに、ドットルーパを行動不能にするべく氷の杭を宙に作り出し、それをドットルーパへ発射する。転がるように走って、かわりしながら、めげずにアヤートの方へ突っ走ってくるドットルーパ。それに眉を顰めながら、さらに杭の数を増やして追尾させる。
「おらぁっ!!」
「——っ!!」
前傾姿勢をとり、アヤートの腰へ突進してきた。全ての氷の杭をかわしきったわけではなく、いくつかは命中していたそれを気にすることなくぶつかってきた姿は、さながら吸血鬼というより猪のようだった。
腰を落とし、足に力を入れ、重心を崩すことなくそれを受け止めたが、今度はドットルーパを追尾している氷の杭が、ドットルーパと重なるアヤートめがけて飛んできた。
ドットルーパは不死身の吸血鬼だ。いくらでも再生できる。よって自分の身を犠牲にする作戦が取れた。ドットルーパの体ごとアヤートの体を氷の杭に貫かせようとしたのだ。
しかし、それはアヤートが杭の軌道を逸らすことでアッサリと解決する。自分で生成した杭なのだから、容易なことだった。
「痛いのは嫌だろう」
そう呟きながら、アヤートは自分の腰へしがみつくドットルーパへ意識を奪う付与魔法をかけようと手を伸ばした時だ。
「——っ!!」
破裂音と空気の異変を感じ、アヤートは咄嗟に上半身をのけ反らせる。
次の瞬間、アヤートの目の前を空気を割く線が通っていく。もちろんそれは錯覚で、線ではない。——弾丸だった。
「——また来る」
「ぐあっ!!」
直感的にそう感じて、自分の腰にしがみつくドットルーパを無理矢理蹴り飛ばして体制を低くした。それは的中し、破裂音が再び鳴り響いてはアヤートの頭上を熱が通り過ぎた。
「……魔法製の弾丸……じゃあ、銃も魔法製か」
アヤートは2回弾丸を感知して確信する。
魔法製ということは、要はなんでもアリだ。どんな魔法で作られたものかわからない以上、警戒し、先に狙撃手をどうにかするべく、弾丸が飛んできた方向へアヤートは足を向ける。狙撃手の正体など、ドットルーパの部下二人で間違いないだろう。アヤートとしては見逃すつもりだったが、そのような邪魔をされてはいただけない。
「待て」
「……っ」
冷えた声と共に背後からナイフが空気を切って飛んできただため、それをアヤートは首を傾けてかわす。
「あんたの相手はオイラっすよ〜」
衣服についた土埃を祓いながら、ドットルーパは立ちあがる。
「オイラ、痛いのは嫌だけど再生能力には自信あるんだよね。持久戦といこうっすよ〜」
「不老不死と持久戦か……それは胸が躍るよ」
ドットルーパとアヤートの視線が再び交わる。
しかし——ドットルーパの意気込みも虚しく、弾丸のサポートあっても、ドットルーパがアヤートへ有利を取れることはなかった。
——
圧倒的な戦闘能力の差は実感していた。それでも、それを覆す気でいた。なにせ、吸血鬼の不老不死の運命を覆すつもりなのだ。それなら、戦闘能力の差だって——。
そう思ったけれど、無駄だった。
何とか隙をついて左腕に噛みいた。けれどアヤートの左肩についてあったなは義手であり、何も意味をなさなかった。
アヤートの脚に弾丸が当たったこともあった。しかし、それをもろともせず、パフォーマンスを発揮するのだからつまらない男だ。
持久戦と言っておきながら、一時間にも満たない戦いの末、ドットルーパは胸部から下を氷付けにされ、身動きが取れなくなっていた。ドットルーパの部下二人は気絶させられ弾丸が運良く助けてくれるなんてこともなくなった。
「終わりだよ」
ゆっくりとアヤートは動けず寝そべるドットルーパへ近づいてくる。
氷の冷気をその身に感じながら、必死で頭を回転させる。しかし、覆せる手札など持ち合わせていない。それでも、
——嫌だ。
——オイラは、オイラの望みを、
「叶えてみせる」
その願いに呼応して、血がドクドクと疼き、体が熱くみなぎる。
「はぁ……、はぁ……っ!!」
「なんだ……?」
異様な雰囲気を感じ取り、アヤートは一歩後退る。
ドットルーパにも、勿論アヤートにも、その異変の正体がわからない。
それでも、ドットルーパはその変化が自分の力になると信じて疑わず、受け入れる。
「ぁぁぁああああああ——!!!」
ドットルーパの焼けるような叫び声と共鳴して、身を封じていた氷が砕け散った。氷の破片が辺りに輝いて舞い散る。
「それは……っ」
ドットルーパの姿をアヤートは凝視する。
彼の背中には先ほどまではなかった異物がある。漆黒の羽だ。太陽の下に相応しくない蝙蝠のようなその羽に自然と視線を奪われた。
——その隙だけで、〝青い小鬼〟がアヤートの頭上に乗るには十分だった。
ドットルーパの懐にずっと潜んでいたその小鬼は飛び出してアヤートの頭部へ足をつける。
「———」
瞬間、アヤートの視界に映る景色が一瞬にして切り替わる。
白、白、白。
白い天井に白い床。
それは、見たことがある景色だ。
現在、アヤートたちが生活している研究所『テーキット』。——だが、生活しているのはここ一年の話で、それ以前のアヤートにとっては、別の意味を持つ空間だ。
——白衣に袖を通した研究員がこちらを上から見下ろしている視線と目が合えば、その時のことを思い出す。
ガシャン。
いつの間にか視点が低くなっており、跪いていたので、立ちあがろうとしたら金属ががなる。音の源を辿れば、鎖で繋がれた己の手足があった。
「…………やっぱり、ダメか」
魔法で壊そうとするも、そもそも魔法が使えない。
鎖は魔法を吸収する効力があり、魔法で壊すことはできないのだ。何度も壊そうとしたから知っている。
そう、全て知っている感覚だった。
——じゃ、まず腕を焼きます。
そう言って複数いる白衣の研究者の一人が炎魔法を腕に当ててきた。
「ぐっ……」
痛みに奥歯を噛み締める。
こんなことをして何がわかるというのだろう。
寿命が人より長いだけで、ただの人間だというのに。
——じゃあ、これを投与しますか。
今度はドブ色の濁った液体の入った注射器の先を腕に刺してくる。
それがなんなのかわからないが、質問したところで誰も答えはしない。時に幻覚を見て、時に嘔吐を催し、時に記憶が混濁することがあったけど、結局わからずじまいだ。なにせ、彼らはアヤートの言葉に耳を貸さない。彼らが発する声はアヤートには向けられない。だから、無視されるたび、ただの実験動物でしかないということを実感していた。
故に、ため息を吐いて、何もない白い天井を見上げた。
「こんな悪夢、もう何度も見たよ」
アヤートが動けば身を封じる鎖の音が鳴る。
だが今度は、その鎖を目一杯引っ張った。壊せないという思い込みは捨てて。すれば、紡がれた鉄はバラバラと崩れて、破片が勢いよく飛び散った。
研究員が全員驚いた視線が突き刺さる。
「魔法は……鎖を解いても使えない。ということはやっぱり、ここ元いた場所とは違う世界のようだね」
フミーから、赤い小鬼と接触したら別の世界へ意識が行き、そこは無人の王都だった——そんな話を聞いたことがある。景色が切り替わる直前に目が捉えたのは赤い小鬼ではなく青い小鬼だったが、同類の現象と見ていいだろう。過去に逆行したという可能性は考えづらいことだし、考えたくはない。
「にしても……人の嫌なものを突きつけるなんて趣味が悪い」
先ほど好き勝手された自分の腕を見てから、天井に設置された明かりを見た。
けれど、所詮は小鬼の作った空間、現実よりも脆く、弱い紛い物の世界。
魔法は使えなくとも、壊す方法はいくらでもあるのだ。
自分の掌を見て、それをゆっくり閉じる。その拳を地面に軽く置き、狙いを定めてから、突き破る勢いでその地面に拳を打ちつけた。
すると、白いヒビが世界へ刻み込まれる。そしてその亀裂がどんどん大きくなっていく。やがて世界は形を維持できなくなり、崩壊した。
「——!」
突如開けた視界に息を呑む。
元いた場所へ視界が戻ってきた。
遠くで小鳥の囀る音も聞こえる。
現実への回帰だ。
しかし、辺りを見渡しても、ドットルーパの姿も、その部下の姿もない。
「逃してしまったか……」
凍った海を見ながらぽつりと呟く。
——行き先はわかるのだし、追いかけてしまおうか。
そんな考えが頭をよぎった。
「……いや」
やめておこう。リクやリーゼたちの様子も気がかりなのもあるが、一番は吸血鬼としての力を土壇場で覚醒させたドットルーパの意地を尊重したくなってしまったからだ。
ドットルーパーの姿に気を取られた隙に奥の手として忍ばせていた小鬼の術中にかかった時点で気持ち的にアヤートは負けも同然なのもある。
「さて、警備隊の人たちに報告してから研究所に戻ろう」
怒られるだろうか。ガッカリされるだろうか。子供のようなその不安を抱えながら、アヤートは足を進めた。




