4章13話:刺さるもの
—–—落ち着かなきゃ。
いや、無理。苦しい。首絞められてる。死ぬ。精神世界で死んだらどうなるの。そもそも死ねるのかどうか。なら、ずっとこのまま絞められるのかな。え。やだ。やだ。
魔法——ダメだ使えない。
チョジュラスの槍の召喚もできない。
何とかできないかと手を彷徨わせる。
すれば、髪の毛と思わしき感触に触れた。ので、それを思いっきり引っ張る。
「いっった!!」
痛がる声と共に締め付ける腕が少しだけ緩んだ。
「やめろ!! 抜ける!!」
もっと緩ませようとより強く引っ張ろうとしたらその前に彼の方から離れた。なので、掴んでおく理由はなくなり、フミーも髪から手を離す。
そして、十歩ほど距離を取る。
「いくら現実じゃなかろうと、髪がぬけるのは勘弁」
自身の髪を撫でながら口を曲げる銀黒の魔女——ロードミルフィ。
「名前、呼ばれるの嫌?」
「ああ、嫌だよ。何せログライフ様から初めて賜ったもの。お前ごとき口にさせない。汚れる」
黒い瞳を細めて睨むその顔には嫌悪が滲み出ていて、思わず息を呑む。
それでも、数秒間を置いてから言葉を投げかける。
「けど、初めて会った時、言ったよね。いつか教えるって、君がもっと知りたくなったら教えてあげる……って!」
「適当言っただけに決まってるでしょ」
「…………初めて会った時、嬉しかったよ。いい人って思ったよ」
「で? だから? 騙された悲劇のお姫様気取り? 気持ち悪いんだけど。ボクは最初っからお前が腹立たしかったよ。見窄らしい顔してさ」
返されたその冷たい言葉に傷ついた顔をしてみれば、ロードミルフィはそのフミーの顔を見て眉を顰める。
しかし実際は、ロードミルフィの悪意ある言葉に対してフミーの心は乱されていない。そういうフリだ。話を繋ぎ止めるための。
こうして時間稼ぎをして、その間にネオンに彼を捕縛してもらう。
フミーが考えたのはそういう作戦だった。
「ロードミルフィ……」
「〜〜〜っっ!!! だから! 呼ぶなッ!」
「掴み掛かろうとしないで!」
フミーへ掴み掛かろうとする手をひょいっと、今度は軽くかわす。
数秒睨み合った後、ロードミルフィは何か考えるように下を向く。
「教えたのは……ドットルーパか」
「……」
「あのヤロウ……っ! ボクの気持ちをわかってると思ったのに!」
無言を肯定と捉えてロードミルフィは、八つ当たりのように壁に拳を叩きつけた。
ドン、と低い音が鳴る。
実際、彼の言う通りドットルーパから教えてもらったものだ。
『オイラが誘導したも同然だし、役に立つことを教えてやるっすよ〜』
『役に立つこと?』
『——ロードミルフィ。銀黒の魔女の名前だ。呼べば絶対にあいつは動揺する。激昂するかもしれないけどね。もし出会っても真正面から戦ったらフミーじゃ勝てない。だから、秘密の呪文をオイラから授けてやるっすよ〜』
『わかった。覚えておく』
『せいぜい使い所間違えないようにっすね〜』
ドットルーパの言う通り、魔女は動揺し、冷静さを失っているように見える。一歩間違えばこちらが危なくとも、これは大きな利点だ。というか、利点にするつもりだ。
「……魔法を使って攻撃しないのはなんで? 私だけじゃなく、あなたも魔法を使えないの?」
得意であるはずの魔法ではなく首絞めという物理攻撃に出た。時間稼ぎの問いかけではあるが、本当に疑問にではある。
魔法の技術で彼に敵うとは思えないので、ここが魔法を使えない空間であるとありがたい。
「お前なんかとお喋りする気はない」
「じゃあ、どうするの? アタシと遊ぶ? この部屋色々あるんだよ。ボードゲームとか」
「チッ。さっきから時間稼ぎして、舐めてるの? ボクは一瞬でお前を苦しめられるんだからな」
「そう」
指差しながら黒い瞳でフミーをじっと見る。フミーはあえて平然と返事をした。
そんなフミーを見て微笑を浮かべるロードミルフィ。彼が指をパチンと鳴らせば、背景が変わる。
高い天井も、赤い絨毯の敷き詰められた床も、闇に消えた。
そして、新たに現れたのは——。
茶色い髪の女性だ。
花畑で微笑んでいる姿が似合いそうな綺麗な人。
フミーと同じ紅色の瞳を宿したその姿を見た時、喉の奥がひゅっと鳴る。
焦燥感が募り、バクバクと一気に心臓が暴れ出し、呼吸が浅くなる。
——待って、待って、待ってよ。
一瞬にしてフミーに動揺が走り、平然を装えなくなった。
「………ぁ」
その女性は、いつのまにか宙に浮かんでいる輪になったロープへ手を伸ばす。
「だめっ!!」
『その後』の行動をやめさせようと手を伸ばすも、フミーの手は虚しくも触れることは叶わない。幻を掴むようなものだった。
「それは、ダメだって!! ダメだよ! やめて!!!」
叫んでも、彼女はフミーには目を向けず、だだ小さく口を開いた。
『アヤート……フミー……』
「——かあさま……っ!!!」
そして、彼女は首を括った。
嫌な軋む音が鳴る。
ぶらり、と、揺れている。
母様の姿をもう一度見たいと思ったことは何度もある。けれど、こんな姿を見たかったんじゃない。
そして、涙も乾かぬ内に、映る世界はまた変わる。
母様の姿は消えて、今度は父様の姿がそこにあった。手錠と足枷をされて白い壁に繋がれている。
白衣を着た人物が近くに3人いて、一人は紙とペンを持ち、一人は何やら鋭利な道具を持っていて、一人は父様をじっと観察していた。
観察していた人が合図を出すと、道具を持っていた人が、その鋭利なものを父様へ突き立てた。
「——っ!!」
声にならない悲鳴をあげる。
込み上げてきたのは怒りだ。その衝動のまま、道具を突き刺した人を掴み掛かろうとしたが、貫通して空振る。
「父様に何するの!!? ねぇ!!」
無駄なことはわかっている。ここはどういう空間なのかも、ちゃんと、わかっている。
わかっているけれど、目の前にいるのは確かにフミーの大切な家族なのだ。
『雷魔法、使います』
道具を突き刺している人が、平坦な声でそう言えば、バチバチと音が鳴って、父様が白く光った。
「がああああ……っ!!!」
悲痛な父様の叫びが響く。しかし、フミー以外の誰も、それに顔色を変えることはなかった。
数秒白く光った後、焦げた匂いが漂ってくる。
「とおさま……っ」
しゃがんで父様に寄り添うようように手を伸ばすも、父様には触れられない。
『次は回復魔法の使い手を待機させて、身体の各部位を少し切り取ってサンプル採取します』
『回復魔法の使い手がいたら無限に実験できるな』
『ああ、我々の研究が捗る』
何を言っているんだろう。
サンプル? 実験? 研究?
そんなこと、あっていいわけない。
認めない。許せない。
「———」
父様も白衣の男たちも、像が揺らいで闇に混じり消えていく。
フミーは、その様子を唇を噛みながらじっと完全に消えるまで見つめていた。唇から血が垂れても拭わずに。
「どう?」
姿を消していた銀黒の魔女の中性的な声が背後から聞こえた。
「言っておくけど、場面はボクが選んでるわけじゃないよ。お前に刺さりそうなものがつくられてるだけ」
振り向けば、ロードミルフィが腕を組んで薄く笑っていた。
「これは……ほんとに、あったこと?」
「さあ? けど、お前かボクの持つ情報を元にできたものだから、似たようなことはあったと推測できるね」
「…………」
——母様の具体的な死因は知らない。父様は母様の死について深く語らなかった。
——父様についても、フミーは深く何かを聞くことはなかった。
きっとそれは、知ってしまうのが怖くて、無意識のうちに避けていたことだった。
「苦しい?」
「苦しいよ」
「じゃあ、もっと苦しめ」
笑いを堪えるように震えた声でロードミルフィはそう言うと指を再びパチンと鳴らした。
すると、景色は再びフミーが幽閉されていた部屋となる。
前と違うのは、この部屋に唯一ある扉が開いていること。扉の前に雪のように白い髪をした少女フミー——自分がいることだ。
腰まで届く髪は今の自分よりも長い。背中しか見えないので表情はわからないが、へたり込んでいるようだった。
そんな『フミー』へゆっくりと近づき、横から覗き込む。『フミー』の手には服を破いて包んだカザミショーヤの灰があった。
「やっぱり……」
——カザミショーヤと出会って7日目の日だ。
過去の自分を見て、嫌でもその時の感情が思い起こされる。
どうしようもない消失感に打ち砕かれそうになった。
けれど、再会を目指して立ち上がった。
「大丈夫」
『フミー』に触れられないながらに抱きしめる。
数秒そうしていたら、『フミー』は消えて、続いて部屋も消えていった。
「チッ……なんだ、こういうのは平気か」
さっきぶりにロードミルフィは姿を現す。眉を顰め、つまらなそうな顔で。
「あのね、あなたの狙ってることは起きないからね」
前みたいにフミーの心を折るためにこんなことをしているんだろう。けれど、それは無駄だ。フミーは成長したのだから。
「んじゃ、これは?」
ロードミルフィの姿が霧散して消える。
代わりに一人のエルフの女性が目の前に現れた。
横髪だけ長めに伸ばした短い黒髪の女性。慈愛に満ちた笑みでフミーを見つめていた。
「———」
「フミーちゃん、わたしを死なせてくれて、ありがとう」
もう、なんだか懐かしいその声で、その顔で、そんな言葉を紡がれて、頭の中が真っ白になった。
フミーはやっぱり、わかっていた。本人じゃないことを。
勝手に『彼女』でお人形遊びをされているも同然で、怒るべきだ。
「……く、クロ、シェット」
震えた声で彼女の名前をしぼりだす。
怒るべき——なんだとしても、できない。なにせ、『クロシェット』言葉でフミーの心が軽くなっていたから。救われたような気がしたから。
それを自覚して、その事実が嫌で、嫌で、何も考えられなかった。
本人じゃないものの言葉に意味なんてないのに。
「フミーちゃん」
——ゆっくり、優しく、クロシェットはワタシを抱きしめる。
花の香りのようないい匂いと温かい感触に包まれる。
「大丈夫だよ」
甘く、柔らかい声で鼓膜をくすぐられる。
こうやって、前にもこうやって抱きしめられたことがあったっけ。
「深呼吸して、わたしに身を預けて」
「……すぅっ——ふぅーっ」
「そう。それでいいの」
言われた通りにしたら、頭を撫でられた。頭を撫でられたことも、前にあったなぁ。
「辛いものいっぱい見て、辛かったね。怖かったね。——今、楽にしてあげるから」
「——っ!」
クロシェットはフミーの両手首を掴みながら体制を崩させ押し倒した。
フミーへ馬乗りになって上から見下ろしている。
手首は掴まれたままで身動きが取れなかった。
そこで、ようやくハッとする。
「離して」
「ううん。離さない」
「離して! クロシェ——いや、ロードミルフィ!!」
「だからぁ——」
クロシェット本人がしないような嫌悪に満ちた表情に顔を歪ませ、フミーの顔へ近づく。
「呼ぶなっつってんの」
苛立ちを募らせた言葉を呟いてから、そのまま——フミーの左眼球へと齧り付いた。
何かが潰れた音が響いた。
「ああああぁぁぁぁぁぁああぁあぁああああぁッッ!!!!」
激痛、なんて言葉で言い表せない。自分が壊された感覚。
そのショックと痛みに頭が支配されて使い物にならなくなり、叫ぶしかできなくなった。
「——うげぇ。口の感触気持ちわるっ」
「ああぅうああ!!! あああゔぅぅぐっああああ!!!」
「うるさいなぁ。……あー、両手塞がってるから口塞げないや」
のたうち回りたかったが、両手首は掴まれ、体に体重をかけられ、許されなかった。




