4章12話:再び
アープルは刀を両手で握りしめながら、黒い翼で空を泳ぐログライフを睨みつけた。
すると瞬く間に醜い色の矢が無数に宙に現れた。
——まるで、あなたの魂のような色。
アープルは目に見えないはずの魂を感じ取ることができる。その自分からすれば、グライフの魂は腐っている。邪悪な思考に染まりすぎて、長く時を刻みすぎて、悍ましいものへなってしまったのだろう。愛を免罪符に好き勝手しすぎだ。愛は正義ではない。しかし、愛を悪だとは思わない。
けれど、ログライフの愛は、ログライフは——
「悪ッ!!!」
一斉に無数の矢がアープルへ襲いかかった。避けるのは簡単だったが、避けた先に民間人がいたり、場合よっては誰か巻き込むかもしれない。だから、避けはしない。
ただ、降り注ぐ矢を刀で斬って斬って斬って——斬っていく。
——誰かが問いかける。
そうやって悪を決めつけて、間違っていたらどうするのかと。
——あーしは答えた。
あーしは間違えない。
質問の答えとして適していなかった自覚はある。それでも、そう答えなければいけない。自分が正義であることに、疑ってはいけない。疑いはしない。信じるなんて優しいものじゃなく、これは確信だ。
そうじゃなければ、アープルはアープルでなくなってしまう。
でも、もし違う答えを用意するなら、こう答えよう。——なぜなら魂がわかるから。と。
綺麗な魂をした善人が時に間違ったことをすることはあるだろう。それは、反省し、次から治していけることだ。
しかし汚い魂をした悪人が、良いことをするなんてありえない。絶対に。
誰かにとって良いことになり得るかもしれない。けれど結果的な話であり、他人を気にかけない自己中心的なのが本質だ。そして、決して少なくない人たちを不幸にする。
それはもう、悪だろう。
「はあああぁぁぁ——っ!!」
この魂がわかる力は、自分の魂だけはわからないという弱点がある。
誰にも話しはしないが、それが何より不安で不安で仕方ない。
しかし、だからこそ、清く正しい魂であり、正義であり続ける。
悪がわかる力、悪を滅せられる力。どちらも持つことのできた自分こそ——正義だ。
「だから、悪には負けない!!」
3110本目の矢を斬った時、攻撃は止まった。
その隙に壁を蹴り、近くの民家の屋根に飛び乗った。そこで斬撃を飛ばす。
ただ、闇雲にやったところで無駄だろう。だから、この空を斬撃で覆い隠すほどにやってやろうじゃないか。
そうすれば、避けようもない。
——ああ、にしても本当に悪魔と契約したのか。邪悪な魂が二つ見える。
——
研究所『テーキット』をログライフたちが襲撃してきた時、銀黒の魔女を墜落させることにネオンは成功していた。
だが、あの時と今では状況が違った。
「遠すぎる」
舌打ち混じりにネオンは不満をこぼす。
銀黒の魔女を狙って絶え間なく魔法を撃っているものの、掠りもしない。
対して、銀黒の魔女からの攻撃は気を抜けば命中してしまいそうだった。
箒のスピードが速さと、ネオンの足の速さの違いは明白である。
「なら……」
手を掲げて氷魔法を使い、冷気と共に階段を形成した。空へと続く冷たい道。
これは、霧が深いアルウェイル森林地帯でアヤートがやった趣向だ。ルルーミャから聞いた。アイデアを拝借させてもらう。
負担は大きいが、生憎ネオンには関係ない話だ。疲労を感じる機能などネオンにはない。感じたとしてもそれは錯覚で、気のせいだ。だから、大掛かりだろうと関係ない。
せっかく形成した階段だが、もちろん銀黒の魔女は壊そうと階段目掛けて炎魔法を撃ってくるので、それを水魔法で巧みに防ぎながら、駆け上がる。
冬用の靴を履いていないので滑りそうで不安だが仕方ない。
「ここなら……!」
ようやく魔女と同じ目線の高さへ足をつけた。
——魔法には、付与魔法や召喚魔法といった種類分けの他に属性がある。
氷、風、火、水……あたりがメジャーどころだ。
光魔法が得意がフミーのようにどれかに特化して使う者もいれば、満遍なく使う者もいる。その人の性質にもよるだろう。
ネオンも、銀黒の魔女も、満遍なく属性を使う派閥だった。
すなわち、この二人は手札が同等に等しい。そんな中、勝敗を分けるのは体力や空中戦への向き合い方、センス、経験——といった分野になる。
「やってやる」
箒に跨っている魔女を睨みつけた。
そうすれば、魔女は不機嫌な顔でこちらを睨み返しながら、炎魔法を四方八方から飛ばしてくる。氷の足場の破壊を目的としたものだろう。
だから、新たに足場を宙に作って魔女の元へ飛び込もうとした。
足場を作って飛び乗り、その足場を壊されるのでまた足場を作って飛び乗る。——それを繰り返しながら隙を見て魔女を狙って魔法攻撃をする。
しかし——そんな攻防をする最中、気づけば銀黒の魔女が止まっていた。
攻撃をやめて、こちらから距離を取り始める。
「まさか、逃げる気?」
ジリ貧だと感じたのだろうか。魔女はこちらに背を向けた。
それを許すわけはなく、追う。
「待て!! 待ちなさい!」
叫びながら、足場を作って、足場を作って、足場を作って、飛び乗って飛び乗って空中を駆ける。
——パリン!!!
「あ」
足場である氷へ靴の裏をつけた瞬間、バラバラにそれは崩れた。
魔法の使いすぎで練度が落ちてきたのが原因か。
宙に足場がなくなれば、地面へと落ちていくのが当然の摂理。
「落ちたところで死なないんですけど、身体が使い物にならなくなったら困りますね」
独り言を呟きながら、風魔法で落下の勢いを中和していく。
木の枝から枯葉が落ちた時並みに音を立てることなく地面に着地する。
「さて……どうしましょう」
ネオンは銀黒の魔女の行方を見失ったのだった。
——
フミーとルルーミャは、ログライフの相手はひとまずアープルに任せ、『ノーマル王国』を少し離れたところにある開けた場所に来ていた。
「触っても何も起きない……なんで?」
銀黒の魔女が意識の世界に現れる時、現実世界の彼は無防備にすやすや眠ってるというニオンの考察をアテにし、銀黒の魔女をどうにかしようと思っていた。
しかし、胴体を氷で身動き取れなくされた赤い小鬼の頭に触れるも、何も起きなかった。
赤い小鬼は触れるだけで意識を奪われるものだと思っていたのに。
「こいつに意識を奪うぞって気がないからじゃないのか?」
「あぁ、なるほど。アタシたちが何かよからぬことを企んでるっぽいから、逆に意識奪わないようにしようって思ってるんだ?」
ルルーミャの推測を聞いてフミーが小鬼を見つめれば、目を逸らし、怯えている様子だった。
「確かにあたいたちは今、銀黒の魔女をどうにかできないかと画策してる。——けどな、小鬼ちゃん、お前は自分の主を信じてないのか?」
お祖母様は小鬼のつぶらな瞳をじっと心を見透かすように見つめた。喋り方がどこか芝居がかっている気がする。
小鬼は否定するように首をブンブンと横に振った。
「信じているなら、あたいたちが何してもむしろ返り討ちにしてくれると思うはずだぜ。本当に信じているのか?」
小鬼は、今度は怒ったように縦に首を振る。
「なら、できるよな? ——フミー、触ってみるのだよ」
「……うん。わかった」
お祖母様に言われて小鬼に手を伸ばす。そんなに単純に言いくるめられるものなのかなと思いながら。
———。
指先が小鬼に触れ、瞬きをして、次に目を開いた瞬間には、世界が変わっていた。
無音の世界だ。
戦う人々の声も、魔法を発動する音も、揺れる木の音も、聞こえない。静まり返った場所。
一瞬、ドクンと心臓が跳ねて冷やりとしたが、この現象は初めてではなく、なんてことはない。
何が起こったのか理解できているし、覚えている。赤い小鬼がフミーの意識をジャックしたのだ。
ただ前回と違うのが、場所が無人の王都ではないことか。
ここは、
「……アタシの、部屋」
正確には、幽閉されていた部屋。
床には赤い絨毯が敷き詰められ、天井はジャンプしても到底届かないほどに高い。
部屋の隅には、傘、長靴、シャベル、ジョウロなど、カザミショーヤにガラクタと言われてしまった物が積まれている。
少し離れたところには数えきれないほどの本が置いてあり、物の多さに我ながら驚く。
現在生活してる研究所の自室とはえらい違いだ。
そして、この部屋に唯一ある出口である扉に目を向ける。
茶色い扉だ。外観はいたって普通である。
そこへ、ゆっくり一歩ずつ、近づいた。
「……」
扉の目の前まで来て、深呼吸をする。そして、開けようとドアノブに手をかけた。
けれども、その扉は開かない。どれほど、力を加えても開かないのだ。
きっと、どれだけ叩いても、蹴っても、殴っても変わらない。時を止めたようにそこにあるだけだ。
それをただ確認して、扉に背を向ける。
「見ているんでしょ、銀黒の魔女」
静かな空間に、フミーの声が響いた。
この空間は、きっと、魔女がフミーを苦しめようと用意したものだろう。それがなんとなくわかる。そう考えると、前回の無人の王都でフミーはまんまと目論見通りになっていたのだろう。
けれど今は、彼の目論見通りに傷つきはしないし、パニックになりはしない。
そもそも、自分から〝ここ〟へ来たんだから当然だ。
「無駄だよ。銀黒の魔女」
誰も応答しない。このまま放置する気か。
けれど、この可能性も想定していなかったほど考えなしではなく、これならこれでとっておきがある。ドットルーパからこっそり教えてもらっていた秘密の呪文だ。絶対に無視できないだろうという言葉。
「無視しないで、銀黒の魔女——いや、ロードミルフィ」
その名を口にした途端、部屋の景色に亀裂が走った。そして、パラパラと、床に落として割ったコップのように形を崩した。
崩れた部屋の代わりに表れたのは黒い空間だ。光もない、先も見えない。
しかし、暗闇ではなかった。自分の姿はくっきり見えるからだ。掌をかざせば、小さくて薄い、マメだらけの手がしっかりとそこにある。
「どこで、聞いた」
耳元から地を這うような低い声が聞こえ——
「——!?」
人の声が聞こえた途端、背後から腕で首を絞められた。
「お前が、お前如きがっ! ボクが、ログライフ様から貰ったその名を、口にするなああああァァァァァァァァ!!!!!!」
耳元で叫ばれ、フミーの耳はおかしくなりそうだった。しかしそれ以上に、緩めることのない彼の腕がメキメキと首を締め上げることが問題だ。
——し、死ぬ……っ!!




