4章11話:アープルの弱点
ユスティーツ警備隊とフミー、ネオン、ルルーミャの協力者3名は列を成して『ノーマル王国』へ向かっている。
その近場の海岸まで沿岸沿いに移動し、そこからは歩いて進んでいた。
『ノーマル王国』まであと数百メートルというところで、アープルは不審な気配を知する。
「上っ!」
アープルが短く声を張り上げ、指を差す。隊員もフミーたちも一斉に空の彼方を見た。アープルが指を差した場所である空の彼方、そこには箒に跨る銀と黒の『魔女』が一人浮かんでいて、彼もまたこちらを指差していた。
次の瞬間、その銀黒の魔女の指先から魔法による炎のエネルギー弾が空気を焦がす音と共に発射される。即座に気づいたアープルは、すぐさま刀を抜き、複数の斬撃を飛ばして炎のエネルギー弾を当たる前に分解しようとする。
——しかし、間に合わない。完全に消滅させることは叶わず、小さく分割された複数の炎のかけらが散りばめられ、周囲の草木に引火した。人へ当たらなかったのは幸いか。
焦がす匂いが充満したかと思えば、さらに続けて氷のエネルギー弾、風のエネルギー弾、水のエネルギー弾が魔女によって撃ち込まれて一気に隊は乱れた。
「事前の打ち合わせ通りに! 各自の仕事を果たしなさい!」
炎やら砂埃やら氷柱やらで視界が悪い中、隊長としてアープルは指示を出した。揺るぎない声に隊員たちは身を引き締め、列を解体。各々の行動を始めた。
ある者は民間人の避難させる役目。ある者は寝返った兵士たちを捕える役目。ある者は救護をする役目。それぞれのグループへ分かれて役目を果たす。
「アープルっ!」
フミーが名を呼んで駆け寄る。
ネオンとルルーミャも不明瞭な視界の中、姿を現した。
「行くんだよね、ログライフのところ」
「ええ。行くわよ。」
アープルはこくりと頷いた。
銀黒の魔女のことは気がかりだが、実のところ魔女とアープルは相性が悪い。
生粋の人間にして超人的な戦闘能力を持つアープルだが——大きな弱点が二つある。魔法が使えないこと。それから、空が飛べないこと。
地上で戦うならアープルの圧勝だとしても箒に跨り空を飛ばれては泥試合になる。そんな時間はここでかけられない。
だから、アープルはネオンに託した。
「……」
「わかってますよ」
アープルがとネオンを目を合わせれば、ネオンは力強く頷く。
ネオンも空は飛べないが、魔法を使える分、遠距離の攻撃手段を多数持っている。
「じゃあ、アタシたち行くから! ネオン、お祖母様、頑張って!」
「そっちも頑張んな! フミーも、アープルちゃんも!」
フミーが声をかければお祖母様は逞しく微笑を浮かべた。
アープルはフミーを両腕で掬い上げ姫抱きし、走り出す。どんな乗り物よりも速く、『ノーマル王国』へ向かって駆けていく。
まもなくして、国境を示す高い壁にたどり着いた。灰色の石壁が大きく聳え立つ。
「入り口はこちらですっ!」
『ノーマル王国』の兵士だろう。鎧を着た人物が少し遠くで呼びかけていた。
その人へ通されて『ノーマル王国』の内部へ入った。
生暖かい風と共に運ばれる血の匂いに、フミーは思わず眉を顰める。
「——っ」
そして、息を呑む。
ログライフが侵略した『アサルト帝国』。魅了によってログライフへ従っている兵士が『ノーマル王国』を襲っているという話だったが、想像以上の光景だった。
血溜まりが無数にあり、ピクリとも動かない人と思わしきものがそこら中に転がっている。
「ログライフは?」
アープルは冷静にログライフの居場所を『ノーマル王国』の兵士へ尋ねる。
「わかりません……」
小さくそう答えた兵士は弱々しく、疲弊していることが見てとれた。
「あーしが来たから何も問題はないわ。どこか、避難していて構わないわ」
「はい……」
アープルに言われ、名も知らない兵士はどこかへ駆けて行った。
「フミー、下すわよ」
アープルにそっと下ろしてもらい、フミーは血がこびりついた地面へ足をつければ、張り詰めた空気を肌で感じる。
アープルはキョロキョロと周囲を見渡し警戒を怠らない。
「——っ!!」
突然、一つの影が飛び出した。
警告するように心臓がドクンと脈打つと共にフミーは空へと顔を上げる。
黄緑の髪を靡かせて、ログライフが宙に羽ばたいていた。
黒く、蝙蝠のような大きな羽が生えていたが、その姿は吸血鬼、というより
「悪魔……」
に見えた。
青い空に浮かぶには異質すぎる存在だった。
優雅に羽ばたく様は、場違いにも美しさを覚えてしまい、フミーは首を振ってその感覚を捨て去る。
隣のアープルがその姿を確認するなり一歩前へ出て、刃を構えた。
「まさか、羽が生えてたなんて——ねっ!」
空気を切る音と共に斬撃をログライフ目掛けて飛ばす。一撃、二撃——五撃だ。
しかし、軽々と飛び回りログライフは簡単にかわしてしまった。
「フミー、あなたは空を飛べる? もしくは遠距離攻撃ができる?」
「ごめん、できない」
お祖母様から魔法を色々教わったが、その中で攻撃として実用できるレベルのものは得意の光魔法くらいだ。その光魔法も、空高く羽ばたいているログライフを仕留められるほどの射程距離まで育てられてない。
空を飛ぶことも当然できない。
「ワタクシ、あなたの顔はよく覚えているわ」
フミーではなく、その横のアープルをじっと見て空を飛んだままログライフは口を開いた。
「また、邪魔をするのね」
「当然よ。あーしは正義なのだから」
「ワタクシも夫を愛しているの。だから——失せなさい」
次の瞬間、禍々しい黒いエネルギーの球体を形成し、こちらへ投げてきた。一目見て当たれば無事ですまないことが予想できる。
アープルとフミーは共に飛び退き、避けられたが二人がいた地面は抉れていた。
それを確認したアープルはフミーを両腕ですくって持ち上げ後退し、ログライフの前から一時退避する。
そして、物陰に隠れた。
「もし、ここに銀黒の魔女に来られると厄介だわ」
「それは……空を飛んでるから?」
「ええ、流石にジリ貧ね」
「……アタシを庇いながらだと余計そうだよね」
「そうね」
「……」
隙を見てチョジュラスの槍で攻撃するのがフミーの役割だった。が、空を飛んでいる相手に槍を当てようがない以上、悔しいことにフミーは完全にお荷物だった。
「あーしがログライフを地上に落とす。それまで、隠れていて。余裕があれば、民間人の避難誘導を頼むわ」
アープルが、そう指示して立ち上がった時。
突如、ドタバタと足音が聞こえてくる。
ログライフかと警戒するも束の間、それは見知った人物のものだった。
「あれ? フミーとアープルちゃんか。さっき別れたばかりなのにな」
フミーと同じ雪のように白い髪を二つ結び揺らした幼い女の子——のように見える彼女が息を切らして立っていた。
「お祖母様!!」
お祖母様だった。彼女の役割は警備隊やネオンの全体的なサポートだが、どうしてここへ来たのか。
「小鬼っぽい生物がいたから追いかけてきたのだよ」
「——あ!」
言われてふと横を見れば、フミーへ触れようとしていた小鬼がいた。
かつてフミーが王都で出会った赤い小鬼だ。
見つかったことに気づいた小鬼は逃げ出そうとしたが、「おりゃっ!」という掛け声と共にすぐルルーミャが氷魔法で体を氷付けにして固まらせて阻止した。
「——そうだ」
小鬼を見て、自分に出来ることを思いついてフミーは小さく呟いた。




