4章9話:魂への干渉
——時は、やや遡り、王都にアヤートがいた時のことだ。
ドットルーパを監視する役目だったが、警備隊の人から少し休んだらどうかと促された。残った警備隊の人数は十数人ほどであり、自分が抜けても問題ないと判断し、断るのも悪いと感じて素直にそれを受け入れた。そして、アヤートは気分転換に監獄の周辺をぶらついつている。
「あれ、シュージくん?」
見覚えのある姿を見かけてアヤートは声をかけた。温和そうな顔立ちをした紺色の髪の青年だ。
「アヤートさんじゃないですか!」
シュージ——エルフの里でアイリスと共に旅館を営んでいた人物である。
「ちょうど良かった。自分、アイリス殿を探してましてね、付き合いの長いルルーミャさんなら何か心当たりあるのではと思い訪ねてみようとしていたとこなんです」
「アイリスさんを……そうか」
「アイリス殿ってば『遠くに行ってくる』って急に置き手紙残していなくなったんですよ」
「……それは大変だね」
シュージの真っ直ぐな瞳を見て、アイリスがどういう立場の者か話すのは躊躇われた。
実は世界征服を企む吸血鬼に忠誠を誓っていたなんて信じないかもしれない。
「それでルルーミャさんって……」
「母さんは今遠出しててしばらく帰ってこないんだ」
「マジですか」
肩を落とすシュージ。彼もまた不憫な立場だとアヤートは思う。
「アヤートさんッ!!」
突如、張り詰めた声が聞こえた。
知っているその声に後ろを振り返る。声の主はシュージではない。森を強引に進んできたのか頭に葉っぱをつけ、身に纏った白衣は砂だらけのリクの姿がらあった。
「ぜえ……ぜえ……あ、……げほっ、ゴホッ……アイリスがっ、はやく、研究所……ッ!!」
膝に手をつき、息を切らしながらも伝えられた用件。それを聞いた途端に、足が動く。
緊急事態であることはすぐに察しがついた。
10分——いや5分でつく。
そう決意し、アヤートは握った拳に力を込め、研究所へ急ぐのだった。
「早いな……」
息が落ち着いてきたリクが超高速で駆けて行ったアヤートを見ての感想をポツリと呟く。
「あ……アイリスって、自分の探してるアイリス殿のことですか!?」
「うわぁ!」
シュージは、リクの肩を掴み、問いただすように揺らす。
「そうだよ。知り合いなの?」
「自分の大事な大事な人です!!」
濁りなきその瞳に真摯さを感じたリクは、シュージの気持ちを受け止めるように頷く。
「そっか。じゃあ、一緒に戻ろうか」
——
——時はアイリスとシュージの再会時へ回帰する。
シュージはアイリスの名を叫ぶなり、アイリスの元へ駆け寄った。
「大丈夫ですかっ!? 今自分が治しますから!!」
そう言ってシュージがアイリスの頭上に手をかざせば、淡い光が降り注ぐ。彼お得意の回復魔法だ。心地よくて温かで、優しい魔法。傷が癒えていくのを感じる。
「……シュージ、そんなことしなくてええで」
「馬鹿ですか!! 死にますよ!?」
シュージは、アイリスの事情など何も知らない。しかし、知ったとしても変わらないだろう。
「誰かアイリス殿の腕持ってきて!!」
シュージが叫ぶとアイリス自身が切り落として放り投げていた血まみれの腕を、アヤートは回収しシュージの元へ。
「……あぁっ! やっぱ無理か……いや、やってみせる!!」
腕をアイリスにくっつけようとシュージは力を振り絞るが、彼の力ではその望みは叶わない。シュージは大抵の怪我を瞬時に再生することができる。優秀な回復魔法の使い手だ。しかし、切断された部位をくっつけられるような力はない。
それは、シュージ自身もわかっていた。けれど、それでもアイリスから両腕を失わせるわけにはいかないともがく。
——そんなシュージの姿を見て、アイリスは確かに少しだけ嬉しく思う。けれど、
『アイリス』
そのような余計な感情を持つ度、ログライフの声がアイリスの頭と心を鷲掴む。
腕をくっつけようとするシュージを無視して立ち上がり、リーゼへ視線を向ける。
彼女の隣にはシュージと共にやってきた金髪オッドアイの青年がいて、何やら会話をしていた。
「シュージ、ぼくはいいからリーゼさんの方やってくれるか?」
「でも……っ!」
「できひんことをやろうとしいひんの」
「……はい」
アイリスの言った通りにリーゼの元へ行き回復魔法をかけるシュージ。
アイリスはチラッとアヤートへ視線を向ける。彼はまだアイリスを警戒をなくさず、気を張っていることが伝わってくる。
『アイリス』
『アイリス』
『アイリス』
アイリスへ誘うような声は止まず降り注ぐ。
現状、理性でやや抑え込めているが、それも時間の問題である。
やっぱり、死んでしまった方が良かった。
でも、どこかでホッとしている自分もアイリスの中にある。
「アイリスさん。少しいいですか?」
声をかけてきたのは金髪でオッドアイの青年だ。
「君は……」
「リクです」
堂々とと名乗った男は真っ直ぐアイリスを見つめる。そのオッドアイの瞳には確かな強さが宿っていた。
「吸血鬼ログライフに『魅了』されているんですよね」
「———」
「その魅了、もしから解けるかもしれません」
「え……」
「チョジュラスの槍なら、なんとかできるかもしれない」
——
今日までリクが能力を使いチョジュラスの槍を解析してわかったことがいくつかある。
基本的に壊れることはないが、闇魔法に近しい力を加えれば壊れる可能性があること。
この世のものとは思えない不可思議の生物、その灰から形成されていること。
そして、特に重要であるのが、どういう仕組みで死者蘇生が行われる槍なのかだ。
——魂へ傷を負わせる槍。
それがチョジュラスの槍の本質だ。
不老不死の吸血鬼であれ普通の人間のようにダメージを与えられるのは何故か。それは、目に見えなくても確かに存在する『魂』というものをリンクさせ、肉体へ傷を与えると同時にそれも一緒に傷つけるからだ。
そうやって魂を刈り取り、魂を蓄える。その魂をエネルギーに死者蘇生を行う。
チョジュラスの槍はそういうサイクルの代物である。
「——そして、寿命が多いとか再生力が高いとか、生命力の強い者からしか魂は蓄えられない」
その場にいる全員が、リクの話にじっと
耳を傾けていた。
「エルフにとって生命力の強さ、その象徴は寿命の長さ。何百年、何千年と生きるところ」
「そやな。ぼくも100歳はとうに超えてる」
具体的に把握はしていないが、アイリスは相当な年数を生きている。
「うん。……話を変えて、今度は吸血鬼の魅了について話すね」
「……」
アイリスは小さく息を呑む。
リクは、幼少期よく本ばかり読んでいた。その読んだ本の中にに、悪魔に関する話が記載されたものがあった。
「吸血鬼の親となる生物は悪魔って話、子供頃読んだ時は作り話だと思ったんだけど——」
チョジュラスの槍に関する天使の逸話
悪魔と契約しているらしいログライフ。
その存在は確かにあったんだろうと確信できる。
悪魔は魔物の始めとして様々な害悪な存在を生み出した。その中の一つが吸血鬼。そんな話がまさか本当にら思える日が来るとは。
「悪魔もまた、魂に干渉する術を扱う。そうして人の人生を狂わせるんだとか」
「人生を……狂わせる……」
「吸血鬼の魅了も、同じように魂に干渉して行われてるかもしれない。だとしたら、同じく魂へ干渉できるチョジュラスの槍で、魅了で 狂わされた部分を破壊すれば——って僕は思ったんだけど確信はない」
「……」
「寿命を媒介にするから、失敗しても成功してもゴッソリ寿命は削れる」
「……」
「やってみますか?」
「そんなん答えは決まってる」
明確に言葉にしなかったが顔を見ればアイリスの答えは明らかだった。




