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紅の鳩  作者: りきやん
残された人々

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オーギュストへの交渉

 華美な調度品に囲まれた一室で、オーギュストは先日取り寄せたばかりの血のように赤いワインに舌鼓を打っていた。


 グラスに注がれた液体は、オークの力強い香りを放ち、その味は若いワインとは比べ物にならない渋みを持っている。素人目にも理解できるほど、上等なものだった。


「刑罰の強化と、税制度の改正」


 手に持ったグラスを窓から射し込む光に翳す。濁った赤色は、透き通ることなく、光を遮断した。


「身分の高い者の所有物を脅かした愚か者は、裁判など受ける資格もない。そうだろう、セルジュ?」


 オーギュストが腰を下ろしているソファの後ろに控えていたセルジュは、無言を貫く。彼にとっては、フランシーヌが帰ってくるまでの仮初めの主人の言葉など聞く価値すらないものだった。


 そして、その行動にも興味は無い。


 現行制度のどの部分に手を入れ、改革を行っても、セルジュは諌めもしなければ、助言も与えなかった。


「昨晩のガキは、見せしめには丁度良い。例え、子供だろうと、身分に縛られるということを国民どもに教えられるからね」


 オーギュストはグラスから、一口、ゆっくりと口に含むと、舌で転がし味わってから飲み下す。


 元から返事など期待してなどいなければ、必要としてすらいない。


「この改革は、ほんの手始めだ。フランが帰ってくる頃には、随分と素敵な国に変わっているはずだよ」


 そうは言ったものの、失踪した姫君の帰還などオーギュストは期待していない。唯一、行き先を知っていそうな騎士団員が姿を消したが、その捜索許可もわざと出さなかったことで希望は潰えただろう。


 このまま、フランシーヌが姿をくらましてくれる方が好都合だった。それなくとも、現国王陛下と女王陛下という目の上のたんこぶが残るのだ。


 そこに、扉が数度、ノックされる。オーギュストは、掲げていたグラスをテーブルに置くと、入るように促した。


「失礼致します」

「どうかしたのかい?」


 名前はもちろん、顔も覚えていないような使用人が入ってくる。緊張のせいか、こめかみ辺りに一筋の汗が流れていた。


「昨日の子供の保護者だと言う者が謁見を求めております」

「保釈の交渉かい? いくら金を積んでも、あのガキは死刑だと言って追い返せ」


 使用人は一礼すると、早々に退出したいとばかりに、踵を返す。そして、扉に手を掛けたところで、オーギュストが声を上げた。


「いや、待て」


 オーギュストはゆっくりと考えるように、顎を片手で撫でる。左側の口角だけが釣り上がり、歪んだ笑みがその表情に浮かんだ。


「気が変わった。その保護者と言う奴に会ってみようじゃないか」


 ◆


「面会も拒否だって?!」


 困り果てた表情をした2人の門番の前、アンセルムが珍しく声を荒らげていた。その横に並んだ女将は、門番たちを喰い殺さんばかりに睨みつけている。


 いくら鍛え上げられた屈強な門の番人と言えども、アンセルムはともかく、女将の形相には縮み上がる他無かった。


「オーギュスト様の命令により、保釈の交渉はもちろん、面会も禁止とされている」

「なぜ?!」

「なぜ、と言われても、そうした命が下ったからとしか言いようがない」


 痺れを切らした女将の額に、青筋が浮かぶ。震える拳で門番の胸倉を掴み上げると、止める間も無く、乱暴に揺すった。


「あんたらねぇ! あの子はまだ、子供なんだよ! だいたい、何の証拠があってシー坊を捕まえたんだい?! え?! 言ってみな!」

「ちょ、ちょっと、奥さん……」

「答えられないのかい?!」


 もう一人がその手をやんわりと抑えるが、噛み付くように吠えられ、直ぐ様手を引っ込めた。


 そのまま女将に活躍して貰っても一向に構わないが、あまり心証が悪くなっても困る。アンセルムは止めることこそしなかったが、ポケットから金貨を数枚取り出すと、門番たちの目に映るように掲げる。


 門番たちはもちろん、女将までもがその動きを止めた。


「どう? これで、ボクたちを地下牢まで案内してくれる?」


 女将の手が、するりと離れる。


 解放された門番は、襟を正しながら、相方と目配せをした。その表情が明らかに迷っている。


「足りないなら、倍にしてあげるよ?」


 これで、落ちるはずだ、とアンセルムは人好きの笑みを浮かべて、門番たちの背中を押してやる。けれども、意外なことに返ってきた答えは想像とは反対のものだった。


「いや、我々も上の命には逆らえない」

「例え、金を積まれても無理なものは、無理だ」


 今度は、アンセルムと女将が驚く番だった。


 これだけ金貨をちらつかせたにも関わらず、はっきりと断られることは完全に予想外だった。門番や地下牢番を金で買収出来ないことは珍しい。いくら宮仕えとは言えども、チップやこうした袖の下を通る金が無ければ生計を立てられない者も多くいる。その代表が門番や歩哨、牢番などの職に就く者達だ。


「もしかして、これ以上の金を誰かに積まれた?」


 アンセルムが小首を傾げる。門番たちは黙り込み、肯定も否定もしなかった。


「シー坊の件に関しては、どうも君たちの上の人間が絡んでいるみたいだね」


 アンセルムは手にした金貨をポケットにしまうと、小さく嘆息する。


 言ってしまえば、たかが子供のやったことだ。


 シリルが本当に窃盗を犯していたのであれば、それなりに償いはさせられるが、これほどまで厳重に拘留されることは本来ならば考えられない。何を企んでいるのかは分からないが、どうにも雲行きが怪しいように見えた。


「ところで、シリル・カルパンティエの親方だという人間は来たかな? それくらいは教えてくれるでしょう?」


 女将が援護するように、拳を鳴らす。門番たちは、再度目配せをした後、小さく頷きあった。


「その者なら、先程、城内に通された」

「オーギュスト様が面会にご対応されている」

「オーギュスト様っていうのは、今、一番偉い人だよね?」

「あぁ、そうだ。国王陛下が臥せっている今、オーギュスト様が全権を担っている」


 明らかに、女将が安堵の息を吐く。ティボー親方が上の人間に無事に会うことが出来たと聞いて、安心したのだろう。それは、アンセルムも同様であった。


 門前払いを食らってしまえば、交渉の余地は一切無いが、今回の件に関して権力を持っている人間に会えているのだ。


 受け入れられるかは別としても、恩赦を願う機会が得られたのであれば、シリルの生存率はずっと跳ね上がるだろう。


「アン、一度、宿に帰ろう。ティボーが、きっと上手く交渉してくれるはずだよ」

「そうですね。ここで粘っても、入れてくれそうにありませんしね」


 アンセルムは人好きのする笑みを浮かべながらも、門番たちを小さく睨む。萎縮こそしなかったものの、あまり良い気はしなかったのか、早く帰れとばかりに門番たちも目を細めた。


 ポケットの中の硬貨を弄び、わざと大きな音を立てながら、アンセルムは踵を返す。


 シリルの無事を願いながら、女将と連れ立って路地裏へと足を運んだ。

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