姫様の捜索
フランシーヌの失踪は、城内を震撼させるには十分なニュースだった。
誘拐されたのか、はたまた、自分の意思で出て行ったのか。生きているのか、死んでいるのか。様々な憶測が使用人たちの間で飛び交い、勝手な噂が膨らみ広がっていく。
初日に国王陛下が箝口令を敷いたものの、外へと漏れるのも時間の問題だった。
「芳しくないねぇ」
クリストフは、フランシーヌの部屋の中を見回しながら呟く。
今回のことで王女の捜索隊なるものが秘密裏に結成されていた。そのメンバーのほとんどが、騎士団から選ばれており、表向きは新たな隊編成が組まれたようにしか見えない。
もちろん、自ら志願するはずもないクリストフだが、フェルナンの推薦により、しばらくは牢屋番を離れて光の当たる場所で仕事をすることになった次第である。
普段、特定の者しか立ち入ることが許されない王族の部屋に入れるのも、捜索隊の権限があってこそだった。
クリストフは適当に目についた鍵付きの引き出しを、試しに引いてみたものの、当たり前のようにびくともしない。
「王様もお妃様も姫様が消えてぶっ倒れちまうなんざぁ、笑えるじゃねぇか」
「口を慎め、クリストフ」
いつものように、ぴしゃりと遮ったフェルナンは、この期に及んで、お気楽に構えているクリストフを睨みつける。普段ならば、それなりに軽口を見逃すものの、今回だけは許すことができない。
「たったお一人のお世継ぎが失踪されたのだ。正気を保っているだけでも、奇跡というもの」
「気が狂っちまった方が楽だろうけどな」
いきり立っているフェルナンを意に介する事無く、引き出しを諦めると、クリストフはテーブルの方へと足を向ける。そこには、歴史や地理、多岐に渡る分野の本がうず高く積まれていた。その中の一冊を手に取り、パラパラと捲ってみる。
「セルジュの野郎みたいに、使用人どもに八つ当たりでもできりゃぁ、王様たちも気が紛れるだろうけどよ」
挟み込まれていた紙を広げると、そこにはフランシーヌの筆跡が並んでいる。書き取りをしていたであろうその紙の端には、黒く塗りつぶされた跡があった。
クリストフは紙を光に透かすと、目を細めてつぶさに見つめる。
「ラファラン殿は、姫様の一番近くにおられたのだ。心配で気が立ってしまうのも仕方がないだろう」
「だからって、ありゃぁねぇだろ。話しかけただけで、罵られる謂われはねぇぞ」
「お前の場合はどうだか」
クリストフは肩を竦めるだけに留めて、言い返しはしなかった。
手に持った紙を再び本に挟み込み、元の場所へと放り投げる。ぞんざいに扱われた本は、機嫌を損ねたかのように積まれた他の本を巻き添えに床に散らかった。
クリストフは一瞥を投げたものの、気付かなかったかのようにくるりと背を向ける。フェルナンは眉間に思い切り皺を寄せた後、自ら本を手に取り片付け始めた。
「姫様がいなくなって、陛下も皇后も倒れたとなりゃ、今後この国はどうなるやら」
窓枠に頬杖を付き、フェルナンに片付けさせるままにクリストフは呟く。
その際に、視界の隅に入った暖炉から、煤が少量舞っているのが見え、自然と視線がそちらに向いた。不自然に舞い上がっているように見えたが、中にあった薪が動いた弾みで煤が舞っただけかもしれない。
フェルナンは本と格闘しているせいか、特に気付いた様子はなかった。クリストフは暖炉から視線を外さずに、語り続ける。
「なぁ、団長。俺は、別に姫様が戻って来なくても良いと思ってんだ」
フェルナンの手が止まる。何故だ、と目で問いかけ、先を促した。
「どうも、今回は誘拐とは違うと思う。姫様が自分の意思で出て行って、そこで幸せにしてんなら、俺は文句ねぇんだよ」
「何を馬鹿なことを。姫様が望んでここを出て行くなど考えられん」
「どうしてだ? あんたの兄貴だって、せっかく貴族に生まれたのに、出て行っちまったんだろ?」
ぱらぱらと、煤が落ちてくる。
クリストフはその根源を追いかけるように目を上に向け、そしてから、ふいに視線を外した。
「兄上の話は関係ない。あの人と姫様は違う人間なのだから」
いっそ、冷徹と形容するに相応しいような声音でフェルナンが吐き捨てる。
「お前と姫様だって、違う人間だろ」
窓の外を見れば、自分たちの住む街が広がっている。
見慣れた石畳、煙を吐き出している煙突、忙しなく動く人々。どれ一つとして、同じものなど存在していなかった。
「結局、何が姫様にとっての幸せかなんて、俺達には分かんねぇんだ」
フェルナンはもう話すことなど無い、とばかりに無視を決め込み、黙々と本を拾い集める。
対するクリストフは、右斜め上を見つめながら、顎の無精髭をしきりに撫でていた。
◆
フランシーヌの部屋の捜索が終わり、日が傾き始めた頃、クリストフは厩に向かっていた。
誰にも見られないよう、細心の注意を払いながら滑りこむようにして小屋へと進入する。
何頭か繋がれた馬の中から、自分によく懐いている栗毛の愛馬を見つけ出し、軽く背中を叩いた。
「おい、頼むぞ、相棒」
飼い葉桶いっぱいに盛られた食事を貪りながら、馬はつぶらな瞳でクリストフを見つめ返す。
減っていた水桶に新しい真水を注ぎながら、クリストフは口の端を上げて笑った。
「姫様に追いつかにゃ、ならねぇんだ。たらふく食って、いっぱい走ってくれよ」
騎士団の制服から、私服へと着替えていたクリストフは、顔が分からないようにスカーフで口元を覆い、さらに頭にも布を巻く。ブーツの紐をしっかりと締め、身支度を済ませたところで、愛馬を外へと連れ出した。
フランシーヌの行く先に、心当たりがある。
いつもより興奮して、自分の出身地に興味を示していたのは記憶に新しい。あの時は、オーギュストとの結婚旅行などと言ってしまったが、もしかしたら、オーギュストではない誰かと行く予定だったのかもしれない。
本の間に挟まれていた書き取りの紙に、薄っすらと残っていた名前が目に浮かぶ。光に透かして、これでもかという程、注意を払わなければ、あれを読み取るのは難しいだろう。
フランシーヌの名前の隣に、寄り添うように書かれたロランという男の名。その名を持つ者が誰なのか、少なくともクリストフには見当も付かない。
ひらり、と馬に跨ると、その腹に軽く踵を入れる。
小さく鳴いて、走りだした愛馬と共に、クリストフは夕闇へと消えて行った。




