53 侵攻側の都合 その6
「僕が何者であるかなんて、本質的な問題じゃないよ」
日が昇ってくる薄暮の中、小さな影が言う。
「それより、これだけの実力を持つ魔法使いが、こんなところで何をしようとしているかの方が気になるな」
それは同行を命じられた我々も、気になるところだ。
「さしずめ、この地の魔力の礎が目的かな」
小さな影が言ったところで、魔法使いが不意に先程の魔法を連発した。
いや、本当は3連発したかったようだが、最後の魔法は成立しなかったようだ。
魔力切れだろう。
紅蓮の焔が撒き散らされるが、結界は揺らぎもせずに耐え切った。
焔に影が照らされるが、不思議に詳細がわからない。若い女性たちに小さな男の子が1人のようだが、顔貌どころか印象を覚えていられないのだ。
「小賢しい。認識阻害か」
「自分も念入りにやっておいて、よく言うよ」
魔法使いに返す言葉を聞き、ギョッとして改めて魔法使いの方を見る。
そう言えば、フードの中の顔が何回か覗けたが、一体どういった顔だったろう。
いや、そもそもこの魔法使いは、いつから伯爵家の魔法顧問だっただろう。
その事にゾッとするが、なにをゾッとするかと自分に言い聞かせる。
そんな事はどうでもいい事じゃないか。
「残念だけど、今日のところは手ぶらで帰ってもらうよ」
小さな影は後ろを振り返ったようだった。
「ああ、撤収が完了したようだ。僕たちも失礼しよう」
そう言うと影たちは、山奥へと去っていく。
追いかけようにも、結界があるので追いかける事もできない。
一応、兵の半分を山の反対側に迂回させているが、兵数が少なすぎて捕捉するのは難しいだろう。
この後言うべき事は、あまりない。
10分ほど後に結界が消え失せ、我々は山奥へと進入することができた。
そこには、噂通りの隠れ里があったが、すでにもぬけの殻であった。
家々を無視して、その奥へと向かう魔法使いを追いかける。冒険者たちは、金目のものを探して、家探しのようだ。
家々を抜けた広場に、重量物を置いていたような窪みがあった。
周囲は綺麗に吐き清められていて、なにも残っていなかった。
ただ、私にも感じられるような魔力の残滓のみがある。
「クソ。これだけの大きさの物をどうやって持ち出したんだ」
窪みを調べていた魔法使いが、吐き捨てるように言った。
「ここも、もう用がないな」
フードを被った何者かが言った。
「分隊長殿、ここは完全な抜け殻ですな」
従士長がやってきて報告する。
「人や金目の物、食料どころか、藁クズすら残っていません。とんだ無駄骨です」
「そうか。ところで、今、ここに誰かいなかったか?」
「分隊長殿、お一人でしたが」
そうだったかな、と記憶を辿る。
なにか、いや誰かを忘れているような気がするんだが。
まあ、これも隠れ里を発見し領地に組み入れよ、との任務に失敗したことの代償行為なのかもしれないな。
魔法使いは、そのうち出て来る事があるかも知れません。




