「紫苑」後編
私は今でも後悔している。あの真っ赤な薔薇を枯らしてしまったことを。一枚ずつ、ほろほろと落ちていく花弁を私は諫めることが出来なかった。
「貴女は強いわね。ヴィンスの心を射止めたんでしょう?」
彼女は私の娘と手を繋ぎ、柔らかい声で問いかけてくる。それに微笑を零せば、不思議そうな顔をしていた。
「射止められたのかしら? 私には、よく分からないわ」
「でも、こんなに可愛らしい女の子がいるじゃない」
「そうね……エレアノーラ様がいなくなった直後、ヴィンセント様はすぐに貴女を追い掛けようとしていたのよ」
「そうだったの?」
「ええ。でも、私が止めたの」
「貴女にしては珍しいんじゃない?」
「そうね」
「何故、止めたの?」
「エレアノーラ様の想い人がヴィンセント様じゃないと気付いたからかしら」
正直、確信はなかった。それでもユアンに縋りついた彼女は〝女の顏〟をしていた。
白皙の指先が求めたのはヴィンセント様の手じゃない。遠のく背中を目で追って私は、そう思った。
だから追いかけたところで彼が報われることはないのだ。それなのに引き留める腕を振り払う彼は必死だった。
傷だらけの身体を省みることもしないヴィンセント様。
その表情に、声に、必死さに本当の愛を垣間見た気がした。
敵わない。あんなに魅力的な人は他にはいない。何も持っていない私とは次元の違う人。
それでも、彼の手を離してはいけないと思った。このままでは彼が傷付くだけだ。
「貴方は王でしょう!? たった1人に捉われるなんて妻の私が許さないわ!」
そう叫び散らした私は、いつの間にか彼の頬を叩いていた。
空気が硬直し、じわりじわりと焦燥がせり上がる。どもる私の耳を突いたのは、意外にも彼の笑声だった。
その後、初めて頭を撫でられた私は胸の高鳴りを噛み締める。
彼と一緒に国を立て直していれば、今の地位に自然と治まっていた。
「貴女も中々、破天荒よね」
「そう、かしら?」
「ええ。前から思っていたのよ。その〝素直さ〟が羨ましいってね」
「エレアノーラ様が羨ましい……?」
他人を羨むだなんて、彼女には似つかわしくない行為だ。私が先を促せば、ゆるりと続きを紡いでくれた。
「私は今でも〝命令〟してしまうのよ。
ユアンも〝護衛係〟だった時のクセが抜けないんでしょうね。素直に利くの。それがほんの少し嫌なのよ。私はユアンの隣に立っていたいのに、彼はそれを貫いてはくれない。
相手にばかり求めるのが間違いだということは分かっているの。それでも彼はちょっと自尊心が低すぎるのよね」
「それを伝えたりはしませんの?」
「伝えたら、絶対〝はい〟って言うでしょう? 私が求めているのは、そういう愛じゃないのよ」
やはりエレアノーラ様とは頭の作りが違うらしい。些か理解に苦しむ悩みを吐露する彼女の力になりたいと、私は一生懸命考えを巡らせた。
「やっぱり言うしかないんじゃないかしら?」
「そうね……貴女の素直さを見習ってみようかしら」
「ええ。エレアノーラ様」
「なにかしら?」
「国に帰ったら、私と遊んでね?」
「え?」
この問い掛けの意味はすぐに分かるだろう。
ヴィンセント様とユアンの影を感じながら、私はエレアノーラ様に満面の笑みを向けた。
美しい。美しい令嬢を我が友に。
彼女に居場所を与えよう。あの時、私に居場所を与えてくれた彼女に、それ以上のものを与えたい。
ずっと昔から決めていたのだ。証には薔薇を贈ろうと。棘のない薔薇を13本だけ花束にして。
聡明な彼女はすぐに気付くだろう。美麗な花束の意味に。
——花言葉は〝永遠の友情〟
受け取ってくれたなら、それは私にとって幸福以外の何物でもない。
「国に帰ったらね、話したいことが沢山あるの。きっと皆もそうだと思うわ」
私は笑う。今日も、明日も、明後日も。何年後だって笑っていよう。
——アナタと笑っていたいから。




