指南
将維が引っ張られて行った先は、結朋の部屋だった。さすがにそれはマズいと、将維は抵抗した。
「瑞姫、いくらなんでも我が女の部屋へ入る訳には行かぬ。変な噂でも立ったら、我はそれを妃に迎えねばならなくなるのだぞ!我の立場は軽いものではないのだ!」
瑞姫はこちらを険しい目で睨み付ける将維に、掴んでいた腕を離した。
「…そんなに怒らないで。だって、解決できるものなら、解決したいのだもの…。」
将維はため息を付いた。
「あのな瑞姫。他人がどうこう言ってどうにかなるものでもないと思うぞ?想いというのは、そんなものではないであろうが。」
瑞姫は首を傾げた。
「…わからないの。私、恋愛したことないから…。」
確かにそうだ。経験しなければ分からぬだろう。将維が困っていると、部屋の戸が開いて、声がした。
「…将維?あなたなの?」
維月の声に、将維は驚いて言った。
「はい。ですが母上、我はここへ瑞姫に引っ張って来られただけで、何も結朋がどうのというつもりでは…」
開いた戸の中から、十六夜が顔を覗かせた。
「何言ってんだ、お前がそんなはずないのは分かってるよ。入りな。」
将維は驚いた。なぜ、十六夜と母上がこんな所に居るのだ。
中へ入って行くと、維月と結朋が向かい合って座っていた。戻って来た十六夜は、維月の隣に座る。将維はさりげなく、維月の反対側の隣に座った。瑞姫は、結朋の横に座った。
「まあ、龍王様…。」
結朋が言う。維月が苦笑した。
「違うの。気までそっくりだけれど、これは私達の息子の将維。」と、維月は将維を見た。「でも、どうして将維まで?あなた、こういうことはいつも避けてるでしょう。」
将維は瑞姫を見て言った。
「それが…我はわからぬと申したのですが、瑞姫が我をこんな所まで引っ張って参って…。」
瑞姫は首を振った。
「でも、普通の恋愛は分からぬと言うので。ならば普通でない恋愛は分かるということだと思うて。」
十六夜がクックッと笑った。
「…まあ、確かに普通じゃないわな。」
将維は眉を寄せて横を向いた。維月が十六夜を突っついた。
「ちょっと十六夜、失礼よ。」
十六夜が将維を見て説明しようとした時、侍女が入って来て告げた。「王のお越しでございます。」
十六夜が面倒そうに眉を寄せた。
「なんだって蒼まで来やがる。」
蒼は早足に入って来て、その面々を見て開口一番、言った。
「…やっぱり、噂は本当か。」と、十六夜を見た。「十六夜!なんでいきなり母さんを呼んだのかと思ったら、結朋を娶るつもりなのか!」
一同は仰天して蒼を見た。蒼はその様子に気付かず、さらに続けた。
「別に構わないけど、先にオレに言ってくれ!なんでも勝手に決めて、心臓がもたないんだよ!」
十六夜は慌てて言った。
「な、何を言っている?オレがなんだって?!」
蒼は苛々と言った。
「だから、十六夜が、結朋を娶るって話だよ!臣下から聞くってどういうことだ?!オレに話せよ、まず!」
「な、な、な、」
十六夜は焦り過ぎて言い出したいのに言い出せずに口ごもった。維月はそんな十六夜の背をさすり、結朋は驚き過ぎて失神寸前だった。瑞姫はそんな結朋を抱き抱えて、蒼を睨み付けた。
「お父様!何を臣下の噂話などをうのみになされておられまするの!十六夜は誰も娶りませぬ!結朋が慕っておるのは、慎吾殿です!」
蒼は呆気に取られて突っ立っていた。
「え…?」
瑞姫は結朋を揺すった。
「結朋、しっかりして!」
「十六夜、息を吸うのよ、息を!」
十六夜がむせるような変な格好になっているのを、維月が必死になだめている。
その阿鼻叫喚の中、将維はぽつりと、つぶやいた。
「…我は恋愛沙汰には絶対に、絶対に巻き込まれぬ…。こんなごたごたは御免だ…。」
やっと落ち着いた十六夜と結朋は、なんとか椅子に座りなおした。蒼も瑞姫の隣に腰掛けて、恐縮した感じて十六夜を見た。
「…十六夜が、夜、湖で結朋に会ってたのは知ってたんだ。」蒼がおずおずと言った。「だけど、まさかなと思ってたんだけど、今日急に母さんを呼んで、臣下達が実しやかに、十六夜様は維月様に事の次第をお話しなさって、結朋を迎えられるのだと言うもんだから…オレは聞いてないと思って…。」
十六夜は蒼を睨んだ。
「あのなあ、お前が一番オレを知ってるんじゃねぇのか。なんでオレが維月以外と結婚しなきゃならねぇんだよ。結朋があまりにかわいそうだから、話を聞いてやってたんじゃねぇか!」げほげほとまた十六夜はむせた。維月は十六夜を撫でた。「…だいたい、維月を呼んだのだって、好きだ嫌いだがオレには分からねぇからなんでぇ。それで、維月に聞いてもらえとなったんだ。維心だって、だから宮から維月を出したんだぞ。まあ、今日中に帰らないと暴れるだろうがな。」
蒼は下を向いた。
「悪かったよ。それならそうと、オレに言ってくれたら良かったじゃないか。こんな噂が広まって、結朋だって困るだろうし、とにかく、その噂を消すのが慎吾云々より先じゃないか?」
十六夜は頷いて考えた。
「そうだなあ…。」
蒼は、自分も勘違いしたのが悪かったと、その案に手を貸すことにするよりなかった。将維は元より維月の命で逆らえなかった。
将維は、結朋と目立つ南の外側の散歩道を歩いていた。なぜにそうしているかと言うと、十六夜で噂が立ったのなら、将維でも蒼でも立ててしまって、結局どれもガセだったとする方がいいのではないかと言われたからだ。
仕方がないとはいえ、初対面で、通ずるところのない女と二人きりはつらかった。何か話せと言われても、そもそも女と話すのは身内ぐらいしかなく、それも子供の頃からであるので、気心も知れていた。今は全く知らない女なのだ…いくら美しいとはいえ、将維は疲れ切って、蒼にバトンタッチした。
一方蒼は、そんなことにはすっかり慣れていた。
人の頃のように、美しいと緊張することももうない。妻が絶世の美女であるし、もう美しい女は見慣れていて、母は王妃をやっているし、自分も王をやってると初対面の女などしょっちゅうなので、会話の術を学び、話すことにも困らなかった。
結朋は初対面でもなかったので、宮のことや湖の美しさ、それに輝重や嗣重のことなどを話し、将維よりも長く話していることが出来た。話しが弾んでしまって、見ていた臣下達の間では、王が妃にと思っていらっしゃるのかと噂が飛んだほどだったが、身分が違い過ぎるとそれは消えて行った。
帰って来た蒼は言った。
「果たしてこんなことでうまく行くのか分からなかったが、オレはやるだけのことはやったぞ。」と椅子に腰掛けた。「で、今は、母さんと十六夜がうろうろベタベタしてるのか。」
将維が不機嫌に頷いた。
「その表現が正しいかどうかわからぬが、その辺を歩いているだろう。」将維は空を見上げた。「…夕刻に近付いているではないか。我は何が何でも母上を連れ帰れと父に言われておるのだ。でなければ、我が共に来るなど有り得ぬのだ。本当なら父上が来たかったらしいが、父上は謁見があったのでな。」
蒼は苦笑した。
「このままじゃ、きっと日が暮れてからになるぞ。維心様が待ちきれなくて来るような気がするけど。」
将維は苛立たしげに空を見つめ続けた。
「…父上…確かに来るような。居間に戻られたのを感じる…。」
蒼は驚いて将維を見た。
「そんなことまで見えるのかっ?」
将維は頷いた。
「我ら、結構近いのでな。我と父はほとんど同じなのだ。なので、神経を研ぎ澄ませれば、見える。あちらからも然りだと思うぞ。なので、父は我を行かせたのではないか。」そして、フッと息を付いた。「…イライラしていらっしゃるのは、あちらも同じだな。とにかく、後は明日以降にしてもらって、我は母上を連れ帰らねば…。」
日が、傾いて行く。
結局その日は、深く話すことも出来ないまま、夜を迎えてしまったのだった。
慎吾は、噂が真実でないことを知って、なぜか肩の力が抜けた。
明人がわざわざやって来て、何でも龍王の皇子とも歩いていたやら、王とも歩いていたやら聞き、その上その時に十六夜はと言うと、維月と二人でベッタリくっついて庭で抱き合っていたのを見たとかで、噂は噂として流れて行ったとのことらしい。
思えばあの十六夜が、同じ月である維月以外に欲するとは考えられなかった。
ふと慎吾は、月を見上げながら、どうしてそんなことを考えているのかと自分に問うた。
結朋が自分から離れてほっとしたのではないのか。また自由な日常、自由な休日を過ごす事が出来たではないか。いつも湖に、自分を待つ気があると思うと、落ち着かなかったではないか…。
慎吾がついいつもの癖で湖に意識を向けると、そこには結朋の気があった。しかし、十六夜の気配はない。全くの一人きりで、何をしているのか…。
慎吾は、気にしないでおこうと心に決めた。もう、思い悩んだりするのは面倒だ。
結朋は、昼間のいろいろで疲れ切っていた。
皆が自分のために一生懸命になってくれているのは分かる。なので、黙って従ったが、慣れないので疲れてしまったのだ。それに、気の補充がなんだかうまく行っていない気がする…本体は今頃、どうなっているのか…。
結朋は、水面を見つめた。慎吾様にお会いしたい…。でも、我は、もう…。
背後に、気配がした。結朋は驚いて振り返った。




